表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
697/915

       拾漆


暫し思考に耽っていると、于禁を退かし終えて真桜が私の前へと戻ってきた。

真桜の表情を、状態を見る限りでは気負いは無い。

緊張感は持っているのだがそれは当然の事だ。

可笑しくはない。

寧ろ、無い方が可笑しい。

…まあ、それすら隠す程の技量なら有り得るのだが。

先ず、有り得無い。


そんな風に考えながら。

対峙する真桜に、懐かしい感覚を自然と懐く。

すると、重なった眼差しが互いに語り合った。

真桜は口元を緩める。



「なんや、懐かしいなぁ…

“この感じ”、随分長い事忘れとったで…」


「ああ…そうだな

本当に…懐かしい…」



そう言葉を交わす私達。

自然と、その視線は天へと向けられている。

“眼を逸らす”訳ではなく其処に深く入る為に。

敢えて互いを視界から外し意識を傾ける。


今、私達が共に脳裏に思い浮かべているのは懐かしい過ぎ去りし日の情景。

決して戻る事は出来無い。

しかし、決して忘れる事も失う事も、消える事も無く確と刻み込まれている。

誰にも奪わせはしない。

誰にも穢させはしない。

私達、二人だけの絆だ。



「…始める前に一つだけ、訊いてもえぇ?」


「…答えられる事ならな」



そのままの姿勢で、真桜の要望を許諾する。

個人的な物であれば、と。

言外に含めて。



「“現在の自分(いま)”に後悔しとる?」



そう問われた瞬間だ。

夢から覚めるかの様に。

“記憶の世界(情景)”が、私だけを残して遠ざかる。

色褪せる訳ではない。

壊れてしまう訳ではない。

価値を無くす訳ではない。

捨て去る訳ではない。


ただ、私が私に戻るだけ。

私の在るべき姿へと。

私の在るべき場所へと。

ただ私達は戻るだけ。


気付けば、私達はお互いを真っ直ぐに見詰めていた。

何方等が先、という事など不粋でしかない。

そういう事は有る。

本当に、稀ではあるがな。


今の質問の真桜の気持ちは理解する事が出来る。

多分、私達が逆の立場なら私から真桜に対して訊いたかもしれないのだ。

判らない訳が無い。



「その答えは必要か?」


「んー…要らんかなぁ…

けど、その口から言うんを聞いてみたい思うたんは、確かやけどな

多分、今しか言わせられる機会は有らへんやろし…

せやから、ほれ

お姉さんに言うてみぃ」


「…誰が、お姉さんだ」


「いや、ウチの方が実際に歳上なんやで?

