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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
69/914

          参


“トランス”と言っても、実際には多種多様。

元々の意味の状態に始まり派生したり、広義の意味で総称する場合も有る。

また、その要因や経緯等も細かく分けて行けば面倒になってくる程。


さて、彼女の場合は要因は何だろうか。


先ず、祭儀の類いでは無いだろう。

“涅邪”の信仰に関しては知らないが“神”等を崇め奉るにしても氣を扱えない彼女では“術”を行う事は不可能だ。


周囲に他の人間は居ないが“実験台”にされて放置、或いは“施術者”を殺してしまっている事の可能性も少なからず有る。

だが、この世界──現世に於いては氣の存在自体が、明確に認識されていない。

“有る”とは思っていても知っている訳ではない。

その差は大きく違う。

“施術者”が存在している可能性は低いだろう。


次に憑依だが、此方も氣が複数在る訳でも無い事や、心身が正常な事から無いと見て良い。



(そうなると“催眠”か)



氣を用いる遣り方も有ると思うが、今回は除外しても構わないだろう。

彼女もそうだが、華琳達も氣の質・量共に高い。

恐らく華佗でも一時的には出来ても、永続的な効果や特定条件下での発動型等は不可能だろう。



(要するに殆ど無理だって事なんだけどな…)



小さく溜め息を吐いてると彼女の右の上段回し蹴りが鼻先を掠めた。

危ない危ない、油断大敵。


距離を取りつつ攻撃を捌き思考を再開する。



(兎に角だ…外的要因での可能性は低い…

必然的に“自己催眠”が、一番有力だろうな…)



そうなると“上書き”か、“力ずく”が妥当な方法。

本人の意志に因る物なのか偶発的な物かは判らないが大した問題ではない。

“寝坊助”を起こした後で解決すれば良い。



「明けない夜は無い…

さあ、夢から覚めようか」



翼槍の鋒を向け、右を前に半身に構える。

闘志と氣を纏わせた一撃を撃ち込み、起こす。



「───────ッ!!!!」


「──っ!?」



──つもりだったが彼女の急変に反射的に飛び退く。


声に成らない“衝撃波”の様な咆哮が身体を襲う。

全身に叩き付けられるのは氣を纏った衝撃。

大して問題になる程の氣の量ではない。

寧ろ問題は彼女の変化。



「…氣が“変質”した?」



明らかに変わった。

色に例えるのなら白が黒になった様な物だ。

だが、注目すべきは別。

その氣を“正常”なままで身体が内包している事だ。




驚くべき事に“封鎖”した両手足に氣が漲る。

そして、爛々と妖しく輝く“金色”の双眸。



(正に“龍の瞳”らしいな──って、感心してる場合じゃないか…)



先程とは全く違う氣。

加えて全身を包み込む様に纏った状態。

簡単には“封鎖”出来無いだろう。



(…“体質”なのか?)



氣の波形を“複数”持つ。

真っ当な思考と常識では、考えられない。

だが、紛れもない現実。


なら“要因”は存在する。

──必ず、だ。



(考えろ…何か見落としや勘違いは無いか…)



“涅邪”の情報は乏しく、彼女に該当するのは二つ。

“女”と“金色の眼”で、確証には拙い。

もう一つの特徴である筈の兜や頭飾りも同じだ。

獣の模倣か真似──



(──いや、待て…)



“現代的”に考えてみれば“其れ”は獣達の強さへの憧憬や尊敬の証。

或いは、獣達を倒して力を示した証だと言える。

そう言った“風習”を持つ民族が居るからだ。


だが、“此処”は“彼方”ではない。

“そのまま”当て嵌めてはいけなかった。



(…そうだ、確か華佗の話だと“龍瞳”は極めて稀な“特異体質”だった筈…)



つまり“出身”が違ってもその“血”が入っていれば隔世遺伝的に現れる場合も有る筈だ。

そう考えれば彼女の服装が“民族的”な要素を一つも持たない事も頷ける。


それに、もう一つ。

“龍”の名を冠するという事は“龍族”に何かしらの関係が有るのかも。



(…無難な所で考えれば、先祖に“血”が入っている可能性だろうな…)



そう仮定すると“装飾”は祖先に対する敬意の証。


そして彼女が正気を失った要因は“龍瞳”──即ち、“血”の覚醒だ。


自己催眠や疑似憑依等ではなかった。

“力”を持つ“血”に因り振り回されている。

それが“鬼”の正体と見て良いだろう。


そうとなれば方法は簡単。

今、此処で、彼女自身に、“血”を捩じ伏せさせる。



「すぅ…──疾っ!」



翼槍を背負い、深呼吸から意識を集中すると氣を同調させて纏い、彼女の両手を掴み取る。

そのまま足を使えない様に彼女の背中を木に押し当て身体を密着させて身動きが出来無い様にする。



「聞こえているかっ!

