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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
698/915

       拾捌


一つ、ゆっくりと深呼吸し心と思考を落ち着かせる。

…否、正しくは切り替えて集中し直す、だろう。


それを見計らったかの様に真桜が仕掛けて来る。

再び、最短距離で。



(そう何度も同じ手が通用するとは思わない筈だ…)



迎撃の為に前には出る。

しかし、其処から何かする事を前提として動く。

単調な攻撃しか出来無い程真桜は愚かではない。

何より、一つ上に至った今先程までとは違う筈だ。


その考えを肯定する様に、真桜は突撃から急停止し、逆に私を迎え撃とうとする体勢へと移行した。

しかし、急停止とは言えど一度付いた加速は簡単には相殺し切れない。

通常、そう為った場合には躓く様に前のめりになる。

だが、其処を真桜は敢えて完全には停止せず、靴底を地面に滑らせる事によって減速しつつも前に進み出て迎撃を可能にさせた。


これがもし、野原や森林の中だったら難しい。

海岸や砂漠の様な砂地でも足を取られてしまう。

剥き出しの硬い地面。

その上に細かい砂等が乗る場所だから出来る事。

地の利を活かした一手。

素直に、見事だと思う。


しかし、だからと言って、勝敗は決まらない。

飽く迄も一手に過ぎない。


地面を滑る真桜に対して、私は同じ様に足を滑らせて態と足先を打付けに行く。



「──っ!?」



そんな私の対応に、真桜は目を見開いた。

当然だが、そうなった場合間合いが広く長い槍を持つ真桜の方が有利だ。

態々自分から不利になる。

そんな事は普通はしない。

何しろ、命懸けなのだ。

常に優位に運びたい。

そう考え、思う事が当然。

それなのに、だ。


勿論、心理戦(読み合い)の側面も無くはない。

思考を促す事で、判断力と反応速度を削ぐ。

そう遣って出来た隙を突き勝負を決める、というのも立派な戦い方の一つだ。

まあ、今回は違うのだが。


土煙を上げなら互いの足が打付かる、その瞬間。

真桜は一切の躊躇も無く、回避を選択した。

真横に弾ける様に飛び退き勢いのまま距離を取る。


その判断は正しい。

もし、あのまま私の攻撃を迎撃していたなら、其処で勝負は着いていた可能性が高いと言える。

言い換えるならば、真桜は“生き残った”のだ。

素直に称賛すべきだろう。



「………っ…」



だが、そう思いながらも。

胸中では朋友(真桜)に対し嫉妬の炎が燃えていた。


その感覚は得ようとしても得られはしない。

それは限られた中の奇跡。

宛ら天に導かれるかの様に“許された者”だけが得る更なる高みに至る為の階。

その僅かな一握りの中に、真桜は入った。


つい先程までは自分よりも劣っていた真桜が、だ。

その事実に、嫉妬をしない方が可笑しいだろう。

別に見下すつもりは無いが妬ましいのは確かだ。

自分ではなく、真桜が。

それを手にした。

その事実が、心を握り潰す様に鈍い痛みを生む。



──side out。



 李典side──


背筋が粟立つ様な悪寒。

その瞬間に全力で回避し、直ぐ様距離を取った。

視界の中では土煙を上げて停止した凪が佇んどる。



(──アカンッ!、今のはホンマにヤバかったわ!)



何が、どうなるんか。

その先は想像は出来へん。

ただ、回避以外の選択やと終わる気がした。

そして、それが正解やから“続闘出来(生き)”とる。

それだけは確かや。



(この感覚のお陰やな…)



あっさりと倒された于禁を邪魔(犠牲)に為らん様にと退けとった辺りからや。

今までに一度も感じた事の無い位の熱は変わらずや。

“まだや、まだ、もっと、もっとや、もっと激しく、もっと熱く猛るんやっ!”とでも言いたい感じで燃え滾っとる真っ最中や。

そう簡単には冷めへんし、消えもせえへん。

そう為るんは、燃え尽きた時だけやろうな。

…まあ、何が尽きるんかは判らへんけど。


重要なんは其処やない。

自分でも、何や笑ってまいそうに為る位に。

物凄ぅ落ち着いとるんよ。

それも単純に冷静っちゅう訳やのぅて。

良ぅ“視え”とるんよ。



(…これ、アレなんか?

