肆
その遣り方の人道の正否を問う事はしない。
“天の国”の様な世界なら問題となるのやもしれぬが我等の生きる世の中では、大して珍しくもない。
咎人に対する扱いは大体が似通っているのだからな。
「…話を戻しますね
曹魏に白壁が存在する限り私達に勝機は有りません
かと言って、破壊する術も突破する策も無い、というのが本音です…」
「正に難攻不落、か…」
聞けば、袁紹達の連合軍も白壁の破壊は不可能とし、曹操に対し宣戦布告をして正面から戦う事を選んだ。
宣戦布告すらなく攻撃され落ち延びた末、宅に仕える結果となった白蓮達にしてみれば、“巫山戯るな!、なら、最初から遣れよ!”等と言いたくなる気持ちも理解出来無くはない。
ただまあ、その白蓮達との戦いが有ったからこその、宣戦布告だったとも考える事が出来るのも事実。
勿論、曹操と白蓮とでは、警戒する度合いが違う事も一因には挙げられるが。
流石にそれは言わない。
白蓮達も自覚は有るだろう──と言うか、あの曹魏と比べる時点で可笑しい事は今更言う事ではない。
それ程に、群を抜いている存在なのだからな。
実際、どういう理由からの行動だったのか。
それは袁紹に訊く以外には確かめる方法は無いか。
尤も、袁紹が生きていたらという話ではあるが。
“袁紹が死んだ”とは噂も出てはいない。
曹操が袁紹の死を隠蔽する理由は無いとは思うので、それを考えれば袁紹は今も何処かで生きている。
その可能性は高いだろう。
それは兎も角として。
当時と現在とでは、曹魏の状況も異なっている。
袁紹達が周囲に居た当時は放置すると鬱陶しいだけ。
その為、排除するべきだと結論付けても何も可笑しな事ではないだろう。
対して、今は違う。
宅は別としても、劉備達は無視しても構わない。
…いや、宅でさえも曹魏は無視出来るだろう。
行商等を断ったとしても、大した損害ではない。
加えて例の白壁が有る限り曹魏は応戦をする必要すら無いじゃろうな。
放って置けば勝手に相手は疲弊・消耗していく。
最初は士気も高く遣る気に満ち溢れていたとしても、変化──目に見える結果が出なければ、心が折れる。
“自分達の遣っている事は本当に意味が有るのか?”
“こんな事を繰り返しても本当に結果が出るのか?”
“もしも、このままずっと曹魏が動かなかったなら、いつまで続ける気だ?”
“これだけ遣っているのに結果が出ないという事は、間違っているのでは?”
──といった考えを生み、その結果、到るだろう。
“本当に劉備という人物は正しいのだろか?”、と。
其処に人々の意識は到る。
その先に何が起きるのか。
そんな事は態々言わずとも諸葛亮達も理解はしているのじゃろう。
無理に争わねば、共存する可能性は有り得る。
“平和な未来”を捨てでも争う以上は、な。
「曹魏の白壁が有る以上、主導権は彼方に有ります
現状で私達から宣戦布告を宣言したとしても、曹魏は相手にもしてくれない事が予想されますし…
戦争をしてまで益州を獲る理由が有りませんから…」
「それはそうじゃな」
抑として、曹魏に南侵する意思は感じられない。
その気があるのなら疾うに今の孫呉の領地を手にする事は出来たのじゃからな。
益州にしても同じじゃ。
四郡しか獲っておらんのも曹魏してみれば中途半端。
全てを余裕で獲れるのに、そうはしておらんのだ。
不自然でしかない。
しかし、其処に江水以北の領地しか獲る気がない、と前提条件を付け加えたなら話の筋は通ってくる。
曹魏の行動と方針の説明が出来たのじゃからな。
「それでも最初から全てを無視する真似は出来るとは思えません
特に賊徒の様な民を害する存在が白壁の周囲を彷徨き調べている様な姿を見れば調査位はする筈です」
「白壁にある門扉を開かせ其処に攻め込む気か?」
「いえ、それは流石に自殺行為だと思います
迂闊に踏み込めば包囲され全滅するでしょうから…」
「まあ…そうじゃな」
“好機と見て踏み込んだ”という風に思っていても、その実、曹魏に誘導されて“誘い込まれてしまった”と気付いた時は手遅れ。
一網打尽にされて終わり。
そういう情景が容易く頭に思い浮かぶのは、それ程に曹魏という存在に対しての脅威を感じている証拠だと言ってもいいのだろう。
