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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
683/915

       参


静かに、趙雲と于禁の遣る漫才(戯れ合い)を見ている内に諸葛亮が立ち直った。

──が、趙雲に巻き込まれ揶揄われていた。


その様子を見ながら、妙な既視感を覚える。

…まあ、実際に宅でも偶に見掛ける光景だからな。

当然と言えば当然か。


とは言え、諸葛亮達も今は自分達だけではないので、下手に趙雲には付き合わず切り替えようと深呼吸をし此方に向き直った。

客を長々と待たせる訳にはいかないだろうしな。



「楽しめた様じゃな?」


「うむ、堪能出来た」


「ほらーっ!、やっぱり、揶揄ってたのーっ!」


「星しゃんっ!──っ!?、…っ、幾ら何でも遣るなら最低限、時と場合は選んで下しゃいっ!

今は物しゅぎょきゅ大事な時なんでしゅよっ!?

判ってましゅかっ?!」


「お、おぉ〜…朱里ちゃんいつもよりも凄いの〜…

あんなに噛み噛みなままで最後まで言い切ったの〜

何だかね、沙和、ちょっと感動しちゃったの〜…」


「沙和しゃんっ!?」


「うむうむ、そうだぞ

どうやら沙和も解ってきたみたいではないか

幼女の噛み噛みというのは魂に響くのだ

主曰く、こういった感動を“萌え”と言うそうだ」


「…これが萌えなの〜…

何だかよくは判らないけど何か凄い納得出来るの〜」


「勝手に二人で変な方向に納得しないで下さいっ!

