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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       弐拾漆


足場が崩れた、と言っても崖下に転落する様な大きな事じゃない。

右足が踏んでいた地面。

それが罅割れ、沈んだ。

拳一つ分にも満たない。

余程気を抜いているのか、鈍くないと怪我をする事も先ず無いと言える。

それは小石に躓いた様な、そんな感じでしかない。

“わっ!?”ってなる程度。

普段なら驚くとは思うけど対処するのは、そんなには大変って訳じゃないしね。


けど、瞬間的には崩れる。

実力が同等以上の相手との戦闘に於いては致命的だと言える隙が出来る。

予想が出来無いからこそ。

それが本の僅かな事でも、大きな意味を持つ。


避けるのも弾くのも難しい状況なのは確か。

状況的には防御の可能性が一番高いと思う。

その防御にしても厳しい。

体勢が崩れてしまっている以上は踏ん張り切れない為持っていかれる。

それは避けられない。

確実に決まる。


──その筈なのに。

でも、どうしてだろう。

終わらない気がする。

この闘いが、じゃなくて。

この今の一連の攻防が。

このボクが主導権を握った流れの行く末が。

終わりを感じさせない。



「──っのぉーっ!」


「──えぇーっ!?」



噛み付こうとしている蛇の頭の様に流琉に迫っていた鉄球を、流琉は蹴った。

崩れてしまった体勢。

それを無理には戻そうとはしないで傾いた右足の方に向かって得物を叩き付け、それを軸足の代わりにして左足で地面を蹴る。

そして、身体を捻りながら右足を下から顎を狙う様に振り上げ──回し蹴り。

襲い掛かってきた鉄球へと狙った様に入った。


また、流琉は凌いだ。

それだけでも驚きなのに。

瞬間的に鎖を弛ませる事で鉄球を扱えない様にして、更なる追撃を防いだ。

その場凌ぎに見える反応も“次”へと繋がっている。

それが流琉の実力の高さを証明している。

ボクには出来無い事。

それが出来る所に。

今の流琉は立っている。


そう考えただけで。

胸の奥に炎が生まれる。

嫉妬してない筈が無い。

悔しくない筈が無い。

羨ましくない筈が無い。

それでも──嬉しい。

そんな流琉に少しずつでも近付いてるって感じる。

もっと感じたいって思う。


ボクは直ぐに鎖を手離し、流琉に向かって疾駆。

時も間も与えない。

一気に肉薄し──鎖を使い自分と流琉の左腕を強引に絡み合わせる。



「──なっ!?」


「これで逃がさないよ!」


「正気っ?!」


「さあ、どうかな?

でも──今、本気で焦って必死だったよね?」


「──っ…」


「うん!、なら良いよ!

やっと始められる!

