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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
662/915

       弐


──六月二十四日。


天気は生憎と曇り空。

今にも雨が降りそうという感じではないのだが、降るかもしれないという程度の気配はしている。

街に出てみれば、空模様を気にして空を見上げている人々の姿を見られる筈だ。


天気に左右されるのは何も今に始まった事ではない。

いや、遥か未来であっても人々は天候には勝てない。

天候を制御する。

それは人類と科学の一つの夢だと言える物だろう。

それが可能となったなら、自然災害は大幅に減少し、犠牲や被害も減る筈だ。

全く無くなりはしないのは如何に優れた技術であれ、扱うのが人間だから。

良い使い方だけではなく、悪い使い方をするから。

例えばそう、天候を操作し意図的に災害を引き起こすという様な具合にだ。

人の業の深さを感じずには居られないな。


…まあ、それは兎も角。

如何に天気予報が有っても100%ではない。

気象レーダーの情報上では雨雲が掛かっていても雨が然程降らない事も有る。

逆に降水確率が20%程で土砂降りに為る事も有る。

つまり、ある程度までなら推測は可能ではある。

しかし、絶対ではない。

という事は、結果としては自分で気を付けるしかない事になる訳だ。


だからなんだろう。

時代や場所は違っていても人が空を見上げている姿は変わらないのは。

それは人間の意の介さない空に対しての畏怖であり、一方で懐く憧憬も其処には宿っているのだろう。

思い通りには為らない。

誰にも支配されない。

“自由”を象徴するが故に人々は空を仰ぐのだろう。

自らの思いを馳せて。



「──余所見をするとは、余裕だなっ!」


「──っ!?、危なっ!?」



その声に我に返り、咄嗟に上半身を反らす。

チッ!、と小さく鳴る音。

振り抜かれた刃先が前髪を掠めて断ち切った音。

僅かに遅れて、顔を撫でる様に吹いてきた風。

それだけで放たれた一撃の威力が窺える。

と言うか、手加減しろ!

俺を殺す気か!

無駄だと思うから一々口に出さないけど。


けどまあ、今回に関しては俺にも非が有った。

確かに考え事をしていたし余所見もしていた。

だから、一方的に怒る事は出来無いとは思う。

寧ろ、春蘭が声も掛けずに決めに来ていれば、回避は出来無かった。

当然、勝負も終わっていた事だろう。

そういう意味では、春蘭に感謝しなくてはならない。

…まあ、意図的に遣ってはいないんだろうけどな。

だって、春蘭なんだから。



「ムッ…何か腹が立つな…

よし!、更に強く行くぞ、覚悟しろ、祐哉っ!」


「急に出来るかっ!」



本能的に感じ取ったのか。

俺の悪口に対して苛立ちを覚えて、向けてくる。

実際には俺の自業自得だと言えるのだけど、客観的に見た場合は春蘭の理不尽な八つ当たりに見える筈。

でも、誰も止めない。

だって、春蘭だから。

それで納得するからな。





「──っ…もっ…無理…」



春蘭との手合わせを終え、持っていた鍛練用の刃引きされている槍を放り出して仰向けで地面に倒れる。

流石に大の字に為れる程、下半身に余裕は無い。

汗でグショグショになった衣類が肌に張り付いていて気持ち悪いけど、気にする事も億劫になる。

喧しい位に響く早く脈打つ鼓動の音が、自分の疲労の度合いを物語っている。


久し振りに身体を動かせば呼吸の乱れ方は大きいし、掻く汗の量も多い。

そういう意味では個人的に曇り空は歓迎出来る事だ。

流石に病み上がりの身体に晴天は堪えるからな。

曇天万歳!、曇天最高!、曇天いやっふーっ♪、だ。

──なんて事を考えながら曇天を見詰める。



(疲れているからだな…)



明らかに、可笑しくなったテンションをしている俺を別の俺が冷静に分析して、目尻に光る物を浮かべつつ憐れむ様に呟いた。

…いや、そうなるのもさ、仕方が無いよね。

だって、いきなり春蘭からスタートなんだもん。

せめて、真桜か蒲公英から始めさせて欲しいっての。

あれだよ?、ゲーム開始でラスト・ダンジョンに居るボス級の強敵を相手にするみたいな物だからね。

虐めってレベルじゃない、苦行の域だから。


──とか、考えながら。

ゼェ…ハァ…フゥ…と息を整えようと余計な事はせずそれだけに集中する。

…余計な事を考えてる奴が何を言ってるんだって?