──はっ!?、今、噛まずに言えましゅたっ!」


「──と、この様にだ

自ら振っておいてから直ぐ遣ってしまうのが上級者の業という物なのだ」


「業じゃありませんっ!」



つい、趙雲に対して素直な感想を訊いてしまった事に端を発して、再燃。

軽はずみな発言だった事は反省しているが。

良くもまあ、飽きずに長々続けられる物じゃな。


──ああ、成る程のぅ。

そういう事か。

これは実に危険じゃな。

良く言えば、気さくであり友好的に思えるだろう。

悪く言えば、馴れ馴れしく喧しいだけではあるが。

策殿を始め、宅の連中なら大半が好みそうな雰囲気。

しかも、世の中はこういう御時世じゃからな。

基本的に部外者・余所者に厳しく為ってしまうもの。

それなのに、こうも気安く接されると雰囲気に流されついつい気を緩めてしまい内に引き込まれていたり、内に入る事を許してしまう場合は少ないない筈。


これを意図して遣る者には警戒心も懐けるが、無意識──天然で作り出せる者に警戒心を懐くのは難しい。

余程強固な線引きをせねば気付かぬ内に沼の底。

足掻けば足掻く程に深くに引き摺り込まれてしまう。

そういう怖い存在だと。

今、改めて理解した。


何故、劉備達が今も消えず舞台に居続けられるのか。

劉備の気質だけではない。

劉備達全員の作る雰囲気が蜘蛛の巣の様に触れる存在全てを絡め取り、巻き込み流れを掻き回し、乱す。

気付かぬ間に破滅へ向かう渦中深くへと。

関わる全てを呑み込んで。

終える、その時まで。




漸く、と言うべきか。

興奮・動揺していた二人が落ち着き、話が出来る状況に為った。

…まあ、約一名が自重さえしていれば、こう為る事は簡単だったのだがな。

誰とは言わんが。


そんな事を考えながらも、目の前に立つ、はわわ軍師──ではなく、諸葛亮へと視線を向ける。

一応、軍師が居る場ならば軍師が進行役となる場合が多いし、普通だからだ。

勿論、状況や立場等により異なってはくるが。

飽く迄、大体は、の話だ。


視線を向けられた諸葛亮は自身の仕事を思い出してか一つ咳払いをする。

まあ、意識を切り替える為なのだろうがな。

先程までの緩んだ雰囲気を引き摺ったまま遣られると此方としても遣り辛いので余計な指摘はしないがな。



「…コホンッ…黄蓋さん、態々此方の方に来て頂いて申し訳有りません

本来でしたら私達の方から御伺いすべき所ですが…」


「気にするな、と言うのは少々無責任かもしれんが、仕方の無い事だ

そういった約定でも有る」


「…そう言って頂けると、私達も助かります」



そう答えて、恐縮する様に苦笑する諸葛亮。

趙雲達は口を挟まないが、此方に非が有る様な印象は感じさせない。

その程度には、この戦争の本質的な部分はしっかりと理解しているのだろう。

尤も、それ位出来無ければ此方としても困るがな。


孰れ、曹魏にはバレる事は判り切っている。

と言うよりも、対峙するのだから当然の事だが。

それまでは劉備達が単独で行動している様に曹魏には見せて置きたい。

…まあ、バレてしまったらその時はその時だが。

出来れば、ギリギリまでは関係を隠して置きたいのが此方の本音だったりする。

ただ、曹魏が宅に対しての使者を出す等して、探りを入れて来た場合には隠すか明かすかは判らないがな。

利害を考慮しての決断。

それだけは間違い無い。

劉備とは違い、私的な感情では動かないからだ。


そういった訳で、今の我等“助っ人”の存在は公には明かせないのだ。

よって、現時点では孫呉の我等が加勢している事実は極秘扱いと為っている。

なので、今の我等の立場は劉備軍の部隊長扱い。

より正確に言えば、趙雲達軍将麾下の部下、或いは、副官という様な所だ。


どうせ、此処で潰えて逝く連中ではあるが、何処からどういった経緯で、情報が漏れ出すかは判らない。

その為、連中には徹底して我等の存在は隠す。

勿論、一般兵として扮装し紛れ込む手も悪くはないが女は居ないのだ。

色々と面倒に為る可能性が有る以上は出来無い。

これが調練された部隊なら出来るのだがな。

その辺りは妥協点だろう。


調練された兵士のみで数を揃えられるなら、最初から宅に協力・同盟を持ち掛け一方的に不利になる条件を飲んでまで締結はしない。

自分達だけでは出来無い。

だから、他を頼る。

何も珍しくはない。

よく有る事だ。

規模が違うだけでな。





「所で、諸葛亮よ

張飛の姿が見えぬが?」



思考と雰囲気切り替え様と天幕内を見回す様にして、顔を左右へと動かしながらこの場に居ない張飛の事を諸葛亮に訊ねてみる。


今回、劉備軍から参加する将師は軍師の諸葛亮を始め軍将の趙雲・張飛・于禁。

此方が掴んでいる情報では他に貂蝉という名の凄腕の武人が居るらしいが今回は来ては居ない様だ。

まあ、主君である劉備から全ての将師を引き離す様な真似はしないだろうな。

祐哉と繋迦の話からすれば貂蝉と北郷の“切り札”が劉備を護っている筈。

だからこそ、此処に四人を投入出来るのだろうな。


後は、推測の話ではあるが陳宮の居る可能性が有り、南蛮の孟獲とかいう武将も麾下に入っている可能性が考えられるらしい。

他にも人材が居る可能性も考えられはするが、流石に探りを入れるのは控える。

此方としても腹を探られる事は避けたいのでな。

迂闊な真似はせんよ。

此方から訊けば断る口実を使えなくなるからのぅ。



「あ、そ、それはですね…

え〜と…その、ですね…」



何と無くの──と言うか、特に差し障りの無いだろう質問をした筈なのだが。

何故か諸葛亮は急に視線を泳がせ、言い難そうにして躊躇っている。

可笑しな事ではない…筈。

抑、三日間の行軍の最中、ずっと見掛けていたのだ。

今更隠す理由が判らん。

仮に、何かしらの策に伴う極秘での行動をしているのだとしてもだ。

そう言えば済む話だ。

寧ろ、連中が見ている以上此処で居なくなる事の方が怪しまれるだろう。


そう考えると、そういった類いの理由ではないか。

……ああ見えて実は彼奴は何処でも男漁りをする様な質だったりするとか?

………いや、流石にそれは有り得ないか。

そんな輩を劉備が傍に置く様には思えんしな。


となると、何かしら途中で拾い食いでもして腹調子を崩してしまったか?

…季衣の様に大食いならば十分に有り得そうじゃが。

実際の所は判らんのぅ。

居眠りをして遅刻、という可能性は低いじゃろう。

この場で于禁が寝ておった位じゃからな。

寝ておっても連れて来れば後で起こせば済む事。

他にも体調を崩したのなら理由としては有り得るか。



「朱里よ、話してしまって構わぬ事だろう?

