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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
68/907

          弐


 other side──


夜が来る事が恐ろしい。

我が身を染める“悪夢”が心を狂わせる。


安寧だったのは昼だけ。

長い夜が終わる事を告げる曉光が待ち遠しかった。


しかし、それも過去の話。

今は、ただただ怯えるしか出来無いのだから。



(…私は…どうなのか…)



最初は判らなかった。

自分の身に起きた異変に。

最初の頃は、寝て起きると妙に身体が重い事が有り、食欲も無かった。

ただ、それも翌日になれば元通りだった為、気にする事もなかった。


だが、暫くすると変わる。

目覚めると、見覚えの無い家畜の死骸が有った。

それも、虎の様な大柄の獣によって“食い殺された”様な状態で。


誰かの嫌がらせだろう…と思いたかった。


しかし、我が身を汚す──布団を、衣服を、両手を、顔を、口を、赤々と染める“血”の跡が。

“私”が遣った事なのだと物語っていた。


その時の恐怖は言い表す事など出来無い。


“此処に居てはいけない”と私は直ぐに判断した。

当時、食客として身を寄せ仕えた益州州牧・劉焉殿の元を離れた。


けれど、行く宛は無く。

父は私が生まれる前に死に母は十歳の時に病死。

何方らの親族も居ない。


行き着いた先は黄山の奥に空いた洞穴だった。

その時になって初めて私は知る事になった。


私は“孤独”なのだと。


頼る“誰か”も居なければ心配する“誰か”も私には居ないのだと。


行く場所も無い。

帰る場所も無い。

居る場所も無い。


一思いに、死んでしまった方が“楽”だろう。

そうしてしまおうか。


深い闇の淵から手招きする“亡霊”達が居た。


“此方”に来い。

“仲間”になれ。


それは甘い“誘惑”で──

けれど、踏み込みそうにはなっても踏み込めない。


理由は──判らない。

ただ、“向こう側”に対し“恐怖”を感じる。


命果てる事も心堕ちる事も出来ず、ただただ生きる。

怠惰に命の尽きる時を待つ無意味な日々を。


その内──“自分”という存在すら曖昧になった。


腹が減れば肉を食み。

疲れれば横になり眠り。

目の前に“敵”が現れれば本能のままに殺す。


ただただ、それだけの事。



だから──“今”も同じ。

ただ目の前に居る“敵”を殺すだけ。


ただ──ふと、思う。


目の前の“敵”の眼差しが胸の奥を騒つかせるのは、何故なのだろうか…と。


深い闇の中で──目の前の“陽光”を見詰めて。



──side out



黄山の山林に入ってみれば特に奇妙な気配は無い。


野盗や山賊の類いも居らず山越と漢人の争いも無い。

平穏で“正常”な命の氣に満ちている。



「…絶景だな…」



適当な岩山の頂上に立てば“現代”でも素晴らしいと称される風景が有る。

二千年もの時の流れが生む雄大さは劣るが…今にしか存在しない景色。

道を間違えば、人によって奪いさられる物だ。



「…子々孫々と受け継いで行くべき“宝”だ…」



人は“大地”によって命を育まれ、生かされていると忘れてはいけない。

“傲慢”となった果ては、“破滅”しかないとも。



「……ん?」



感知範囲内の端に捕らえた氣の揺らぎ。

“澱”やその類いとは違い“生きた物”だと判る。

しかし、“良い”気配とは言い難い。



「さて…“鬼”が出るか、“邪”が出るか…」



“目標”の居る方向に向け身体を倒し、自由落下──に入った所で、足場を蹴り“一直線”に跳躍。

ある程度の“滑空”から、そのまま自重により曲線に変化する。



「──っ!?」



視界と感知範囲に捕らえる気配が突如として動き──“目の前に”現れた。



(“虚跳(こちょう)”!?)



