弐拾弐
撃ち重ね、響き合う。
言葉にしてまうと、何とも簡単な表現なんやろう。
陳腐なんやけど、ウチには表現し切れへん。
もしかしたら、軍師陣なら他に上手い言い表し方とか有るんかもしれへんけど。
ウチには無理やな。
此処等辺が語彙の限界や。
けどな、そんな陳腐さでも似合うてまうんよ。
今のウチ等には。
馬鹿みたいやろうな。
端から観とったら、ウチも呆れとるかもしれへん。
こういうんは当事者以外は感じ難い事なんやろうし。
そう思うんは仕方無い。
そういう物なんやから。
せやから、部外者(他人)は黙っとくべきやな。
それを、どう思うんかも、どないな価値を見出だすんかも全ては当人達次第や。
ウチは、はっきり言える。
この闘いは特別や、と。
けど、凪はどうやろな。
凪の傍には雪蓮様達も認め“最強”と称する高順とか呂布とか居る。
そんなんと日々鍛練しとる可能性を考えると、な。
この闘いを、凪がどないな風に思うとるんか。
それが気になってまう。
…仕方無いんやろな。
“出来れば、凪も…”って望んでまうんわ。
──そう思っとった。
そんなん、凪に直接訊かな判らへん事やからな。
今は無理やろう。
そう諦めとった。
せやけど、違うてた。
重ね毎に、奏でる程に。
ウチの魂魄に響いてくる。
凪の、その想いが。
花開く様に姿を現した。
確かに変わったんや。
凪の中の、何かが。
それが何なんか、何を意味しとるんか。
そんなんは全然判らへん。
けど、そんなん関係無い。
興味が無い訳やないけど、闘い(今)の時を割いてまで考える事やない。
終わった後で、ゆっくりと考えたら良ぇ。
大事なんは、今や。
この闘いだけなんや。
何しろ、こんな経験したい思うても出来へん。
見る事も無理やろな。
それが、起きとるんや。
ウチの目の前で。
それを喜ばん訳が無い。
(嬉しい、嬉しいで凪!
今日の闘いをウチは絶対に忘れへんからな!)
語り継がれるんは高順達の様な“武人の闘い”や。
そうやないウチ等の闘いはそういうんとは違う。
ウチ等自身の思い出話。
その程度の事やと思う。
けど、実際には違う。
紛れも無い、本物や。
一撃、一撃、一撃に。
たっぷりと込められとる。
お互いの想いが、成長が、全て詰まっとるんや。
せやから、何れも無二。
一撃として、同じ物なんか存在せぇへん。
その積み重ねや。
それが、昇華する。
凪と闘うてウチは咲いた。
ウチと闘うて凪も咲いた。
道端に雑草に埋もれとった小さな二つの蕾。
それが今、花開いたんや。
こんなん、望んで叶う様な事や無いわ。
出来過ぎも出来過ぎや。
奇跡としか言えへん。
運命としか思えへん。
忘れられる訳が無い。
特別でない訳が無い。
例え、歴史に記されない事やったとしても。
ウチの心には刻まれる。
しっかりと深く、永遠に。
しかし、現実は無情や。
凪の開花はウチから大切な時(闘い)を奪ってく。
元々、実力差は感じとった訳やからな。
当たり前の事や言うたら、その通りなんやけど。
そんなんも忘れてまう位に闘いに集中しとった訳や。
愉しんでた訳や。
抑、決着(終わる事)を考えながら闘ってへんし。
せやからな、それにウチが気付いたっちゅう事自体も一つの兆しなんやろな。
(──痛ぅ!?、こんな所で来てまうんか〜…)
身体を襲う痛み。
何処っちゅうのも難しい位彼方此方が痛みを伴う。
多分、あの時の無茶遣った凪も似た感じやったんかもしれへんな。
まあ、凪のとは比べるんも可笑しいかもしれんけど。
痛いもんは痛いんや。
問題は痛む箇所やない。
その数でもない。
関係無い訳やないけど。
痛みが出た事。
それ自体が問題なんや。
それが何を意味するんか。
理解出来へん訳が無い。
(…っ…悔しいわ〜…
ホンマ、悔し過ぎるで…)
“何で、ウチはもっと強う成れへんかったんや”って自分に腹が立ってまう。
けど、もしそうやったら、こないな闘いが出来たんか訊かれたら…判らへん。
可能性としては良い方にも悪い方にも考えられる。
無い可能性も含めてや。
こないな結果に至っとんはウチ等が、“今のウチ等”やったからに他ならへん。
せやから、“たられば”の可能性では何も言えへん。
ただ、現実は変わらへん。
この闘いは確かに存在し、そして──間も無く終わりを迎えるっちゅう事。
それは間違い無い。
ずっと続けてたいんやけど終わりが来たみたいや。
身体が、悲鳴を上げとる。
限界を超え過ぎた。
そのツケなんやって。
嫌でも理解してまう。
“夢の様な愉しい時間”は終わりなんやって。
夢からは覚めなアカン。
夢の中に居り続ける訳にはいかんのや。
そんで、現実で、きっちり歩いてかなアカン。
この闘いを糧にして。
まだ見ぬ先へと。
ウチ等は進まなアカン。
背負うてる物の為に。
託された遺志の為に。
進み続けなアカンのや。
──けど、諦めへんで。
簡単には終わらへん。
最後まで貫いたる。
それが、ウチの意志や。
(──往くで、凪ーっ!!)
