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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
699/915

       拾玖


 李典side──


一度懐いた恐怖心。

それは強い警戒心となって棘の様に心身に刺さる。

簡単には抜けず。

拭い去る事も出来ず。

何気無い瞬間に思い出した様にピリッと痛むのと似た感じで悪寒を生み。

鬱陶しさを覚える。


せやから、こないな感じで慎重になってまうのも別に可笑しな事や無い。

普通に有る事や。

ただ、その“普通”の中に入れたらアカンのがウチの目の前に居った。

それだけの話や。



(──ってぇ、他人事な訳有らへんのやけどな!

兎に角、この状況や…

どうにかせなな…

………………えぇいっ!、どないせいっちゅうねん!

間も打つ手も無いわっ!)



一旦間を置き、凪の出方を窺っていこうかと思っとる矢先に凪に仕掛けれた。

それもや、ウチが今さっき遣ったばっかりのを。

まあ、其処は凪やし。

そのままんまっちゅう事は有らへんやろうけど。



(…動揺すなっちゅう方が無理な話やろ…)



自分と“全く同じ事”を、いきなりで遣り返されれば普通に動揺するて。

まあ、そうは言うてもや。

これが型通りの事やったり毎日の日課の──とまでは言わんでも、結構な頻度で手合わせしとる相手やって見慣れとる事やったなら、何も可笑しない。

そうやのぅて、今此処で、ウチが考え出したばかりの事やったからこそ。

動揺が生まれんねん。


その動揺は僅かとは言え、ウチに隙を生む。

その隙で出来た僅かな間は今の凪が相手やと致命的な穴に為るやろう。

せやけどな、今重要なんは其処やない。

どう遣って挽回するんか。

それだけが大事なんや。



(…そうは言うてもウチに時間は有らへんしなぁ…)



状況的に見て、似とっても別物なんは間違い無い。

凪がウチの真似を遣る筈が有らへんしな。

なら、“入り”だけや。

その先は判らへん。

予想しようにも情報が全然足りてへん。

つまり、これから凪が遣る事に、ウチが合わせるんは無理やっちゅう事やな。



(…一手、が限界やな…)



一手で、状況を打開する。

それ以外に続闘出来るとは思えない。

問題は、どうするかや。

彼や是やと考えが巡る。

明確に“これやなっ!”と言える手は出ない。

そんな中の事。

ふと、脳裏に思い浮かんだ光景が有った。

それは、つい先程の物。

凪が于禁を倒した時。

その一連の動き。



(〜〜っ、打付け本番とか全然遣りたないけど遣らな終わってまう!

せやったら、此処は博打で遣るしかないやろ!)



個人的に博打を打つんならこんな時は一発大逆転っ!──やのうて、確実に積み上げて確実に勝ちたいんが本音なんやけどな。

そうも言ってられへん。

敗けたら終い。

博打とは違うて、遣り直しなんて出来へん。

ホンマの一発勝負や。


そんでも、これを遣る以外闘い(勝負)を続ける方法が有らへんのや。

なら、仕方無いやろ。

賭けに出るしかない。




凪の話やないけどな。

“そのままんま”で真似が出来るっちゅう訳が無い。

抑、ウチと凪やと戦い方が基本的に違てる。

それでもや、ウチよりかは体術を主体にしとる分だけ凪の方が“真似る”んなら上手いやろうな。

要は、身体の使い方だけを真似とったら、それらしく見せる事は出来るんや。

単純に動揺を誘う事だけが目的やったら、その程度で十分やと言える。


それはそのままんまウチと凪の能力の違いでもあり、凪の方が有利やっちゅう話やったりもする。

体術に優れ、初見やっても真似出来るんは当然身体の使い方が上手いは勿論やし何より“見極め”も上手い証拠やって事や。

つまり、遣るんが下手糞な“その場凌ぎ(小細工)”の範疇なら通じへんて事や。



(…なら、ウチはウチの、凪には無い物を…

そうやな、ウチだけの物、“積み重ね(経験)”を使う以外有らへんわな…)



急造の豪華さ(見せ掛け鎧)やなんて簡単に見破られてしまうもんや。

なら、身体に染み付いとる“遣り慣れた”事が一番。

一番、自然に見える。


後は、其処に一工夫。

それが結果を分ける。


其処が大きな悩み所──な筈なんやけど。

こないな時いうんは面白い様に直ぐに見付かる。

それは、まだ祐哉にウチが槍の使い方を教えとった頃有った一場面。

思わず大笑いしたのを今もはっきりと覚えとる。

それが──繋がる。



(感謝すんで、祐哉!)



