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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
674/915

        肆


 Extra side──

  /北郷


会談を終えた俺達は孫策の用意してくれた馬車に乗り領境に一番近い所の砦──所謂、関所へと向かう最中だったりする。

未だに馬には乗り慣れない事も有るから、俺としては馬車で送ってくれるという気遣いは凄く有難い。

まあ、実際には治安維持等色んな理由が混じっている事だとは思うけど。

其処は考えない様にする。

考えても嫌な気分になって疑心暗鬼に為るだけだし。

勿論、油断はしないけど。


その必要は無いとは思う。

孫策は多分、此方が約条を破ったりしない限りは敵に回ったりはしない筈だ。

詳しく“歴史”を知らない俺でも“赤壁の戦い”位は知っていたりする。

三国志のクライマックスと言ってもいいだろう大決戦なんだからな。

細かい部分は兎も角として劉備・孫策が手を組んで、曹操を打ち破る。

会談では場所が赤壁からは遠ざかってしまったけど、其処は気にしない。

最終的に赤壁により決戦が行われる可能性は全く無いという訳ではない。

だから、終わってみれば、“歴史”通りだった。

そう為る可能性は、十分に考えられるのだから。

だから、気にしない。


それよりも、だ。

今はもっと気にすべき事が目の前に有る訳で。

俺達は孫策との会談以上に緊張を強いられている。



「………むにゃぁ………」



可愛らしい声を漏らして、穏やかな寝顔を見せている桃香を見詰めながら俺達は小さく息を飲む。

無防備では有るのだけれど先程の事が脳裏に張り付き離れないからこそ、俺達は緊張していたりする。


朱里達と視線を交えると、“…では、お願いします、ご主人様…”とか言う様に頷かれてしまう。

…逃げ道は無いらしい。


俺は桃香を見詰めながら、大きく息を飲む。

ゴクッ!、と鳴る喉の音が異様に大きく聞こえる。

馬車の走る音、皆の呼吸や衣擦れ、馬車の外の雑音…様々な音が有る筈なのに。

まるで、全てが消えた様に世界が静寂に包まれた。

その中で唯一、自分の胸が刻み響かせる鼓動の音色が喧しい位に鳴っている。

それは鼓動が他の音を全て飲み込み、染め上げているみたいにも思えてしまう。


そんな中、俺は自らを奮い立たせて勇者となる。

今こそ勇気という名の剣を高々と掲げる時なんだ。



「………往くぞ…」



意を決し、俺は動く。

誰からも応援する声は返る事は無かったが、皆からの眼差しは感じている。

期待と不安の入り混じった眼差しを受け止めながら、俺は右手を伸ばす。


ゆっくり、ゆっくりと。

しかし、確実に前へ。

額から頬・首筋・鎖骨へと伝って流れ落ちる汗。

伸ばしている掌は汗ばみ、小刻みに震えてもいる。

気を抜けば、一瞬で重圧に圧し潰されてしまう。

そんな中で、負けない様に頑張っている自分を本当に誉めてやりたい。


そして──辿り着く。



「……んぅ……ぁん……」





俺の伸ばした右手。

その人差し指が、柔らかい桃香の肌を触れる。

否、触れただけではない。

ゆっくりと、その柔らかく張りの有る肌に負けないで押し込んでゆく。

むにゅっ…と言うよりも、もにゅっ…と言うべきか。

極上の柔らかさを持ちつつ天の邪鬼な一面を見せて、拒むかの様に、俺の指先を押し戻そうとする弾力。


ただ、されるがままに指を受け入れる柔らかさでは、決して得られない高揚感。

何処か、力強くで征服し、支配させているみたいで、男の──雄としての本能を強く刺激してくる。


また、それだけではない。

俺の右手の人差し指の先に半分だけ感じる感触。

柔肌とは異なる硬さ。

しかし、骨の類いの物とは根本的に違う硬さ。

こりっ…としている感触を確かめる様に指先を小さく動かせば、桃香の唇からは小さく身悶えする声が漏れ出してくる。

そう、それは皆が大好きなアレな訳ですよ。

…え?、頬っぺたや唇かと思ってた?

普通、起きるのかどうかを確かめるとしたら、大体は頬っぺただと思う?

