表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
670/915

       拾


 孫策side──


平然と非道を肯定する姿に異質な恐怖を感じる。

武の圧倒的な力量差とか、そういう類いではない。

人として、可笑しい。

明らかに、狂っている。

そう感じさせるのが、今の劉備だと言える。

その恐怖の根元は狂気。

けど、禍々しいさは無い。

何処までも純粋な欲求から来ている純粋悪。

子供の無邪気さと似ているけれど、何処か違う。

そんな狂った意志を持って存在しているのが目の前に座っている劉備だ。



(…っ…こんなのって普通有り得ないでしょ?

一体何だって言うのよ…)



とても今し方まで、自分と話をしていた者と同じ人物だとは思えない。

まるっきり別人の様だ。

それ程に、一変した。


しかし、そういった変化に覚えが無い訳ではない。

私自身も、つい最近自分の身を持って経験した事。

曹魏に行った時の事。

“あれ”が夢だったのか、現実だったのかは、今でも判らないのだけれど。

だけど、私自身が一つ上に至った事は事実。

祐哉曰く、“覚醒”をしたのでしょうね。


しかし、これは想定外。

予期しなかった展開。

自分がそうだったから。

だから、劉備がそう為ると考える事自体が無かった。

劉備には悪いのだけれど、彼女からは武の才能という気配を全く感じない。

努力で可能な程度までなら伸びるかもしれないけど。

その先には至れない。

才能が、資質が、劉備には欠如しているから。

だから、劉備に起こるとは思いもしなかった。

それは、“武人”である者にのみ生じる事。

そう思っていたから。



(…確かに、変わったわ

でも、私の時とは違う…

私と劉備とでは覚醒自体の性質が全然違うもの…)



私の場合は壁を乗り越えて先に至った、という感じ。

それは多分、誰しもが一度位は経験した事が有る筈の限界を超えた先に有る物。

その程度は関係無い。

苦しい、辛い、もう無理。

そう感じ、考え、心が折れ挫けそうに為ってしまった状態からの──踏ん張り。

俗に、根性や気合いと呼ぶ精神的な“前への一歩”が齎してくれる感覚。

其処で得る達成感や歓喜。

それに近い、生命の生きる意志に寄り添う様な力。

それが、私の覚醒。


でも、劉備の覚醒は違う。

武に伴うかどうか、という部分は関係無い。

そういう問題ではない。

根本的に異なるのだから。

劉備を追い込んでいたのは間違い無く、私自身。

でも、それは会話の上での事実に過ぎない。

本当の意味で劉備の精神を追い込んでいた存在は──他の誰でも無い、曹操だ。

曹操への対抗心。

それだけで──否、劉備はそれだけを選んだ。

それ以外、あらゆる全てを犠牲としてでも成すと。



(其処に居なくても影響を齎し続けるって…

本当、とんでもないわね)



劉備の覚醒とは、傲慢。

自分の為に全てを巻き込む狂い壊れた執着(思慕)。

唯一人への狂想。



──side out。



 劉備side──


孫策さんと会談をする為に私は皆と遣って来ていた。

緊張していない訳が無く、今にも気絶しそう。

はっきり言ってしまえば、今直ぐにでも帰りたい。

帰って、ゆっくりしたい。

そう思ってしまう。


けど、それは出来無い。

それだけは出来無い。

それを遣ってしまったら、私達の今までは何の意味も持たない事になる。

私達は、単なる悪人でしかなくなってしまう。

それは受け入れられない。

認められない。


だから、私は此処に居る。

今までの私の道程(歩み)を無意味な物にしない為に。


──だけど、現実は物凄く残酷でしかなかった。


孫策さんは容赦無く言う。

私達の──私の理想こそが世の平穏を乱し、民の命を脅かしているのだと。

私達の──私の存在こそが害悪なのだと。

はっきりと、言われた。


それを否定出来無かった。

それが悔しかった。

それを否定してしまったら誤魔化してしまったら──この会談が自体が終了し、私達は孫策さん達をも敵に回してしまう事になる。

それだけは、何としてでも避けなくてはならない。


だから、私は否定出来ず、そんな中でも自分の意志を示さなくてはならない。



(…何を言えば良いの?