上半身は“順手”のまま、下半身は真逆に構える。

有り得へん構え方。

当然、正規な訳無い。

せやけど、ウチやから──槍だけを使い続けとるウチやから、幻視(見)せる事が出来るんや。


槍に慣れ親しんどったウチですら呆気に取られた。

その可笑しさ。

当然ウチよりも敏感な凪が気付かん訳無い。

そして──考える筈や。

体術使いの癖。

無意識に相手の構え方や、動き方を追ってまう。

勿論、武人やったら大抵が遣っとる事やけどな。

体術の使い手は更に顕著にそれが出易い。

せやから、考えさせた事で凪に今度は逆に動揺と間を生じさせられる。


凪が止まるか、退いたならウチの分もチャラや。

けど、多分、止まらん。

凪やったら、前に進む事を選び取る筈や。

せやから、これで五分五分──やない。

後の先に回ったウチの方が少しやけど有利や。


于禁に仕掛けた凪の技。

祐哉の素人の変さ。

で、ウチの槍技と経験。

この一手に込めたる。



(──行くで、凪っ!)



凪の間合いに入る。

その僅かな瞬間に。

一瞬、左足に体重を乗せて前傾姿勢になる。

其処から、踏み込む要領で左足で“真後ろ”に跳ぶ。

低く、長過ぎず、間合いに一手で持ち込める様に。


左足が着地した瞬間。

奇妙やった構えは見慣れた“順手”の形に為る。


そして──ウチの間合い。


目の前の凪(朋友)が見せた一回きりの技を。

積み重ねた絆を。

信じて──穿つ。




凪の間合いに入った瞬間。

そのままやったら確実に、ウチは敗けとった。

抑、後手に回っとったからウチは生半可な事では凪の攻撃を止められんかった。

…回避?、全然遅いわ。

凪の──体術の間合いへと入った時点で終いや。

せやからな、迎撃するんが一番無難な選択肢や。

けど、当然凪は読んどる。

読まれとる以上、選択肢は新しい物やないとアカン。


ウチは賭けに出た。

分が悪いんは承知や。

何しろ、ウチと凪の実力はホンマにデカイんや。

ちょっと工夫した程度やと埋められへん。

奇を衒い過ぎる。

その位はせんとアカン。


その結果が、コレや。


凪は前に出た。

ウチの信じとる凪のまま、それを選んでくれた。

凪は馬鹿やない。

于禁の様な真似は、絶対に遣らかさへん。

慎重やし、出来もせぇへん無謀な事は遣らん。

けど、簡単には退かん。

いざっちゅう時に程。

凪が退く事は無い。

昔から、そうやった。

凪は困難に立ち向かう事を昔から選んできた。

せやから、判るんや。

凪なら、こうするんやと。



「────っ!?」



凪が息を呑み、驚愕する。

一手──凪が間合い入り、決まったと思った瞬間。

立場は逆転した。


必殺必中こそが体術の売り──やとか何とか。

間合いに入ったら、相手の得物なんかは気にせぇへん位に“独壇場”になる。

そういう物らしい。


せやからな、凪の驚いとる気持ちは判らんでもない。

有り得へん事やろう。

必殺の筈が、必死や。

思考も追い付けへんて。


でもって、槍の独壇場。

前に突く。

それに関して、槍を越える一撃は有らへん。

…使い手の力量差は抜きで考えてな?

