弐拾陸
こういった嫌な予感とは、得てして当たる事が多い。
それは感じた者からすると“あ〜…やっぱり〜…”と気落ちしてしまう状況へと突き落とされるから。
実際には確率として見ると低いのかもしれないけれど印象的には深く残る。
だから、数字で考えるより多い気がするのかも。
…まあ、そういった類いの統計を取る人は居ない──あっ、でも、雷華様なら…いえ、流石に雷華様でも……遣って…ませんよね?…ね?、そうですよね?。
今貴男が此処に居ない事がもどかしいです。
…それは兎も角として。
季衣は何がしたいのか。
明らかに手数が増えているという訳ではない。
寧ろ、先程より手数自体は減っている。
加えて稍距離を取ってから攻撃を仕掛けている。
(…遠距離攻撃は出来ると言えば出来るけど…
それは自分の隙を出来難いというだけで私を倒すには届かないよ、季衣?
それとも…別の狙いが?
…季衣が持久戦?…うん、全然似合わないよね…)
自分の隙を作らない様にしながら、相手に隙が出来る瞬間を虎視眈々と狙う。
それは、野生の獣が獲物を待ち続けるかの様に。
“野生の獣”という部分は重ならなくはない。
理性よりは本能。
季衣は其方の感じだから。
けど、待ち続けられる様な落ち着きは無い。
じっとしている事が昔から苦手な季衣だから。
今も大して変わっていない事は既に感じている。
嬉しい様な、呆れる様な。
ちょっと複雑な感じで。
(…本当、何が狙い?)
季衣が鉄球を振り回して、此方へと飛ばしてくる。
もう何十回も繰り返された見慣れている攻撃。
反復する規定動作の作業と化した迎撃。
球鎚を振り、鉄球を叩く。
──筈だった。
「────なっ!?」
思わず出た驚きの声。
それもその筈。
其処には居ない筈の季衣の姿が鉄球の陰──死角から見えたのだから。
「やっ──ほぉーいっ!!」
可笑しな掛け声と共に私に向かってくる季衣。
その姿に戸惑う。
何が起きたのか。
思考が優先されて、身体が固まり掛ける。
そうさせない為に無理矢理思考を破棄して、動く。
──とは言え、淡々とした作業の様な迎撃動作。
それに既に入っている。
如何に私は軽く感じても、重量級の獲物を振り抜けば簡単には止められない。
しかも氣も使えない。
「────哈あぁぁっ!!」
なら、選択肢は一つ。
軽い迎撃を、重くする。
単純に当てて逸らすだけの迎撃から、撃ち飛ばす様に力を追加する。
右足を踏み込み、より深く腰を回転させて。
既に振っている球鎚に向け力と体重を乗せる。
狙った通りに球鎚は季衣の鉄球を大きく弾いた。
これで、迎撃は出来た。
取り敢えずは、凌いだ。
「──でも甘ぁーいっ!!」
「──っ!?」
──筈の、先を行かれた。
季衣が迫る。
無防備な私に向かって。
──side out。
許諸side──
単調な攻撃──行動って、見慣れちゃったりすると、簡単に対処出来るよね。
それは当然だと思う。
全く同じではないにしても似た様な単純な攻撃とかは狙いとかが判るから。
だから、簡単に対処出来る様になるんだよね。
で、そういった事ばっかり遣ってくる相手が居たら、段々と注意力や警戒心とか減ってきちゃうんだよ。
極端な言い方をするんなら“飽きちゃう”から。
ボクも経験が有るしね。
だから流琉みたいに普段は凄く真面目で注意深くても心に隙が出来ちゃう。
それは、一回気付かれると二度目は使えない。
でも、一回だけで十分なら狙ってみる価値は有る。
勿論、言ってる程に簡単な事じゃないんだけどね。
相手が飽きちゃう位だから遣ってる方も単調になると知らず知らずに隙が出来る可能性は有るし。
狙ってる事を気付かれない様にも気を付けないと駄目だったりするから。
本当は、ボクには向かない手だったりするけど。
今回だけは特別だから。
だから、頑張る。
流琉に気付かれない様にし少しだけ距離を取りながら手数は減らし過ぎない。