何を言っているのか俺には判り兼ねますな。

何故、胸を突っ突いて確認してはならないのか。

俺は寧ろ皆に言いたい。

其処に胸が有るのならば、男は突っ突いてこそ男気を示せるのだと。

…まあ、それは俺と桃香の関係が有るからだけどな。

そうでないと犯罪です。

良い子は真似するなよ。


それは兎も角として。

思わず漲ってしまった俺の下半身は悪く無い。

それは生物としては正しい反応なのだからな。

勿論、犯罪行為に及んでは為らない事は間違い無い。

しかし、反応するだけなら仕方が無い事だと思う。

排泄と同じ、整理現象だ。

それ自体に罪は無い。

…まあ、その結果、他者に不快な思いをさせたなら、謝罪するべきだが。



「主、格好悪いですぞ…」


「最低なの〜…」


「ご主人様…せめて、時と場所を考えて下さい…」



三人から白い目を向けられ侮蔑の言葉を投げ付けられ俺は反射的に叫びたくなる衝動に駆られる。

しかし、どうにか堪える。

今、大声で叫ぼう物なら、どうなってしまうのか。

桃香が起きてしまうのだ。

ただ、一つだけ言いたい。

そんな文句を言う位なら、俺に遣らせずに自分自身で確かめるべきだ、と。


実際には声にはしないが、そんな感じで視線に込めて見詰め返すと三人は視線をスッ…と逸らした。

かなり、気不味そうに。

どうやら、それ程遣りたくなかったらしい。

俺も遣りたいとは思ってはいなかったしな。

そして、そんなヤバい事を俺に押し付けた事に対する罪悪感は有るみたいだ。

…フッ…虚しい勝利だ。


──なんて事を考えつつ、名残惜しいが、右手を引き指先を楽園から連れ戻す。

“嗚呼…我が女神よ…”と人差し指が嘆き悲しむ姿が脳裏に浮かんでしまうのは仕方が無い事だろう。

続きは帰ってからだな。




取り敢えず、直に触っても三人が抑えていたとは言え声を出しても起きる気配は全くしなかった。

その事、一先ず安堵する。

勿論、だからと言って声を張る様な真似はしないが。


因みに、馬車内の席位置は俺の左側に星が座ってて、対面に桃香を真ん中にして右に朱里、左に沙和という形だったりする。



「…で、どうなんだ?

正直に言って、俺は桃香の言動は意外過ぎて驚くしか無かったんだけど…

あれってさ、予定していた演技だったのか?」



俺の同行は急遽決まった事だったりする。

元々、今回の会談には俺は参加しない予定だったが、俺は例の“破邪の聖剣”を入手し、“切り札”として使えると思ったからこそ、参加する意思を伝えた。

実際、桃香達も孫策達から協力・同盟等の確約を得る為には色々と厳しい条件を飲む必要が有るだろう、と考えていたみたいだしな。

これは“切り札”としては破格だと言える訳だ。

勿論、出来る限り隠せれば隠して置いた方が、後々で効果を発揮させられる事を朱里達から聞いていた為、飽く迄も“切り札”として出来れば使わずに纏めたい考えには納得した。


