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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
66/913

3 親も子も人


一夜が明け、日課となった扱き──元い稽古と鍛練を皆と行った。


洛陽までの面々は順調。

華琳は基礎は既に問題無い域なので氣を中心に教え、子揚は基礎から。


妙才も問題無い。

まだまだ“原石”で有るが下地は悪くない。

漢升から学ぶ事も有るし、互いに刺激になるだろう。


問題は──荀或だ。

予想以上に体力が無い。

病床だった筈の子揚の方が走り勝つって…なぁ。

取り敢えず、体力作りから始めさせた。

武将に比べると見劣るが、伸び代は有る。

慌てず、急がず、じっくり教えて行こうと決めた。



「──っと、見えたな」



視界に映った外壁を見て、“下”に降りる。

一人だと木々を足場にして走れるから早い。

“視認”されない様に姿も隠せるしな。



「まあ、街には“表”から入らないと怪しまれるし、後で面倒になってもな…」



“不審”に見られて悪評が立てば支障が出る。

俺個人なら気にしないが。



「…偉そうに文若に言った手前も有るしなぁ…」



苦笑を浮かべながら外門を潜って街へ入る。


実質、十年に渡って曹家が潁川郡を治めてきた。

その結果──成果が眼前に広がっている光景。

賑わう通りと人々の往来、活気に満ちた日常だ。



「…感慨深い物だな」



幾ら“献策”しただけとは言っても、実際に形と成り目の当たりにすると感動を覚えてしまう。



(“歴史”的に豫州は乱の渦中に有って荒れる…

後々“曹操”が治める事で安定し繁栄する…

謂わば“前倒し”か…)



俺が関与しなくても──と考えるが、脳裏に浮かんだ“巫山戯てるのかしら?”と御冠な我が奥様。



(…それもそうか…)



自己完結して苦笑。

例え“歴史”が“そう”と成っていたとしても所詮は“過去”でしかない。

決して“未来”を定める事など出来ず、“現在”から至る結果なのだから。


“過去”に囚われた者は、“現在”から“可能性”を奪う事になる。

それにより“歴史”と似た結果を生むだけ。

決して“同じ”ではない。


曾て、華琳に教えた事。

“歴史”を紡ぐ事が出来るのは“現に在る者”であり“歴史”は“過去”の積み重ねであると。



「さて、俺も“歴史”への一端を積み重ねるか」



街の東に建つ立派な屋敷に足を踏み入れる。



「失礼致します

御当主の“荀公達”様は、御在宅でしょうか?」



私兵と思しき門番に笑顔で話し掛けた。




 荀攸side──


仕事も一段落して、一休みしていると侍女が客人から預かった書状を持って来たので目を通した。


それは娘・荀或から私宛の“紹介状”で、持って来た人物は主君の“夫”だと、驚きの内容だった。

いつの間にか、袁家を離れ曹家に仕えている事も。



「その御方は?」


「応接室へと御通しして、御待ち頂いてます」



良い判断ね。

門前で待たせる真似など、下手をすれば斬首。



「御苦労様

暫くの間、応接室には誰も近付かない様に

あと、御茶は伯寧に運ぶ様言っておいて」


「判りました」



侍女が一礼して退室すると自分の服装を確認し急いで部屋を出る。

私が焦ってもいけないが、相手を待たせるのは尚更に悪い事だ。


早足で応接室の前まで来て呼吸と服装を整える。

そして、平静を装って扉を開けて中に入った。


眼に映ったのは陽光を纏う天女の様な美しい女性。

“同性”も見惚れる程。

しかし、書状と“女の勘”から“男性”だと判る。



「御待たせ致しました

当主の荀公達と申します」


「曹子和と申します

突然の来訪、驚かれた事と思います…

申し訳有りません」


「い、いえ、どうか御気になさらずに…」



“非礼”と頭を下げられた姿に驚きと焦燥が生じるがどうにか返答した。

頭を上げられた彼の視線に私は小さく息を飲む。

心奥を見透かす様な瞳に、畏怖を覚えた。

だが、それを掻き消す様な朗らかな微笑を浮かべられ戸惑ってしまう。



「今日は御挨拶を兼ねて、御話しをさせて頂きたいと思って居ります

ああ、それから──此方は“お土産”です」


「態々、有難う御座います

その“御話し”と言うのは娘の──荀或の事で?」



然り気無く、差し出された“包み”を受け取り卓上の脇に置くと此方から本題を切り出す。

瞬間──首筋に抜き身の刃を突き付けられたかの様な錯覚に陥る。

殺気──否、怒気だ。



「…文若の“男嫌い”は、軍師としては致命的です

何故、解っていて正す事をしなかったのですか?

