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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
710/915

       参拾


 黄蓋side──


──予定とは未定も同然。


有り触れた一言。

珍しくもない事。

そんな事を言う小賢しさが有るのなら、もっと正面な事を考えて言わんか。

そう言いたくなる程に。

聞き慣れた台詞。


だが、今、敢えて言おう。

予定とは、実現しなくては全く意味を為さない事で。

それ故に、未定で有るのと大差無いのだと。

それは結果論なのだと。



(──ええいっ!

何なんじゃこれはっ?!

何が起きたっ?!

一体全体、何がどうなっておるんじゃ!)



“別動隊”という括りでは自分の率いる隊も同じだが他とは役割が違う。

春蘭達が奇襲を担う様に、この部隊は援護を担う。

つまりは、距離を置いての遠距離攻撃が主体。

当然ながら、兵は全体から弓の腕が立つ者を選抜して編成されている。

此処が他の部隊とは違い、“選ばれた”という点。

それ故に…いや、必然的に他の部隊との間には確かな確執が見て取れた。

要は、“お前達と俺達では重要さが違うんだよ”的な感じで、鼻に掛ける態度が溝を作っている。

そういった事情も有って、この部隊は奇襲部隊よりも本隊の援護を重視する。

因みに、儂が率いる理由は劉備の所には弓術に秀でた将師が居ない為じゃ。


諸葛亮の率いる本隊は戦場全体を見渡せる位置を探し陣取っている。

その本隊を援護する以上、此方も視界は良い。

全て、とまではいかないが戦場の大半を見渡せる。


そんな立場から見て。

状況が把握出来無い。

本来──予定していたのは趙雲の率いる部隊によって奇襲が仕掛けられる。

それを受け、対処する筈の曹魏軍の意識が周辺警戒が薄れるのを待つ。

長過ぎてはならないが。

また、別動隊の──伏兵の存在を知られてしまっては意味が無くなってしまう為偵察等も極力しない方向で指示が出ている。

その為、趙雲の掛ける奇襲を合図として、一定の数を数えてからの行動。

多少のズレは仕方が無い。

下手な合図等は気取られる要因に為るからのぅ。


その状況を見計らった上で仕掛けたい所じゃが。

其処は仕方有るまい。

相手が相手じゃ。

如何に辺境の部隊とは言え曹魏の軍属の兵士達じゃ。

決して侮る事は出来ん。


油断する事無く。

残る部隊が一斉に強襲。

一気に攻め立てる。

そういう手筈だった。

僅かであろう勝機を確かな物とする為に。


それが、どうしてか。

趙雲が仕掛けるよりも早く戦況は動き出した。

自分の位置からでは把握が出来無い部分で、予期せぬ“何か”が起きた事だけは間違い無いだろうが。


その結果が、これだ。

想定していたよりも早い、別動隊の強襲。

それは曹魏軍が周辺を警戒している所に突っ込む形で実行されてしまった。

不意を突いてこそ。

それが出来ないなら。

その先は想像し易い。

待ち構えている相手の所に突っ込んでいく事に為る。

それは正しく、虎口に飛び込むに等しい。




普通であれば混乱したまま呑まれてしまう所だ。

それは仕方が無い事。

誰しもが盤上の駒の様に、完璧には動けはしない。

何故なら我々は駒ではなく意思を持つ生物だから。

未熟であれば。

未経験でならば、尚更だ。


しかし、生憎と他の者とは積み上げた経験が違う。

数も、質も、様々に。

苦渋も、辛酸も、後悔も。

嫌と言う程に味わった。


それ故に、切り替える事は難しくはない。

冷静なれば、見えてくる。

今、為すべき事は何か。

その為の行動は何か。

何を優先すべきなのか。



「そ──っ!!」



思考し、判断をした結果に基づき行動を起こそうと、命令を下そうとした。

正に、その瞬間だった。

“それ”を耳が捉えた。

反射的に、其方等へと顔を向けたのと同時だった。


ストッ…、と。

それは、とても静かに。

何気無い事の様に。

目標を射抜いた。



「──ほぁ?」



受けた本人は緊張感の無い間抜けな声を上げながら、自らの眉間を貫いている、身体から生えてきた様にも見える“それ”を見詰めて後ろへと二歩よろめき──力無く尻餅を突くかの様に仰向けに倒れる。