十分にお姉さんやろ?」


「だとしても言わん

それでも、どうしても私の口から聞きたいのなら──私に勝ってみせろ」



そう言って私は構える。

それを見て真桜は“まあ、そうなるんやろうなぁ…”と言う様な雰囲気ながらも当然の様に構えた。


今の会話は最終確認。

本気で闘う覚悟が有るか。

互いに彼我に問う為の物。

その答えは決まっている。


交差する眼差し。

溢れ出す闘志。

それらが表し、語る。

闘いの始まりを。




呼吸の間の様に。

場に静寂が訪れる。


高まる緊張感。

しかし、身体は強張る様な事は無い。

内より漲る闘志(熱)が。

冷静であろうとする思考を侵し喰らう勢いで猛る。

それを抑え込みながら。

私達は互いを見据える。



「楽文謙──」


「李曼成──」



名乗りを上げながら、共に四肢に力を込める。

自らですらも焼き尽くさんとする程の闘気(炎)を。

目の前の朋友(相手)に向け打付けんが為に。

その想いを伝える為に。

私達は──闘う。



『──参るっ!!』



開戦の言葉と共に、同時に私達は前へと飛び出す。


初手──共に選んだのは、真っ向勝負。

お互いに、自然と口元には笑みが浮かんでしまう。

“お前がそうくるのか”、“先ずは、これやろ?”と視線で語り合う。


考える間は僅か。

即座に両者の獲物──拳と槍とが激突する。


真っ向勝負、とは言っても必ずしも、それが点と点の衝突になるとは限らない。

突き出された拳と槍。

それは互いを滑らせる様に搗ち合い──擦れ違う。

お互いに最初の立ち位置を入れ替わる様にして止まり身体を翻し、間を置く。

“挨拶代わり”と言うには温くはなかった。

お互いに勝負を決める気で繰り出した一撃。

それは間違い無い。


“長く楽しみたい”という気持ちも無くはない。

だが、これが私闘ではなく戦争であるという事を。

私達は忘れてはいない。

それ故に、本気に為れる。

本気で、死合える。

恐らくは今しか出来無い、本気での殺し合い。


それが、堪らない。

面白い──本当に面白い。

朋友だからこそ大事であり失いたくはない。

その気持ちは本物だ。

だが、一方で私達は異なる道を歩み、志を懐く。

それは絶対に譲れない。

だから退けない。

退けないからこそ、本気で勝ち取らなくてはならない故に私達は闘う。


別に私達は戦闘狂ではなく快楽殺人者でもない。

しかし、己が朋友と本気で死合う事など普通の日常の中には存在しない。

今の様な時代であったなら朋友が別々の勢力に所属し殺し合う事になる、という事は珍しくはない。

そして、生きる為に相手を殺してしまう事もだ。


けれど、それとは違う。

強いられた状況で殺し合う訳ではない。

私達は、お互いに望み合い死合うのだから。

それは理解出来無い者には狂気の沙汰に思えるのかもしれない。

そう思う事自体は、決して可笑しな事ではない。

普通は、そんな事を望みはしないのだから。

普通は、殺し合いたいとは思わないのだから。


ただ、私達は違う。

普通の価値観ではない。

私達は武人であり、多くの民の命と未来を背負う。

決して譲れはしない。

投げ出せはしない。

諦める事など出来無い。

絶対に、許されない。


その上で、私達は闘う。

お互いに志を懐き。

お互いに志を示し。

お互いの志を越えて。

貫き、掴み取る為に。




それだけに、惜しく思う。

出来れば、全力で。

その様に思ってしまう事は仕方が無いなのだろうな。

手を抜くのと同義だと。

真剣勝負をする真桜(相手)に対して無礼だと。

そう考えてしまうから。

“真面目だ”と言われる、私の性格も有るしな。

こればかりは仕方無い。


しかし、現実は厳しい。

今、私が“全力”を出せば一瞬で終わってしまう。

“手を合わせる”事も無く勝敗は決してしまう。

それ程までに私達の間には実力に差が有る。

決して自惚れではない。

今の自分が持つ力が、一体何れ程の物なのか。

それを理解していないなら私は此処には居ない。

立つ資格すら無いのだ。


だからこそ、本気では闘う事は出来ても全力では闘う事は出来無い。

単純な実力差が問題という訳ではないのだ。

もしもこれが、同じ勢力に所属をしている身ならば。

或いは、真桜が新しく加入していたとしたら。

私は迷わず、全力で倒しに行っている事だろう。

私達が目指すべき高みを、真桜(新人)にも実感させる為に必要と考えて。


だが、現実は違う。

“私達の在る高み(此処)”に至るには氣の修得が必要不可欠な事は今更だ。

ただ、その氣の扱う資格は何故が“曹魏の民”にしか与えられず、許されない。

その理由に関しては現状は“未だ不明”とされている状態ではあるが…恐らくは雷華様も華琳様も御存知と思っていいのだろう。

説明し難い事なのか。

かなり特殊な事なのか。

それは判らないが。

御二人が秘している以上はそれが正しいのだろう。

無闇に広めてしまうと必ず悪用しよう等と考える輩が現れるだろうからな。

それに十分に対処が出来る組織が存在しない時点では時期尚早だろうし。

犠牲者や被害者を出さない事が重要なのだから。


…それは兎も角として。

真桜との闘いに関してだが真桜の成長に繋がる闘いをしたいとは思う。

けれど、氣を含む事だけは真桜には無意味だ。

そうなると全力を出す事の必要性は無くなる。

…気持ち的には複雑だが。

それは仕方が無い。

また、私は別に真桜に対し自分の力や優位である事を誇示したいという様な事は全く無い訳で。

全力を出さずとも、真桜に学ばせながら勝利する。

それは可能だと言える。



(…理由が無いな…)



