弐拾壱
集中し、思考から雑念等を排除してゆく。
それは言うのは簡単だが、実際には中々に難しい。
だからこそ、一心不乱へと自らを持ち込む必要が有るのだと言えよう。
その方法は人各々・様々に有る事だろう。
では、私の場合は何か。
私の場合は単純だ。
真面目過ぎると言われる程不器用な私ではあるのだが逆に言えば、こういう事に向いていたりする。
所謂、愚直に、である。
一つの事へと集中するのは己の意識次第だ。
考えるより、先ずは動く。
動いてみて、考える。
それ位に単純で構わない。
単純な方が良い。
「──疾っ!」
だから、私は駆ける。
真桜へと一直線に。
彼是考えるのは止めた。
抑、決めていた筈だ。
言葉ではなく、刃(拳)で。
私は語り、示すと。
ならば、一旦真桜に対する自己評価は忘れ去る。
それは慢心や油断を生み、集中しながらも隙を作る。
それを改めて学んだ以上、即座に反省し活かす。
私も成長して見せる。
真桜に応える為に。
「──っ!」
そして、粗同時だった。
真桜も前へと出た。
一旦、守勢に回った事から“攻めるべきだ”と反省し攻勢に出たのだろう。
互いの計算よりも早く。
私達は距離を縮める。
迎撃?、減速?、回避?、誘導?、離脱?、防御?。
──否、何れも否だ。
「──っ!?」
真桜が眼を見開く。
驚愕するのも当然だろう。
私の選択は常識外れだ。
加速、加速!、加速っ!。
敢えて歩幅を縮め、地面を蹴る回数を意図的に増やし速度を爆発的に上昇させる“電脚”という歩法。
雷華様に教わった技。
間合いを無視した非常識。
普通は遣らない。
否、遣れない。
“武器の持つ間合い”には逆らえないからだ。
しかし、私は違う。
私の武器は己の拳脚。
私(武器)の間合いは完全に己の支配下に置ける。
だからこそ出来るのだ。
この“電脚”は。
(──っ!?、この位っ…)
足腰──否、身体全体へと生じる痛み。
だが、それは仕方が無い。
これは当然の事だ。
本来は、氣で強化する事で真価を発揮させられる。
また、身体への負担を軽減させる為にも不可欠。
生身で遣れば、限界を超え負荷が急激に掛かる。
身体は悲鳴を上げる。
だから、普通は遣らない。
どんなに鍛え様とも肉体の限界という物は有る。
それを底上げし、補うのが他ならぬ氣の技法。
その使用を前提条件として電脚は考案されている。
故に、これは必然だ。
だが、それがどうした。
目の前の真桜(朋友)は己の限界を超えている。
ならば、私も。
私も、此処で少しでも先に進んで見せなくては。
だから、関係無い。
この程度の痛みが何だ。
今までの己の不甲斐無さ、愚かしさに比べれば。
心に、魂に届きはしない。
その程度でしかない。
未だ見ぬ、その先へ。
僅かでも構わない。
至ってみせる。
──side out。
李典side──
(何やねんっ、それっ?!)