だから、最初から計算には入ってはいない。

朱里達の立案した方法とは桃香と孫策との直接交渉。

自分達も基本的には会談に立ち会うだけで、口を挟む真似はしない。

桃香の魅力(才能)に賭けた博打の様な一手。

しかし、下手な小細工より良い結果に終わらせられる可能性は高くも有った。

単に小細工が通用する様な相手でも無いしな。


そういった事情から、俺は最初は演技だと思った。

桃香らしくはなかったが、覚悟を決めていたからこそ出来たのではないか、と。

そんな風に考えていた。

チラッ…と、横目で朱里の動揺を隠している姿を見るまではな。


その後は…本当に見届ける事しか出来無かったな。

色んな意味で。



「…そんな筈有りません

と言うよりも、桃香様には演技力が有りませんから…

私も偉そうに桃香様の事を言えませんけど…

だからこそ、余計な真似は不利に働くと考えました

その結果、私は桃香様には御自身の考えや気持ちを、ただ素直に伝える事だけを心掛けて頂きました

ですから、私にとっても、驚くしか有りません…」


「…そっか」



小さく俯いた朱里が両手を膝の上で強く握り締める。


あの時の──あの瞬間の、桃香の言動が俺達の脳裏に焼き付いている。

まるで、別人を見ていると錯覚してしまう程に。

桃香の言動は違っていた。


そして、その驚きは決して俺達だけの物ではないと、孫策達の雰囲気からも俺は感じ取っていた。

何も出来はしなかったが、結果的に桃香の言動により此方の飲んだ条件は正当な孫策達の主張に伴う範囲に収まってくれた。

それだけは確かだった。





「…追い詰められた結果、何処かで感じていた民への不満に行き着いた、か…」



星が静かに呟いた一言が、ストンッ…と妙に填まった気がした。

ある意味、そうなのだろうとも思ってしまう。


孫策が言っていた通りだ。

今、世の中は平和だ。

それを崩してまで曹魏へと戦争を仕掛けようと考える俺達は正しく害悪だ。

孫策の様に、真に民の事を考えるのであれば、俺達は懐く理想を捨てるべきだ。

もう、俺達の理想には何の大義も無いのだから。

寧ろ、俺達が理想を求める事自体が民の、世の平和を掻き乱す事になる。


それを改めて理解させられ桃香は“拠り所”を失い、困惑し、苦悩し、混乱し、思考し──辿り着いた。

その答えが、アレだ。


曹魏を──曹操を悪だと。

そうする事の方が思考的に有り得そうではある。

しかし、桃香にとっては、曹操は悪ではない。

自分自身の理想にとっての敵では有っても、その存在自体には尊敬すら懐く。

それが曹操という存在。

関羽を引き抜かれた事も、桃香は自分の未熟さを責め曹操を憎みはしなかった。

桃香にとっては目標であり超えるべき壁だからだ。


しかし、だからと言って、理想を捨てられない。

否、そうではない。

桃香にとって譲れないのは理想ではない。

曹操に勝つ事なんだ。

全ては、その為で有り。

全ては、その先に在る。

だからこそ、桃香の言った言葉は間違ってはいない。

暴論ではあるけれど。

桃香の理想を支持するなら民が自らの命をも犠牲(礎)とする事は可笑しくはない考えだと言える。

勿論、賛否両論ではあるし俺も個人的には非人道的な事だとは思う。


それでも、だ。

他に選択肢は無い。

綺麗事だけで勝てるなら、誰も苦労はしない。

もう引き返せはしない。

俺達は益州に入った時点で進むしかなくなっていた。

例え、その道が血に塗れた人道を外れた道でも。





「…それで〜、これからはどうするの〜?」



不安そうに訊ねる沙和。

その意図を汲めなくて俺は首を傾げてしまう。

その様子を見ていた朱里が苦笑を浮かべている。



「沙和よ、主の反応こそが我等の唯一の答えだ」


「え〜と〜…それって〜…

見て見ぬ振りをするって事になるの〜?」


「そうでは有りません

“毒を食らわば皿まで”、という事ですね」


「うむ、最早我等に大義は存在してはおらん

ただ、曹魏に勝つ為に

我等には手段を選んでいる余裕は無いという事だ」


「そして、掲げる理想すら勝たなければ無意味です

ですから、勝つ為に

私達は民を犠牲にする事も厭わない覚悟が必要です

…いいえ、違いますね

もう、覚悟をしなくては…

私達に後戻り出来る道など存在しないのですから」



星と朱里の言葉を聞いて、沙和が息を飲んだ。

その遣り取りを見ていて、沙和の質問の意図が判る。

“本当に、こんな遣り方で遣っても良いの?”と。

そう訊いていたのだと。


その気持ちは理解出来る。

けど、もう手遅れだ。

桃香を止める機会が有ったとしたら会談の最中だけ。

桃香が言った直後。

会談を台無しにしてでも、声を上げて桃香の考え方が間違っている事を告げる。

それしか無かった。



「沙和、歴史っていうのは常に勝者が刻むんだ

だから、勝てば良い

勝ちさえすれば、どんなに非道な事であっても全てを“歴史(正しい事)”として人々に胸を張って言える

ただそれだけなんだよ」


「…判ったの〜…」



そう、歴史なんていうのは基本的に勝者の物語だ。

だから、勝つんだ。

俺達の物語の為に。



──side out。



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