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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
666/915

       陸


 Extra side──

  /小野寺


──六月二十六日。


何気無く見上げた空。

まるで、昨日降った大雨が幻だったのかと思える程の快晴が広がっている。

雲一つ無く、太陽が燦々と笑っている。

それはもう、鬱陶しい位に元気一杯な感じで、だ。



(あ〜…こういう時って、悪意の無い鬱陶しさの方が苛つくんだよなぁ…)



夏場に、暑苦しい熱血漢の根性論満載の熱意を笑顔と一緒に向けられた陸上部の夏合宿を思い出す。

…いや、皆が皆、そういうタイプじゃないけどな。

一人位は居るんだよ。

温度差が異常な奴って。

でも、そういう奴が意外とムードメーカーだったり、苦しい時に救いになったりしてくれるんだよな。


ちょっとだけ、“彼方”の知り合いが今どうしているのか気になってしまった。

悪い事ではないんだが。

何と無く、複雑な気分だ。

…まあ、こういう時にしか思い出さない位に今の俺は“此方”が大切なんだって理解出来る事なんだけど。

ちょっと恥ずかしいな。


それは兎も角として。

現実逃避は止めよう。

大人しく現実を受け入れて遣る事を遣らないとな。



「──という訳ですので、急ぎ孫策様に御知らせをと思いまして、江水を下って遣って来た訳でして…」


「…はぁ〜〜〜〜〜〜…」



目の前で首から下が見事にずぶ濡れに為っている兵を見ながら、詠が特別盛大な溜め息を吐いた。

雪蓮達相手にでも此処まで大きな溜め息を吐いた所は記憶に少ない。

ただ、それ以外の相手には見た事が無い。

そうはっきりと言える位に珍しい事だ。


だが、仕方無いとも思う。

だって、今、目の前に居る兵の青年が遣らかした事を考えれば詠が溜め息を吐く気持ちは判る。

何しろ、彼は大雨の中を、大人の男が三人、ギリギリ乗れるかどうかという位の大きさの小舟を使い一人で下って来た。

それは雪蓮へ火急の伝令が有っての事なんだけど。

最後の最後で小舟が転覆、沈没して流され、運良く、地元の漁師の網に掛かって助かったというのだから、“何遣ってんだ、此奴…”という感じで、現実逃避をしたくなりもする訳です。


因みに、その一報が近くで大雨の被害の確認を兼ねて巡回中だった俺と詠と紳の所に届けられた訳だ。



「…あのねえ、確かに今の言い分は判るわよ?

だけど、どうしたら昨日の大雨の中を、しかも、増水している江水を小舟で一人下って行こうなんて馬鹿な事を考えられる訳っ?!

仕事は大事な事だけど…

アンタは自分の命を何だと思っているのよっ!

残される者達の事を少しは考えて行動しなさいっ!」


「──っ!!」



その叱責を受け、兵の顔は驚き──静かに俯いた。

彼は職務に忠実だった。

それは間違いではない。

しかし、冒す必要の無い、危険を冒してしまった。

組織としてではない。

人として、詠は怒った。

命の尊さと儚さを。

理不尽さを知るが故に。




助かったから説教をされて済ませられる話ではあるが一歩間違えば雪蓮に対する批難や反感を生み兼ねず、場合によっては亡くなった彼を“戦犯”扱いにして、家族が危険に晒される事も十分に考えられるのだ。


彼の孫家に対する忠誠心や真面目さは伝わる。

だが、それだけでは駄目な場合も多々存在するのも、また現実だったりする。

彼の様に若く、真っ直ぐな真面目な青年は己の生命の“懸け時”を間違え勝ち。

それを詠は正したいから、怒っている訳だ。

決して、孫家の利害だけで怒った訳ではない。

それが全く無いとは流石に言いはしないけどさ。

今のは、そういった部分は抜きにしての感情的な物。

少なくとも、俺の目には、そういう風に見えた。

…本人に言ったら怒るから言わないけどな。


俺は右手を俯いている彼の右肩へと置き、顔を上げた彼に対し無言のまま見詰め頷き“理解出来たな?”と問い掛ける様に頷く。

すると、僅かに間を置いて彼は目尻に涙を浮かべつつしっかりと首肯した。

それを見て、俺は返す様に笑みを浮かべて頷く。

同時に、雰囲気で示す。

“この話は終わりだ”と。


詠を見れば“何でアンタがちゃっかり美味しい所だけ持っていくのよ、これじゃ私が厳しいだけじゃない”なんて言いた気な眼差しで睨み付けている。

…まあ、実際に言いたいんだろうけどな。

流石に今は空気を読んでて何も言わないだろうけど。

後から愚痴られるのは先ず確定だろうな。



「…はぁ…それで?

