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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
679/915

        玖


──関羽が居れば。


そう思わなくもない。

彼女が桃香の傍に居たなら共に破滅に向かう様な事は起きなかっただろう。

私も他人事ではないんだが生真面目で不器用な質でも本当に必要な時には主君の過ちを正せる忠誠心を持つ稀有な人物だったからな。

彼女なら、桃香が道を踏み外す前に止められた。

私は、そう思う。



(…星は自己陶酔する所が有るからな〜…)



曾ては、自身に客将という立場では有ったが、仕えて共に戦場にたった友。

その姿を思い浮かべる。

“旅の路銀が尽きたから”という理由で仕官してきた当時の星には驚かされた。

同時に“面白い奴だな”と興味も引かれた。

そういう意味では、彼奴は“売り込み”が上手いな。

軍師や商人の話術とは違う──そう、何方等と言えば演劇の役者の様に、だ。

要するに、“見せ方”とか“見映えるがする方法”が上手いという訳だな。

其処に高い実力も加わると本当に凄いと思わされる。

まあ、星に相手を騙す様な意図は無いんだけどな。


ああ見えて星は人見知りな所も有ったりして、意外と可愛い奴だったりする。

だが、一方で武人としては目立ちたがり屋だ。

可笑しな話なんだけどな。

基本的には、武人としての飄々とした言動をしている訳だが、酒に酔ったりして素顔を見せる事も、極めて稀にだが、有ったりする。

其処までの信頼を得るのが中々に大変なんだけど。


星の危うい所は、関羽とは違い変な忠誠心に美意識を感じていた事だな。

多分、それが出ているから桃香を止められなかったんだろうけど。



(…関羽が居れば、星達も成長してただろうな…)



何と無く、そう思う。

単純な軍将・武人としての才器で言えば、関羽と星は稀代の英傑だと言える。

個人の武は勿論の事だが、指揮能力も高い。

鈴々は個に特化し過ぎてて指揮能力には欠ける。

関羽が居れば、教え込まれ一人前にまで上達していたかもしれないが、現実には伸びている感じはしない。

星に指導力が無いという訳ではないが、如何せん当の桃香の陣営は人材不足だ。

兵の質を上げようとすれば調練は軍将が行う事になり治安の維持や改善の人員も割かなくては為らない。

つまり、軍将が軍将に対し指導をしていられる余裕は無いという事に為る。


勿論、個人の武を鍛える事だけなら問題は無い。

飽く迄、二人居れば出来る事なんだからな。

だが、指揮に関して言えば基本的には実戦形式だ。

当然ではあるが、軍師から口頭による説明、或いは、書物を読んで理解出来るのであれば、あの鈴々は今頃星と比べても劣らない程の軍将に成長している。

そうなっていれば、泗水関での敗戦は──避けられはしなかったとしても被害は抑えられただろう。

少なくとも、今程に桃香は追い詰められてはいないと私としては考えている。


…いや、それは微妙か。

結局は桃香次第だしな。




“運命”とは何だろうか。


ふと、そんな事を思う。

大して深い意味は無い。

…まあ、そうは言っても、単純な話でもないが。



(…判らないからなぁ…)



“たられば”を言い出せば切りが無い事だろう。

人生とは、人々が思い描く事よりも複雑怪奇だ。

決して、思い通りになんて進んではくれない。

しかし、己の努力次第では“ある程度”までは理想に近付ける事は出来る。

ただ、個人では限界が有る事は否めない。

だからこそ、同志を集めて人々は結束・団結して事を成そうとするのだが。


その結末が、誰にとっての運命に為るかは判らない。

判るのは、結末の果て。

其処に至った時だ。



(私だって、そうだよな…

最初から、現在(こたえ)が見えていたら、どうするか判らないもんな〜…)