其処は気にしたら負けだ。

だから、気にしない。


そんな状態でいる俺の上にスッ…と影が差した。



「ふむ…儂が思っておったよりも動けておったな

正直、もう少し動きが悪い状態を考えておったが…

これは嬉しい誤算じゃな」



傍に近付いて来て俺の事を見下ろしながら、そう言う祭さんの顔が有った。

その表情は勿論なんだけど声色まで嬉しそうな事には若干の寒気を覚える。

祭さんってスパルタだし。


だから、自然と祭さんから視線を逸らしてしまった。

………淡い黄緑色、か。

いやいや、偶然だからね?

意図しない事故だからね?

本当に他意は無いからね?

でも──絶景ですよね。

…いやまあ、それはほら、ね?、何て言うのかな。

ほら、あれだよ、あれ。

あれなんですって。

偶々だったとしても好きな女性の下着が見えたらさ、男なら誰だって多少は意識してしまうと思うんだ。

好きな人の、だからね?

其処、大事だから。

平常心を保てる人は居るのかもしれないけど無関心で居られる人って然程多くは居ないと思うんだ。

──あ、勿論あれだから。

ガン見している訳ではなく瞬間的に魅入ってしまったというだけだから。

…いや、気付かれないなら“もう少し見ていたいな”とは思うけどね。

仕方無い事だよね。

勿論、相手の許可も無しに遣ってたら犯罪だけど。

実際には事故だし。

偶然なんだから。

故意に遣ってないから。

其処を忘れないでね。




そんな必死の言い訳を一人考えていたら。

何か下半身を凝視する様な視線を感じてしまう。


その直後の事だった。



「…ん?、ほほぉ〜…

まだまだ遣れる“元気”は余っておる様じゃのぉ♪」


「違うからっ!」



直接顔を見ていたという訳ではないのだが、祭さんの声色に揶揄いと艶っぽさが滲んでいた事から瞬間的に言いたい事を理解した。

同時に自分が見てしまった事にも気付かれたと判って顔が熱くなる。

恥ずかしいのは俺の方より祭さんの方の筈なんだけど何故か俺の方が照れる。

と言うか、こういう時には勝てる気がしない。

閨の中でなら、多少は勝つ事も出来るのに。

本当、何故なんだろうな。

…それは置いておいて。


俺は叫びながら、反射的に両手で股間を隠す様にして押さえて、更に両足で挟む様に閉じながら身体を捻り右向きに横になる。

その動作は意識的に遣った物ではない。

かと言って、長年の経験や練習で身に付いたといった類いの物でもない。

ある意味、本能に備わった回避・防御の為の行動ではないだろうか。


だが、それ故に仇となる。

意識していないからこそ、止める事が出来無い。

そして、気付かない。

気付いた時には後の祭り。

俺は、祭さん(釈迦)の掌で弄ばれていた孫悟空と同じ様な感じなんだろう。


確かに俺は見ていた。

だが、それに対し“身体の反応が伴っていたか?”と訊かれれば実際には“否”である。

俺の息子は平常心を保ち、大人しくしていた。

そう、俺は自分の経験等の認識により条件反射の様に“そう為っている”と思い込み“反応して(叫んで)”しまった訳だ。


そして、証明してしまった訳である。



「何じゃ、まだまだ十分に動けるではないか」


「…………」



その一言に身体が強張り、嫌な汗が滲み出る。

別に、狸寝入りをする様に“疲れた振り”をしていたという訳ではない。

本当に疲れてはいるんだ。

ただ、“続きは、ちょっと休んでから…”という様な気持ちが有ったのも確か。

言い訳をするのであれば、“俺は病み上がりなんだし仕方無いよな”である。


だが、そんな言い訳なんて祭さんには通じない。

いや、本当に指一本動かす力も残っていないのなら、祭さんも勘弁してくれる。

しかし、現実は非情だ。

巧妙なハニー・トラップに引っ掛かってしまった。



「さて、次は霞とじゃな」



そして、死刑宣告を受けて霞(執行人)が刃を手にして遣って来た。