驚く此方に、右手に持った枯木の幹を叩き付ける様に唐竹に降り下ろす。

右手で触れ、軌道をずらし勢いに逆らわず身体を捻り相手と入れ替わると相手はそのまま地面に向かう。


落下して行く姿を見据え、右手に翼槍を掴むと警戒を怠らず構える。



(今のが“虚跳”なら…)



“其処”からでも次撃へと移行出来──いや、違う。


相手を“観察”し、即座に考えを修正する。


先程のは“技”ではない。

ただ“高速での大跳躍”をしただけだ。

氣を繊細に扱う訳ではなく単純に“力任せ”に使い、動いている。

ただ、それだけの事だ。


先ず空中での反撃や追撃は出来無い。

勝負は“陸上”で、だ。


氣を操り、着地に備えると同時に迎撃に構える。


──ドゴォンッ!!、と地に巨大なクレーターを作って着地する相手。

だが、案の定と言うべきか気にする様子も無く即座に此方に向かって疾駆。

今度は両手で枯木を左薙に振り抜いてくる。


翼槍で枯木を縦に両断。

すると、遠心力で両手からすっぽ抜けて山林の方へと飛び、木々を折る音と共に土煙を上げた。



「──御構い無しかっ!」



だが、相手は全く気にする素振りも無く此方に向かい襲い掛かって来た。




武器を失って直接攻撃へと切り替えて来た。


それは二十代前半の女性。

身長は俺と同じ位。

薄汚れたボロボロの外套を纏っている為、下の服装は定かではない。

まあ、スタイルは“視る”限りは抜群だ。

三つ編みにした青碧の髪。

長さは太股に届くか。


そして何より目を引くのはその“金色”の双眸。


“情報通り”なら彼女が、“鬼”に違い無い。



(“涅邪”の特徴は瞳しか見られないんだが…)



頭部に獣っぽい物は無く、尻尾も付いていない。

…それが一般的だけど。


彼女の攻撃を捌き、躱し、往なしながら、氣の状態を観察していく。


四肢に漲る氣の量は中々。

但し、勁道が拓いている訳ではない。

単純に、普段から日常的に無意識に氣を使っている。

それだけの事だろう。



(とは言え、勁道も使わず部分強化に過ぎ無い状態で此れ程か…)



それも強引で雑な強化。

鍛えたならどれ程に成るか想像して楽しみに思う。



(それも“口説く”事が、出来ての話か…)



見た目では、正気を失って獣染みているが氣自体には“悪影響”は診られない。



(…そうなると別の要因が有る事になるが…)



さて、“何”が要因と成り得ているのか。

子揚の時の様なケースでも氣の影響による“暴走”の感じでも無い。


薬や食物、毒性の成分等の“効果”の可能性だが…

以前に“実験”により氣の変化が出る事は確認済み。

其れ等は除外出来る。



(…残ってくるとしたら、“種族”の血か…)



そうなると厄介だ。

“既知”の“種族”ならば特性や習慣・習性等にも、対処出来る。

最低でも“知識”が有れば対処方法を模索可能だ。


しかし、彼女に関しては、情報が少な過ぎる。

“涅邪”族かどうかさえ、可能性でしかない。

その“涅邪”族に関しても全くの“未知”だ。



(…“未知”か…)



普段なら“楽しい”事だが人命が懸かっている状況でそう思える程ではない。

まあ、その“人命”に救う“価値”が無ければ構わず“楽しむ”だろうが。



(…乗り掛かった船か…)



明確な方法は無い。

だが、“何も”出来無い訳ではない。


今までに積み重ねた経験、蓄えた知識、研鑽した技、何より幾多の死線や窮地を乗り越えてきた“諦め”の悪さが有る。


“前例”が無いのなら俺が“最初”となれば良い。


想像は──創造出来る。




“方針”が決まれば迷わず行動へと移す。

こういう時の躊躇は後々で取り返しの付かない事態を招く可能性が高い事を経験から知っている。

勿論、慎重かつ繊細に。

けれど、大胆に。



「──という訳で、先ずはこんな一手っ!」



殴り付けて来た彼女の右手を掴み、氣を流し込む。

勿論、彼女の氣に同調した状態の氣を、だ。

氣を操作して“強制的”に強化を解き、同時に暫くは使えない様にする。



(さて、どうする?)



