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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
705/915

       弐拾伍


 典韋side──


単純な季衣は少し挑発するだけで向きになる。

それはもう、容易く。

…仲間だったら御すだけで疲れちゃいそうだけど。

…うん、違うしね。

その役目が私じゃあなくて良かったって思います。


それは兎も角として。

憤怒という感情は身体的な能力を向上させてくれる。

特に、攻撃や耐久といった方面に出易い。

俗に“根性論”と呼ばれる底力や粘り強さも感情では憤怒に分類される。

歓喜も混じってはいるけど其方等は稀だったりする為大多数は憤怒に因る物。

負けたくない。

敗れてたまるか。

守ってみせる。

そういった戦う理由は──闘志というのは、憤怒から生じているのだから。


だから、身体的な方向での一時的な能力の向上という事象は可笑しくはない。

普段は抑制されている筈の自己防衛本能が憤怒により機能を低下させ、その結果普段よりも高い能力を引き出す事が出来る。

──と、雷華様が仰有っていました。

因みに、この状態は自己の安全性や負荷等に対しての警戒する機能が低下する為身体的な疲労等の度合いが大きく跳ね上がる事も有り雷華様は“素人の特権”と称されています。

つまり、玄人は感情ですら自制出来無くてはならないという訳です。

とは言え、無くすという訳ではなくて、感情は無理に抑え過ぎずに受け入れて、思考は呑まれない様にするという事なんです。

これが言葉にすると簡単に表現出来ますが、実際には物凄く大変なんです。

今は私も一応は出来ますが以前は駄目駄目でした。

未だに、華琳様ですら完璧には出来ませんから。

…まあ、そうさせない様に挑発したり出来る存在自体雷華様だけなんですけど。

雷華様の挑発や揶揄いって本当に容赦無い物ですし、効きますからね。

狡い位に巧いんですよ。


…それは置いておいて。

そう為った際の能力向上は悪い事では有りません。

時には局面を打開する一手となり、流れを変える一手にもなり、勝敗・生死等を分ける事も有ります。

それだけの効果・影響力を持っている訳です。

勿論、相手との力量差等の条件にも因りますが。

有用な事は確かです。


しかし、その反面、視野や思考等を単調・狭窄化させ技の精度や質を低下させる弊害が有る事は言うまでも有りません。

勿論、それらの弊害という状態が必ずしも起きるとは限りません。

それは個人の性格等を含む多岐に渡る要因に伴うので明確な事は言えません。

状況にも因りますし。


ただ、稀に有るそうです。

能力向上という良い所だけ発現して、弊害が出ない。

そういう様な場合が。



(…その稀に当たるなんて私は運が良いのか悪いのか判らないんですけど…)