その様子を端から見たなら恐らくは腰を抜かした様に見えてしまうのだろう。

それ程に違和感が無い。

しかし、そうではない事を自分だけは理解している。


そんな自分とは異なり。

唐突な出来事に周囲に居る兵達は怪訝な顔をしながら倒れた男へと顔を向ける。

そして、目にする。

目にして──硬直する。

“………は?”という声が聴こえてきそうな静寂。

彼等の思考は目の前に有る現実(状況)を把握出来ずに行動を妨げてしまう。

動きを止めてしまう。


そんな並外れた技量を持つ相手が、その間を見逃す事など有る筈が無い。

耳が、再び捉える。

続け様に聴こえてきたのは静かで小さな、風切り音。

それが、ざっと聞こえた分だけでも、十を越える。

回避の為の指示を出そうと考えて──放棄する。

守る価値は無い、とか言う理由ではない。

単純に不可能だからだ。

間に合う訳が無い。

防ぎ切れる訳が無い。

抑、狙いが判らないのだ。

打てる手は限られる。

ならば、自分が為すべきは敵の特定だ。

勿論、位置も含めて。


そう判断すると立ち尽くす兵達の間を擦り抜ける様に移動し、手近な岩影に身を隠しながら敵が居るだろう方向を凝視する。


その自分の背後では新たに十数の倒伏する音。

それが有って、間も無く。

彼等の中で動揺しながらも事実を口にする者が出る。



「──矢?、矢だっ!

矢が飛んできたっ!?

な、何でっ?!

いやっ、何処からっ?!」


「──てっ、敵襲っ!

敵襲だーっ!!」



それを聞き我に返った者が警戒を促す叫声を発する。

これで、最低限の自衛位は遣ってくれるだろう。


その様に思う此方の考えを見抜き──射抜くかの様に三度、風が切り裂かれる。




だが、三度目の音を聞いた瞬間に違和感を覚える。

目を凝らし、空を仰ぐ。



(──くっ、ぬかったわ!

先の二回は陽動か!)



視界に映るのは雀の群れを想起させる姿影。

空に筋を引くかの様に。

幾多の矢が残影を刻む。

それを見て気付く。

気付かない筈が無い。

それは全く違うのだから。

気付かない方が可笑しい。


これは三度目ではない。

これは“初撃”だと。

先の二回は個人の腕で。

これは部隊による斉射で。

これは──罠だと。


では、何故、最初に斉射を遣らなかったのか。

それこそが、陽動であると判断する理由だ。

単純に此方を殲滅するなら不意を突ける状況だった。

それなのに斉射は行わずに先ず“一人だけを”射抜き此方に──儂に気付かせ、二度目で“複数を”狙って儂の考えを誘導し部隊から切り離した。

その上での、斉射だ。


別に“儂を殺さない様に”という訳ではなかろう。

単純に“邪魔だから”。

それが妥当な所か。

何の為にか?

それは部隊の斉射で確実に被害(成果)を出す為に。

自分が指揮をしていれば、被害は減る事は確か。

或いは、飛来する矢の雨を射崩す事も出来る。

あの二回を射た者以外なら対処は可能な範疇。

…まあ、そうは言っても、並の力量ではないが。

…やはり、精鋭部隊か。



(つまり曹魏には最初から我等が劉備軍と組んだ事、此処で何かを仕掛ける事を予期していたと…

そういう事になるか…)



導き出される答え。

それは納得するには十分な物だと言えた。

だが、腑に落ちない。


もしも、そうだと仮定して行動するとして、だ。

何故、曹魏は待ったのか。

此方が待ち受けているのに気付いていながら。

何故、先手を取らない。

“大義名分”の有無など、此処で此方を殲滅したなら関係無くなる。

それこそ、“勝てば官軍、負ければ賊軍”だ。

不都合な事実など幾らでも改竄・捏造出来る。

それこそが勝者の特権。

お互いに同じ条件下で戦い競う試合とは違うのだ。

生勝死敗。

これは戦争なのだ。

善悪など後回し。

“後付け”で十分だ。


だから、判らない。

曹魏の狙いが何なのか。

どの様な意図なのか。



「──ぅぎゃあぁーっ!!」


「に、逃げ──ぐゅっ!」


「く、糞!、糞糞糞っ!!

