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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
70/914

5 褪せ映る彩 壱


 other side──


娘の珀花からの書状。

内容は──えーと…その…何と言いましょうか。

“相変わらず”と言う事にして置きましょう。

呆れて溜め息しか出ない。


気を取り直して、応接室に向かい対面を果たす。

娘達の──そして私達の、仕える“主”となる方と。



「姓名は朱治、字は君理、真名は李珀(りはく)です

娘共々、“末永く”宜しく御願い致します」



そう言って抱拳礼の構えを取り頭を下げる。

顔を上げた時に僅かに窺う事が出来た“彼”の表情は驚いていた。

今は平静に戻られたが。



「…“意外”を通り越して感心してしまうな…

一応、訊いておこうか

何故、臣従を?」


「あの娘達が一緒に仕えているのであれば、此方より周家の方に先に行かれると思いました

そして、子魚であれば恩に応えるでしょうから…

間違っていましたか?」



そう訊ね返す。

返る答えは判っている。

“お互い様”に。


言わば“答え合わせ”で、それを物語る彼の笑み。



「いいや、良い読みだ」


「畏れ入ります」



そう言い小さく頭を下げ、顔を見合わせると二人して笑い合う。


彼──子和様の自己紹介や曹家の方針の説明を聞いて感じる。


良き主、良き友、良き師…

気さくで、温かく、けれど“緩く”はない。

とても良い環境。

あの娘達は良縁に恵まれた様で一安心した。


──とは言え、気掛かりが無い訳ではない。



「付かぬ事を伺いますが…

娘は──珀花は皆様に対し“御迷惑”を御掛けしてはいないでしょうか?」



つい、母親としての立場で訊ねてしまう。

すると苦笑される子和様。

しかし、その表情からは、悪い感情は感じない。

寧ろ、“生暖かい”感じで擽ったい。



「そんなに気にするな

大体、多少の失敗は誰にも有って当然の事…

それを細々咎めはしないし本人が自覚・反省するなら自主性に任せるだけだ」


「それは良いのですが…」



母親としては、どうしても娘の心配をしてしまう。

本人よりも、周りに及ぼす迷惑の事を。



「義封の性格を考えれば、心配もするか…」


「…はい…」



そう言われ、恥ずかしくて恐縮してしまう。



「まあ、公瑾が注意したり説教したりしているが…

似た様な関係の者も居るし特に気にはならない

何より“いつも”の事だ

今更だろ?」



“それ”も含めて娘の事を受け入れている。

そう感じ、静かに頭を下げ感謝を示した。



──side out



初見から素で話す相手は、久し振りだろう。

それだけ親しみ易い性格は母娘と言うべきか。

君理は苦笑するだろうが。


彼女にも荀攸・周異同様に“仕事”の説明をし終え、もう一つの話をする。



「人材ですか…」


「中々居ないのは承知だが文官・武官は一人でも多く欲しい所だからな…」



右手で茶杯を持ち、一口。

口内と喉を潤す。



「…心辺り、と言う程では有りませんが…」


「噂の類いでも構わない

其処は俺が判断する」



紀霊という“前例”が有る以上は中々侮れない。

まあ、そうそう都合良くは情報も無いだろうが。



「実は昨日、街で見掛けただけなのですが…

私の記憶違いでなければ、確か先々代の豫州の刺史を務められていた孔公緒殿の御息女だったかと…

もしかしたらまだ街に居るかもしれません」



孔公緒──孔抽か。

ただ、豫州刺史になるのは董卓政権下での事。

後に反董卓を掲げて劉岱・橋瑁と挙兵するが…

その後は不明な人物。



「名前は判るか?」


「姓名は孔融、字は文挙…

彼女自身も青州で刺史等を務めていた筈です」



娘が孔融──孔子の血筋になるって訳か。

まあ、驚く程じゃない。

もう“慣れた”しな。



「外見的な特徴は?