雪蓮様が経験した言うてた“上”に至ったっちゅう奴なんやろか?)



話に聞いとった感じとよぅ似とる気がする。

せやけど、何やろな。

何か…違う気がする。

と言うか、抑としてや。

ウチが雪蓮様と同じ場所に届くとは思えへん。

それも、こんな急にや。

普通に考えて“可笑しい”思うんが大体やろ。

せやから、これは違う。

雪蓮様のとは違う物や。



(──ってなると何や?

此処は気にせんとこう!、っちゅうのも無理っちゅう話やしなぁ…

って、アカンアカン…

考えとっても理解が出来る気が全くせぇへん…

なら、考えん方が良ぇな)



考えて理解出来るんなら、それに越した事は無い。

けど、それを遣っとって、凪との闘いに支障を来すんやったら、考えんとく方が今は良ぇやろうな。

気にせんのが一番楽や。

余計な事に気ぃ取られて、折角の今の“良ぇ感じ”が消えるんは勿体無いしな。

そんなんは後回しや。


実際、凪と闘い始めてから集中力は更に増しとるって感じとるしな。



(…ちゅうか、実際に凪と一合撃ち合うてみたから、はっきりと判ったわ…

これは、やっぱり雪蓮様の言うてたんとは違う…

上手く説明出来へんけど、似て非なる物やな…)



雪蓮様が前に言うてたんは“心身の内側から凄い力が湧いて来る”様な感じや。

遣る気や闘志っちゅう点は同じかもしれへんな。

けど、力は湧かへん。

気力が充実しとるからか、そんな風に感じるんやけど実際には力が増しとる様な実感は有らへん。

ただ、今の自分が持っとる力を出し切れる。

そういう状態やっちゅう事だけは間違い無い。


欲を言えば力は欲しいが、今はこれで十分。

後は、出し尽くすだけや。



──side out。



 楽進side──


闘いに集中するべきだ。

そうでなくては真桜に対し失礼だというもの。

──しかし、自分が思う程心中に渦巻く感情を御する事は出来てはいない。

…否、集中しようとすればする程に、真桜を真っ直ぐ見る事になる。

そう、今、自分の心を掻き乱している原因(真桜)を。


拙い、では足りない。

物凄く言い表し難い厄介なもどかしさ。

葛藤と言えば葛藤なのだが納得し得ないのも事実。

故に、苛立ちは募る。

だが、それに呑まれる事は有っては為らない、と。

自制心を働かせる。

どうにかこうにか心奥へと押し込めるのが精一杯。

それでも少し気を緩めれば直ぐに溢れ出してくる。

そして私を飲み込みながら染め上げ様とするのだ。

厄介な事この上無い。



(…儘ならない物だな…)