それが正直な感想や。
そうとしか言えんわ。
ウチ等が取っとった距離は互いに十歩程度。
身長はウチの方が拳一つ程高いんやけど、歩幅的には対して違わん。
………ホンマは、凪の方が広いんやけどな。
そんなん態々言いたないし虚しいだけやろ。
背は高くて、足は短いとか誰も言いたくないわ。
多分、アレや。
凪は体術を得意としとるし蹴り技も多いからや。
きっと脚を伸ばしとるから長くなっとるんや。
ほら、宅の雪蓮様も見事な美脚をしとるし、蹴り技も結構得意やからな。
きっとそうや。
そうに違いないで。
ウチ、今度から毎日蹴り技練習しるねん。
そんで、長くて格好の良ぇ美脚を手に入れるんや!。
…って、違う違う。
そうやのうて。
大事やけど、違うねん。
それは兎も角としてや。
互いに駆け出せは五歩。
六歩目には撃ち合う。
或いは撃ち合うた後になるやろうな。
普通に同じ条件なら、や。
凪の方が、ウチより速い。
凪が六歩、ウチが四歩。
そしたら七歩目と五歩目に為るんやけどな。
そんな感じに思っとった。
抑として、全力で駆ける時言うんは歩幅は大股よりも広う為るんが普通や。
“走る”よりかは“跳ぶ”言うた方が近いやろ。
前に向かって地面を蹴って加速しながら進むんや。
そう為るんは当然や。
それを、や。
凪は歩数を増やしよった。
増やして、距離は変わらんままやのに、それ以上やと思わせる加速をしよった。
有り得へん真似や。
形だけなら真似出来てても実戦では使えへん。
と言うよりも、無理や。
あんなん遣ってたら正面に動かれへんやろ。
明らかに頭が可笑しないと遣らへん事やって。
似た様な事を考えとっても実用化出来る所まで工夫し技術として昇華出来へん。
…あ、凪の事やないで。
使うとるんは凪やけどな。
兎に角や、そんな非常識な真似を遣りよった。
そんでもって、加速や。
予想よりも遥かに速い。
一歩毎に速う為る。
──そして、激突。
碌に考える時間も無い。
あと、受けに回っても悪い予感しかせぇへん。
せやから、攻撃する。
結果、撃ち合う事になる。
「────っ!!!!」
その瞬間、奔る衝撃。
突き出した愛槍の先から、右手・右腕・右肩、そして身体全体へ。
一気に拡大する様に。
まるで、でっかい岩か何か思いっ切り叩いたみたいな全身を痺れさせる様な。
そんな衝撃に襲われる。
(ホンマに何やねんっ!)
撃ち合い──力負けして、槍を突き出した格好のまま後ろへと飛ばされる。
きっと、端から観とったら唖然となるんやろうな。
そんな他人事の様な感想が思わず浮かんでまう。
それ位に、衝撃的や。
…いや、冗談やのうて。
痺れとる言うても思考まで痺れてへんから。
…ちょっとは、まあ。
痺れとるけどな。
目の前に居った筈の凪。
その姿が遠ざかる。
現実離れした感じでや。
せやのに、宙に浮かんどる感覚は妙に有る。
気色悪い位にや。
さっきとは全然違う。
ウチが自分の意思で後ろに跳んだ訳やない。
弾き飛ばされた、言うても可笑しないやろう。
せやけど、それは違う。
上手く言えへんのやけど、弾かれたんとは違う。
そんな気がする。
説明は出来へんけどな。
けどな、それが“硬さ”に因る物ではないんやと。
直感的に理解した。
要は、適当に拾った小石を投げてみて、力加減次第で対象に当たった時の威力が変わるんと同じや。
それは投げての腕力が直接威力に為るんやない。
投げた時の速さ。
それが威力を決めるんや。
速ければ速い程に。
その威力は高まる。
但し、それは“投げたら”っちゅう話しや。
勿論、武術には繋がる。
速い突きっちゅうんはな、やっぱ威力が有るんよ。
ただな、速いだけで軽い。
そないな事も多い。
それは体重が乗っとるか、そうでないかやない。
具体的に分けるんは意外と難しい話やったりする。
凪の攻撃は、正拳突き。
体術の一番基本的な攻撃。
そして、最も速さと重さを制御し易い方法。
そうは言うてみても決して簡単な事やないけどな。
加えて、普通やない。
狂気の沙汰としか言えへん加速からの、や。
当然、その一撃は普通では考えられへん様な衝撃で、“…これ、現実なんか?”と思されるけどな。
残念ながら、現実や。
それを、身体が感じ取る。
地面に足が着いた。
踵から、爪先から。
そんな部分的にやない。
両足の裏が、同時にや。
こんな経験有らへんわ。
そのまんま、後ろに向けて同じ姿勢のまま、滑る。
普通やったら、足が地面に着いた時点で足を軸にして回る様に上半体だけが後ろへと持ってかれる。
で、派手に転がる訳や。
余っ程、身体に力を入れて石像みたいに為っとらんと体勢は維持出来へん。
因みに、ウチは突き出した格好のままやからな。
“身体に力が入っとる”て言うたら、間違いやない。
ただ、その程度やと体勢は維持出来へんけどな。
何でかなんて解らへん。
まあ、要はそれだけ綺麗に“入った”っちゅう訳や。
そんな事よりもや。
自分の足が地面を擦り上げ起きた土煙が視界を漂う。
“鬱陶しいねん!”やとか“見えへんやろ!”なんて全く考えへん。
考えるんも馬鹿馬鹿しい。
何しろ──凪は目の前や。
その土煙を貫いて矢の様にウチに向かって来とる。
せやから、そんなん考える必要なんて有らへん。
(尤も、そんな余裕もなんやけど──なっ!)