自分の“異変”に気付いて動揺したり、此方に警戒心を抱いたりするか。

それとも、無反応か。



「──ガアァアアッ!」



一瞬だけ戸惑う様な仕草を見せたが、直に身体に害が無いと判ると戦闘を継続。

一気に間合いを詰めて来て掴みに来る。


初めて聞く咆哮は鼓舞する為の物だろうか、それとも此方への威嚇か。

…何方らでも良いか。



(大して警戒してないなら“翼”をもがせて貰おう)



牽制の為に、翼槍を左薙に一振りすると彼女は動かずその場で仰け反って躱す。

即座に反撃へと転じる為の回避方法か。

その身体能力と攻勢意識は感心すべき点だ。



(“正気”なら尚良かった所なんだがな…)



身体を起こし、その勢いのままに前に踏み込んで来る彼女は無防備に“見せた”此方の懐へ。

其処に合わせ、振り抜いた右手を背面に回し、左手へ翼槍を受け渡す。

身体は薙いだ勢いのままに右回転して、左手の翼槍を下段・左薙に振り抜く。



「──ギッ!?」



攻撃に気付いて無理矢理に左足で踏み切り飛び上がり回避する。



(──だが、甘い)



それが此方の狙い。

翼槍が彼女の真正面に向く直前に左手から手放す。

同時に右足を深く踏み込み回転を止め、逆回転。

空いた両手に氣を集めつつ身体を沈めて前へ。

宙の彼女の身体の下へ入り両足──太股辺りに両手で軽く弾く様に触れる。

効果は先程と同じ。


空中で力を加えられた為、縦に回転するが彼女は猫を思わせる身の熟しで身体を捻って此方を向いて着地。


此方も入れ違った瞬間に、彼女の方を向きながら後方へと飛び退き、手放し地に刺さっていた翼槍を回収し右手に持って構えた。



「“翼”を失い地に落ちた“鳥”は無力だ」



そして、待ち受ける末路は“死”から逃れる事は殆ど不可能だろう。

他力本願のみが可能性。


彼女はどうだろうか。




右手と両足──利き手と、“翼”を失った。

とは言え、実被害は無い。

行動その物に支障は出ないから気にしないだろうが。



(…だが、強化されていた箇所で残るのは左腕だけ…

序でに貰っておくか…)



流石に警戒している様子の彼女に仕掛ける。

翼槍での刺突を放ち、躱す彼女を少しずつ誘導。

十数度目での刺突の後──トンッ…と彼女の背中へと“木”が当たる。



「──ッ!?」



意識が一瞬だけ其方らへと逸れた隙を突き、肉薄して左手を掴む。

此方に気付いた時には既に懐に入り一本背負いを決め投げた後。

但し、途中で手放し空中へ放り出した。

手傷を負わせる事が目的の場合なら容赦しないが。



(これで“素”だな…)



彼女は楽々と体勢を戻し、着地を決める。

その四肢からは氣の強化が失われている。

“無意識”の強化だったと言っても、“当然”の様に出来ていた事が急に不能になれば戸惑う。

そして、“要因”と思しき存在を警戒する。



(これで時間は稼げるが…

命の危険が有る訳では無いから焦る必要も無い…)



考える時間は出来た。

だが、一時的でも“退く”事は出来無い。

“敵”を追って下山しては徒に被害が出てしまう。

降りない可能性も有るが、“賭け”は出来無い。



(“日帰り”しないと皆にどやされるしなぁ…)



考えると憂鬱になる。

早く片付けたい物だ。



(…さて、“正気”を失う要因は何か…)



こんな場所で生活してれば栄養失調に成っても不思議ではない。

だが、彼女に症状・様子は見られない。

“飢え”の可能性は低い。


次に、人間関係等や孤独に由る精神異常の可能性だが氣の状態が正常なだけに、此方も低いか。



(肉体的にも、精神的にも“異常”は見られない…)



心身が正常な状態で有り、その上で自我が消失し得る状態に至る物。

病気や薬効等の物ではなく“異端”でもない。



(…そんな都合の良い物が有る訳が──)



そう考えていて脳裏に一つ浮かんだ可能性。

それは確かに条件を満たし現状を説明出来る。



「“トランス”とはな…」



“可能性”は見えた。

但し、実証出来たとしても事態を解決する方法が有るとは限らない。

其処が厄介な点だ。




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