寧ろ、隠す様な事ではない

変に誤魔化そうとする方が却って不信感を懐かせる事に繋がり兼ねん」


「…そう、ですね…

星さんの言う通りですね

きちんと説明して置くべきですね」


「まあ、そうは言っても、大した事ではないがな

鈴々には、こういった様な話し合いという物は不向きなのでな

それならば、急造の兵達が勝手な真似をせぬ様に、と見張りをさせている

それだけの話だ」






「はわわっ…お恥ずかしい限りです…」



軍将──それも劉備軍では最古参であり、重鎮となる張飛が“難しい事は苦手”というのは聞き様によって恥だとも言えよう。

それだけに、顔を赤くして俯いてしまっている諸葛亮の気持ちは察せられる。



「いや、構わんよ

そう珍しい話ではない

寧ろ体調不良等ではなくて此方としても安堵しておるというのが本音じゃな

此処で要となる軍将の身に何か起きては士気は勿論、統制と指揮にも関わる…

只でさえ、纏まりなど無い連中じゃからな

不安要素は一つでも少ない事に越した事は無い」


「はい、仰有る通りです」


「まあ、そう言える以上は大丈夫だとは思うが…

お主達は大丈夫か?」


「うむ、元気その物よ

まあ、一緒に居る連中への負の感情だけは仕方が無いかもしれんがのぅ…」


「…それは…」


「気持ちは理解出来る

私も同じ気持ちではある

だが、他に良い策も無い

いや、条件が違うのなら、と言うべきだろうな…」


「星さん…」



何気無く、此方から本音を溢す事で仕掛けてみたが…思ったよりも、すんなりと本音を吐露したな。

これが演技ならば大した物だと言えるのだが。

そうではないだろうな。

趙雲は兎も角、諸葛亮達は演技力は低そうだからな。



(…しかし、劉備の意志を尊重はしていても自分達の誇りや道徳心までも全てを捨てたという訳ではない、という事じゃな…)



となると、やはり最も厄介なのは狂気(劉備)か。

彼奴さえ、どうにかすれば益州の無害化も可能か。


もうこうなったら、劉備は曹操と碁でも打って勝敗を決めてくれんかのぅ。

“曹操に勝てる”のならば方法は問わぬじゃろうし。

それが一番平和的な方法で民の未来にも繋がる。

…無理な話じゃろうがな。





「で、ではっ、明日からの予定について説明をさせて頂きますね!」



趙雲の本音に心を揺らされ忘れようとしていた現実を突き付けられた諸葛亮だが切り替える様に声を張って話を強引に進める。

それを妨げはしない。


此処で趙雲達を追及しても劉備は止まりはしない。

…下手をすれば──いや、略間違い無く悪化する。

今より更に醜悪に。

それなら、このまま此方の手が及ぶ状態のままな方が幾らか増しだと言えよう。

曹操と打付かり、そのまま劉備が死んだとしても。

それで構わない。


寧ろ、それが望ましい。

下手に生き残り続けて世を乱されても困るしな。

思うがままに突貫して貰い玉砕してくれれば、それが理想的かもしれない。

少なくとも、諸葛亮達にも“曹操には及ばなかったが劉備は死力を尽くした”と区切りの言い分を持たせる事も出来るしのぅ。



「先ず最初に曹魏は国境に当たる場所に巨大な白壁を建造しています

これは非常に強固であり、破壊する事は困難ですので其方等は考えません

遣るだけ無駄ですから

その為、偵察戦には大前提として曹魏を白壁の外へと引っ張り出さなくては何も始まりません」


「乗り越える、というのも考えはせんのか?」


「…実は以前に試してみた事が有るんです

勿論、成否の可能性ですら不確かな試しで、兵を使う訳にはいきませんから…

今回の様な方達だったり、罪人の方達に免罪する事を条件に、です

ですが、その結果は…」


「…失敗に終わったか」



口を噤んだまま、諸葛亮は静かに頷いた。


判ってはいた事だが。

やはり、曹魏の防衛力とは桁違いの様じゃな。

宅は余計な悪印象を与える事は避けたい為、そういう行動はしてはいないが。

情報が無い訳ではないので予想していた通りにのぅ。




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