安全策を選んだみたいに。
そう流琉に思わせられたらボクとしては上出来。
後は何度も何度も繰り返し流琉との攻防を積み重ねて流琉に馴染ませてゆく。
一々考えなくても反応して対処が出来る位にまで。
普通だと、そう為った事が判り難いのが一番の問題点だったりするけど、ボクは大して気にしてない。
だって、ボクと流琉だし。
流琉の事なら判る。
全てとは言わないけど。
何気無い違いとかなら。
ボク達は気付き合える。
(まあ、だからボクが何か狙ってる事にも流琉の方も気付いてるんだろうけど…
それは仕方無いよね〜…)
其処は利害の線引きが結構難しい所だと思う。
良い意味でなら、お互いを理解し合い、阿吽の呼吸で連携したり出来るから。
けど、隠し事とかしてても直ぐに見破られると思うし違和感を感じる筈。
今みたいに戦うとなったらお互いに手の内を知ってる分だけ遣り難くなるんだし長引く原因にもなる。
結局は、状況次第だって事なんだろうけどね。
──と、其処で気付く。
(あっ、でもアレだよね…
ボクの相手が流琉って事は春蘭様と真桜ちゃんの所も同じ感じなのかも…)
確か、あの時。
“黄巾の乱”で再会した時流琉は二人の女の人と一緒だったのだから。
それも、春蘭様の妹さんと真桜ちゃんの幼馴染み。
もしも、ボクの前に流琉が居る事が偶然じゃなくて、意図的な物だったら。
春蘭様達の前に居るのは、その二人の可能性は高い。
…狙いは判らないけど。
(…曹魏は此処での戦闘を長引かせたいのかな?
でも、“らしく”ない様な気がするし…)
何と無く考えてみるけど、答えは出ない。
出ないから、考えない。
今は目の前の事への集中が大事なんだから。
何かを狙っていても。
ボクが流琉を見ている事は変えられない。
見極めに必要だから。
これがもし、防御しながらだったら怪しまれた上に、相手には注意力と警戒心を高めさせてしまう。
そういったのを逆手に取る場合も有るんだろうけど、ボクには難しいかな。
だから、今みたいにボクが攻撃しながら流琉を見てる事は可笑しくない。
当てる為に狙いを付けたり動き読む必要が有るから。
まあ、単純にボクが守りに入るって変だしね。
ずっと、攻める戦い方しかしてないんだから。
ボク自身も違和感を感じて動きが悪くなったら意味が無いしね。
──とか、思っている中。
流琉の変化に気付く。
それは変化と呼べる程には大きな事ではないし、多分誰だって遣る事。
戦闘の最中、相手の狙いや行動について考える。
ただそれだけの事。
勿論、自分の動きを止めてじっくりと考え始めたって訳じゃなくて。
此方を視界に収めながら、動きながら、考える。
そんな当たり前の行動。
でも、それを待ってた。
(行っくよー!、流琉!)
一層気合いを入れながらも動きは今までと同じ様に。
それこそ何度も繰り返した単純作業の様に。
鎖を握り、鉄球を振り回し流琉へと向かって放つ。
此処までは、一緒。
違うのは、此処から。
鉄球を放った瞬間、通常は鎖を手離すんだけど。
今回は手を離したら直ぐに飛んで行く鉄球から延びる鎖を左手で掴み取る。
但し、短過ぎず長過ぎずの絶妙な間隔で、だけど。
其処は打付け本番。
遣るしかない。
出来ると信じて。
自分を信じて。
そして、それは成功する。
鉄球の勢いに逆らう事無く邪魔もしない様に自分から地面を蹴り追い掛ける様に飛び出し、引っ張って貰う様な感じで、流琉の意表を突いて急接近する。
しかも、鉄球が大きから、小柄なボクの身体は上手く陰に隠れる事が出来る。
流石に近付けば流琉だって気付くとは思う。
でも、その時には手遅れ。
流琉は迎撃に入っている。
普通の得物だったら流琉は躱す事も出来る筈。
だけど、一度動かしたなら簡単には止められないし、変更も難しい。
それが重量級の武器を扱う怖さだって事を、ボク達はよく知っている。
だから、流琉がどうするかボクには想像出来る。
回避も防御も選ばない。