ホンマに、最後の最後。
凪からも伝わる。
この一撃が、最後やと。
せやから、後の事なんかは一切考えへん。
考えとうもない。
ただ今この瞬間に。
この一撃に。
込めに込めて、撃つ。
全てを絞り出す様に重槍を渾身の力で突き出す。
今までで最高の衝撃。
心まで撃ち貫く様に響く。
快感にも似た充足感。
それが心身を満たす。
揺らぐ身体、傾く景色。
薄れゆく意識の中で。
自らの敗北を悟りながら、自然と浮かぶ笑み。
この闘いがウチだけやなく凪にとっても意味の有る。
そういう物に為ったんならそれだけで、十分や。
また闘ろうで、凪。
──side out。
典韋side──
予定通りに舞台は整えられ私は自分の担当する相手を前にし、得物である球鎚を構えて交戦している。
「でえぇええぇぇいっ!!」
「──くっ!?」
ゴォッガィンッ!!、と重く派手な音を撃ち鳴らすのは彼我の手にする刃。
それは、共に威力重視型の超重量武器。
…まあ、私の方は雷華様の特製ですから、扱う上では重さを感じませんけど。
攻撃には、その超重量さが乗っている訳なんです。
それは兎も角として。
私は受けた一撃に、思わず顔を顰めてしまう。
それを見て、彼女は笑む。
物凄く、嬉しそうに。
何と無く、得意気に。
………ちょっとだけ。
本当に、ちょっとだけ。
苛立ちを感じてしまうのは仕方が無い事だと思う。
「へっへーんっ♪
どうだ見たかーっ!
ちょっと背とかがおっきく成ったからって、武の方はボクの方が上だねっ♪
ボクは全然余裕だしっ!」
「…っ…だから、ちょっと成長してないからって私に文句を言わないでよっ!
八つ当たりでしょっ!
大体、大食いの癖に野菜は嫌いだとか我が儘ばっかり言ってるから成長しないんじゃないのっ?!
少しは考えて食べなさい!
この“お子様”ちゃん!」
「なっ!?、何だとーっ!?
ちょっと見ない間に背とか胸とかボクよりもおっきく成ってたからって、調子に乗ってるなーっ!」
「はぁっ!?、ちょっと!、他人の所為にしないでよ!
先に私に変な言い掛かりを付けたのは其方でしょっ!
何よ!、“お前は誰だ?!、ボクの知ってる典韋はね、ボクと同じ位の娘だっ!”なんていう訳の判らない事言ってたのは誰よ?!
大体ね、背は兎も角としてむ、胸…とかは関係の無い事でしょっ!
大声で言わないで!
私まで羞恥心が無いみたいじゃないっ!」
「あっ、ボク知ってるよ?
そういうの“耳年増”って言うんだってね?
