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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
681/915

20 灯志対刃 壱


 孫策side──


──七月十日。


遠い空の彼方。

曾ては同じ益州の地として隣り合ってはいながらも、今は“他国”と為った地の空を見詰める。

…まあ、片方は自称という事になるのだけれど。


勝てば、問題の無い事。

自らの存在と価値を戦って勝ち取り、示すだけ。

その為に戦うのだから。



「…物は言い様よね〜…」


「大義や正義って、結局は自己主張だしな〜…

まあ、仕方無いって言えば仕方無いんじゃない?

要は、其処に生じる責任を背負う覚悟が無い者達程、そういった言葉を好むし、頻繁に使いたがる…

そんな気がするな、俺は」


「あ〜…そうかもね〜…」



私が何気無く呟いた一言に祐哉は的確に意図を察して自身の意見を口にする。

口には出していない筈。

それでも口にした部分から推測して、辿り着くなんて正に愛の成せる事よね。


……ごめんなさい。

そんなに大袈裟な事じゃあないんです。

単純に以前に話をした事が有ったし、直前までしてた会話から察しが付いていたというだけです。


だから、お願いします。

白い目で見ないで、詠。



「ったく…余裕が有るのか無いのか判り難いのよ…」


「有る様には見せてるって言うのが正しいのかもね

正直、余裕を持ていられる相手じゃないんだし…」


「それでよく協力・同盟に同意したわね…

まあ、あの時点で言うなら最善ではあったけどね」


「どの道、俺達は示す為に戦う必要は有ったしな…

そういう点では話し合いで片付けられないって事実は哀しく思えるかな…」


「仕方が無いわよ

貴男の言う“天の国”とは価値観が違うのだもの

“社会”の意識と価値観が其処に至るには、まだまだ時間が掛かるわ…

けど、もしも曹魏が天下を統一してくれれば…

私達が生きている内にでもそうなる可能性も有るかもしれないわね」


「…そう考えると、俺達の遣ってる事って正しいとは言えないんだよなぁ…」


「仕方無い事よ

それが、戦争という物よ

全ては勝者にのみ与えられ敗者は失い、奪われ、黙る事しか出来無いのよ…

戦争なんて害悪の塊だもの

仕掛ける方も、応じる方も戦い始めれば同罪よ

等しく悪でしかないわ

それでも、そうする事しか出来無いのが今の世の中…

そういった選択をしないで手を取り合える世の中へと変えたいと思って、私達は武力(刃)を手にするの

まあ、言い訳だって言えば否定は出来無いけどね〜」



そう言って話を締め括れば祐哉は苦笑し、詠は深々と溜め息を吐いた。

詠に関しては説教が飛んで来ないだけ増しよね。


でも、皆理解している。

“仕方無い”と言う事しか出来無い己の無力さを。

自分達の小さな力だけでは到底、世の中を変える事は出来無いのだと。


情けなさと悔しさに苦悩し噛み締めながら。

それでも、前に進む為に。

戦う事を選んだ。

正しくはなくてもね。



──side out。



 趙雲side──


偵察戦──とは言っても、本気で曹魏に仕掛ける以上その緊張感とは生半可な物ではない。

はっきり言ってしまうと、私にとっては過去最大だと断言してしまえる。

それ程に、この一戦の持つ意味は巨大だと言える。


偵察戦の文字通り、全ては大決戦(本番)に向けた事前調査でしかない。

しかし、遊びではない。

失敗する事は許されない。

自分達が死ぬだけで済む。

そういう話ではない。

この一戦は絶対に成功させ次に繋がなくてはならない必要不可欠な通過点。

避けて通らずに迂回をする事が出来無い要所。

そんな位置付けなのだ。

緊張しない方が可笑しいと言ってもいいだろう。


だが、実際には居る訳だ。

全く緊張していない馬鹿で暢気でお気楽な連中が。

…いや、ある意味で言えば当然なのだろうな。

連中には緊張する様な事は特には無いのだから。

“少しは緊張しろ”と言う方が無理なのだろう。



「かあぁ〜〜〜……〜っ!

此奴ぁ効くじゃねぇか!

何処で手に入れたんだ?」


「へへっ、旨ぇだろ?

実はな、それ、昔、行商に涼州から来てた奴を殺った時に手に入れてな

当時はなんと、甕で十個も有ったんだがな…

これが可笑しいんだよ

月日が経つに連れ、一つ、また一つと甕は空に為って消えてっちまってよ〜」


「いや、そりゃあ手前ぇが飲んだからだろうが?