選ぶのは、攻撃有るのみ。
逸らしていただけの迎撃を打ち弾く迎撃へと。
力で強引に捩じ伏せる。
それしかない。
そんなボクの予想通りに、流琉は迎撃をしてきた。
流石に打ち返す様に真似はしないだろうけど。
逸らすのではなく、迎撃し鉄球の威力と勢いを殺す。
それは可能性として十分に考えられた。
けど、流琉は弾くだけ。
威力と勢いは削られたけど鉄球は流琉から遠ざかる。
鉄球だけが。
ボクを残して。
流琉の迎撃の直前。
ボクは鎖を再び手離す。
子供の頃、二人で縄を使い遊んでいた。
握ったまま引っ張られると身体は持っていかれる。
引っ張り合ってる時に縄を手離すと後ろに倒れる。
それは当たり前の事。
だけど、反応し難い事。
“そう為る”って判ってる場合とは違う。
不意打ちは、効果抜群。
流琉は鉄球の後ろにボクを見た瞬間、引っ張られてる事を想像した筈。
そして、勢いを殺さず弾き飛ばす事で体勢を立て直し乱れている思考や気持ちを落ち着かせる時間を作る。
そう考えた筈。
そうするって、読んでた。
流琉の、先を取った。
無防備な流琉を目掛けて、ボクは鎖を掴んでなかった右手を振り抜く。
──それでも。
「────っ!!」
「──っ!?」
流琉は凌ぎ切った。
得物を振り抜いた無防備な格好だった状態から。
まるで、ボクが遣った事を真似するみたいに。
振り抜いた方向に向かって自分から飛んで力と勢いを利用して回避した。
綺麗に、ではない。
容易く、ではない。
ギリッギリ、でだ。
其処に余裕なんて無い。
どうにかこうにか。
格好なんて気にせずに。
ただただ、必死で。
それを見て、高揚する。
今、間違い無く。
ボクは流琉を追い詰めて、必死にさせている。
その事実を感じて。
「っ、まだまだあーっ!!」
でも、浸らない。
満足しない。
勝ちきるまでは。
手離した鎖を、再び左手で掴むと、同時に縦に横にと波打たせる様に振る。
すると、鎖を伝って鉄球の動きが変化する。
それはまるで蛇の様に。
頭を、身体を、くねらせて牙を向けるかの様に。
流琉に向かってゆく。
地面を転がりながら回避し距離を取ろうとした流琉も更なる追撃が有るだなんて思ってなかったのか。
意外と驚いてる。
まあ、ボクも考えて遣った事じゃないんだし。
だから、備えてるって事は難しいんだけどね。
転がり続けて距離を取る、なんて真似は危険。
余程腕の悪い相手になら、通用するかもしれないけど同格以上の相手に対しては絶対に遣らない。
だから、流琉は起き上がり迎撃しようとした。
「──っ!?」
その瞬間だった。
流琉の足元が崩れた。
それに伴い、流琉の体勢も当然ながら崩れる。
それは流琉の注意不足から来る失敗じゃない。
これが、ボクの狙い。
“戦場破壊”。
そう兄ちゃんが称した手。
安全策に見せた攻撃も。
単調だった攻め方も。
これを隠しながら遣る為。
どんなに凄い相手でも地に足を着けている。
攻撃・防御・回避・移動。
地面と無関係なんて事は、先ず有り得ない。
けど、状況を把握しながら活かして戦うのが普通。
足場が悪い場所は避けるし其処で戦わないといけない状況なら動き方を考える。
そういう物だから。
でも、突発的な事に対して反応するのは難しい。
四本脚の獣ですら、体勢を崩してしまう。
二本足で立ってる人間なら反応は大きくて当然。
更に、武器を持っていて、尚且つ追い詰められている状況となったら。
注意力とかが足りなかったとしても可笑しくない。
それは流琉だって同じ。
だからこそ、効いた。
闘いを始めてから、初めて焦りを流琉が見せた。
さっきも追い詰めてたけど焦る暇は無く、切り替える方が早かった。
けど、今は違う。
足場が崩れるという不測の事態により、更に危機感が増しているから。
だから、嬉しい。
はっきりと判るから。
流琉に全力を出させる事に近付いているんだって。
感じられるから。