今の自分の状況に対しては特に不満は無い。

有るとすれば、紳に対する苛立ちと、何気に目障りな仲良し夫婦だろう。

…羨ましいんだよ、畜生。


それは兎も角として。

もし、紳が私の事を一人の女として意識している事を知っていたとして。

袁紹に持久戦で勝ったなら私達は、どう為ったのか。


曹魏と不可侵条約を締結、或いは無血で従属する形で落ち着き、紳と結ばれて、子宝にも恵まれ、公孫家も曹魏と共に繁栄していって目出度し目出度し。

──と、為るのだろうか。


辿る道が違えば、至る頂も違ってくる。

山の頂の様に目に見えて、一つであるとは限らない。

未来とは、在り方とは。

常に人々の数だけ存在し、不確定な物なのだから。


だから、判らない。

“たられば”の考えの先に有る結末(未来)が、本当に現在よりも素晴らしい物と為り得るのか。

それは、誰にも判らない。



(…もしかしたら、下手に袁紹に勝ってたら曹魏との関係を巡って内部分裂とか起きてたかもな…)



目先の結末だけは良くても先の事までは判らない。

先の先まで見通せていても必ずしも、その通りだとは限らないのだから。


空を見上げて歩いていれば小さな小石に躓いて転び、大怪我を負ってしまう様な事だって有り得る。

その逆に地面ばかりを見て歩いていれば、眼前に張り出す木の枝に気付かないで打付かってしまう事だって有り得る。


物事に絶対は無い。

ただ、既に出た過去(結末)だけが変えられないが故に絶対なだけで。

現在と未来は不確定。

常に、変化の真っ只中だ。



「…後悔だけはしない事…

それだけしか出来無いな」



私は“英雄”ではない。

大多数の人々と比べたなら平凡ではないのだろうが、曹操達とは違う。

精々、曹操達の家臣として仕えて後世へ名を残すか、或いは、曹操達の様な者の“踏み台(盛り上げ役)”で散って逝くか。

それなら、私は前者の方が増しだ。

だから、今を生きよう。

後に悔いる事が有っても、笑える様に。

精一杯、一生懸命に。



──side out。



 李典side──


会談の結果は予定通りの物やったと言えるやろな。

まあ、宅としては最初から主導権を握ってた様な物で当然や言ぅたら、当然の事なんやけどな。



「…楽進と戦うんはな〜…

やっぱ、気が進まんわ…」



本音を言うたら、な。

試合やったら、構わんよ。

寧ろ、ウチ自身もあれからどんだけ成長したんかを、見せたいからな。

そういう意味では闘いたい気持ちは有る。

それに嘘偽りは有らへん。


せやけどな、戦争となると話は違ってくる。

それは単なる殺し合いや。

何の意味も無い。

命の無駄遣いや。

そんなんにウチ等の人生を懸けとぉはない。


…まあ、雪蓮様の決めた事やから従うんやけど。

ホンマは気は乗らんな。



「…せめて、劉備側が相手やったらなぁ…」



それやったら、気持ち的な問題は特に有らへんな。

寧ろ、遣る気に為れる。


ウチ自身は大義や大望とか持っとらんからな。

偶々、軍将が出来る程度の才能が有っただけで。

偶々、雪蓮様達に拾われて仕える事に為って。

結果的に、今のこの状況や立場に為っとる。

ただそれだけの事やし。

ホンマに、“民の未来を”なんて事は思うてへん。

勿論、“そないになったら良ぇんやけどな”程度にはウチも思うとるけど。

それは民の感覚と同じや。

“人の上に立つ”っちゅう感覚や有らへんねん。


それでも、曹操と劉備。

何方が“害悪や?”って、訊かれたら、一切迷わんで“劉備やな”って言える。

言い切れる自信が有る。

それ位に、曹操は、曹魏は民の為を考えとる国や。

曹魏を見倣う事は有っても劉備達を見倣う事だけは、絶対に有らへん。


せやから、劉備側が敵なら迷わんのやけどな。

曹魏やと…正直戸惑うわ。



(…単純に二人を比べてもウチん中での存在の価値が全然ちゃうしな〜…)