一人、或いは連れは?」


「…断言は出来ませんが、親しげな女性が一人一緒に居ました

二人共背丈は私よりも少し低い位で、孔融殿は綺麗な長い銀の髪をしています

もう一人は肩口程の長さの鶯茶色の髪でした

身形の印象が旅の途という感じでしたので…」


「宿を取っている、か…」


「宿は街の南側に多いので其方らかと」



此方の言葉に首肯しながら然り気無く追加情報を出す辺りが頼もしい。



「人を遣りましょうか?」


「いや、俺が行く

直に会って見ないと判断が出来無いからな

それに一応は“御忍び”の身だからな

目立つ事は極力避けたい

孔融が居る居ないに限らず確認を終えたら、そのまま家に帰るよ」



“外泊”や“朝帰り”などしたら家の連中が喧しい。

下手したら一人での行動を制限されかねない。

それは勘弁して欲しい。

女所帯の中に男一人だと、たまには一人になりたい時とか有るんだって。



「外で“遊ぶ”のでしたら娘達を招かれては?」


「冗談でも止めてくれ…

笑えないから…」


「ふふ…失礼致しました」



笑顔で頭を下げる君理。

…ったく、女は手強いな。




 other side──


宿の部屋を出て戸を閉め、一息吐いて佇む。


少し疲れたと言われた為、雪那(せつな)様には部屋で休んで貰った。


以前──旅に出る前から、時々具合が悪そうな様子は見受けられた。

しかし、最近は特に頻度が多い気がする。



(…何処か患われているのだろうか…)



真っ先に思い浮かぶのは、病の類いだ。

しかし、見る限り顔色等は悪くはない。

急に痩せたとか太ったとか言う訳でもない。

正直に言って、健康にしか見えない。



(だからこそ心配だ…)



見た目で判らないからこそ“手遅れ”になってしまう可能性を否定出来無い。



(…こうして考えていても仕方が無いか…)



廊下を歩き、厩に向かう。


何頭か預けられて居る中で一頭が顔を覗かせる。

私の足音に気付いたのか。

見事な深い漆黒の馬体に、珍しい銀の長毛。

雪那様の愛馬である牝馬の彗月(すいげつ)だ。

とても大人しい性格だが、物怖じしない勇敢さも持つ賢く良い子。



「退屈していない?」



そう訊ねると“大丈夫”と言う様に頭を擦り寄せる。

何方らが気遣っているのか判らなくて苦笑する。



「…もう少しだけ我慢して待って居て頂戴」



そう言いながら櫛を持ち、彗月の毛を梳く。

気持ち良さそうに目を閉じ尻尾を振る。

その様子に少しだけ此方も心が癒された。



暫くして宿を出る。

今日の昼は部屋で摂る方が良いと考え、買い出しに。



(さて、何にするか…)



好き嫌いは無いから二食と続けなれば大体大丈夫。

ただ、身体の事を考えると悩んでしまう。

自分は医術や薬術の覚えが有る訳ではない。

何が良いのか、必要なのか判断が出来無い。



(精の付く物、というなら心当たりも有るが…)



それで良いのか判らない。

何より、何も仰有られない雪那様に対し露骨過ぎる。

流石に、それは拙い。



(…取り敢えず、見て回りながら考えようか…)