春蘭・霞・繋迦と続いて、止め(締め)に祭さん。

…うん、虐めだよ、これ。

殺人フルコースだよ。

それはまあ、豪華な顔触れなのは確かなんだけどさ。

宅の最大戦力じゃないの。

しかも、闘うのが好きって面子ばっかりじゃないの。

どんな無理ゲーですか。


と言うか、そんな後なのによく生きてるな、俺。

話すのも無理な位に身体は疲弊してるんだけね。

頭は妙にハイテンションでしっかりしてるんだよな。

とまあ、そういう訳で。

本当に頑張った自分の事を褒めて遣りたい。



「ぶーっ…何で私の順番で倒れちゃうのよ?

寧ろ、此処って男としての甲斐性の見せ処でしょ?

ねえ、祐哉、もうちょっと頑張れないの〜?」



──と、今度こそ返事すら出来無い位に疲弊し切って地面にぶっ倒れている俺を見下ろしながら言う雪蓮。

雪蓮、お前は鬼か。

最後の最後に、一番凶悪な猛獣の相手をしろと?

確実に死ねるぞ、俺は。

と言うか、そんな甲斐性は要らないから。

ノーサンキューです。

俺はノーと言える日本人に為るんです。


──なんて事を考えながら何とか呼吸を整える。

と言うか、雪蓮さんや。

もう少し病み上がりの人を思い遣りましょうよ。

普通の人は貴女達みたいに廃スペックじゃないんですからね。



「大丈夫大丈夫♪

祐哉だって、昨夜は物凄く元気だったじゃないの♪」



ちょおっ!?、雪蓮さんっ!?

貴女何言っちゃってるのか判ってますっ!?

そんな嬉し恥ずかしな甘い二人の秘め事なんて、誰も訊いちゃいないでしょっ?!

一体何考えてる訳っ?!



「何って…“ナニ”?」



確かにそうなんだけど!

何を“きゃっ♪、思わず、言っちゃった♪”みたいな感じで照れてるのかな?!

悔しいけど可愛いなっ!

ドキッ!、としたよっ!

でもそんなの関係無えっ!

ちょっと古いけど、この際ネタの流行り廃りは業界の常って事で無視する。



「…よし、相手をしよう」


「わっ♪、遣ったー♪

言ってみる物ね〜」


「其処に座りなさい」


「──え?」


「其処に、座れ」





俺は身体に鞭を打って身を起こすと雪蓮に正座を命じ戸惑っていた雪蓮に有無を言わさずに説教を始める。

相手をするとは言った。

しかし、俺は雪蓮に一言も“手合わせをする”とは、言っていない。

だから、その事が説教でも嘘は言ってはいない。


流石に、追い込まれていた俺の気迫が勝ったらしく、雪蓮は大人しくしていた。

説教が終わった時、痺れた足を祭さんに突っ突かれて涙目に為っていたけど。

少しは反省して貰いたい。

…無理な気もするけど。

あれはあれで、雪蓮なりの甘えなんだろうから。



「と言うかね、アンタって馬鹿なんじゃない?

そんなボロッボロになって限界まで身体を酷使して、気絶するまで説教とか…

もしかして、そういう趣味だったりする訳?」


「そんな趣味無いって…」



その言葉通り、雪蓮に対し気力を振り絞っての説教で俺は力尽きて運ばれた。

うん、遣り切ったよ。

締まらない落ちだけどな。


そんな俺の事を、毒を吐き罵倒しながらも手際良く、世話をしてくれているのは地和だったりする。

ツンデレなのは今も大して変わらないんだけど地和は“原作”みたいな悪ノリを殆んど見せない。

…まあ、今は歌手としての活動が出来無いからな。

まだ世の中に“黄巾党”に対する悪感情を懐く人々は少なくはない。

だから、ある程度は時間が経たないと三人の素性へと辿り着く者が出る可能性が高いと考えての配慮だ。

三人の身の安全を優先する提案だから三人から反対の意見も出てはいない。

尤も、あと一年も経ったら大丈夫だろうというのが、軍師陣の見通しだ。


正直に言うと、俺は楽しみにしている。

まだ一度も見ていない。

彼女達の歌い踊る姿を。

その笑顔(かがやき)を。

見られる時を。




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