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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
677/915

        漆


男女の関係、恋愛といった絶対的ではない要素を含む情報を巧みに利用し、敵を欺き、騙し、惑わせながら罠に嵌めていた訳です。

はっきり言ってしまうと、私には想像する事ですらも出来無い方法です。

仮に、そういう方法が有る事を知っていたとしても、曹純さんの狙いを見抜けた自信は有りません。

それ程に、不確かで有り、確信を持てない策です。

私なら、実際に遣ろうとは思わないでしょう。

…出来無いでしょうしね。


もし、始めから曹操さんを基準にして考えていたなら──いえ、違いますね。

“こう、だから、こう”と決め付けてしまう考え方が抑の間違いだったのだと、今なら言えます。


曹操さんは曹操さん。

曹純さんは曹純さん。

例え、その二人が夫婦でもそれはそれ、なのだと。

そういう風に考えられれば少しは現状も違っていたのかもしれません。

…“たられば”ですが。



(実際には為ってみないと判りませんけど…)



推測で、理解し切れるとは到底思えませんから。

結局、私達の現状としては大差無いかもしれません。

場合によっては、より酷い状況に陥っている可能性も有り得るでしょうしね。

それを思えば、今はまだ、増しな方なのかも。

…あまり芳しくない事には変わりませんが。



「……はぁ〜……」



小さく溜め息を吐きながら顔を窓の方へと向ける。


別に何かを見付けたという訳でもないし、気になったという訳でもない。

ただ、何と無く。

何と無く、気を紛らわせる為だけの事に過ぎない。

たったそれだけの事。


それでも今の私の置かれた状況が無関心で居る事など許してくれる筈も無く。

自然と意識してしまう。


窓から見える、有り触れた通りの景色。

民家や商家、様々な建物が建ち並んでいて。

行き交う人々の姿が有り。

彩る様に響く喧騒。

何気無い、日常の一場面。

当たり前の様な平穏。

繰り返される、退屈とさえ感じてしまう平凡な日々。

けれど、長い不安な毎日は漸く終わりを告げた。

だから、人々は心から今を喜んでいるのでしょう。


私の心とは裏腹に。


何も知りません。

其処に有る笑顔(はな)達は何も知らないのです。

自分の命を容易く摘み取り使い捨て様とされている事なんて想像もしていない。

“新しい主君(桃香様)”は御優しい方なのだと。

自分達の平穏な日常の為に頑張ってくれていると。

その考えが過ちであるとは微塵も思ってはいないし、疑ってもいないでしょう。


故に気付きません。

最早自分の命は道具以下に為ってしまった事に。

自分達は桃香様の渇望する自己理想(願い)の為に。

失う事を厭われる事も無く哀しまれる事も無い。

幾らでも代えの有る。

死ね(枯れれ)ば次を飾れば済むというだけの。

只の消耗品(物)であると。

そう為ってしまった事に、気付いていないのです。




今、私が声を上げる事。

それは簡単だと思います。

今ならまだ、救えるのかもしれません。

犠牲者が出る前に。

桃香様の狂気を抑える事も出来るのかもしれません。


しかし、そうしたとして、無辜の民を救う事が。

桃香様を止める事が。

果たして、今の私に出来るのでしょうか。



(…恐らく…いえ、確実に無理でしょうね…)



仮に、私が桃香様が御乱心されてしまったと。

──いえ、劉備は貴方達を自分の野望の為に使い捨て守るつもりなど無い。

そう言ったとします。

では、一体何れだけの民が私の言葉を信じてくれるのでしょうか。

殆んどの民が信じてくれはしないでしょうね。

その理由は簡単です。

民を、益州を救ったのは、他ならぬ桃香様です。

桃香様である、と。

そういう風に民に対して、信じ込ませたのです。

他ならぬ私自身が。

だから、有り得ません。

民が第一に信頼するのは、桃香様なのです。

桃香様の家臣だから私達の事も信頼している訳です。

決して、私達個人に対して民の信頼は寄せられている訳では有りません。

其処が、差に為ります。


どんなに私が事実を叫び、救いたいと願っても。

多分、民は思うでしょう。

“劉備様と意見が違ったか何か失態を犯した事も有り立場が悪くなってしまう為劉備様を悪者にしようと、目論んでいるのだ”と。

桃香様の事を疑うよりも、私に非が有ると考える方がしっくりときますから。


何しろ、私達の遣って来た事なのですから。

そう考えられてしまう方が自然だと言えます。

正に、自業自得です。



(…ご主人様や星さん達、全員が“桃香様の遣り方に付いてはいけない”、と…

そう思い、一致団結すれば桃香様を止めるという事は可能なのかもしれません)



