18 協天同地 壱
Extra side──
/小野寺
──六月二十三日。
旧・漢王朝時代で言う所の江水の南部領域となる地の凡そ四分の三を手中にし、色々と有るには有ったけど何とか無事、統治する事に成功したと言えると思う。
いや、本当に色々と有って大変だったんだけどね。
死に掛けた事も有ったし、死にそうな程に忙しくて、心身が悲鳴を上げそうにも為っていたりしたけど。
…今考えても、よく生きて乗り越えられたよな、俺。
だってほら、そんな俺は、つい一年半ちょっと前まで普通の大学生だった訳で。
戦争なんて、世界の何処で起きている“他人事”って程度の感じでしか認識していなかった大多数の日本の一般市民だったんだ。
いきなり、“異世界”へと放り出されて生きていける事なんて普通は出来無い。
それこそ、装備・アイテム・魔法・スキル等一切無しLv.1の状態で、ラストダンジョンの最深部に放り出される様な物だ。
流石に、いきなりラスボススタートではないが。
はっきり言って、ラスボスだろうが、上位モンスターだろうが関係無い。
弱い以上、相手が強いなら結果的に大差無いから。
そう、一撃死確実だもん。
どんな無理ゲーだよ。
そう考えると、雪蓮達には感謝しかない。
一応“天の御遣い”として引き合わされる様な展開は運命的な強制力みたいな物なんかが働いていたのかもしれないんだけど。
それはそれ、だと思う。
…まあ、個人的には孫呉派だったから、ラッキーだと思うんだけどな。
今は劉蜀ルートじゃなくて良かったとは思う。
だって、あれだしねぇ…。
いや、結果論なんだけど。
現状の劉備達は厳しいって俺でも理解出来る。
“主人公補正”なんて物は存在しないのだし。
もし、有るなら三人各々に何かしら貰える筈だし。
…いや、平等に、だなんて有り得ないんだけどね。
…現実は世知辛よな。
「…祐哉?、何でいきなり真面目振った顔するの?」
──が、傍に居る雪蓮から突っ込みが入る。
一応、病み上がりと有って今は誰かしらが自分の傍に付く事に為っている。
そんな重要な事が、当事者である筈の俺が居ない所で決まっていた件について。
事前に俺の意思を確認してからにして下さい。
と言うか、せめて最低限の説明だけはしてから決めてくれると助かります。
心の準備も出来無いので。
「え〜…必要無いでしょ?
こーんなにも良い女達が、傍に付いてて甲斐甲斐しく世話をしてあげるのよ?
それの何が不満な訳?」
「病み上がりを心配して、という事は嬉しい
だが、傍で甲斐甲斐しく?
酒を飲みながら?
揶揄いながら襲うのが?
介護対象者を放っておいて自分が仕事をサボって昼寝しているのが?」
俺が不満そうな事に対して不満そうに頬を膨らませた雪蓮が文句を言ったので、事実(正論)を突き付けるとスッ…と視線を逸らした。
追及して、説教したいのが本音ではある。
“今度、雪蓮達が為ったら遣り返そう”と思ったけど病気とかしそうにない。
という事は、そんな機会は来ない事になる訳で。
でも、一応は俺を思っての事であるのも本当で。
だから、結局は言えずに、赦してしまう。
…甘いよな〜、俺って。
それはまあ、兎も角。
先程の雪蓮の発言の一部が気になってしまった。
「…所でさ、雪蓮?
“真面目振った”ってのは酷くないか?
それとも何?、俺ってさ、そんな風に見えてる訳?
