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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
693/915

       拾参


空いている右手の人差し指を掛け、口元を覆う黒布を下へとズラせば、見知った顔が其処に有った。

昔と変わらない──いや、以前会った時よりも更に、落ち着いた雰囲気を見せる我が“双子の妹(半身)”が口元に笑みを浮かべながら静かに口を開く。



「久しいな、姉者

元気そうで何よりだ

…だがな、姉者よ?

一合目で気付かれぬと少々妹としては寂しいぞ?」


「むっ…」



再会して早々に口から出る小言の様な愚痴に無意識に眉根を顰めてしまう。

最近では宅の軍師達からの小言も減ってきている。

それだけに久し振りに会う妹から説教っぽい事を直ぐ言われると面白くない。

私とて成長しているのだ。

以前の私とは違う。



「そうは言うがな、流石に判らんと思うぞ?

それはまあ、お前の言った様に気付かれないと寂しいかもしれんが…

格好は兎も角、弓を主体に戦っていた筈が、再会した時には剣を使っている…

これでは、普通は気付けぬのではないか?」



以前の私ならば、腹を立て怒りながら、“判るか!”“無理な事を言うな!”と言っていた事だろう。

だがな、秋蘭よ。

今の私は一味違うのだ。

どうだ、秋蘭よ?

この理路整然とした見事な正論っぽい説明は。


少し驚いた様な表情を見せ直ぐに考え込む様な顔へと切り替えた秋蘭。

相変わらずの早さだな。



「…成る程な

確かにそうかもしれんな」


「そうだろ、そうだ──」


「──普通ならば、な」


「──何?」



“秋蘭に口で勝ったぞ!”と胸中で鬨を上げ、派手なお祭り騒ぎ状態だったのが一転し、静まり返る。

“…………え?”と胸中の沢山の私が呆然とする。


勝負が着いたと思ったら、まだ終わってはおらず。

勝手に勘違いして無防備・無警戒となってしまった所への大して痛くも無い軽い一撃を貰い敗北した様な、そんな感じの気分だ。

要するに後から湧いてくる“納得いかない!”という感情の波が来る直前。

その束の間の静寂。

それが、今の私の状態だ。



「姉者よ、私達は双子だ

他の兄弟姉妹とは違う

より特別な絆を持っているとさえ言えるだろう

それなのに、だ

我等の繋がりは普通程度の物でしかないのか?

姉者にとって、私の存在はその程度の事で見失う程に平凡で有り触れた他愛無い存在だという事なのか?」


「いや、そんな事は──」


「姉者、私は気付いたぞ?

気付いたからこそ、姉者の前に私は遣って来たのだ

姉者の方も扮装しているし顔を隠しているだろう?

それでも私には判った

剣を交えずとも、だ

姉者に間違い無い、とな」


「…………」



つい言い訳が出てしまう。

だが、それも遮られる。

追い込む様な秋蘭の言葉は一つ一つが重かった。

それだけに、返す言葉さえ出て来なくなった。


悲し気に私を見詰めてくる秋蘭の眼差しに耐え切れず思わず視線を外した。




──が、直ぐに戻す。


気不味いからと逸らす事は秋蘭(妹)に対する裏切りに等しい事だからだ。

だから、どんなに非難され怒られても逃げる事だけはしてはならない。

逃げたなら、その瞬間に。

私は──私達は姉妹として終わってしまうから。

だから、絶対に逃げない。


奥歯を噛み締め、両の拳を握り込み、しっかりとした眼差しで妹(秋蘭)と視線を重ね合わせる。

悲し気な眼差しのままに、秋蘭が儚気に笑った。


その笑みに。

今にも消えてしまいそうな命の灯火を幻視する。



「…姉者、人は変わるな

それは道の所為なのか…

或いは、志の所為なのか…

それとも──惚れた男でも出来た所為か?」


「────っ!!??」



物凄く真面目な雰囲気で、突如放り込まれた一言。

その瞬間、秋蘭の眼差しが秘めた私の心の奥底までも見透かしている様な。

そんな気さえしてしまう。


だが、それ所ではない。

一気に跳ね上がった鼓動と無意味に帯びる熱。

これ等をどうにかするべく兎に角、私は話題と意識を逸らそうと考える。



「なななななな何をっ!?