目の前に居る季衣。

私の挑発に熱く為っている事は間違い無いけど。

冷静さは失っていない。

つまり、良い所取り。

その状態に近いのだと。

季衣の駆け引きが拙いから隙が有るだけでね。




今の私、ではなくて。

まだ曹家に加入したばかりだった頃の私の話。


季衣と粗同じ体格。

その事には“黄巾の乱”で再会をした時には驚いた。

…まあ、私の方が1cm程の差ではあるけど、低かった事は昔の話です。

でも、私の方が胸囲だけは勝ってましたから。

勿論、今もですけど。


…こほんっ、ではなくて。

身体が小さいというのは、武に於いては不利になると思っていました。

勿論、単純に力押しだけで勝てる相手であれば何にも問題は有りませんが。

曹家というのは、そんなに甘い場所では有りません。

見学していただけでも私は自分が付いて行けれるのか不安になった位です。

“本当に私なんかが…”と思わない方が可笑しい。

そう思う位なんです。

…まあ、季衣だったら私と違って前向きに受け入れて“早く遣りたい!”なんて思うのかもしれないけど。

私は不安だった訳です。

そんな私に小柄である事の利害を雷華様は実戦形式で教えて下さいました。

ええ、厳しかったですよ。

雷華様なんですから。

其処に甘さは有りません。

優しくても甘くない。

そういう方ですから。


その事を知った時、自然と脳裏に浮かんだのは季衣の姿だったりしました。

小柄である事。

そんなのを気にせず自分に合った、自分に出来る。

そういう戦い方をしていた朋友の姿こそ。

一番近くに有った御手本。

その事に気付きました。

そして、そんな季衣と共に鍛練をしていた私には既に利害を理解し、活かす為の経験が有るという事にも。


その事を、私に気付かせて下さった雷華様への感謝は勿論の事だけれど。

それを私に身に付けさせてくれていた季衣に対して。

私は深く感謝をしている。

雷華様に出逢ったのだから例え身に付いていなくても今の自分の居る所まで至る事は出来ていたと思う。

今よりも多少時間は掛かるかもしれないけど。

それは確かだと言えます。

でも、その時間を更に先に進む為に費やせた。

それはとても大きな事。

だからこそ、今度は季衣に私が示してみせる。

“その先”が有るのだと。



(…まあ、私は“縛り”の有る身なんですけど…)



それは思いの外、厳しい。

季衣(強化系)が相手だから特に遣り難い。

せめて、もう少し攻撃力が低ければ…。

そう思ってしまう程度には厄介なのだかり。

これで得物が違っていれば遣り様も有るのだけれど。

互いに同系の得物。

それは手の内(出来る事)を理解しているという事。

それだけでも遣り辛い。

“せめて、少し位は…”と思わなくもない。

けれど、雷華様が禁止され制限されている以上、私は今の条件下でも出来る。

それは確かだと思います。

…まあ、依然厳しい事には変わりないんですけどね。


それでも、遣ってみせる。

この闘いで、季衣に示す。

氣に頼らずとも。

積み上げてきた物で。



──side out。



 許諸side──


攻めて、攻めて、攻めて、攻め崩して、倒す。

それが自分の戦い方。

でも、それが通じない以上それとは違う、別の方法を考えないといけない。

ううん、全く通じないって訳じゃないから、飽く迄も通じる様にする方法。

それを考えれば良い。

簡単じゃないんだけどね。



(う〜ん…やっぱり、こう違和感が凄いなー…

普段、遣ってない事だから結局は決めきれないし…

って言うか、決める所まで持ってけないもんなー…)



勿論、流琉の上手さも有るからなんだけど。

それを差し引いても自分の駆け引きの下手糞さには、呆れてしまう。

瞬間的な物だったら流琉の意表を突いたり出来るのは判ってるんだけど。

それは崩しまで。

決める所までは届かない。

其処から先に繋げたくてもボク自分も瞬間的な判断や閃きで遣ってから、先へは繋げられない。

本当、もどかしいよね。


それでも、今までの攻防で判った事は少なくない。

先ず、単純な力勝負なら、ボクの方が優位だね。

真っ正面から組み合って、腕相撲みたいな事をすればボクが勝てる自信は有る。

けど、速さや正確さ辺りは流琉の方が上だね。

だから、迂闊に飛び込むと一発で負けちゃう。

そう為ってないのは単純に力で押し勝ってるから。

それが、流琉にも決定的な一撃を出させていない。

こう…ガツンッ!って来て受け止めたら掌や腕とかがシビビッ!ってなってて、力が入り切らなくなる。

あんな感じなんだと思う。

まあ、流琉には上手く打ち逸らされてるから、効果は期待出来無いんだけどね。



(んー…でも、本当に何をどうしよっかなー…)



瞬間的な──小手先の作戦なんかじゃ、流琉の防御を崩せる気がしない。

有効でも、今のままじゃあ力押しも決定力に欠ける。

正確さや駆け引きが有れば違うんだろうけど。

今直ぐに、身に付けられる様な物じゃない。

それらは積み重ねによって培われる物だから。

だから、無い物強請り。

今の自分に出来る事で。

その中で流琉を崩し切れる何かを遣るしかない。

…それが何か判らないから悩むんだけど。



(…あっ、そう言えば…)