此処からが本番だから!」



密着した状態から、ボクは右腕を振り抜く。

子供の喧嘩でも構わない。

形になんて拘らない。

流琉と全力で闘えるなら。

そんなのは気にしない。

どうだっていい。


大事なのは、唯一つ。

流琉を、ボクを、今此処で越える事だから。



──side out。



 典韋side──


一つ、また一つ、と。

私は季衣に驚かされる。

何かを狙っている、と。

意識はしていても。

季衣は私の思考を上回り、隙を作り出してゆく。

そして、突いて来る。


その都度、胸が躍る。

それは、称賛する以外には私は思い付かない程。

単純に、凄いと言える。

自分が季衣の立場だったら同じ様に出来るのか。

そう考えてみる。

でも、言い切れない。

今の私の価値観等からなら出来るのだけれど。

それを持たない。

今とは違う私の場合だと、出来無いかもしれない。

その可能性が高い、と。

思えてしまうから。

だから、判らない。


ただ、それはそれ。

季衣への評価とは別の話。

中でも最も驚かされたのは──“乱場戦法”。

乱戦混戦に為った時の戦法──ではなくて。

戦場を意図的に乱れさせる戦法の事を称している。

曹家では、ですが。


正直に言って季衣に向いた戦法では有るのだけれど、一方で向いてもいない。

それは“意図を隠しながら状況を造り上げる”という部分が重要だから。

嘘や演技が苦手な季衣には致命的だと言える要因。

季衣自身も、不向きな事は理解している筈。

その上で、遣って見せた。


隠すのが下手だから。

それだったら、隠さないで素直に遣ってしまえ。

相手に気付かれない様に。

そんな事は考えずに。

兎に角、攻撃を繰り返して意識を逸らせる。


見えているけど見えない。

“謎掛け”でもする様に。

季衣は私の意識を逸らし、成功させた。

しかも、季衣は“らしく”遣りつつ、“らしくない”巧妙な運びを見せて。


そして、私達にとっては、ある意味で因縁深い。

まだ戦い方も知らなかった力任せに振るうだけだった私達が拙いながらも初めて使った戦い方だから。

とは言え、それは偶然で。

意図した物ではない。

偶々、当時の私達が山中で戦っていた大猪が叩き壊れ崩れていた地面の部分へと脚を取られた。

その隙を見逃さずに突いて倒す事が出来た。

それだけだった。


それが今、意図して出来る所にまで至った。

文字通りの成長。

私との闘いを通じて季衣は確かに成長している。

それまでの限界(自分)から一歩先へと踏み出して。

新しい高み(自分)へと。

しっかりと上って見せた。


でも──だからこそ。

私も負けられない。

季衣の攻撃を受け止める。

それは難しくはない。

威力を殺しながら迫り来る鉄球を受け止める。

その位なら私にも出来る。

氣を使えなくても。


だけど、それは逃げるのと変わらない。

それを選んだ瞬間に。

私の負けも同じ。

これまでの戦い方を破られ変えさせられるのだから。

それは負けたも同然。

だから、此処では意地でも退かない。

退いたら、終わりだから。


気合いで凌ぐ。

凌いだけど──無理をした分だけ繋げ難い。

出来無くはないけど。

一先ず間を取る。

後は立て直してから。




──と、考えていたのに。


無理をした為に出来ていた僅かな隙を見逃す事無く、季衣は私に肉薄する。

それは間違い無く、私の、完全な油断だった。

“問題無く立て直せる”と楽観視し過ぎていた。

季衣を甘く見過ぎていた。

私の慢心に因る事だから。

だから、胸中で舌打ちする不作法な私が居ても、何も可笑しくはない。

自分に腹が立った。

どうしようもなく。

殴り飛ばしたい位に。


季衣の攻撃を受ける以外の選択肢は、今の“縛り”の中では無いに等しい。

無理矢理相打ちにだったら持ち込めるけど。

それは遣りたくはない。

寧ろ、季衣に対する称賛の意味でも素直に貰うべきと思ってしまう。

そして、覚悟を決めた。

敗北を受け入れる、と。


──けど、季衣自身は私の予想を更に超えてゆく。

斜め上、所ではない。

明後日の方向へと。


覚悟をしていた分、反応は遅れてしまった。

当然ながら理解は不可能。

気付いた時には季衣に鎖を巻き付けられていて左腕を捕らえられていた。

…季衣の左腕もだけど。



(──何考えてるのっ!?)



そう思って当然。

だって、こんな真似なんて普通は遣らない。

自ら“縛り”を作り出して戦い難くするなんて。

普通は考えない。

だって、如何に優位に立ち主導権を握るのか。

相手を翻弄するのか。

相手に先じられるのか。

そういった事が重要だし、必要とされるんだから。

こんな事は遣らない。

武器も戦い方も無い。

只の、喧嘩も同じ。



(遣った事は有るけど!)