考えれば考える程に全力で闘う理由が無くなる。

残るとしたら私自身の感情による物だけだろう。

つまり、私の価値観的には納得し辛い、というだけ。

たったそれだけの理由しか残ってはいない。


勿論、そういう物が大事な場合も有るのだが。

少なくとも、今は違う。

この闘いには、それを貫く必要性は見出だせない。


其処まで考えて、溜め息を小さく吐いて納得する。

そして、切り替える。

闘いに集中する為に。



──side out



 李典side──


最初から判っとった筈や。

ウチと凪──その実力差は勢力の差でもある。

本来、相反する言われとる富国強兵を、平然と容易く成しとる曹魏。

その重臣であり軍将の凪が自分と同格──いや、強いにしても勝機は有る。

そないな程度な訳が無い。

圧倒的に格が違うんや。

それは判っとった事や。


せやけど──



(…しんどいで、これ…)



一合──初手を合わせたら十分に理解出来た。

凪が全力で来れば、ウチは于禁と同じ様に瞬殺や。

一撃で終わってまう。

けど、今はまだ立っとる。

立ってて、武器を構えて、闘志を燃やしとる。

それは何でか。

そんなん、簡単や。

一歩でも──ちゃうな。

本の少しでもえぇんや。

ウチは凪に近付きたい。

凪の朋友やって胸を張れる自分で居たいんや。


勿論、必ずしも強さだけが朋友として必要な事やとは思っとらへん。

そんなん無くても朋友には為れるんやからな。

せやからな、これはウチの中だけの問題や。

もし此処で退いたかて凪はウチを見限らへん。

互いの実力差を理解して、ほんで退くんや。

それは間違いやない。


──けどな、ちゃうねん。

そんなんで納得出来る程、今のウチは容易ぅない。

負けたって構わへん。

大事なんは、互いに本気で打付かり合うっちゅう事。

ただそれだけなんや。


…まあ、アレや。

于禁みたいな、薄っぺらな相手やったらウチかて何も感じんのやけどな。

凪は、そうやない。

ホンマに大事やからこそ。

本気で闘りたいんよ。

ウチの全てを出し切って、ちょっとでも届いたら。

それで十分やねん。


せやから、ごちゃごちゃと考えるんは終いや。

こっからは闘って勝つ為にウチの全てを費やす。

せやからな、凪。

しっかりと受け止めてや。

ウチの本気を。



──side out



 楽進side──


一旦間を置く形に為った。

その僅かな間の事だ。

真桜の変化を感じた。


同時に、肌が粟立つ様な。

軽く身震いしたくなる。

そんな感覚に襲われる。



(…今のは、まさか…)



覚えていない訳が無い。

あれ程に鮮烈な感覚だ。

忘れられる筈が無い。


──だが、しかし。


その二言が頭の中で静かに繰り返されている。

有り得ないとは言わない。

実際に目の当たりにした事なのだから。

それ自体は否定しない。

ただ、それが目の前に居る朋友(真桜)の身に起きた。

そう考える事が。

それを事実だと受け止める事が出来無い。



「──っ!?」



思考の戸惑い。

其処に生じた隙。

それを見逃さずに、真桜は最短距離を駆ける。

私が真桜に気付いたのは、既に動き始めてから。

距離は有った為、慌てる程ではなかった。


真桜の突きを後方へと弾き流しながら、胴体を狙って蹴りを放つ。

それを真桜は槍を地面へと突き立てながら飛び越えて回避すると再び間を取る。

特に危なくは無かった。


とは言え、悔いは有る。

その僅かな間は普段ならば確実に致命的だった。

普段、遣っている鍛練にて自分は、こういった形での油断をした事は無い。

それは何故か。

自分が“格下”だから。

そう考えているから。

だから、常に集中する。

弱いからこそ。


だが、今は違った。

確かに実力差は有る。

ただ、それで私は無意識に真桜を“格下”に見た。

だから、集中し切れずに、隙を生んでしまった。

揺さ振りではない。

崩された訳ではない。

本当に、情けない。

それ以上に、申し訳無い。

本気の真桜に対して。

己を恥じる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