そう決めて、料理店の並ぶ西側の通りへと足を運ぶ。



「──銀色の髪の女性客、ですか?」



不意に耳に入った声。

気になり、声のした方へと振り向く。


其処は宿の多い南の通りで通行人も少なくない。

だが、直感的に判る。

今の会話の主が誰か。


行き交う人々の中。

唯一人、異彩を放つ存在。

“日輪”を思わせる美しい白金の髪の女性だと。




手近な露店商の商品を見る振りをしながら気付かれる事が無い程度に



「此方に泊まっているか、或いは此の辺りで見掛けた事は有りませんか?」


「さぁ…銀色の髪なんて、珍しいからねぇ…

一度でも見掛けたら簡単に忘れはしないと思うよ」



話している相手は宿で働く女性だろうか。

前掛けをした三十後半位の愛想の良さそうな人だ。


訊ねていた女性は一礼して宿から離れる。

他の宿や住人に訊ねるのか──と思っていると女性が此方を向いた。


とても珍しい──私自身は初めて見る真紅の双眸。

宝玉の様な美しさに思わず見惚れてしまう。


つい、魅入ってると女性と目が合った。

柔らかな微笑を浮かべられ我に返り掛けた意識が再び虜になりそうになる。



「こんにちは」


「こ、こんにちは…」



あまりに自然に歩み寄って声を掛けられた事と彼女を盗み見ていた疚しさから、ぎこちない返事になる。



「唐突で不躾な事を御訊きしますが孔融殿の御連れの方ですね?」


「──っ!?」



雪那様の名を出された事に心臓が大きく跳ね上がった様に感じた。


じっと彼女と視線を交え、“誤魔化し”は通じないと判断し、目を閉じる。

大きく息を吐き、気持ちを改めて瞼を開ける。



「私は文挙様の御世話等をさせて頂いて居ります

太史子義と申します

文挙様を御探しの御様子と御見受けしましたが…

一体、どの様な御用で?」



此方から名乗り、向こうの目的を率直に訊ねる。


万が一にも問題に成らない様に言葉遣いも丁寧にし、礼儀正しく振る舞う。

ただ、表情には出さないが緊張で嫌な汗を掻く。



「そう“身構え”無くても大丈夫ですよ」



クスッ…と笑みを溢され、気付かない間に顔や四肢が強張っていたと覚る。



「私を警戒される気持ちも判りますが、無用な威圧は争いの種ですよ?」


「…御忠告痛み入ります」



彼女の尤もな忠言に対し、非礼の詫びと感謝の意から頭を下げた。


顔を上げて彼女を見るが、此方から再度訊ねる真似は“催促”か“詰問”の様で遣り辛い。

其処で失態に気付く。

はぐらかされてしまったら“それまで”だ。



「浅慮はいけません

ですが、深慮も過ぎれば、同じ事ですよ」



此方の心中を見透かす様に彼女は窘める。

“格”が違うと感じる。



「孔融殿に御会いしたく、探していました

御目通り願えますか?」



私には判断出来無い。

取り敢えず、案内するしかない様だ。



──side out



孔融を探して、聞き込みをしていたら視線を感じて、振り向けば大当たり。


肩程の長さの鶯茶色の髪、俺より少し低い身長。

孔融の連れだろう。


年齢は二十歳位。

ダーク・グレーの双眸。

実戦経験こそ少なそうだが身の熟しは中々。

スタイルも良い。


…というか“この世界”の女性は美と能力が比例する存在なのだろうか。

死ぬまでには究明したいと割りと真面目に思う。


声を掛けて見れば判り易い位に動揺し、警戒された。

まあ、仕方無いか。

ただ、頂けないので忠言をしておいた。


その後、彼女──太史慈に案内されて孔融の居る宿に向かう事になった。


自己紹介?、どうせ直ぐに孔融にもするんだし此処は訊かれない限り流す。

だって面倒だし。



歩きながら、彼女について考察してみる。


太史慈と孔融は縁が深く、必然とも言える。

どういう縁かまでは流石に判らないが。


ただ、“様”付けしている様子を見ると太史慈の方は強く忠義心、或いは恩義を感じている様だ。



(確か“歴史”では母親が世話になったんだったな)



その辺り、父母は兎も角、可能性は高いか。

そう考えると別段“特異”だとは感じない。



(寧ろ、気になるとすれば孔融の方だな…)



元・青州刺史。

肩書きだけを見れば大して驚く事ではない。

だが、“元”という一点が疑念を抱かせる。



(何故、辞めている?)



君理の話では二十代前半とまだまだ“現役”だ。

特に周囲との折衝が有った訳でも無い様だし、民衆の信頼も高かったとの話。

“普通”に考えると理由は無い様に思える。

…まあ、政策に疲れたとか気紛れは有り得るが。



(ただ…太史慈の様子だと“会わせたくない”理由が少なからず有りそうだな)



妥当な所は“病”か。

ただ、孔融の死因は仕える“曹操”に対する度重なる諫言を疎まれて。

その諫言も侮蔑に近い物と言う説も有るから一概には“曹操”が悪いと言えないのが本音だ。



(華琳なら大丈夫だろうが………多分…恐らく…)



逸れ掛けた思考を戻して、“病”だと仮定。

そうすると“旅”の理由も説明が出来る。



(公瑾達と同じか…)



今度は遣り過ぎない様に、注意しよう。




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