そそそそっ、しょんな事は無いぞ、全く無いっ!

無いったら無いっ!

わ、私は別に祐哉の事など何とも思ってはいないっ!

ああ!、いないともっ!」



──よし、言い切った。

そう、自分に満足する。

雛里の様に噛んでしまった部分は気にしない。

いや、寧ろ、秋蘭が其処を気にして食い付いてくれるのであれば大歓迎だ。

恥ずかしい事には違い無いのだけれど。

話題が変えられるのならば堪え忍んでみせよう。

我が名に掛けて──



「ふむ…小野寺か」


「──何故判ったっ!?

──いや、違うっ!

今のは違うからなっ?!

そういう意味では──」


「では、どういう意味だ?

私には今一番意識している男の名を口にした様にしか聞こえなかったんだが?」


「ぅぐっ…そ、それは…

その…それは、だな…」



叶うなら、今此処で自分の迂闊な事を言った己の口を殴り飛ばして遣りたい。

出来無いし、結局は自分が痛いだけなのだが。

つい、そう思ってしまう。


だが、それよりもだ。

この状況を打開せねば。



「………な、何の事だ?

私は今、何か可笑しな事を言ったか?」



思い付いたのは苦肉の策。

要は、白を切り通す。

ただそれだけだ。



「姉者、自分で言っていたではないか…

“小野寺を慕っている”、そう言った筈だぞ?」


「言ってないからなっ?!

そんな事は全く全然少しもこれっぽっちもっ!

言ってないからなっ?!

私はただ、お前が“惚れた男が出来た”とか言うから気付いたら祐哉の事が頭に浮かんでただけで──っ!?

ち、ちち違うからなっ!?

私は本当に──」


「──姉者、男に惚れても可笑しな事ではないぞ?

私など既に人妻だしな」


「──何だとぉーっ!!??」





思わず叫んでしまった。

だが、仕方が無いだろう。

誰だって驚くと思う。

暫く会っていなかった妹が“あ、私、結婚したから”なんて世間話している中、さらっと言ってみろ。

驚かない訳が無いだろ。



「い、一体、何時の間に…

いや、それはいい

良くはないが、今は重要な事ではないから置いておく事にするだけだが…」


「落ち着け、姉者よ」


「ああそうだな──って、いきなりこんな話を聞いて暢気に落ち着いていられる訳が有るかっ!

何処の──は曹魏の者には間違い無いのだろうが…

其奴は誰だっ?!

何という名だっ?!

いや、待て、曹魏と言えば──高順かっ?!」


「餅を搗け、姉者」


「そ、そうだな──って、其処は“落ち着け”という所ではないかっ?!」


「うむ、思ったより冷静な様で安心したぞ

因みにだが、私の夫は高順ではないからな

高順にも伴侶は要るがな

それは私ではない」



此方を揶揄う様に話しつつ肝心な部分は言わない。

ある意味、“私で”楽しく遊んでいると言える。

…私の知っている秋蘭は、こんな事はしなかった。

何故こんな風に為った。

あの頃の素直で真面目な、しっかり者の私の妹(秋蘭)は何処に行ったのだ!



「いや、此処に居るがな

と言うか、姉者が気付いていなかっただけだぞ?

私は姉者の事は昔から結構揶揄っていたからな」


「……そうなのか?」


「うむ、実はそうだ

例えば…昔、蜂の巣を見て“巣を叩いて刺されぬ様に逃げる事で脚力と身軽さを身に付けられる”と言って特訓をしていたが…

アレは、お気に入りだった私の外套を破いた姉者への意趣返しだったな

そんな特訓方法は無い」


「…………」



しれっと、驚愕の事実を、本当に世間話の様に話す。

多分、此処暫くの間で一番驚いたと言ってもいい。

それを更に超える事を再び言ってくるのだ。

正直、この懐いた気持ちをどうすれば良いのか。



「まあ、それは兎も角だ

女である以上、男に惹かれ愛されたい望む事は普通だ

可笑しな事ではない

寧ろ、私としては喜ばしい事だと言えるな

正直な話、私は姉者が男に惚れるとは思えなかったし恋愛感情を懐くかどうかも不安だったからな…

いや、良かった良かった」


「良い訳有るかーっ!」


「いや、良い事だが?

それとも何か?

