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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
692/915

       拾弐


 夏侯惇side──


“まだか?、まだか…”と開戦の瞬間を待ち侘びる。

その時の心境は状況的には不謹慎な事ではあるが。

楽しみで仕方が無い。

ただその一言に尽きる。


あの高順と呂布の一戦。

あれを見てからの曹魏への対戦欲求(疼き)は高まり、積り積っている。

そんな中での今回の話だ。

食い付かない訳が無い。

しかも己の立場──孫呉の軍将である事も気にせずに戦う事が出来る。

純粋に自分の戦いのみに、集中し、全身全霊を傾ける事が出来るのだ。

こんな機会は先ず無い。

だからこそ、待ち遠しい。


ただ、一つだけ。

一つだけ不満が有るならば自分の相手は精鋭とは言え兵に過ぎない事だ。

隊長格の者は居るだろうが其方は趙雲達が相手をする事になっている。

その為、自分達別動隊とは縁が無い訳だ。

それでも、質の高い曹魏の兵が相手なのだから。

決して悪くはない。

単なる無い物強請り。

贅沢な悩み、だろう。


そんな事を考えている間に開戦を告げる剣戟と叫声が辺りに響き渡った。

それを合図に、私の入った部隊は斜面を下る。

手に手に得物を握り締め、眼下に待ち受ける獲物へと一斉に襲い掛かってゆく。

その姿に気負いや恐怖等の不安になる感情は無い。

ただただ、我欲を満たす。

その為に連中は動く。

ある意味、死んで逝く事を気にしなくても済むので、此方としても気楽だ。

これが徴兵されてしまった農民達だったら気が滅入る所なのだからな。


とは言え、連中の気迫には悪い気はしない。

戦というのは気持ちにより局面が左右されるといった事も多く、士気の重要性は言うまでもない。

だから、今の連中の状態は決して悪い事ではない。

例えその要因──動機等が何で有ろうともだ。


その士気の高さに釣られ、つい、先頭を走ってしまいそうになったが、どうにか堪える事が出来た。

この一戦は飽く迄も劉備達による物なのだ。

孫呉は関係無い。

そう自分に言い聞かせて、一旦気持ちを落ち着かせて部隊の中段辺りを進む。


今の自分の格好は、周囲と同じ様に見える賊徒っぽい格好だったりする。

これは諸葛亮の策らしい。

此方の素性を隠す為であり同時に相手側に私達の様に実力的に抜けた存在が中に混じっていると気取らせず戦いを始める事によって、戦っている最中に相手側に驚異となる存在が複数名、混じっていると感じ取らせ動揺を誘う為だとか。

面倒で小賢しい手段だが、一応、今回の一戦の主体は劉備達なので従うが。

個人的には面白くはない。

勿論、戦争自体好ましい事ではないのだが。

その中で起きる手合いには武人として惹かれる事は、どうしても否めない。

こういう状況下でなければ出来無い戦い。

そういう物が存在する以上“機会”に恵まれたなら、望んでしまうのだ。


歴史に残る様な闘いを。

高順と呂布の様な闘いを。

私も闘り合いたいと。




両部隊が激突し、前線では既に戦いが始まっている。


当然と言えば当然なのだが此方は斜面を下り、元より狭い場所に割り込む格好で襲い掛かっているのだから横に広がる形になる。

勿論、敵を倒せば自分達が展開出来る広さを確保する事は可能なのだが。

そう簡単には行かない。

何しろ、曹魏の精鋭部隊と此方の賊徒等の寄せ集めの部隊とでは質が違う。

違い過ぎるのだ。

故に、その状況に持ち込む為には自分の一押しが必ず必要となってくる。


──その筈なのだが。

今の状況が腑に落ちない。



(一体どうなっている?

何故、前が詰まったまま、大きな動きが無い?)



