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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
667/915

       漆


──六月二十九日。


━━武陵郡・孱陵県


結局、雪蓮は会談に応じる事を決めた。

理由は色々と有るのだが、一度と改めて話をするのも悪くはない。

そう考えての事だ。


何より、宅と劉備達の間に過去には協力関係に有ったという事実が有る。

そう、張三姉妹の一件だ。

そして、雪蓮と劉備が共に居る場面に曹操は来ており目撃している。

“あの時は袁術の麾下で”“あの時とは状況も違う”という様な事を言っても、言い訳に聞こえるだろう。

それが例え事実で有っても曹操の中に俺達──孫呉に対しての不信感は無くなる事は無いだろうから。

それなら、劉備と直接会い話をしてみてから、答えを出しても遅くはないしな。


とは言え、俺達からしても劉備達は信用出来無い。

当然ながら、そんな怪しい連中を領内に入れて行動を許そうとは思わない。

だから、此方が領境に近い場所を用意し、向かう事は必然だったりする。

必要最低限──雪蓮を始め同行する軍師には穏と詠、軍将は祭さん・春蘭・霞が選ばれている。

また、明命と亞莎は侍女に扮して紛れ込む事に。

スパイではなく、万が一の護衛として、だ。

…あっ、俺も行くから。

いつも通りの一兵士の形で参加するんだけどね。

状況によっては、表に出る可能性も有るとは思う。


尚、雛里・風・真桜・白蓮に関しては、各々の関係の情に突け込まれない為にも外れて貰った。

季衣と蒲公英は…あれだ。

余計な火種(喧嘩)をしない様に考えての事だ。

張飛は確実に居る訳だし。

魏延は判らないけどな。

可能性として有り得るなら避けておくべきだろう。


そんなこんなで日は経ち。

趙雲に向けて出した使者が会談へと応じる旨を記した書状を届け、此方等の指定している手順にて領内へと入らせ、案内してくる様に段取りを進めた。



「祐哉、緊張してる?」


「…まあ、多少はね」



会場となる孱陵の城に有る一室にて雪蓮と二人きり。

会談の始まりを待つ。

基本的には俺は聞いているだけなんだけど。

そういう状態なんだが──緊張はしてしまう。

何しろ、この会談は言わば最終分岐点だと言っても、過言ではない。

緊張しない方が難しい。


少しでも三国志の時代を、歴史を知っていれば今から始まる会談が、何れだけの重要さを持っているのか。

それが判らない筈が無い。

然程詳しくはない場合でも実際に確かな現実として、その場に立っているならば嫌でも重要さが判る。

単純な会談ではない。

互いに命運を決める重要な選択を迫られている。

その“重み”を知っているからこそ、緊張する。

ただ聞いているだけでも。


しかし、その一方で。

“ただ聞いているだけ?、本当にそれでいいのか?”という自分の裡から訊ねる声が聞こえてくる。

“必要が有れば俺も…”と覚悟はしている。

“出来れば避けたいな…”というのは本音だけど。




ただ、未だに迷ってもいる状態だったりもする。


“原作”を知っている以上“赤壁の戦い”は可能なら避けたい事だからな。

あの一戦は呉ルート以外は敗北であり、魏ルートなら祭さんが犠牲となる。

こういう言い方は悪いが、赤壁の戦いとは劉備陣営の為だけの物だ。

勿論、“原作”の中の事に限っての話だけどさ。

魏と呉は互いの領地を使い戦っている以上、被害等は決して小さくない。

だが、蜀は違う。

領地に関係無いからな。

其処は現実的に考えたなら看過出来無い点だ。


しかし、俺達がこれまでに特に大きな問題も無く──否、何度か死に掛けたけど其処は今は置いておいてだ──上手く遣って来られた理由は歴史(時代)の流れに乗っていた為だ。