無理には逆らわずに滑り、体勢を維持したままで必要最低限の動きだけ。
そんで、再度、槍を突く。
ガグィンッ!、と響き渡る鈍い金属音。
決して、華麗ではない。
決闘や死闘やと言うには、あんまりな不粋な音。
不相応もいい所や。
もうちっとで良ぇねん。
それっぽいんが欲しい。
それなのに、何でやろな。
ウチ等には相応しい。
つい、そう思ってまう。
刃物同士の綺麗な剣戟。
それは如何にもな感じで、“武人”やっちゅう感じの高貴さを匂わせる。
感じさせる。
…まあ、そうは言うても、ウチの勝手な印象やけど。
けどな、ウチ等は違う。
生粋の武人やない。
そんな誇りを血に宿して、生まれた訳でもない。
使命を背負ってもない。
宿命に囚われてもない。
生きる為に、守る為に。
手段として武を求めた。
ただそれだけの事。
その果てに、今に在る。
ただそれだけなんや。
せやから、この不器用で、不恰好で、華なんか無い、不細工な鈍響(音色)が。
妙に、しっくりくる。
グギギリッ…、とウチ等の得物が軋みを上げる。
それを聞いているだけで、ゾクゾクと全身が粟立つ。
寒気や悪寒やない。
興奮しとるんや。
歓喜が止まらへん。
嘗て無い程に。
この闘いを望んどる。
「…こんな時に何やけど、先に謝っとくで?
ホンマ、スマンな
ウチ、愉しゅうて堪らんわ
どうしようもない位にな」
そう言うとる最中やのに、口角が上がってまう。
互いの立場上、出来るだけ見せん様にしとったけど。
こないに近くに凪が居ると我慢出来へんかったわ。
…凪、困るやろうな。
折角の闘いに水を注す様な真似はしとうないけど。
やっぱ、言うときたい。
その気持ちが勝ってもうたから仕方有らへんな。
「…私も、愉しいと思う」
「…え?、ホンマに?」
「ああ、嘘は吐いてない
その必要は無いだろう?」
「ははっ、せやなっ!」
遺志は刃に込める。
けど、言葉も大事やな。
そう改めて思うわ。
唾競り合いの状態から離れ次の攻撃へと移る。
攻防や言うたら攻防や。
けど、互いに防御なんかは一切しとらへん。
只管に攻撃するのみ。
攻撃の応酬や。
一撃、一撃に勝敗が有る。
けど、終わらへん。
それは回避はするからや。
流石に危のう為ったらな。
簡単に届きはせぇへん。
けど、足りへんのやったら付け足せば良ぇだけや。
今、ウチの目の前に居る。
凪から少しでも学んでな。
響くんはウチ等の奏でる、ウチ等だけの剣戟。
それがホンマに心地好うて酔っ払いそうや。
“ツケ払い”は利きそうに無いんやけどな。
(改めて感じるで祐哉!
自分の言うてた通りや!)
それは他愛無い会話。
けど、無意味やなかった。
槍・槍術と一口に言っても多種多様なんは当然や。
けど、大体は蒲公英の様な姿を想像する筈や。
長さを活かした間合いに、速さと正確さを活かしての突きを主体とした戦い方。
当然、武器も相応しい形に造られている。
せやけど、ウチのは違う。
戦い方は突きが主体なんは一緒なんやけど。
槍は、重く、大きい。
柄と同じ程の長さの刃。
いや、刃と呼ぶには斬る事なんか考えてへん。
突き、叩き潰す。
そういう使い方をする。
そして、防具でもある。
その為に頑丈に出来てる。
鈍器の様な、重槍だ。
一回、祐哉に言われてみて別の槍を使うてみた。
軽過ぎて、動き難い。
そう感じた位だ。
ウチも、普通とは違う。
それ位に、ウチの戦い方は出来上がっとった。
それを今、実感する。
誰かの真似やない。
ウチの、ウチだけの。
李曼成の槍術(花)。
それが凪(朋友)を前にして漸く開花を迎えたんやと。