聞こえているのなら自らの意志を以て考えろっ!

お前は──“誰”だっ!」



“金色”の深奥を見詰め、真っ直ぐに呼び掛ける。

深淵に沈み、曖昧になっているだろう“彼女”に。




 other side──


ピチョン…と静閑な水面に一滴が落ちて波紋が広がる様に揺らす。


ただゆっくりと眠りたい。

それだけなのに。


どうして邪魔をするのか。

苛立ちを感じる。


でも、大丈夫。

“いつも”直ぐに元通り、静かになる筈。



(………どうして?…)



波打ち際の様に、何度も、何度も、波紋が広がる。


一体、何なのだろう。


何故、止まないのか。

何故、静かにならない。

何故、邪魔をする。


邪魔をするのなら全て──“消えて”しまえ。


そう思った瞬間、包み込む静寂が一層深くなる。

これで、もう安心。

ゆっくりと眠れる。



『────』



静寂の筈の中、“何か”が聞こえる気がする。


…そんな筈は無い。


“此処”は静寂しかない。

ないのだから。



『────』



…まただ。

また、聞こえる気がする。



(…一体、何だろう…)



“気になる”のは何故。

どうしてなのだろう。


波紋が、大きく、多くなりゆらゆらと揺らす。

揺り籠の様に。



『お前は──誰だっ!』



一際大きく、強く広がり、揺らす波紋。



(………誰?)



誰とは──誰の事?

“此処”には一人だけ。

“私”だけ──



(“私”は──“誰”?)



知っている筈なのに。

判っている筈なのに。


なのに、どうして──



(──どうしてなの?)



判らない。

知らない。



(“私”は“誰”なの?)



水面がうねる。

水泡が湧き立つ。



『思い出せっ!

お前が“誰”なのかっ!

お前の中に在る“想い”と“大切な存在”をっ!』



──私の中──大切な──






    …ひ…わ…






    …斐…羽…






    …斐羽…






──嗚呼、そうだ。


どうして忘れていたのか。

どうして思い出せなかったのだろうか。



水面は揺れて──沈む。


“深奥”から湧き出で立つ水泡に呑み込まれて。


留処なく、溢れ出す。


私が“私”である証。

私の中に刻まれた物。


私の“記憶”…

私の“時間”…

私の“想い”…


私が──“私”に還る。



深淵の闇の中までも届き、私を照らす“陽光”に向け両手を伸ばす。


私を導いてくれる。

私を包み込んでくれる。


温かく、優しく、力強い、揺るぎ無き輝きに告げる。



「──私は“此処”です」




眩しくて逆光に眼を細めた視界に映る人影。

其処に重なる母の笑顔。

“幻想”だと判っていても嬉しくなってしまう。

それなのに──



「──おかえり」



そんなに優しく、穏やかに抱き締めながら言われたらどうしようもない。


その人の首に回されていた自分の両手で抱き付いて、溢れる“熱”を拭いもせずただただ求めてしまう。

その温もりを。


そして、紡ぐ。

溺れながら、ただ一言へと“想い”を込めて。



「──ただいま…」



何をするでもない。

ただ、温もりを感じながら本能のままに。

私は泣いた。










泣き止んだのは何れ位してからだろうか。

落ち着くと、恥ずかしくて仕方無い。

正面に顔を見る事も出来ず抱き着いたまま肩口に顔を沈めている。

──と、不意に気付く。

その“臭い”のする方へと顔を向けた。



「──ぁ…」



一目見て、判る。

赤黒く濡れた破れた衣服と“何か”に噛み付かれたと見て間違い無い傷。

その“何か”は“私”だ。

私が、付けた傷だと。



「…っ…ごめんなさい…」



私は何て事をしたのか。

謝っても、謝り切れない。

それなのに──



「気にしなくて良い…

仕方の無い事だ」



そう言って優しく頭を撫で私を赦してくれる。


私は殺されていたとしても可笑しくはないだろう。

それなのに、彼女は自身が傷付く事も構わず私の事を救ってくれた。


そんな彼女を傷付けた事を私はどう償えば良いのか。

謝礼とする財が有る訳でもないし、何か出来る地位が有る訳でもない。


有るのは、この身一つ。


静かに彼女から身体を離しその場に跪いての抱拳礼。

私に出来る唯一の事。



「姓名は紀霊、字は伯道、真名を斐羽(ひわ)