火急の事って何なの?」



まだ不機嫌さは残っている詠だが、話が進まない事は避けたいので一旦気持ちを飲み込んで、彼に対し件の内容を訊ねる。

勿論、彼の方も俺達の事を理解してはいる為、頑なに雪蓮に直接伝えようなんて考えはしない。

手柄が欲しきて無茶をした訳ではないみたいだしね。

その辺りは、彼の言動から察する事が出来る。


彼は姿勢を正すと、俺達を真っ直ぐに見て口を開く。



「はっ、昨日の昼前でした

新しく益州の州牧となった劉備という人物の使者だと言っている趙雲という名の女性が孫策様に書状を、と言っています

現状、真偽の程は定かでは有りませんが、劉備の名を知っている者が居たので、自分が書状を持って此方に遣って来た次第です

それと趙雲の事ですが…

あの大雨の中を遣って来て単身であった事も有って、保護という形で持っていた武器を預かり、寝泊まりが出来る様に手配をしましたので御心配無く」


「……は?」


「……え?」



彼の言葉に俺と詠は思わず間の抜けた声を出す。

いや、出てしまった。


正直に言えば、そうなると予測はしていた訳だが。

タイミング的に、だ。

より正確な事を言うとだ、あの大雨の中、趙雲は一人領境を越えて使者として、遣って来たという事。

“何故、あの大雨で…”と呆れたからだ。




そんな俺達を見兼ねたのか紳が一つ咳払いをしながら一歩前に進み出た。

…何故だろうな。

俺の眼には、今の紳の姿が頼もしく見えている。

普段は鈍感ヘタレなのに。

…俺も他人の事は言えない気がするけど、一応、俺は複数の奥さん(但し未婚)が居るんだからな。

その点は紳とは違うぞ。

俺はヘタレではない。



「その女性とは青い髪で、蝶の柄の衣装の服を着て、珍しい形状をした赤い槍を持っている、ですか?」


「はい、その通りです」



紳が質問し、肯定されると右手で顔を覆って俯いた。

“何を遣ってるんだ…”と紳の声が聞こえてきそうな雰囲気だった。

その気持ちは理解出来る。


抑、趙雲は白蓮に一時的に客将として仕えていた。

当然、紳とは互いに面識が有っても不思議ではない。

と言うかさ、紳位に白蓮に親い人物なら趙雲と面識が無い方が可笑しいしな。

だから、紳の反応は正しい事なんだと思う。


そういう訳だからな、詠。

“面倒臭い気がするわね”という露骨に嫌そうな顔を紳に向けて遣るなって。

紳が悪い訳じゃないから。


というか、趙雲って今でも“原作”と同じ格好をして生活しているんだな。

いや、私服までも同じかは判らないんだけどさ。

少なくとも戦装束は同じ物みたいだな。

…まあ、宅の皆も戦装束は“原作”と比べても殆んど変わらないんだけどね。


取り敢えず、雪蓮に宛てた書状の確認かな。

今の雰囲気のままだと話が進まない感じだし。



「えーと…その書状って、無事、なんだよな?」


「はい、勿論です

どうぞ、此方になります」



“ずぶ濡れだったんだけど書状は無事なのかな?”と内心で心配しながらも俺が訊ねてみたら、彼は右手を懐に入れ、中から緑の布に包まれた物を取り出す。

それを受け取って──漸く間違いに気付く。

…あ、これ、布じゃない。

でっかい葉っぱだ。

しかも、水を弾いてるから防水性が高いみたいだな。

…南蛮の植物かな?