正直言って、こんな状態で闘いたくはなかった。

こういう形での闘いを私は望んでいた訳ではない。

死力を尽くし、真剣に。

そういう闘いがしたい。

本音を言えば、そうだ。


出来る事ならば私は真桜としっかりと向き合った形で闘いたかった。

その思いに嘘偽りは無い。

ただ、自分の懐いた感情もまた本物に間違い無い。

困った事にだ。


真桜に私の状態を気にする余裕が有るとは思えない。

だが、それは既に過去。

“以前ならば”の話だ。

今の真桜が何処まで遣れる状態なのかは判らない。

“全力”ならば自分の方が上なのは間違い無いが。

限定された条件下となると明確には判らない。

敗けるつもりは全く無いが結果が出なければ判らないのもまた確かな事だ。


今はただ、勝つ為に。

それだけを考えて闘う。

それしかないだろう。


一つ小さく息を吐く。

気持ち等を切り替える為の動作は染み付いている。

いざと言う時に出来る様に一つの行動に連動する形で身体に覚えさせてある。

そういう風に教えられた。

勿論、意識的に出来るのは言うまでも無いのだが。

時として、条件反射の方が効果的な場合も有る。

その為の反射行動だ。


切り替えて、集中する。

余計な嫉妬(物)に蓋をして無理矢理に抑え込む。

…いや、“無い物”として扱う事で、一旦忘れる。

とは言うものの、現状では長くは持たないだろう。

解決してはいない。

単に先送りにしているだけなのだからな。


その上での方針なのだが。

自分の状態を優先するなら真桜には悪いのだが此処は短期決戦が最善だろう。

折角の闘志(熱)に水を注す形に為ってしまうが。

私自身としては今のままで真桜と闘う事も結局の所は同じ様な物だ。

それなら、早く終わっても大差の無い事だろう。


惜しむ気持ちが無いという訳ではないが。

こればかりは仕方が無い。

私も、負けられないという事は同じなのだから。

決して、譲れはしない。




仕切り直して、再開。

今度は真桜も慎重だ。

流石に死(敗北)を感じたか一旦様子見に回った様だ。


──だが、甘い。

その程度で退いてしまえば簡単に相手に主導権を渡す事に為ってしまう。

それは個も群も同じ。

受けに回ったとしても必ず攻め手で有る事を止めてはならないのだ。


私は真桜に向かって走る。

立場は逆転したが遣る事は私も真桜と同じ。

最短距離を駆け抜ける。



「──っ!?」



それを見た真桜の顔には、驚きと逡巡が浮かんだ。


集中していても私とは違い真桜は表情が豊かだ。

私も表情に出ないといった事は無いのだが、無愛想で真面目過ぎると言われる程基本的には堅物だ。

当然、表情も堅い。

今でこそ私も肩の力を抜き表情も雰囲気も不要な時は柔軟になったと言われるが嘗ては酷かった。

そんな私でも愛して下さる雷華様への想いは尽きる事など有る筈が無い。

雷華様の為であるならば、私はどの様な事であっても──こほんっ、いや。

それは今は置いておいて。

真桜も演技派ではない。

私よりかは増しだろうが。

一流とは言えない。

故に、其処に浮かぶ感情は素直な反応だと言える。


今、真桜は考えている。

自分と同じ事を遣ってくる私の狙いは何か、と。

真桜は猪突猛進と言う位に積極的に攻めると見せ掛け私の攻撃を誘っていた。

其処から迎え撃つ事により体勢を崩して追撃する。

そういう様な狙いだろう。

あわよくば、勝ちを拾えるかもしれない、と。

そう考えていた筈だ。

勿論、勝てるとしたら私の油断と慢心が有ってだが。


今、自分の思考を軸として真桜は予測している筈だ。

どう仕掛けてくるのかを。


今の真桜の気持ちは判る。

普段から慣れ親しんでいる感覚なのだから。

必死ではあるが、何処かで楽しんでもいるのだ。

その未知に挑む高揚感と、歓喜を胸に懐いて。




後、三歩で真桜の間合いに入る、という所で。

真桜は“左前”の半身へと体勢を変えた。


因みに、真桜は右利きだ。

当然ながら槍を持ち構えたとしたら、右前になる。

勿論、穂先を後方に向ける剣術での大上段に相当する“大薙”に構えた場合には左前になるのだが。

今回は違っている。

何しろ、上半身は右利きの順手のまま“右前”であり下半身だけが“左前”だ。

槍の柄は左脇の外側。

それでいて、穂先は石突きよりも低く下がる形。

はっきり言って、未だ嘗て見た事の無い構えだ。

それが何を意味するのか。

気に為らない訳が無い。


──残り、二歩。



(…此方を惑わせ、退かす事が目的の欺騙か?

いや、それにしては意外と様に為っているな…)



初見となる構えだが急造の“苦肉の策(その場凌ぎ)”だとは思えない。

それ位に真桜の構えた姿に不慣れな感じは無い。

つまり、少なくとも以前に経験が有るという事。

だとすれば、決め付けると痛い目に合うだろう。

ならば、回避か?、或いは続行か?、どうすべきか。


──残り、一歩。



(──虎口に入るのみ!)



最後の一歩を踏み締めると地面を蹴り──加速。

更に速度を増して接近。

少なくとも、その変化には真桜も考える筈。

其処に生じる僅かな遅れを得られれば十分。

懐には飛び込める。



「────っ!?」



そう思った矢先だった。

詰め切り、懐に入った筈が私と真桜の距離は縮まっていなかった。

それ所か、その間合いは、真桜の間合いだった。


何が起きたのか。

驚愕し混乱する視界の中、それを遣った真桜と視線が重なった。



──side out。



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