普通ならば悔しく感じる所なのじゃろうが。
生憎と曹魏が相手となれば“仕方が無いか”と思えてしまうのだから困る。
戦わずして屈する。
そんなつもりはなくても、心の何処かでは無意識下で屈している可能性は有る。
それを否定出来無いのだ。
まあ、それでも戦う事には変わらないのじゃがな。
「という訳で、先ずは兵を白壁の門扉付近に近付けて適当に彷徨かせます
ですが、攻撃をしたりする事は絶対にしません
明確な意図を感じさせない不可解な行動を敢えてする事によって曹魏側に疑念を懐かせます
特に被害も与えず、何かを調査するでもなく彷徨いて兵を引き上げさせます
その“誘い”が明日の作戦内容で、全体の第一段階になります」
「ふむ…誘い、か…」
成る程な、そう来るか。
策としては悪くはないな。
曹魏を引っ張り出す自体が難題では有るのだが。
“程度”は必ず有る訳で。
極端な事を言うのであれば白壁の全ての門扉の近くに曹操が居る訳ではない。
将師ですらも常駐している可能性は低いだろう。
だが、警備を担う部隊なら居て当然ではある。
如何に堅牢な防壁であれど無人のままでは容易く壁を登られて、乗り越えられてしまう事だろう。
だから必ず人員は居る。
其処が諸葛亮の狙い。
…まあ、宅の周々や善々の様な人の言う事に従う獣を警備部隊の代わりに放しておれば別じゃがな。
最終的には、曹操や将師の判断を仰ぐにしても先ずは事案の情報を集めなくては報告にも為らない。
当然と言えば当然じゃが、“怪しい動きをする賊徒の様な風貌をした多数の輩が門扉付近に現れ、何もせず彷徨いている状況ですが、如何致しましょう?”とは訊ねはせんじゃろうし。
「お主の狙いは判った
──が、如何に兵とは言え一回遣っただけで、簡単に釣り出せる相手には思えんのじゃがな…
それに、誘いにこの人数を投入すれば目立ち過ぎる
中には調子に乗った挙げ句此方の命令を無視する輩も出て来んとは限らん…
いや、寧ろ、そういう事を遣らかしそうな連中ばかり集まっておるんじゃ…
その辺りの事は、どの様に考えておるのかのぅ?」
実際に曹魏に行って戻った策殿の話からしても街中の警備は緩くはない。
勿論、民を威圧していたり武力と恐怖で支配している様な意味ではない。
巡回していたり、駐屯所に居る兵士達の力量は一目で高いと判る程らしい。
ならば、国防の要でもある白壁の門扉の防衛を務める部隊が弱い筈が無い。
漢王朝時代に邪魔だからと僻地に飛ばされていた様な連中とは違うのだ。
…いや、そういった者達の方が中央に居た連中よりも優秀であり、正面だったのかもしれんがな。
兎に角、手薄だろう等とは有り得ぬ事じゃろうな。
数までは判らぬが、決して質は低くはない。
寧ろ、曹操の性格を考えたとすれば精鋭部隊が居ても可笑しくはないじゃろう。
絶対に油断は出来ん。
「はい、先ず、本体となる大多数は此方で待機です
此処から先は、地形的にも大人数で移動してしまうと目立ってしまい、彼方から簡単に見付けられてしまう結果に為るでしょうから
ですから、此処から先には三百人程を選抜して、私と星さんの二人で率いて行くつもりです」
「三百か…だが、それでも多い気はするが?」
「確かに纏まって移動してしまうと三百人でも目立つかもしれませんね
ですが、人数は必要です
その為に減らせません」
「まあ、移動自体は分けて行動すれば済む話じゃが、それだけの数を必要とする理由は何じゃ?」
「…多分、お気付きだとは思いますが、曹操さんなら白壁の防衛に当てる部隊は精鋭の可能性が高いです
だとすれば、観察力も軽く見る訳には行きません
誘いの為の行動をさせても同じ者達ばかりでは怪しむ事は有っても出て来るには不十分でしょう…
寧ろ、誘いであると彼方に感付かれてしまう筈です
ですから、入れ替えながら遣る必要が有ります
その為にも三百というのは必要最低限の人数かと…
これが袁紹さん達みたいな人達ばかりなら、其処までしなくて済むのですが…
そうでは有りませんから」
確かに、その通りじゃな。
だが、手は無い訳ではない気もするがのぅ。
「ならば、百人程で行き、衣装を替えさせる、という方法を取るのはどうじゃ?