何て言ったら孫策さん達は私達に協力してくれるの?

どうしたら良いの?

どうしたら…どうしたら…どうしたら、どうしたら、どうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたら──────どうして?)



どうして、私がこんなにも苦しまないといけないの?

どうして、私がこんなにも悩まないといけないの?

どうして、私ばっかりが、こんなにも惨めな思いを、辛い思いを、嫌な思いを、しないといけないの?

誰が悪いの?

曹操さん?、孫策さん?

誰?、誰なの?、誰が?

ダレ?、だれ?、誰誰誰誰誰ダレ誰誰だれ誰ダレ誰誰だれ誰誰誰誰ダレ誰ダレ誰誰ダレ誰だれダレ誰誰だれ誰誰誰誰ダレ誰だれ誰誰誰だれ誰ダレ誰誰誰────



(────あ、そっか…)



唐突に、それは判った。

何故、そんな簡単な事で、当たり前の事に。

今まで気付かなかったのか不思議でならない。



(嗚呼、そうだよね…

私が曹操さんに勝たないと今までの私の歩みの全てが無意味で無駄で無価値な物に為っちゃうんだから…

仕方が無い事だよね♪)



それにね、私が曹操さんに勝てば良いんだから。

その為に、犠牲になるのは私の理想の為に命を懸ける“捨て駒(民)”の役目。

それしか出来無いんだから当然の事だよね。

それしか出来無いから私の役に立って貰わないと。

私の為の民なんだから。


そう思い至った瞬間。

今までの、陰鬱としていた心が澄み、晴れてゆく。

こんなにも清々しい気分は本当に久し振り。

全てが違って見える。



──side out。



 孫策side──



「まあ、貴女の戦う理由が何であれ、構わないわ

それよりも、結論としては貴女達は曹魏と事を構えるという事でいいのね?」


「はい、それ以外に私達の選択肢は有りません

曹魏とは決着が着くまで、戦い続けます」



今の劉備を長々と相手にし話し合うのは危険。

そう判断して、話を本題に誘導してゆく。

しかし、その返答を受けてそんな私の思惑も全く意に介さない程に、劉備は己の往く道を定めているのだと感じてしまう。

これが正面であったなら、私は素直に手を取り合えたかもしれない。

…“たられば”だけど。



「そう…宅──いえ、私は曹魏とは進んで対立しようとは思わないわ

理由は色々と有るけど…

まあ、其処はお互い様よね

私達と貴女達とでは事情や理想は違うのだから」


「ええ、そうですよね

だから、此処は私も率直に孫策さんに訊きますね

孫策さん達は私達に協力をしてくれますか?