だとしたら、もう孟獲達は麾下に居るって事か。

…ちょっとだけ、だから。

本のちょっとでいいから。

俺…もふりたいです。


──っと、違う違う。

今はそれ処じゃないな。

うん、今は、だな。



「その趙雲は開けて内容を改める事に関しては、何か言ってた?」


「いえ、特には…

その必要性も理解した上で此方に判断を委ねると」



その言葉を聞いて、詠達に視線を向ける。

俺の独断でも構わないが、念の為、詠と紳にも相談し確認する事を同意を求め、二人から首肯を貰う。


そして、俺は葉っぱを広げ──何重にも丁寧に重ねて包装されていた書状を取り出して、読み始めた。





「──こう来る訳ねぇ…」



例の書状を読み終えると、膝の上に書状を置いたまま背凭れに身体を預けて天を仰いだ雪蓮が呟いた。

“遣られた!”という様な雰囲気ではない。

それは書状を事前に読んだ俺と詠には判る事だ。


雪蓮は無言のまま、適当に書状を折り畳むと穏達へと書状を差し出す。

“先ず読んでみなさい”と無言で語っている仕草に、雛里達は顔を顰める。

苦笑程度の穏は流石だな。

仕えて長い事も要因の一つとしては、有るには有るんだろうとは思う。

ただ、慣れている──より諦めている感じかな。

一々気にしていたら心身が幾つ有っても足りない。

そう呟く穏の本心(こえ)が聴こえた気がした。


臆した雛里達軍師を代表し穏が書状を受け取り、皆の前で広げて読み始める。



「じゃあ〜、読みますね〜

“拝啓、孫策様

日射しが強くなり、暑さが益々厳しくなっている今日この頃ですが如何御過ごしでしょうか?

私達は初めて過ごす南での夏の暑さに驚いている毎日だったりします

少し前の事になりますが、南蛮にも行きました

彼方は物凄かったです

想像していた以上でした

南の人達だと南蛮の方でも平気なのでしょうか?

ちょっと気になります”」


「──って、何やねん!

その“仲良し〜♪”感じの緩〜い雰囲気はっ?!

そんなん書状やない!

只の御手紙やないかっ!

ウチの緊張を返してやっ!

出来れば現金でっ!

あとな!、自分とこも同じ南なんやから、其方の民に訊いたら、えぇやろ!」



流石に耐えきれなかったか真桜が爆発した。

その指摘は御尤も。

もっと言っていいぞ。

あと、緊張を現金で返せと要求出来たりする、お前の度胸に拍手を送ろう。

訳が判らないが、何と無く凄い気がしたから。

あっ、勿論、胸中でな。

実際に遣れる勇気も度胸も俺には無いよ。

俺は英雄でも勇者でもなく只の凡人、只の男だから。

“マダオ”じゃなければ、それで十分だから。




軽い現実逃避をする間に、肩で息をする真桜の発言で場の空気は緩和した。


いやね、穏が読み初めたら“……は?、……おい?、……ちょっと待て、こら、……巫山戯てんのか?”と明らかに場の空気が険悪な物に為って行ってたんで。

特に軍将陣の機嫌が。

可哀想だったのは、やはり白蓮になるだろうな。

“あの馬鹿…なんて書状を寄越したんだよ…”と顔を右手で覆って俯いていた。

あっ、因みに、その格好は紳と御揃いだったぞ。

嬉しくないかもしれないが一応は“ペア感”を感じる瞬間だったからな。


そんな中でもマイペースに──と言うか、内容を知る俺達からしてみたら、結構上手く読んでみせた穏には素直に感心してしまう。

きちんと、“爆発させる”タイミングを理解した上で間を開けていたからな。

あれを初見で出来る辺り、流石だって思わされる。

普段の微ドジが嘘みたいに格好良く見えたからな。



「では〜、続けますね〜

“さて、本題になりまが、この度、こういった形での書状を送らせて頂いたのは曹魏との決戦に向けての、同盟を結びたいと考えての直接会って御話をしたいと思ったからです”」


『────っっっ!!!!!!』



穏が読み上げた内容に対し全文を知らない皆が驚き、自然と息を飲んだ。


それはそうだろう。

何しろ、劉備は曹魏に対し“私達は戦う以外の選択肢は持ってはいません”と。

そう言ったも同然だ。

しかも、この書状を此方が曹魏へと渡して友好関係を構築したとしたら劉備達は完全に孤立する。

“陸の孤島”と言える位の劣勢になる。

それを軍師の諸葛亮が理解出来無い訳が無い。


つまり劉備達は背水の陣で会談に臨む覚悟だと。

そう宣言している訳だ。




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