飲みゃあ無くなんのなんてたりめぇだろうが」


「あっ、やっぱし?

くっそ〜、何処にどんだけ飲んでも無くならねぇ酒の入った甕ってねぇかな〜…

あっ、別に甕じゃなくても小瓶でも構わねぇけどな

寧ろ、持ち運び出来っから其方の方が有難ぇな」


「この飲んだくれが〜

そんなんだから嫁が子供と逃げんだよ、馬鹿」


「馬鹿っ、違ぇって!

逃げたんじゃねぇっての!

俺が捨てたんだよ!

現にほれ、今は若い娘達で楽しめんだからよ〜

嫁や子供なんて居ねぇ方が男ってのは、一番男らしく生きられんだっての!」


「かっ拐った娘達犯さずに女達から寄って来てたら、今のも決まんだがな〜」


「ギャハハハッ!

違ぇねえや、なっ!」


「黙って飲んでろ糞が!

取り返すぞ、手前ぇ!」


「おっと、そりゃ勘弁だな

折角の旨い酒なんだ

黙って楽しませて貰うぜ」



低俗な──否、下賤な事を大声で平然と口にする輩が背後で騒いでいる。

それだけでも嫌になる。

直ぐにでも殺したくなる。

だが、仕方が無い。

無い物強請りは出来無い。

個人の好き嫌いという様な贅沢は言っていられない。

有る物を上手く、有効活用しなくてはならない。

それが、今の我々だ。

だから、その葛藤も衝動も全てを深く深く呑み込み、出て来ない様に押し込めて隠してしまう。

それを意識してしまえば、折角の良策も台無しだ。


我慢し、任務を遂行する。

今はただそれだけを考えて集中する。



──side out。



 黄蓋side──


劉備との会談から二週間と経たない内に、予定された一戦目──曹魏への戦力の偵察戦が開始される運びと為り、宅からは戦力として五人が出向している。



「…策としては、理解する事は出来るが…正直言って不愉快極まりないな…」


「…ボクも嫌だな〜…

…と言うか、この人達自体討伐したくなるよー…」


「…アカン、アカンで?

春蘭様も季衣も我慢せんとアカン処やからね?

…蒲公英?、自分、何気に関係無いっちゅう感じで、知らん振りしててもアカンからな?

…ウチ等は一蓮托生…

…逃がさへんからな?」


「…痛い痛い、真桜ちゃん痛いってば!

…そして、重いから!

…何か重いから止めて!

…いつの間に増えてた体重みたいに重いから!」


「…ぐはあぁっ!?」



不機嫌な春蘭と季衣。

それを宥め、抑え様とする真桜が蒲公英を巻き込んで漫才をしている。

こういう状況でも面倒事を察知して回避しようとする強かな蒲公英ではあるが、あまりにも必死過ぎて全く目が笑ってはいない笑顔の真桜に肩を掴まれて逃げる事が出来無いでいる。


自分達の間では騒いでいる様に思えるが、出来るだけ小声で遣っているという、その無駄に器用な行動力は素直に感心させられるが。

今は意味を感じない。

…まあ、春蘭達二人の気を紛らわす為だろうがな。


だが、内容が面白くない。

と言うか、笑えんわ。

同性とは言え、体重の事を笑いの種にするのはあまり感心せんしのぅ。


中身も見た目にもお子様な季衣は気にもしないのだが普通は気にしている物だ。

例えそれが、普段はそんな素振りが全く無くてもな。

その証拠に…ほれ。

鬼が一匹、姿を見せたわ。



「…何故、知っている?」


「…え?」



ユラァリ…と、聞こえない筈の音が聞こえる気がする程に剣呑な空気が広がる。

殆んど経験は無いのだが、“厳冬の寒さ”というのはこういう物なのか、と。

そう思わせる様な、冷たい気配を纏った春蘭が真桜に俯き加減で向き直った。

表情──特に眼差しが全く見えないというのは何故か妙に恐怖心を煽る。

特に、普段から感情豊かで起伏の激しい春蘭みたいな質の者の静かな怒りという物は度合いが判り難い。

故に、恐怖は増す。



「…最近、腹の辺りが少しタプッ…として来ていると何故知っている?」


「……え?、いや、ウチは──た、蒲公英っ!?」



春蘭の気配が変わった事に真桜よりも早くに気付いた蒲公英は先程まで側に居た真桜から直ぐに離れ、姿を眩ませる様に、こっそりと季衣の側に移動していた。

そして、知らん顔だ。


…真桜の悲鳴?