とは言うものの、桃香様が話し合いで止まるとは私も全く考えてはいません。

遣るなら実力行使です。

それ以外には不可能だと。

そう言い切れます。

…良くて、監禁ですね。

最悪は──死んで頂く事に為るでしょう。

ただ、何方等に為っても、桃香様は死んでしまう事は避けられないでしょう。

命が終わる死ではなく。

その心が、意志が、魂が。

死んでしまうでしょう。

何故なら今、桃香様の生を輝かせているのは他ならぬ曹操さんへの執着です。

それを失う以上、桃香様は死んだも同然です。

…尤も、そうなる可能性は無いでしょうけど。


ご主人様は桃香様と共に。

星さんも同じでしょう。

沙和さんは…一応悩んではいましたが、今は気持ちは固まっているでしょう。

私も…覚悟はしています。

もう、私達には“正道”を歩む資格は無いのだと。

もう引き返せないのだと。

理解はしています。


それでも考えてしまうのが軍師の性。

不可能だと判っていても。

曹魏に勝つ事よりも遥かに桃香様を止められる方が、可能性としては高い故に。

考えてしまいます。

無意味だとしても。




そんな思考を忘れ去る様に小さく頭を左右に振る。

忘れるまでは出来無くても切り替える為の切っ掛けに為りはするから。


そんな中、再び目を向けた窓の向こう。

ふと、目に入ったのは仲が良さそうに手を繋いでいる姉妹の様な女の子達。

頭一つ分程違う事から見て多分、有っている筈。

背の小さい女の子の右手をお姉ちゃんだろう女の子が握って歩いている。

何を話しているのかまでは判らないけれど楽しそうに笑顔を浮かべている。

その様子を見ているだけで忘れ様としていた罪悪感が再び胸の奥を突き刺す。

その笑顔を奪ってしまう、そんな未来を想像して。

その笑顔が悲哀と憎悪へと染まってしまう気がして。

上手く言い表せない想いが胸の中で渦巻いている。


だけど、それは違う。

別の想いが沸き起こる。

──いえ、そうではなく、思い起こされる。

それは、あまり個人的には思い出したくはない物で、出来れば忘れたままにして置きたかった物。

それでも、一度でも脳裏に浮かんでしまったら絶対に無視は出来無い物。

だから、厄介だと思う。



(………雛里ちゃん…)



私の一番の大親友であり、妹も同然だった女の子。

私が側に居ないと一人では何も出来無い程に危なくて心配になってしまう。

そんな彼女と離れた時には私は頭が可笑しくなりそうだったりした。

それを乗り越えられたのは“大丈夫、雛里ちゃんにも良い経験になると思うし、雛里ちゃんなら私を探して遣って来てくれる”と。

そう考えたから。

“だから私は雛里ちゃんを信じて受け入れられる様に準備しておかないと”と。

そう考えて、進んだ。

“天の御遣い”を探して。


“天の御遣い”の噂を聞き幽州へと向かった私達。

だけど、気が付いた時には私一人しか居なくて。

何処かで離れてしまったと判った時には手遅れで。

でも、私が“天の御遣い”に会いたいと思って幽州に向かっているという事実を雛里ちゃんも知っている。

だから、雛里ちゃんなら、きっと来てくれる。

そう信じていた。


私が桃香様やご主人様達と一緒に義勇軍として行動を始めた時も同じだった。

仮に、入れ違いに為っても雛里ちゃんなら私を探して追って来てくれる。

義勇軍は、ご主人様の事を喧伝していたし、見付ける事は難しくはない筈だから迷う可能性も低い。

だから、きっと大丈夫。

私の所に来てくれる。

そう信じていた。


でも──現実は非情で。

雛里ちゃんが私の所に──私の前に現れる事は無く。

ただ月日だけが過ぎて。


そして──受け入れた。

何処か私の知らない場所で雛里ちゃんは独りぼっちで死んだんだって。

きっと、寂しくて、泣いて私の名前を呼びながら。

その生涯を終えたんだと。

私は過去(雛里ちゃん)へと別れを告げた。





(…雛里ちゃんが居たら、違ってたのかなぁ…)