雷華様の指導の一つとして“お互いに繋がれたまま”戦った事は有る。

だけど、その時は飽く迄も“決闘方法”という事で。

実戦形式で体験しただけ。

まさか、本当に遣るなんて思ってもみなかった。


雷華様曰く、決闘に見えて喧嘩に近く、公開処刑的な効果を持っているそうで。

流れる血を最小限に止め、対立等をしている勢力等を纏める上では有効な手段の一つなんだそうです。

その際、戦うのは有力者か最も強い者である事が重要らしいですが。


そんな事は兎も角。

今は関係無い状況の筈。

と言うより、それを季衣が知っているとは思わないし知っているとしても遣ると思わないんですが。

何故、こう為ったのか。


──それは、季衣だから。


記憶の世界から、幼い日の私が笑顔で言い切った。

そして、納得してしまった私に文句を言いたい。

“納得出来ませんっ!!”と心の底から、全力で。


けど、私の心は揺れる。

思わず口から出た季衣への小言の様な一言。

それに対して返った季衣の言葉が私の胸を穿つ。


“必死だったよね?”と。

そう言われて。

私は思わず息を飲んだ。




視界の速度が落ちる。

それは死に瀕した際に見る“走馬灯”の手前。

身体と意識が離れてしまい時間感覚がズレてしまったみたいな感じ。


その中で、私は問う。

自らに対して。

季衣の事を“どんな”風に思っているのか、と。


幼馴染みで、朋友。

それは何にも問題無い。

寧ろ、大切な事。


そういう事ではなくて。

一体私は、季衣の事を──立ち位置を。

どの様に考えたのか。



(──っ……そうだ…

…季衣の事を…私はっ…)



──見下していた。


それは私の中に燻り続けた嫉妬(炎)も原因の一つ。

実力差は確かに有る。

本当の全力で戦ったなら、季衣が私に勝てる事なんて有り得ないのだから。

その事実は間違い無い。

でも、今は違う。

“縛り”の有る今、私達の実力差は詰まっている。

それを判っていた筈なのに私は失念してしまった。


その理由は何か。

そう──優越感だ。

ずっと追い掛けていた私は季衣を“追い抜いた”事で傲慢になっていた。

自惚れていた。


季衣の成長の為に?

今度は私が示す?



(っ…私は一体何をっ…)




何を学んでいたのか。

何を心に刻んだのか。

誰を追い掛けているのか。


そんな事を考えている私が追い付ける筈が無い。

その背中は。

その場所は。

歩みを止めてしまったら、一気に遠ざかってゆく。

本の少し近付けたからと、油断していれば更に遠くに離れて行ってしまう。


待ち望んでくれている。

だけど、立ち止まっている事は無いから。

まだまだ、と。

更なる高みを目指して。

今も歩み続けている。


それなのに。

私は心の何処かで満足して立ち止まってしまった。

鍛練の継続の有無ではなく心の中で。


気付けば単純な話。

“過去の背中(季衣)”と、“現在の背中(雷華様)”。

それは私の過去(憧憬)への執着と未練。

それが満たされた事による勘違いなのだと。

理解する事が出来る。




──なら、どうするのか。


その答えは既に有る。

私の直ぐ目の前に。

朋友が示してくれている。

変わらない在り方で。

本当に大切な事は何か。


眩しい程に真っ直ぐに。


──でも、眼は閉じない。

その眩しさに負けない様に心(眼)を開いて。

しっかりと見詰める。



目の前に迫る拳。

それから目を離さない。



「──ぐっ!?」


「──ぎゅぬっ!?」



二人が同時に声を上げる。

季衣の右拳は私の左頬を。

私の右拳は季衣の左頬を。

真っ直ぐに捉えた。


殴られた衝撃で顔は後ろ。

殴った反動で身体は前に。

しかし、二人を逃がさない鎖(絆)は許さない。

この程度の語らいでは。


引き戻される様に近付いて──同時に頭を振る。

それは所謂、頭突き。

拳脚──体術を主体とする凪さんだって遣らない。

そんな事までも遣らないと駄目な状況にしない事。

それが大事なのは確か。


だけど、今は関係無い。

綺麗に、だとか。

自分の戦い方だとか。

そんなのは後回し。

今は只、一つだけ。


思わず“この石頭っ!”と叫びたくなる程の痛みに、目尻に涙を浮かべながらもお互いに睨み付ける。

額はくっ付いたまま。

鼻息まで感じる距離で。



「──痛ーっ!?、このっ!

絶対に泣かすっ!」


「それは此方の台詞よ!

後悔させてあげるから!」


「言ったなーっ!!」


「言ったわよっ!!」



お互いを罵倒し合いながら不思議と笑みが浮かぶ。


負けたくはない。

でも、凄く愉しい。

子供っぽくても構わない。

喧嘩みたいでも十分。

だって、これは私達だけの闘(語ら)いなんだから。

私達が好いなら良い。




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