俺は普通に真面目なつもりだったんだけど?」
責めているつもりは無いが先程の事も有って、語気が詰問するかの様になる。
悪気は無いんだけどな。
まあ、若干の苛立ち程度は無い訳じゃない。
そんな風に思っている俺の考えは気にしない感じで、雪蓮は話題の切り替わりに素直に乗ってくる。
こういった自分に不都合な状況下からの脱出方法とか凄く上手いんだよな。
…まあ、何気に普段から、詠を相手にして逃げるから鍛えられているんだろう。
俺、今度、詠を労うんだ。
「んー…祐哉って、真剣な時は有るんだけど真面目な印象は薄いわね
ほら、真面目って言うなら雛里とか詠や亞莎みたいな感じの事を言うと思うの」
本の少しだけ関係無い事を考えていたら、当の雪蓮は大して悩まずにそう言う。
それを聞いて“確かに”と納得してしまった自分に、ちょっとだけ凹む。
ただ、雪蓮の言う真面目のイメージは理解出来るし、それには自分が当て填まる来はしないからな。
反論のしようもない。
真面目な印象は無いけど、真剣さは感じられるのなら増しな方だろうし。
“頼り無い”って言われた訳でもないからな。
うん、ポジティブに考えて切り替えよう。
というか、そんな俺の事を“でしょでしょ〜?”って風に揶揄う気満々の笑みを浮かべて見ている雪蓮に、仕返ししようと思う。
「でもさ、その印象でだと雪蓮も真面目さは無いな
と言うか、皆無だよな」
「ぅぐっ…た、確かに…
それは否定出来無いわ…」
俺の言葉に反論したくても普段が普段な雪蓮だから、遺憾でも素直に認めた。
宅の面子の中では誰よりも真面目から遠いからな。
俺以上に真面目という印象が無いと言える。
「…なあ、雪蓮?」
「…言わないで、祐哉
流石に、私もちょっとね…
反省してるから…」
「…もう少し、詠達の事も考えような…」
「…ええ、そうね…」
二人して、詠達に対しての申し訳無さに項垂れる。
いや、俺自身は不真面目な事は無いんだけどな。
詠達の気苦労の原因だろう雪蓮達を放置しているのも否めない事実。
その…あれだ。
惚れた女には甘いと言うか寛容に為ると言うか。
兎に角、これからは幾らか厳しくしていかないとな。
詠達の胃に穴が空いたり、偏頭痛で吐き気がしたり、体調を崩す前に。
気分転換も兼ねて、雪蓮と街へと出てみる。
病み上がりではあるけど、別に体調に問題が有る様な訳ではないからな。
と言うより、健康その物。
華佗からも“奇妙な物だが問題らしい問題は無い”と言われている位だしな。
他人事みたいに言ってるがある意味仕方が無い。
だって、自分じゃあ何にも覚えていないんだから。
昔、インフルエンザにより熱が40℃近くも出てて、学校で倒れた時と同じ様な感じだったって位だ。
…あ、小学校の時の話ね。
あれは自分でも驚いたな。
特に目が覚めてから。
本当に記憶が、ぷっつりと途切れてるんだから。
まあ、そんな事も有るから雪蓮達が一緒なのは本当に念の為という事。
だから、別に外出する事を禁止されてはいない。
今みたいに出掛けられる。
流石に、起きてから三日は大人しくしていたけどな。
「取り敢えず──っ!?
…と、取り敢えず何処かでお昼にしましょうか!」
これからの予定を話そうと喋り始めた、雪蓮の言葉の途中で腹の虫が鳴いた。
…いや、“ぐぐぅ〜”とか“ぐきゅるる〜”みたいな感じではない。
“くきゅぅ〜…”と力無く仔猫がヘタってしまう様な姿を幻視してしまう感じの可愛らしい鳴き声だ。
尤も、そうだからと言って恥ずかしさが薄れたりするという訳ではない。
いや、そんな風に思ったと言えば、もしかしたら少し位は薄れるかもしれないが大抵は更に恥ずかしくなる気がするな。
特に、女性の場合には。
そして、下手に指摘したりフォローをしたりするのは悪手だったりする。
“ははっ、どうも何処かの可愛らしい仔猫が、お腹を空かせてるみたいだ”とか言おう物なら、羞恥心から痛い出費を被るだろう。
食事代程度は出すけどさ。
+αの出費が嵩んでしまい軽くて薄くて切なさ増大な財布と、それを手に持って静かに見詰め項垂れている俺の姿が思い浮かぶ。
だから、余計な事はせずに“無かった事”にする。