兵に数では此方に分が有る事は間違い無い。

彼方の部隊の総数が幾らで有ろうとも、局所的になら此方の方が数では勝る。

加えて、奇襲だ。

遣られた方は動揺──最悪混乱までするのだろうが、其処は曹魏だ。

流石に可能性は低い。

だが、警戒し、迎撃態勢を取ってくれたなら、此方の狙いとしては成功だろう。

下手に奇襲を仕掛けた所で彼方に前後に分かれられて此方が反対に包囲、或いは挟撃されるといった状況に為る可能性も有るのだ。

それを考えればな。


しかし、狙いは成功しても状況的には可笑しい。

両部隊の実力差ならば先ず此方の人数が減る筈だ。

劣るのだから当然だろう。

だが、そう為っていない。

はっきりした数までは私も判らないのだが、普通なら中段に居る私が既に前線に出ている所だろう。


それが、この状況だ。

敵部隊と斜面の間に挟まれ身動きが取れないのだ。

いや、周囲に居る連中さえ始末すれば動けるが。

幾ら“捨て駒”とは言え、一応は味方だ。

それを自分が斬り捨てる、というのは流石に躊躇う。

これが自分達の主導による策であったなら殺るのかもしれないのだがな。

その辺りは私も気を遣って考えてはいる。



「──む?」



──と、敵側に動きが見え状況が少しだけ変わった。

前線の一部が自ら下がって此方を引き込む様に隊列を薄くしている様だ。

後ろからだから判る事。

前線に居る連中は気付かず自分達が“押し勝った”と勘違いして勢い付いているみたいだがな。

まあ、士気が高まる分には良しとして置こうか。


そう考えていると、敵側に突出してくる部分が。

周囲に居る敵を倒しながら真っ直ぐに此方に向かって進んで来る。

私の居る位置的に考えると此方を引き込んでから更に分断し、一気に殲滅。

そう狙いなのだろう。

現に、突破してくる後方に多数の追従者が見える。



(…どうやら此処の決着は早く為りそうだな…)



味方部隊の全滅は構わない事なのだが。

一応、曹魏の戦力の調査が主目的な以上、私によって敵部隊に被害を与える事は避けるべきなのだがな。

…まあ、仕方が無いか。


私は愛剣を抜き放つ。



「──では、始めるか!」





此方の兵達を倒しながら、進路を切り開いて勢い良く突出してきた敵兵達。

その動きは見事だ。

だが、此方も好きにさせる訳にはいかない。

敵を驚かし、勢いを殺ぐ。

その為に狙いを定める。

その先頭を進んでいた者に挨拶代わりに一撃。

左薙に剣を振り抜く。



「──何だとっ!?」



だが、驚かされたのは此方だったりする。

ギキィンッ!、と甲高い、中々に綺麗な剣戟を響かせ私の一撃は防がれた。

同じ様に抜き放たれた剣が視界の端で輝きを放つ。


一撃で決める為に放った、本気の攻撃だった。

勿論、全力ではない。

十分に実力を発揮するには込み合う現状は悪条件。

しかし、それを加味しても精鋭とは言え、一般の兵に防がれるとは正直思っても見なかった。

しかも、此方の攻撃に対し合わせる様に当てて、受け流しつつ逸らしたのだ。

たった一合で、その技量の高さを理解出来る程だ。



(曹魏の兵というのは皆がこの域だと言うのかっ?!)



それは、“驚くな”と言う方が難しい事だ。

勿論、事実だとすれば、の話なのだが。

それを確かめる為にも。

腕を、脚を、頭を、剣を、止める訳にはいかない。


二合目、三合目…続け様に攻撃を繰り出す。

だが、相手はそれを慌てる様子も無く見事に捌く。

自信を失う、とまでは私も言いはしないが、あまりに平然と対処されてしまうと多少は凹むというものだ。

尤も、それ以上に遣る気が溢れ出してくるがな。

それはもう、凹んだ事すら忘れてしまう位にだ。



(これ程までに、胸が踊る手合いは久し振りだ!

楽しくて仕方が無いぞ!)