私の全てを貴女に捧げて、生涯御仕え致します」


「…考え直すのなら今ならまだ間に合うが?」


「その必要は有りません

“捨てた”も同然の命…

ならばせめて、貴女の為に尽くしたいのです

…御迷惑でしょうか?」



勢いで、勝手に話を進めてしまったが、彼女の都合や意志を考えていなかった。

加えて、今の言い方は少し──いえ、かなり狡い。


でも、今の言葉に嘘偽りは一切無い。

だからこそ此処で訂正するのは拙い。

“願い”を込めて見詰める事しか出来無い。



「…判った

紀伯道──お前の“志”、確と受け取った」



私の歩む“未来(みち)”が今、新たに生まれた。



──side out



恒例行事となった“俺”の自己紹介等。

真っ赤になった者は久々。

良い反応だ。


経歴としては、益州州牧・劉焉の元に居て客将をしていたらしい。

“袁術”の麾下ではなく、“劉焉”と来たか。


また、彼女自身が自覚する身に起きた異変も聞いた。

両親は共に故人。

母親は北方の商家の出身。

南蛮とは真逆。

血筋としてはかなり薄く、“大隔世”なのか。



「“涅邪”という言葉に、聞き覚えは?」


「確か…南蛮の部族の名と思いますが…」



その程度の認識なら一族の出身ではないな。

母親や祖母も違うか。

近い代なら話に位は聞いて居るだろうし。



「…父親の素性は?」


「詳しい事は…」



この御時世なら特に珍しい事でもない。

手掛かりは無しか。



「…あ…そういえば母が、父は“捨て子”だったと」



それ自体は珍しくない。

だが、要素にはなる。



(…捨て子…男子…女系…まさか…“忌み子”?)



導き出される仮説。

女系に生まれた男子ならばそう見られても不思議ではないだろう。

本来なら“始末”されるが恩情で“追放”に止まり、“外”の者に拾われた。

…無くはないだろう。

寧ろ、可能性としては高い方だと言える。



「伯道、よく聞け

お前は“涅邪”の血縁で、恐らくは父親が血筋…

そして、更に一族でも稀な“龍瞳”の持ち主だ

身に起きた異変は“血”と“力”の覚醒に因る物だと考えて良い…」



そう言うと不安を隠せず、俯き小さく震える伯道。

その両手を取り、握る。

反射的に顔を上げた彼女の双眸を見詰めながら躊躇う事無く言葉を紡ぐ。



「大丈夫、安心しろ

お前は乗り越えた…

少なくとも我を失ったり、無意識に行動する様な事は先ず無いだろう」



安堵した様に緊張を緩め、小さく息を吐く。



「…ただ、その血と力とは一生付き合って行く…

だから、自ら“御す”事が出来る様に鍛練をする

勿論、俺が付く

万が一“暴走”しても必ず止め、戻してやる」


「…判りました

御迷惑を御掛けする事とは思いますが…」


「迷惑な訳有るか

その程度幾らでも構わん

遠慮無く迷惑を掛けろ

一人で背負うな

周りを頼れ、良いな?」


「──はい!」





姓名字:紀 霊 伯道

真名:斐羽(ひわ)

年齢:23歳(登場時)

身長:176cm

愛馬:洸陽(こうよう)

   栗薄墨毛/牝/五歳

髪:青碧、太股に届く位、  三つ編み

眼:金

性格:

面倒見の良い姐御肌。

飄々として掴み難い質だが実はかなり寂しがり屋。

普段は絶対に見せない。


備考:

両親は既に他界。

父は“涅邪”族の血筋で、一族では珍しい男。

母は北方の商家の生まれと聞いている。


益州州牧・劉焉の元で客将をしていた。

しかし、自身に起きた異変により麾下を去る。


武の力量はかなり高い。

賊討伐等での指揮経験や、必要最低限の書類仕事等も客将時に熟していたりと、即戦力に期待出来る。

また“涅邪”の中でも稀な“龍瞳”の持ち主。


家事能力は平均よりは上。

但し、料理の味付けが濃く成り勝ち。

それは母親譲り。


◆参考容姿

カルラゥアツゥレイ

【うたわれるもの】




姓名字:周 異 子魚

真名:冥夜(めいや)

年齢:48歳(登場時)

身長:178cm

髪:黒色、腰に届く位

眼:黄緑

備考:

冥琳の母、周家の現当主。

現廬江郡太守。

周家は舒県に古くから続く名士であり、漢代で尚書令・太尉を輩出した事により大きく名声を広めた。


真面目で庶民的な性格。

ただ内に抱え込む質。

口数は多くないが人当たり等には問題が無い為、周囲からの信頼は厚い。

娘の病に関して何も出来る事が無い自分に失望。

親として“幸せ”になって欲しいと願っている。


家事能力は中々に高い。

朱治とは幼馴染みであり、娘達同様に仲が良い。


◆参考容姿

蒼崎青子【月姫】




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