若しや、姉者は小野寺には惚れてはいないのか?

どうでもいい男なのか?」


「──っ!?、い、いや…

べ、別に…そういう訳では──って、違うっ!

だから、違うと言っているだろうがっ!」


「はぁ〜…やれやれだな

これは小野寺も手を焼く事になるだろうな…」


「ええいっ!、黙れっ!

此処は戦場だっ!

語りたくば剣を以てっ!

それで十分だっ!」



無駄口は終わりだ。

此処からは武で語るのみ。



──side out



 夏侯淵side──


久し振りに見た姉者。

相変わらずの様で何より。

ただ、一つだけ言えば。

直に手合わせしているのに話し掛けるまで気付かないというのは如何な物か。

私は悲しいぞ、姉者。


まあ、正直な事を言えば。

“一合目で気付け”という事は難しいだろうな。

私達は氣を探れば、容易く見分けられるのだが。

普通は高い観察力が無いと出来無いだろう。

尤も、姉者の場合は自分の武器──愛用している剣を普通に使っているのでな。

意外と見分け易い。


逆に私の方は難易度的には姉者の数倍に為るだろう。

今、姉者が言っていた事は正しい事だと言える。

格好に関してはお互い様。

其処は仕方が無いだろう。

だが、扱う得物が違う以上目の前の闘っている相手が妹(私)だと気付けないのはある意味当然の事だろう。

私自身、姉者の立場に有り氣も使えないのだとすれば今程の早さで気付く事は…かなり難しいと思う。


それでも、それは愚痴。

それだけだった──のだが少し気が変わった。

正面な意見では有るのだか姉者の“どうだ?”という自信満々の笑顔を見たので揶揄い(いじめ)たくなってしまったからだ。


基本的に、私は姉者の事は素直に好きだ。

自慢の姉でもある。

多少、残念な感じもするが其処は姉者の愛嬌だ。

俗に言う“馬鹿っぽさ”が可愛らしいのだ。

──ああ、これは一応だが天然ボケとは違うからな。

姉者も天然ではあるが。

何方等かと言えば空回りをしている感じだな。

…まあ、其処に周囲を巻き込むのが姉者だが。


そんな訳で、正論に対して感情論的な事を返す。

こういった反撃に弱いのは相変わらずだな。

そして、私の言葉を滅多に疑いはしない。

…今に為って姉者の未来が不安に為ってきたな。




そんな感じで、今居るのが戦場だという事も無視して姉妹漫ざ──ごほん。

姉妹の語らいを続ける。


最初は揶揄う意味で姉者に恋愛関係を話を振ってみた訳だったのだが。

思いの外、食い付きが良く興が乗ってしまう。

元々、嘘や隠し事が下手で演技も出来無い姉者だ。

少し関係の無い方に振って煽って遣れば、簡単に口を割ってくれた。

其処が姉者のらしさであり良さや魅力なのだがな。

感情的になると短気になり手が出易くなるのは姉者の悪い癖だと言える。

私は特には矯正しようとは思わなかったがな。

…それは何故か?

別に私に対して向けられる事は無かったからだ。

基本的に姉者は妹思いだし面倒見は良い。

…まあ、大雑把過ぎるのは問題だが、其処も含めて、姉者を慕う者は多い。

子供の頃からな。


ただ、男の子達も姉者には“姐さん”的な気持ちしか懐いてはいない。

上司として、慕う。

本当に、それだけだ。

だから、姉者の恋愛話には昔から興味と不安が半々。


そういった上での小野寺に対しての姉者の想いだ。

立場的な事は色々と有るが応援して遣りたいと思う。

背中を押す、という意味で私自身の事も話した。

“雷華様の(人)妻”と。

嘘は言ってはいない。

誰が、とは言わなかった。

ただそれだけでな。


しかし、姉者はあれだな。

武一筋に生き過ぎていて、初過ぎで奥手過ぎる。

可愛らしいのだが。

小野寺は大変だな。

頑張って貰わねば困るが。


雷華様ならば上手く往なし場数を熟す事で、少しずつ耐性を付けさせる様な形で事を運ばれるのだろうが。


小野寺はどうするのか。

それは後々の楽しみとして取って置こう。


今は、この闘いを。

心の底から存分に楽しもうではないか。



──side out。



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