何も何着も用意せずとも、互いに着ている物を交換し多く居る様に見せるという方法も可能じゃろう?
逆に、全員の衣装を統一し判らなくするのも手として有りじゃとは思うが?」
「黄蓋さんの仰有る通りの策は有効だとは思います
“曹魏が相手でなければ”普通に使えるでしょう
ですが、曹魏を相手にする以上は無理だと思います
衣装を交換するのであれば全員が顔を隠しておく事も必要不可欠でしょう
そうでなければ観察されてしまうと見分けられます
怪しませる為にも、素早い行動は多くは出来ませんし顔を見せない様に行動する事も困難でしょうから…」
「成る程のぅ…」
劉備の意思には従っても、曹魏を侮りはしない。
油断は無い、か。
それは頼もしい事じゃな。
出来れば、その判断力にて劉備を止めて貰いたいのが本音では有るがのぅ。
「それから、下手に衣装を統一させては彼方に対して自分で正体を明かしている様なものですし…
顔だけを隠しても見た目に怪しいというだけの話で、何処かの勢力に属していて何かしらの意図を持っての行動だと考えさせてしまう可能性が高いかと…
“黄巾の乱”の時には逆に約束事の様に彼等が身体に身に付けていた黄巾を外し民に紛れて隠れ潜んだ事が有りましたよね?
曹操さんが、それに対して何も対応策を考えていないとは思えませんから…
そういう部分は慎重に行う必要が有ると思います
それに偵察戦ですから…
出来るなら、私達も正体は隠しておきたいので」
「そういう事ならば人数は必要になるのぅ」
諸葛亮の説明には納得。
じゃがな、出来れば劉備に今の言葉を聞かせたい。
曹操の様に学べ、とな。
──side out
諸葛亮side──
黄蓋さんが帰った後。
星さんから“もう、十分に離れた、大丈夫だ”という意味で頷かれて、漸く私は息を吐いた。
極度の緊張をしている中、何とか失敗する事無く話を終わらせる事が出来た。
その達成感よりも緊張から解放された安心感からか、その場に私は座り込む。
ひんやりとした地面が今は火照った身体に気持ち良く思えてしまう。
汚れる事も気にせずに。
「見事だったぞ、朱里」
「本当に凄かったの〜
沙和なんて心臓バクバクで気絶しそうだったの〜」
「あははは…」
二人から誉められるけれど素直には喜べない。
それでも本当の第一段階は成功させられた。
私達が曹魏と戦う為には、孫策さん達の存在は絶対に欠かす事が出来無い。
勿論、協力・同盟は締結し実際に機能しているけど。
それだけでは足りない。
どうすれば曹魏を舞台上に上げる事が出来るのかを、勝つ事が出来るのかを。
色々と考えてみました。
その中で唯一、可能性的に考えても成功しそうなのが孫策さん達と共に戦う事。
それも、孫策さん達も本気じゃないと駄目です。
勿論、それは約定上で今は公表する事は出来ませんが曹魏(彼方)が気付く分には私達の負う過失や責任では有りませんからね。
その為にも、この偵察戦で孫策さん達から“退路”を奪ってしまわないと。
そう考えての、演技です。
どうすれば、孫策さん達の内側に入れるか。
そう相談した際に出て来た意見を元にして、です。
私の噛む癖、星さんの人を揶揄って楽しむ所を利用し組み上げた一連の流れ。
沙和さんの居眠りも秘薬を用いてまでの演出。
本当に全てが上手くいって良かったです。
──side out。