春蘭ならそんな暇を与える温い真似はせぬ。

叫ぶ間も無く、絞めたわ。




まあ、そんな事は兎も角。

劉備達の行動力だ。

その迅速さには感心するが特に驚く事では無い。

我等が劉備達との会談へと備えていたのと同様に。

劉備達も其の先を見据えて色々と準備はしていた筈。

何の考えも準備も無しに、ノリと勢いだけで遣れる程戦争は単純な物ではない。

況してや、相手は曹魏。

其処等の賊徒の討伐戦とは何もかもが桁違い。

本の僅かな綻びですらも、命取りに為ってしまう。

そういう相手なのだから。

迅速な行動が可能でも何等不思議ではない。


ただ、驚かされる事が全く無いという訳ではない。

それが何かと言うと──



「いや〜、劉備様ってのは太っ腹だよな〜

昔の糞みたいな官吏共とは違って金払いも良いしな

お陰で懐が温けぇよ」


「しかも、敵兵を十人以上殺れば、それだけで百人長として登用だろ?

本当、見る目が有るって

期待に応えねぇとな!」


「いや、別に誰も手前ぇに対して期待してねぇし…

寧ろ、手前ぇ以外だろ

足引っ張んじゃねぇぞ?」


「はっ、言ってろっての

此処で活躍して将軍にまで上ってって遣んよ

そしたらよ、お前等も俺の部下として使って遣るから有難く思っとけよ!」


「あ〜そうかいそうかい、其奴ぁどうも有難よ」


「まあ、それは兎も角だ

たった十人遣れば隊長職だ

こんなに旨ぇ話は無ぇよな

本当、劉備様様だぜ」


「ああ、違ぇ無ぇや」



──という事だ。

劉備達は大決戦に向けて、徴兵を行っている。

しかしだ、偵察戦(ここ)で“捨て駒(兵力)”を消耗し戦力を失う事は悪手だ。

偵察戦は必須な為、止める訳にもいかないしな。


其処で取ったのが、これ。

自領内に居る賊徒や傭兵、反乱分子等の邪魔な連中を金と職と地位で釣り集めて一軍を作り上げた。

その総数、約一万三千。




要は不要品(邪魔な存在)を上手く有効利用した訳だ。

劉備達にとっては偵察戦へ兵力を割く事は死活問題に他為らない。

領地が最も小さい勢力で、当然ながら領民の数も最も少ないのだから、無意味に消耗は出来無い。

しかし、約定により兵数を用意しなくては為らない。


そんな中で目を付けたのが自分達にとっては不要──寧ろ、後に排除しなくては為らない存在だ。

奴等を偵察戦に用いる事で兵力の無駄な消耗を避け、同時に討伐等に必要となる諸経費や被害を浮かせるし曹魏の戦力も見られる。

自分達が動かずとも曹魏が連中を片付けてくれるし、仮に、生き残ったとしても恩賞を与える数は僅か。

連中の功罪を差し引きして“罪の方が重い”と言えば処断する口実にもなる。

そうすれば、労せず自領の統治の進展と治安の向上を成す事にも繋がる。

劉備達にとってみれば実に都合の良い策である。


尤も、その策の土台となる事例を挙げるとするなら、曹操の“泱州”新設に至る経緯の一連の事だろう。

不要な害悪を巧みに利用し自分達の利へと変えた。

勿論、それを言うだけなら誰にも出来る事だろうが、実行するとなると条件的に色々と難しかったりする為実現するのは用意な事ではなかったりする。


劉備達は運良く、其れ等の条件を満たしていただけ。

だが、その運を引き寄せる事もまた必要な才だろう。

運が悪く、或いは無くて、消えて逝く者も多い。

その運を掴めるのであれば秀でた才と言えるのでな。


まあ、それは劉備達の話。

今此処に居る一万三千もの“捨て駒(連中)”には全く関係の無い話だ。

そんな思惑が有る等とは、思ってもいないだろう。

そう、劉備の風評を聞けば先ず疑わないからだ。

だから、上手くいく。

気付かれずにな。




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