知っているからこそ出来る“最悪の事態”の回避方法だったと言える。

それだけに難しい。


見た目は──曹魏・孫呉・劉蜀の三国志の形だ。

だが、実情は違い過ぎる。

曹魏の強大さは勿論だが、孫呉も有する領地の広さや現状は異なる物。

劉蜀に関しては小さ過ぎる状況だったりする。

故に、そのまま考える事は危険にしか思えない。



「──ていっ!」


「──痛っ!?」



真面目に考えていたら急に雪蓮にデコピンをされた。

反射的に右手で額を押さえ身体を後方に反らすのは、仕方が無いと思う。

そんな体勢のままで雪蓮を驚きながら見詰める。

“何するんだよ?”と声に出さずとも伝わったのか、雪蓮は溜め息を吐いた。



「そんなに眉間に皺寄せて難しい顔してたら、普通に見えている筈の物だって、見えなくなるわよ?」


「──っ…」



そう言われて、気付く。

“まさか、雪蓮に言われるとは思わなかった…”とは思いはしない。

そういう意味では、雪蓮がそういった状態に陥る姿は想像し難いからな。


取り敢えず、変に気負って力が入っていたのは確かな事なんだろうな。

ゆっくりと深呼吸しながら知らず知らずに入っていた肩の力を抜いてゆく。



「…一人じゃない、か」


「そういう事よ♪」



“良く出来ました〜♪”と言うみたいに笑顔を浮かべ雪蓮の両腕が俺の頭を抱き締めてくる。

“むぐっ!?”という声と、むぎゅっ♪という効果音が重なってしまう。

相変わらずの心地好さだ。

──ではなくて。

ほんのりと薫る甘い香りが妙に雪蓮に似合っていて、鼻腔だけでなく男心までも擽ってくる。

──でもなくて。

トクンッ、トクンッ…と。

いつもと変わらない鼓動は聞いているだけで俺の心を落ち着けてくれる。

伝わる温もりが自分の中に染み込む様に感じる。

──んだけどね。



(くっ…堪えろ、俺っ!

これから会談なんだっ!)



哀しいかな、男の性よ。

こういった時にでも空気を読まずに平常運転している事には呆れながらも何故か感心してしまう。

…まあ、取り敢えずは俺が落ち着かないとな。




会談は謁見の間ではなく、特別に用意した一室を使い行われる事になっている。

本来ならば、劉備の方から願い出た事なので謁見の間でも構わないのだが。

其処は“会談”である事を此方が考慮して、だ。

…無いとは思うが、此方が劉備に会談を願い出た際に彼方が無礼な真似をすれば“口実”として使える様に仕込んで置くそうだ。

…誰の案かって?

軍師陣の総意ですよ。

やっぱり、凄いよな。


それは兎も角として。

会談の部屋には俺を含んで八名の兵士が居る。

格好こそ一般兵に共通した鎧姿なんだが…実は俺以外全員が軍将・隊長クラス。

紳も中に居たりする。

…劉備達にバレる可能性は無いのかって?