純粋な強者との手合い。

それは、この様な時代へと生まれてきた者にとっては有りそうで無い事。

軍事ではなく。

個人の武のみの闘い。

それは本当に稀だ。

それだけに口惜しい。

今の、この状況が。

言い訳をするのではないがもう少し広い場所でならば自分本来の戦い方が出来るのだがな。

それは相手にも言える事。

故に仕方が無い。

もしかしたら、相手の方は乱戦や混戦が得意なのかもしれないがな。


ただ、悪くない。

相手の立場が何で有ろうと実力は本物に間違い無い。

だから、構わない。

この闘いは面白くなる。

そう感じる事が出来る。

自然と浮かぶ笑み。

俄然高まる闘争心。

高揚する気持ちに反して、冷めてゆく思考。

目の前の強者(てき)を倒す為だけに高く鋭く集中力を研ぎ澄ましてゆく。


二剣の奏でる剣戟の唄。

それは雑兵如きが相手では決して叶わぬ旋律。

奏でる者を高みへと誘い、聞く者を魅せる剣響の音。

深く、深く、染み渡る様に融けてゆく美酒の様に。

それは心身を酔わす。

ただただ、剣閃の舞闘に。





「────ん?」



そう思いながら幾度も剣を交えている内に、気付けば周囲の状況が先程までとは明らかに変化していた。

互いに一息入れる様にして間を取った事で、一時的に集中力が緩んだ為だ。

勿論、失った訳ではないし途切れてもいない。

飽く迄も、小休止。

その程度の間の緩みだ。


だが、意識が他に向くには十分過ぎる事でもある。

何気無く戦っていたのだがいつの間にか自分達の周囲からは人が消えていた。

“そう言えば…”と考えて思い返して見れば、確かに途中からは“闘い難さ”を感じなく為っていた。

と言うか、自分の闘い方が出来る様に為っていた。

…詠達が居たら“どうして気付かないのよっ?!”等と小言を言われている所かもしれないな。

……うむ、折角の良い気分だったのが台無しだ。

余計な事を考えるのは今は止めておこう。

その方が良い気分だしな。


さて、気を取り直して。

相手を視界に捉えながら、状況を簡単に確認する。

曹魏の兵達しか見えないが少し離れた場所では両側に向かって戦っている事から分断された此方の兵達との戦いは継続中なのだろう。

ただ、私と目の前の一人。

二人だけにされている事を考えれば、闘いを邪魔するつもりはないのだろうが…その意図が気になる。

まあ、此方としては有難い事なのだがな。



「随分と手際が良いな?

何故、私を狙う?」



理由は判らない。

だが、確信は持っている。

この状況に為っている以上意図的なのは間違い無い。

だから、訊いてみる。

素直に答えてくれるとは、思ってはいないがな。



「…ふむ、以前より多少は考える様に為っているな」


「…何?」



馬鹿にされている様な気がしなくはないが、それゃり気になる事が有る。

その口振りからすると私は“以前に会った事が有る”という事になる。

気にならない訳が無い。




しかし、判らない。

目を凝らして見ても誰だか判らないのだ。


何故なら、曹魏の兵達は皆鎧が統一されている。

それは宅や諸侯、官軍でも同じ事なんだが。

曹魏の兵達は口元を黒布で隠しているのだ。

目元は見えるが…距離的に判別し辛い。

その為に判断が出来無い。


流石に“顔を見せてくれ”とは言い難いのでな。

…無礼では無いのか?

別に戦う際には互いに顔を晒さなくてならない、等の決まり事や礼儀も無い。

もし有ったなら、高順など無礼過ぎるだろうに。

あの曹操が、それを許す筈無いだろうからな。

…まあ、名乗り合うという程度だろうな。

先に名乗れば、答えるのが礼儀なので相手の名を知る事は出来るのだが。

明らかに、“すまないが、名前を教えてくれるか?

誰だか判らなくてな…”と言っているのも同じだ。

それは此方が無礼だ。

だから出来無い。


“むむむ…”と胸中で悩む声が上がってしまう。



「…やれやれ、少しは成長していると感心していればこうも直ぐに出した評価をひっくり返してくれるとは思わなかったな…」



──と、此方の心の中まで見透かす様に言う。

ま、まさか、此奴は──



「言っておくが、妖術師の類いではないからな?」


「何故判ったっ!?」



考えるよりも先に言われて思わず声を出してしまう。

いや、仕方が無いだろう。

誰だって、こういう状況に置かれたら思う筈だ。

少なくとも私はそうだ。

だから、可笑しくはない。



「──って、いや、待て…

この感じ…その声っ!

まさか、お前はっ?!」



些細な遣り取りだったが、妙にしっくりとくる。

それが意味する事は一つ。

目の前に居る者は誰か。

私は確かに知っている。

産まれた時から、ずっと。




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