それとも言葉通りに曹魏に付きますか?」


「──っ…」



“不味い!”、と心の中で叫んでしまう。

一応は主導権を握っていた事も有り、優位に話を進め纏めるつもりだった。

しかし、持っていかれた。

先程までの劉備からは全く考えられない切り返し。

それに対し嫌な汗が首筋を伝い流れてゆく。


下手な誤魔化しは悪手。

傍観者(中立)の立場を保つ事は難しいでしょう。

曹操(敵)か劉備(味方)か。

必ず選ばなくてならない。


仮に曹魏に付いても曹魏が必ずしも宅を助けてくれるとは限らない。

劉備を敵に回してしまうと単純な戦力面では問題無いでしょうけど、今の劉備を見ていると厄介だと思う。

厳虎とは違う。

敵対すれば、曹魏に対する狂気を此方にも向ける。

それこそ劉備達全員を殺し尽くさない限り止まらない可能性が高いでしょう。

劉備達の、益州の被害など正直に言って関係無い。

此方の被害がどうなるか。

それを考えると自分のした失敗が悔やまれる。

何故、先に吹っ掛ける様に条件を出さなかったのか。

その事に対して。


けれど、悔いていても話は好転する訳ではない。

私が劉備を待っていた様に待たせる事は出来るけど…大して遣る意味が無い。

私は決めなくてならない。

進むべき選択肢(道)を。



「…一つ、事前に確認して置きたいのだけど…」


「何ですか?」


「仮に、私達が協力をして曹魏に勝ったとしたら…

その後、貴女は、どうするつもりなの?」



そう劉備に訊ねる。

恐らく、今の状況で劉備に突け入る隙が有るとすれば其処しかないでしょう。

勿論、その隙自体を劉備に気付かれる可能性は私から質問をした時点で高まる。

それでも、訊ねる以外には打開策も思い付かない。





「…その後、ですか?」



少し、本の少しだけ。

劉備は間を置いた。

其処に活路を見出だす。



「ええ、曹魏に勝ったなら当然の様に曹魏の領地等をどうするのか、という様な問題が有るでしょう?

それから、貴女が将来的に“天下統一”を望むのか…

それによっては、此処での私の考えも変わるわ

──で、どうなの?」


「…私は………私は別に、曹操さんに勝てれば…

…うん、それで十分です

だから、天下統一だとかは興味が有りません

領地とかも半分こにしたら良いと思います」


「…成る程ね」



そう…そういう事ね。

今の問答で理解出来た事が一つだけ有る。

劉備は、曹操に勝つ事しか見えてはない。

その為には狂気を伴うが、それ以外では以前の彼女と大差は無い様子。

だったら、まだ間に合う。

此方から仕掛けるのなら、今しか無いわ。



「条件付きでなら、私達は貴女達に協力するわ」


「──っ!」



詳しい条件の内容は言わず劉備からの返答も待たず、敢えて私から先に劉備達に“協力する”と名言する。

そうする事で劉備の意識に“条件を飲めば…”と強く印象付ける。

不思議な物で、自分の望む方向に話が進むと人間は、警戒心が薄れ易い。

論理的に考えるなら普通は逆に強く怪しみ、訝しみ、警戒心を深めるのだけど。



「…その条件は?」



でも、効果覿面。

小さく息を飲み、落ち着く様に間を置いてから劉備は私に内容を訊ねる。

この時点で、劉備が条件を飲む可能性は高い。

後は、此方が欲を出さず、正論と共に必要最低限での“譲歩する姿勢”を見せて話を纏めてしまうだけ。


此処での注意点は一つ。

決して、私達二人以外には口を挟ませない事。

尤も、今の流れを見ていて口を挟める様な愚か者なら今此処に居る資格なんて、無いでしょうけどね。





「幾つか有るのだけど…

先ず、曹魏と戦うのならば基本的に此方の領地内では行わない事ね

勿論、曹魏から侵攻された場合には仕方無いけど…

それは戦争となれば避けて通れない事だもの

其処まで無茶は言わないわ

だから、飽く迄も私達から仕掛ける場合は、の話よ」



苦笑を浮かべながら言い、劉備の反応を窺う。

…が、特に悩む様子は無い事から条件としては劉備は多分“その程度なら…”と考えているのでしょう。

それなら問題無いわね。



「次に、戦い方だけど…

私達も一応、戦うとすればどうするのか、と考えては居たのよ

その最善の方法として出た結論が──二戦決着よ」


「……?、あの、それってどういう事ですか?」



私の話が理解出来無いのか劉備は小首を傾げた。

そんなに難しい事を言ったつもりはないんだけど。

…これが劉備の本来の能力なんでしょうね。



「無闇矢鱈に戦った所で、曹魏には勝てないわ

何しろ、その戦力は未だに不明という状況…

だから、先ずは戦力を計る意味での一戦を仕掛け…

その上で、決戦を行う

但し、この間は可能な限り短期間でなければ駄目よ

決戦を前提に準備を進め、威力偵察戦後、間を置かず攻めないと曹魏なら簡単に立て直すし、対処するわ」


「…確かに…そうですね」


「で、問題は威力偵察戦

当然だけど一つ目の条件で言った様に、宅から曹魏を攻撃はしないわ

だから、戦うのは貴女達の役目になるし、決戦に向け此方の兵力は割けない

この一戦の兵達は捨て駒に等しくなるしね

つまり、一戦目は貴女達の方で遣って貰うって事

それが二つ目の条件よ

でも、全く戦力を出さないという訳ではないわ

私達も直に情報を得ないと策も立てられないもの」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