片や、生涯の朋友。

片や、曾ての友人。

そんなん、一々比べんでも誰にでも判る事やろ。


ウチ等は万能やない。

常に取捨選択を繰り返して色々と“選り分け”ながら日々を生きとる。

“全て”を選び取れる奴は一人も居らへん。

それが大多数の事なんやし普通の事やからな。

何も可笑しい事はない。


そんで、それが選んだ結果やからな。

その事に後悔は無い。

…まあ、将来的には多少は何か思うかもしれんけど。

今ん所は、特には無い。



「…まっ、此処でウジウジ悩んでもしゃあないしな

切り替えて臨まんとな」



中途半端なまま臨む事は、心の揺らぎは戦場での死に直結する。

自分だけではない。

仲間の、民の、多くの命を左右する。

そういう立場に居る以上、覚悟は必要不可欠。

だから、躊躇いは捨てる。

背負う命の為に。



──side out



 孫尚香side──


劉備との会談を終えた穏に今後の大まかな流れを訊き“漸く出番が来たっ!”と内心ワクワクしていたら、穏に言われた。



「あ、シャオ様はお留守番ですからね〜」


「何でよーっ!?」



それはもう、満面の笑顔で“そういう事ですから〜”なんて言いながら放置して去って行きそうだったから兎に角噛み付いておく。

…決して、縋り付いている訳ではないから。

其処は間違えないでよね。


それは兎も角として。

そんな真桜が時々遣ってる落差の激しい笑い話なんて要らないのよ!。

私が欲しいのは唯一つ!。

孫家の、お母様の娘として高らかに名を謳う舞台!。

その為の機会なのよ!。


これまでに表に出る機会が無かった訳じゃない。

でも、それは飽く迄も私の“身の安全”が、ある程度保証されている様な状況で喧伝に近い役回り。

勿論、そういう風に孫家の威光を民に見せ付ける事も大事なんだって判ってる。

判ってるはいるんだけど、納得は出来無い。

だって、お姉様達が必死に戦場で戦った後で、状況が落ち着いてから姿を晒して馬鹿みたいに堂々として、偉そうにしている。

それだけなんだもん。

納得なんて出来る訳無い。



「だから、シャオも今度の偵察戦に参加するのっ!」


「ですから〜、それは駄目なんですよ〜…

と言うかですね〜、実際はシャオ様の言っている事を聞いたら宅の軍師は誰一人許可しませんからね〜」


「どうしてよっ!?」



つい、声を荒げてしまう。

だけど、静かに訊いてたら丸め込まれてしまうのは、経験上知っているもの。

同じ過ちはしないわよ。

…まあ、そうでもしないと穏が直ぐに話を終わらせる可能性が高いからだけど。


これが祭とか軍将なら先ず言わないと思う。

力強くで黙らされるから。

軍師でも詠には言わない。

勉強時間が増えるもん。




そういう意味では穏の様に一応は私が渋々でも理解し引く所まで話に付き合ってくれるのは嬉しい。

これも“甘え”なんだって判ってるんだけどね。

他に手段が無いのが辛く、我が身の未熟さが恨めしく悔やまれる所よね。


そんな私を見ながら、穏が苦笑を浮かべる。



「だって〜、シャオ様も今御自分で仰有っていたじゃないですか〜?」


「…?……シャオが?」



“…はて?、一体私は何を言ったのかな?”と小首を傾げて考えてしまう。

…………特に可笑しな事を言った様には思えない。


そう考えている私の胸中を読んだみたいに穏は小さく息を吐いて、優しく笑む。

呆れた溜め息とは違う。

妹や娘なんかを諭す様な、厳しさを内包した表情。

お母様やお姉様達にも似た“女性”の笑み。

“仕方有りませんね〜”と言われてはいない筈なのに声が聞こえてしまう。

そんな、擽ったさを覚える穏の態度に恥ずかしくなり思わず眼を逸らしたくなるのを我慢する。



「いいですかシャオ様〜…

今度の戦いって“偵察戦”なんですよ〜?

ですから〜、目立ってちゃ駄目なんですよ〜?」


「……あ…」



思わず漏れた声。

穏に言われて気付く。

当然と言えば当然の話。

曹魏の戦力を知る為の一戦なんだから、其処で自分が“孫尚香よっ!!”なんて、遣ったら台無し。

飽く迄も、劉備の仕掛けた一戦という形でなくては、条件を出した意味が無い。

勿論、必ずしも劉備からの仕掛けである必要は無い為偽装が出来るのであれば、其方の方が良いけど。

兎に角、曹魏に対して私達──孫呉の影を見せる事は避けて然るべき事。

つまりは、私が出ても良い舞台ではない。

そういう事みたいね。



──side out。



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