ボクだったら、其方の方が恥ずかしいけどな〜♪」
カッ!、と頭に血が上り、つい、子供の口喧嘩の様に叫んでしまった。
けど、その一言で不思議と憤っていた感情が静まる。
“…あ、そっか”と。
その“したり顔”を浮かべ余裕を見せる幼馴染み──季衣の思考に納得する。
判ってしまうと簡単だ。
大人と子供。
女と女の子。
その違いなんだと。
気付いてしまったから。
「別に闘いには関係の無い事なんだけど…」
「へー…何の話?」
「私、旦那さん居るから」
「……………………へ?」
「だ〜か〜ら〜っ!
私には、ちゃんと旦那さんが居るって言ったの!
貴女とは違ってね」
流石に“行き遅れ”という事は言えない。
だから、今の最後の一言も事実を言っただけ。
それだけだから馬鹿にするつもりはない。
故に、語気は抑えた。
出来るだけ、普通に話す。
そういう事を突っ突くのは誉められた事ではないし。
気を付けるべきだから。
だけど…うん、少しは。
溜飲が下がる思い。
その理由が、“女としての優越感”なのは…ちょっと自慢し難い事だけど。
後、旦那(雷華)様の事とか詳しくは言えないし。
追及されると困るのは此方なんだもん。
この話題は出来る限り早く切り替えるべき。
「ボク聞いてないっ!
何で黙ってたんだよ!」
「そんなの当然でしょ?
私達は“個人的には”今も関係は変わらない…
けど、立場は違うのよ?
私にも、貴女にも、各々に立っている場所が有る…
背負っている物が有る…
だったら、判るでしょ?
言う必要なんて無いって…
そういう事を普通に出来る関係や状況じゃないって…
貴女にも、判る筈よ」
「──っ…」
厳しい言い方になるけど…私は事実を言ったまで。
どんなに大切な関係でも。
私達は背負っている。
民を、国を、命を。
その未来を。
だから、身勝手な行動等は気軽には許されない。
それを理解したからこそ、季衣は唇を噛んだ。
季衣には季衣の立場が。
背負う物が有るのだから。
此処に居る理由にしても、その一端だと言える。
だから、自分を恥じる。
浮かれていた自分を。
今、この再会を迎え。
季衣は複雑な心境だけど、喜んでいる事でしょう。
だって、私は今この瞬間を本当に喜んでいるから。
だから、きっと。
そう季衣も思っている。
これは私の思い込みだけの考えではなくて。
私達だから判り合える事。
そういう自信が有るから。
だから、言い切れる。
ただ、私も甘いんだと。
改めて思ってしまう。
落ち込んだ季衣の姿を見て“…仕方無いなぁ…”って助けてしまうから。
「…もし、私達が今も只の村娘のままだったら…
私は真っ先に教えてた
自信を持って言い切れる
それだけは、間違い無い」
一度、顔を伏せた季衣。
本当は“敵”を前にして、遣る事ではない。
それを指摘したくなる。
でも、今だけは目を瞑る。
今この瞬間だけは。
私は幼馴染みの朋友として接しているのだから。
然程時間は掛からず季衣は顔を上げた。
其処に曇りや翳りは無い。
昔から──そう、昔から。
季衣は底抜けに前向きで、考えるより先ず行動。
それを地で行っていた。
それは今も変わらない。
考え過ぎてしまう私には、とても眩しかった。
そして──救いだった。
その明るさが。
その前向きさが。
そのどうしようもない程の馬鹿馬鹿しさが。
幼い頃の私を支えた。
…逆は、判らないけど。
でも、だからこそ。
今、少しでもいいから。
今度は私が支えを。
季衣が先に進める様に。
私は前に立ち塞がろう。
強固な壁と為って。
その甘さを、撃ち砕く。
季衣の、私の、進む為に。
「……うん、そうだね
そうだった、ありがと
だから──大人しくボクに倒されてくれるかな?」
「それは出来無い相談ね
寧ろ、私は貴女が大人しく投降してくれる方が楽だし嬉しいんだけど?」
「そんなの無理無理!
そんな事したら帰った時に“恐〜いお姉さん達”から一杯怒られちゃうもん!
そんなのボク嫌だし!」
「それは私も同じ」
「そっか〜…それじゃあ、仕方無いか〜」
「そうだね、仕方無いよ」
そう言って私達は笑い合い同時に地を蹴って後方へと飛び退いて距離を取る。
そして、仕切り直して──ううん、本当の意味で。
これから始める為に。
互いに譲れないが故に。
私達は自分達の意志を込め刃を構えた。