直接話しさえしなければ、紳は意外と目立たない。

と言うか、特に気にならず“その他大勢(モブ)”へと紛れ込めるタイプだ。

勿論、俺もだけどな。

また、そんな俺達に意識が向かない様に、祭さん達が居る訳だからな。

黙って“居るだけ”ならば先ず劉備達には気付かれる事は無いだろう。

…まあ、趙雲が微妙なのは否めないんだけどね。

可能性が無い訳じゃない。

其処は不安だし心配だけど気にしたら負けだよな。

気持ちで負けて、違和感を与えてしまったら。

一応、話題が話題だから、俺達の事を一々気にしてる余裕は無いと思う。

…そう思いたいな。


──と、其処で部屋の扉がノックされる。

劉備達が来たみたいだ。

俺は小さく深呼吸をすると意識を切り替える。


因みに、ノックに関しては既に宅では習慣化していて癖で遣ってしまう可能性は十分に考えられた。

だから、最初からノックを“遣らない様に注意する”という選択肢は捨てた。

普段通りに遣って貰う方が説得力を持たせられる。

そう考えての事だ。

そしてノックの習慣自体は曹魏に行商に行った経験の有る商人から広まり、今は宅でも結構根付いている。

そういう設定にしている。

勿論、劉備達からノックの習慣に関して訊ねられても平然と答えられる様に、と劉備達の案内役は祭さんに任せてある。


ノック=天の国の習慣。

こういう認識をされるのが“この世界”だから。

必然的に“天の御遣い”の存在を探るだろうからな。

本当は曹魏を敵に回す様な言動は控えたい所なんだがノックの習慣に関してなら特に問題は無い。

実際、曹魏国内では普通に一般的な習慣として根付き用いられているから。

これは雪蓮と華佗から得た情報だから間違い無い。

つまり、普及している以上情報を手に入れられたなら簡単に想像出来る事だ。

曹魏には“天の御遣い”が存在している、と。

そして、俺は隠れられる。

その影を利用して。




部屋の扉が開かれ、中へと数人が入って来た。

一々視線は向けない。

視線が合う事は避けたいしジロジロ見て警戒されても面倒なだけだからな。

現状、俺達は壁際に立ち、雪蓮と劉備が挟む形で座る正方形の卓の中心。

其処から真上に伸びている透明な棒を見詰める様に、視線を置いている。

実際に棒は無いけどね。

劉備達は視界の中に入った景色程度の認識に抑えて、今は只、直立不動を貫く。


祭さんに促されて、劉備が席に着いたのが判る。

同時に、控えていた侍女に扮した明命と亞莎が部屋を退室して、待機中の雪蓮を呼びに行った。

穏と詠と一緒に入ってくる手筈に為っている。


まあ、其方は心配要らない事だろうな。

俺達が下手をしないか。

その方が恐い位だ。



(…にしても意外だな

この大事な会談に、張飛が来てないっていうのは…)



視界に入った劉備達一行を見て最初に懐いた感想。

それが張飛の不在だった。


関羽が居ない、現状。

劉備にとっては最も長く、苦楽を共にしてきただろう義姉妹の張飛。

…いや、契りを交わしたか判らないんだけどな。

そんな彼女が居ないという事には違和感を覚える。

──が、その理由に関して思い当たる事も有った。



(…張飛の性格からすると関羽(抑え役)が居ない場合無礼じゃ済まない可能性が高いもんなぁ…)



決して嫌いな訳ではない。

だが、こういう場に彼女は居ない方が良いだろう。

同じ様な理由で、宅の方も季衣達を外したんだしな。

だから、そういう風にした劉備達の考えは判る。

同時に、当人達に対しての申し訳無い気持ちもな。


ただ、そんな甘い考えでは生き残れず、勝ち抜けないというのが今の時代だ。

少なくとも、それを理解し覚悟しているという意志を決断を下し、実行している劉備達からは感じられる。

それだけ、この会談の対し懸けている訳だ。

文字通り、“命運”を。




会談に参加しているのは、劉備・諸葛亮・趙雲・于禁──そして、北郷一刀。

前者三名は当然というべき人選だと思う。

ただ、此処に黄忠や厳顔が居ないとなると、劉備側は戦力的に見て“原作”より遥かに低いんだろうな。

動員出来る兵数にしても、将師の頭数にしても。

それを宛にして、か。

考え方としては無い以上は仕方が無いんだろうけど…実際に遣られると腹が立つ事なんだよな、本当に。



(…北郷と于禁の傷痕…

繋迦が遣った物らしいけど中々にエグいな…)



北郷に関しては自業自得。

まあ、俺自身が北郷の様に為っていた可能性は否定は出来無いけどな。

だから、同情はしない。

覚悟の上だろうから。


于禁の方は…まあ、大して珍しい物ではない。

楽進の方が酷いからな。

“原作”を知っていると、楽進に同情してしまう。

真桜の事は兎も角として、単に幼馴染みというだけで身体を張ってまで守る様な価値が有るとは思えない。

于禁は特に。

そういう“キャラ設定”と思って見ている内は、特に気にも為らないが。

現実に実在しているのなら話は変わってくる。

正直、真桜達が友人関係を築けていたのは、ただ単に歳の近い者が少なかった為なんだろうな。

その輪から仲間外れにする事が不憫だったから。

だから、一緒に居た。

そんな感じなんだろう。


事実、楽進は今でも親友と思っているが、于禁の事は特に気にはしていない。

単なる“同郷の知人”。

それだけの関係だった事に“黄巾の乱”の後、真桜が気付いたと言っていた。

離れてみて気付いた、と。

そういう事は珍しくはない事なんだろうな。

ちょっと寂しい気もするが本当の親友なんて、十人も居ないんだろう。

そう考えて、自然と納得が出来てしまうのだから。




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