撃て!、撃ちまくれっ!」


「何処にだよっ!!」


「矢が来た方に決まってるだろうが馬鹿がっ!」


「ああっ?!、何だとっ?!」


「馬鹿だっつったんだよ!

とっと遣れ!、愚図が!」


「だったら手前ぇが自分で遣ったら良いだろうが!

悪ぃが俺は手前ぇに従って死ぬのは御免だ!

好きに遣らせて貰うぜ!」



斉射による悲鳴と怒声。

規律も責任も統制も無い。

そんな部隊の不和と瓦解は当然だと言えよう。

故に気にはしない。

無駄な事だからな。




部隊の声で思考を止めるとその場から迷わず離れる。

そして、恐らくは敵部隊が展開しているだろう場所を目指して駆ける。


正直、狙撃される可能性も考えていたのだが。

奇妙な程に何も無い。

そして、敵部隊を視認し、狙撃出来る場所へと移動。

距離は十分に取る。

自分の得意とする超遠距離射撃を活かす為に。

卑怯だとは思わない。

これが自分の戦い方だ。

流石に単独で突っ込む様な馬鹿な真似はしないしな。

十や二十の兵士が相手でも敗ける気は無いが。

それは一般的な強さの兵士であれば、の話だ。

曹魏の兵士の精強さは儂も目の当たりにしている身。

ならば、迂闊な真似は自殺行為に等しい。

下手に飛び込めば包囲され敗北する事は必至。

…これが、曹魏の孫呉への侵攻であったならば。

そう遣ってでも敵の兵数を減らすのだがな。

この戦いに、そうする程の価値も意味も無い。

故に安全策を取る事は何も可笑しくはない。



(…お主等に非は無い

だが、これが戦争じゃ

赦せとは言わん…

我等の都合で死んでくれ)



弓を構え、五本の矢を番え狙いを定める。

視認する、ではなく。

感覚的に、捕捉する。

弦を引き絞り──離す。


五本の矢は風を引き裂き、空を翔てゆく。


──筈が、矢が墜ちた。



「──なっ!?」



遠目ではあったが。

はっきりと見えた。

自分の放った五本の矢は、“真下から”突然に現れた矢によって射墜とされた。

それも、粗同時に。

五本全てが、だ。

驚かない訳が無い。


先に見た、あの腕前ならば宙に有る飛来する矢を狙い射墜とする事は難しいとは思わない。

可能不可能で言うのならば十分に可能だろう。

但し、一本ならば、だ。

仮に五本全てを射墜す事は可能だとしても。

それは一本ずつだろう。

だからこその驚愕。

信じ難い事だった。




動揺する気持ちは有るが、即座に切り替える。

今一度、矢を番える。

但し、今度の数は三本。

数を減らす事で視界に映る矢に集中する為だ。

一本では、判らない。

しかし、五本では多い。

三本というのが妥当。

加えて、間隔を先程よりも開けて飛ばせる。

間隔も同じではない。

間隔を変えておく。



(…もし、迎撃をしたのが複数で有ったら…

此処での勝機は無い…)



一人一本として、五人。

まだ矢の数は増やせるが、それは大して意味が無い。

矢の数が増えれば、その分矢の間隔は狭くなる。

狭くなれば、隣の矢に対し当たり易くなる。

それは先程の斉射と同じ。

狙って連鎖させる。

それは不可能ではない。

飛来する矢を射墜とせる。

その技量が有れば。



(これで確かめる!)



三本の矢を放つ。

そして、その行方ではなく矢を視界の上方ギリギリの位置に置き、下方の様子に意識を集中させる。


矢の速度は先程と同じ。

変えてしまうと一人による連射で撃墜される可能性が生じてしまうからだ。

だから、計算も出来る。

先程射墜された場所。

其処に到達するまでの時間という物を。



「────っ!!」



そして、しっかりと見た。


“同じ場所”から放たれた三本の矢が、自分の放った矢を射墜す瞬間を。

其処に至る経緯を。


そして、確信する。

アレを遣ったのは一人だ。

複数ではない。

そして、その多射の技量は自分と比較しても遜色無い程である事を。


胸の奥が熱く滾る。

“あの時”と同じ感覚。

純粋な武人として。

未だ見ぬ敵に対して。

好奇心が躍り出す。

退屈さを焼き尽くし。




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