ウチより上なんて幾らでも居るんやから。

其処、大事やからな。


──とか思考が出来るのも勝ちが見えたから。

いや、確信したからや。


凪の身体は宙に有る。

決めに入った瞬間、体重を乗せる為に僅かにやけど、跳んどるからや。

これは昔からの戦い方。

小柄で細身、その軽量さを補う為の凪の工夫。

一緒に考え、作り上げた、凪の武の原点やとも言える技術に他ならへん。


当然、ウチは知っとる。

せやから、狙っとった。

この一瞬を。


勝負を決める為に。

右拳は振り抜いとる。

突き出した直後。

その引き戻しが一番難しく隙が出来る事は槍を扱う者やったら嫌でも知っとる。

身体は勢いを殺さん為にも前に向かっとる。

逃げ場は有らへん。

故に、これは必中や。


見開かれた凪の双眸。

真っ直ぐに見詰めながら、ウチは右腕を突き出す。


自分の全てを込め。

己が志を乗せ。

皆の想いを託し。

未来を掴む為に。

全力で、小柄な凪の身体を突き──穿った。





「──────っ!?」



──その筈やった。


けど、槍が凪の身体を穿つ直前の事やった。

何も出来へん筈やったのに凪の身体は“前に向かって宙で一回転”した。

それにより、槍の上を飛び越える様に躱した。


とは言うものの、流石に、其処から反撃をする余裕は凪にも無かったらしい。

互いに擦れ違う様に前へと向かって距離を置く。

そう、仕切り直しや。



(…アレを凌ぐんか〜…)



今の一手。

それは間違い無く、ウチに与えられた千載一遇の好機やったやろう。

凪に対し同じ手が通用するやなんて思うてへん。

文字通り、大失敗や。


けど、仕方無い。

そう素直に思うてまう。

それ位に見事やから。



(…今のは猫っちゅうのも無理やろうなぁ…

例えるなら…何やろ?

思い付かへんわ…)



凪よりも、ずっと小柄やし素早ぅて小回りが上手い、身軽な明命の相手したんは一回や二回やない。

それこそ、何百回と戦ぅて経験は積んどる。

それでも、判らへん。

明命は…アレや。

猫みたいな、鼠みたいな、猿みたいな、兎みたいな、犬みたいな感じや。

…化け物や有らへんよ?

その都度、その動きに懐く印象が変化するっちゅう、それだけの事やから。

因みに、雪蓮様や祭様とか宅は“肉食系”が多いんは何でなんやろな。

皆、結構好戦的やし。



(…まあ、ウチも今だけは皆の事言われへんけどな)



視界の中、構えとる凪。

その姿を見とるだけでも、闘志(熱)が更に高まる。


まだ、終わってへん。

まだ、闘えるんや。

まだ──ウチは凪と存分に死(語り)合える。

それが嬉しくて堪らん。

今の“自分(限界)”を越え全てを出して食らい付く。


せやから、凪。

覚悟しといてや。

簡単には終わらせへんで。

もっと強く、もっと激しく愉しんでこうで。

魂魄が震える程に。



──side out



 楽進side──


何が起きたのか。

それを理解しようと考える余裕は無かった。


完全に決めに行った一撃。

それだけに完璧に躱された自分は無防備だった。

そして、立場は逆転する。

防御──不可能。

回避──不可能。

相殺──不可能。

真桜の一撃は必中だ。


勿論、氣を使えば問題無く何れの行動も可能だ。

しかし、それは前提条件を自ら破棄する事になる。

真桜には悪いが、死ぬ事は有り得ない事だ。

流石に、その可能性に際し身を守る事をしないという理由は無いからだ。

故に、それは勝負としての“縛り”に過ぎない。


──だが、それでも。


私は敗けたくはない。

別に私は真桜を侮っている訳でもない。

また他勢力(他所者)だからという訳でもない。

ただ単純に。

敗けたくはないのだ。

諦めたくはない。

まだ、この闘いは終わっていないのだから。



「────っ」



技後硬直、と称されるのは決めに行った際に身体へと生じてしまう僅かな硬直。

必殺とする以上、外す事や破られる事を考える事無く決める為に全てを傾ける。

だから、普通は出来る事は無いのが当然である。


しかし、雷華様は違う。

この様な状況下でも出来る事は有るのだと。

そう私は教えられている。

氣を使わずとも。

そういう術は有るのだ。


現在、身体は空中に有り、右腕を振り抜いたまま引き戻せはしない。

勢いのまま槍を構えている真桜に向かって流れる。

加えて、真桜が此方に向け槍を突き出している。

私と槍とが接触するまでに要する時間は、一方だけの場合よりも加速。

その分、与えられる時間は減るが──構わない。

私は“力の向き”を線から円へと変える。

“胸当て”によって。




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