「そうだな、少し早いけど混むと面倒だしな〜…
雪蓮は何が食べたい?」
そう話し掛けながら歩くが敢えて視線は向けない。
その代わりに、ではないがそっと右手を伸ばし雪蓮の左手を掴み、手を繋ぐ。
「…っ……」
息を飲む気配がしたけど、気付かない振り。
言葉は掛けないが、行動で“気にするな”と伝える。
戸惑いながらも、ぎゅっと握り返される掌。
その温もりを愛しく想う。
昼食を済ませ、雪蓮の腹も──こほんっ…機嫌も治り適当に街を散策する。
街造り系のSLGみたいに急激に街が発展したりする訳が無い。
だから、大きな変化という物は実際には少ない。
全く無いという事は無いが頻繁に有る事でもない。
“彼方”ではコンビニとか何かしらの専門店なんかが結構あっさり潰れてしまい新しい店舗に変わってたり貸し出し・売り出し物件に為っている事は多い。
一年も経てば、廃墟っぽく劣化する事も有る。
まあ、大体は不動産会社が管理をしてるから思う程は傷まないんだけど。
為る時は為るからな。
まあ、それは兎も角。
ちょっと足を運ばなかったというだけなのに。
何故なんだろうか。
目に映る景色に懐かしさを感じてしまう。
妙に不思議な気分だ。
見慣れている筈の景色。
何度も見てきた街並み。
何度も通っている通り。
往き来する人々の群れ。
馴染みの店だって有る。
それなのに、だ。
何処か、似ているだけで、知らない場所に迷い込んだ様な錯覚に陥る。
上手くは言えない不安が、チリチリ…と胸の奥で燃え燻っている気がする。
それが何なのか。
はっきりとはしないが。
「…なあ、雪蓮
この辺て何か変わった?」
「ん?、この辺り?」
何と無く、雪蓮に話し掛け小さな変化でも構わない。
何かが違っている。
その事実を以て、胸の奥の不安を消そうと考える。
別の痛みで、気になる方の痛みから意識を逸らして、誤魔化すのと同じ様に。
「んん〜〜………あっ!、そうそうっ!
ほらっ、彼処の角で屋台を出してた拉麺屋さんが居たでしょ?
あの人ね、二つ隣の通りに自分のお店開いたのよ
ちょっと入り組んでる所にお店が有るから初見の人は行き難いんだけどね
前から屋台の方に通ってたお客さん達は殆んどが今の残ってるみたいよ
まあ、私も季衣から聞いた情報なんだけどね〜」
そう言いながら、最後にはチロッ…と舌を出して笑い“又聞きだから”と言外に手柄を放棄する。
何も言わなければ、雪蓮の手柄になるのに。
けど、そういう潔い部分が雪蓮らしさでも有る。
そんな風に思う。
そんな雪蓮を見ていると、胸の奥で揺れていた不安が小さく、薄れてゆく。
まるで、炎が消える様に。
あっさりと掻き消えた。
俺が雪蓮を愛しているからという事ではない。
いや、勿論その気持ちには嘘偽りは無いんだけど。
そういう事ではなくて。
それは、雪蓮の在り方。
雪蓮の理想とする未来とは曹操とも劉備とも解り合う事が出来る物だろう。
“原作”でも、その理想は垣間見えていた。
ただ、その雪蓮は志半ばで倒れてしまい、自らの手で理想を掴むには至らなく、孫権達が後を継いだ。
勿論、“孫呉ルート”での話になるんだけど。
(…“原作”とは違う
流れこそ、似てはいるけど“この世界”は既に、俺が知る存在ではなくて不確かな未来しかない…)
そう、だから不安だった。
この先は、俺の知識なんて通用しない領域だ。
今まででさえ、運が良くて流れに身を任せていれば、何とか出来ていた。
ただそれだけの事だ。
けど、此処からは違う。
流れに身を任せたままでは飲み込まれ兼ねない。
確固たる意志が不可欠だ。
だから、雪蓮の存在が俺の不安を拭い去ってくれる。
その眩い、日輪の輝きで。
自然と口元は笑む。
「──って事はだ、雪蓮もまだ行ってない訳だ?」
「うん、まだよ
中々行く時間が無いしね」
「それじゃあ、今度一緒に食べに行こうな」
そう言うと、一瞬だけ目を見開いて驚き──俺の言葉の意味を理解すると本当に嬉しそうに微笑む。
「ええ、勿論良いわよ
約束したからねっ♪」
「ああ、必ずだ」
結末(未来)は判らない。
けど、それなら先ずは直ぐ傍に在る日常を大事にして一歩ずつ進んでいこう。
ゆっくりで構わない。
雪蓮と、皆と一緒に。