何と無く、考えてしまう。

死者に何を望んだとしても現実は変わらないけれど。

ついつい、“たられば”を考えてしまうのは珍しくはない事だと思う。

…仕方無いですよね。

考える事だけなら自由だし誰にも迷惑が掛からない事なんですから。


もしも、雛里ちゃんが側に居てくれたら、私一人より色んな考え方が出来たし、過ちにも気付けた筈。

そう為っていれば、今より良い状況だった筈。

仕事にしたって一人よりも二人で遣った方が早いし、全然楽に為っていた筈。

桃香様が追い詰められても異変に気付ける余裕を持つ事が出来ていた筈。

今でこそ、音々音ちゃんが居てくれるけど、義勇軍を率いていた頃に私以外にも誰かもう一人居てくれたら本当に違っていた筈。


だから、私は雛里ちゃんが来てくれるのを待っていた訳なんです。

どんなに自分が優秀でも、人一人が出来る事に限界が有る事は変わりません。

人によって出来る事が違う事は当然だったとしても。

全知全能の人なんて絶対に居ないのですから。

もし居れば、今の世の中は有り得ません。

その人が頂点に達、世界を統べている筈ですから。

混迷し、群雄割拠の時代に到った事こそが証明です。



(…そうなんですよね…)



そんな人なんて居ない。

だから、期待した。

“人”を超えた存在。

苦しむ人々を救いたくて。

世の中を変えたくて。

自分も一助と為りたくて。

その様子を間近に見たくて私は探し求めました。

“天の御遣い”を。

私は信じ期待しました。

“天の御遣い”に。


桃香様の理想に共感する、ご主人様の考え方にも。

私は好印象を持ちました。


ただ、それらが過度な物で見えてはいなかった。

理想(ねつ)に深く酔いしれ思考を濁らせていた。

自分の過ちに気付かずに。





(…一体何が間違いだったのでしょうか…)



桃香様ではないけれど。

これまで、ずっと私自身も懊悩を抱えて歩いてきた。

どんなに前向きな事を口に出していたとしても。

私の本心だけは誰にも──ご主人様にでさえも言わず飲み込んで、隠している。


…でも、もしかしたら。

私は関羽さんを見倣って、桃香様の元から離れるべきだったのでしょうか。

或いは、あの一件を機に、きちんと本心で桃香様達と向き合うべきだったのかもしれません。

あの時の桃香様達を見て、“これ以上深く傷付けてはいけない…”と。

そう私は思いました。

私自身も傷付きたくなくて悪者にも為りたくなくて。

口を噤んでしまいました。

ですが、あの時、徹底的に桃香様達の甘さを指摘して矯正するべきだったのかもしれません。

そうしていれば。

今は違っていた筈です。



(…私が望んでいたのは…こんな事ではないんです…

こんな事は…こんな筈ではなかったんです…)



決して、楽観視をしていた訳では有りません。

色んな困難や苦労が有ると考えていました。

それでも、桃香様の理想や“天の御遣い”という名と存在が有れば、どんな事も乗り越えられる筈。

そう信じていました。


その考え自体が、私の中の一番の甘さ(間違い)だったのかもしれません。



(…でも、もう全て手遅れなんですよね…)



今更後悔をしても遅い。

自分の弱さの招いた結果。

だから、私は受け入れて、覚悟を決めて共に歩んで、見届けるしか出来無い。

例えそれが破滅でしかない結末だったとしても。

それが私の責任だから。

私に出来る、唯一の事なのですから。



──side out。



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