ふと、脳裏に浮かんできた一場面が有った。

あれは何時だっか。

春蘭様と二人だけで鍛練をしていた時の事だった。

後から来た兄ちゃんが見て呆れた様に言ってた事。

それを思い出した瞬間。

“それだーっ!”って声がボクの頭の中に響いた。

それは兄ちゃんが言うには“もう一人の自分の叫び”なんだとか。

まあ、そんな事はどうでもいいんだけど。


これなら流琉の意表を突き決める所まで持って行ける可能性が有る。

駄目だったら──その時に為って改めて考えよう。

今は兎に角、集中する。

これを成功させる。

それだけを考えて。



──side out



 典韋side──


“虫が知らせる”、と。

良くない事が起きそうな時用いる表現だとか。

あまり聞き慣れなかった為当初は判らなかった事。

だけど、“虫”というのが私達人間の直感的な感覚を指すのだと言われてみると何と無く、“成る程…”と納得出来てしまう。

“腹の虫”“癇癪の虫”等そういった表現は多いのも一因なんだと思います。


そんな、虫が知らせる。

“何か”が起きる、と。


それは全体的な話ではなく私達の──この私と季衣の闘いに関して。

より簡単に言えば、季衣が何かを仕掛けてくる。

その予感がする。

ただそういう事です。



(…これって、感じる方が難しい事ですよね…)



それは一瞬の事だった。

攻防の最中に見せた季衣の本当に僅かな変化。

だけど、季衣の動きとかが明らかに変わった、という訳ではなくて。

それは、季衣の表情に出た一瞬の変化。


私の中の積み重ねた経験が言っています。

戦士として、ではなくて。

朋友・幼馴染みとしての、私の経験が。

“何か遣ってくる”と。

そう訴えているんです。



(まあ、昔から季衣も嘘を吐いたりだとか、隠し事が上手い方ではないし…

直ぐにバレちゃう方で…

と言うか、季衣は自分からバラしちゃうもんね…)



秘密にする、という事自体苦手としている季衣。

だから、出てしまう。

例えば、“良い事考えた”という様な時には。

普段の笑顔に、悪戯っ子の閃いた瞬間の表情が。

無意識に出てしまう。

それは一瞬の事だから当然普通は気付き難い。

でも、付き合いが長いから私には直ぐに判る。

何かを狙っている、と。


…誘い(演技)の可能性?

全く!、季衣に出来るとは思いません。

もし、季衣が私を騙し切る演技をしたら……うん。

私は雷華様に“女体盛り”という秘料理を出します。

利害の振り幅が大き過ぎる危険な物ですが。

それ位に自信が有ります。




──とは言うものの。

具体的に季衣の狙いが何かという事に気付いた訳では有りません。

飽く迄、何か仕掛けてくるつもりなんだと。

それが判っただけです。

全く知らない初見の敵でも観察していれば見えてくる程度の事ですけど。

それが見せ掛けだけなのか本気なのか。

其処を判断出来るだけでも意外に大きいんです。



(…それが全然判らなくて考え過ぎれば翻弄されて、考えなさ過ぎれば嵌められ程々にすれば無駄にされ…

本当、容赦無いんです…)



…まあ、“誰が”とは私も言いませんけど。

それが経験として積まれ、私達の成長に繋がっている事は間違い無いですから。

文句は言えません。

愚痴は言いますけど。


…それは置いておいて。

季衣の狙いは…不明。

当事者の季衣の動きにも、これと言って目立った変化は見られません。

先程までと変わらないまま攻めて、攻めて、攻めて。

寧ろ、一時的に見せていた小細工を止めて元に戻ったという感じです。



(………まさか?…いえ、幾ら何でも…それは…

……でも、季衣だったら…

…ううん、流石に季衣でもそれは…無い……筈………多分………そ、そうだって思いたい…)



何故か、考えると否定する自信が薄れていく。

“季衣の馬鹿ーっ!”と。

叫べたら楽なのに。

そう思ってしまう。


小細工を止めた。

つまりは、初志貫徹。

余計な事はせずに、真っ向勝負で押し勝とう。

そんな思考が見えてしまう気がして、目眩がする。

出来れば…いいえ、切実に違う事を願う。

信じてるからね、季衣。




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