相手を間違えば、斬首でも可笑しくは有りません」


「……仰る通りです」



彼の言葉が胸を貫く。

私は“親”としては失格。

解っていて、あの娘の命を危険に晒している。



「…貴女が恐いのは文若を傷付ける事ではない

自分が娘にとって“悪者”になる事…

嫌われてしまう事です」


「──っ」



彼の眼差しと言葉が、私を真っ直ぐに射抜いた。




何も、言い返せない。

あまりにも、真っ直ぐで…外連味の無い真実に。



「…これは憶測でしかないですが彼女の“男嫌い”は幼少期の経験…

それも自身の体験ではなく“現実”を見た事では?」



彼は言葉こそ、伏せて話をしているが既に“真相”を察している。

あの娘が話すとは思えない以上は本当に推測によって導き出したのだろう。

私は彼の言葉に頷く事しか出来無かった。



「彼女も“時代の被害者”だと言えるでしょう…

彼女の心情を思えば強くは言えない事も解ります

ですが、だからこそ貴女は心を鬼にして踏み込んで、彼女の導くべきでした

“幼い”からと庇護するのではなく、しっかりと向き合い同じ“目線”で考え、感じて、一緒に一歩ずつ、進んで行く…

それが“親”の貴女だけが出来る事だった筈です」


「……ぁ…ぁあぁ……」



抑え切れず、溢れ出す涙。


己の不甲斐なさ、未熟さ、私の愛娘への申し訳無さ、それらが心で混じり合い、入り乱れる。


でも、それだけではない。

“負の想い”を押し流す、もう一つの“想い”──



「娘を…桂花を…どうか…宜しく…御願い致します」



私は深々と頭を下げた。

“感謝”と共に。



「ええ、勿論」



その言葉に顔を上げて見た笑顔が物語る。

あの娘には導いてくれる、道を正してくれる“主”が出来たのだと。

もう、大丈夫なのだと。



「荀公達…もしも、貴女が自身を赦せないのなら…

貴女の才、曹家に貸しては頂けませんか?」


「……私を…私に、償いの場を下さると?」



そう訊ねると彼は微笑み、首を横に振る。



「“償う”為ではなく…

母娘として遣り直す為に…

きちんと向き合い、互いを理解し合う為に…

同じ“目線”で共に有り、心を通わす為に、ね…」



何処までも曇り無い蒼天を見ている様に心を照らし、浄めてくれる様に。

彼の言葉が心身に響き渡り染み込んで行く。



(…ああ、そうなのね…)



“男嫌い”のあの娘が唯一受け入れ変わる事が出来る“可能性”を持つ人。

そして、あの娘にはまだ、私の助けが必要なのだと。

私に教えてくれる。



「姓名を荀攸、字を公達、真名を明花(みんふぁ)

この身に残る時を娘と──曹家の為に」



臣従の礼を取り、誓う。


この“恩”に報いる為にも誠心誠意仕える事を。



──side out



 other side──


来客との事で御茶と菓子を用意して応接室に向かう。


人払いしているという事は相応の相手だろう。

少し緊張する。



「失礼します

御茶を御持ちしました」



扉の前に立ち、声を掛けて返事を待つ。



「入りなさい」


「失礼致します」



返事が有り、扉を開け中へ入ると客人であろう女性と目が合う。

柔らかな微笑を浮かべられ思わず見惚れる。

直ぐに我に返ると頭を下げ自分の仕事に戻る。


卓の横で腰を落とす。

茶托に茶杯を乗せて二人の前に置き、その横に菓子を入れた皿を置く。

仕事を終え、退室しようと立ち上がる。



「御苦労様」


「有難う御座います

失礼ですが、此方は?」



私の事を訊ねられ反射的に身を強張らせる。

“何か失礼が有った?”と考えるが…判らない。



「この娘は私の側仕えで、我が家に住んで居ます」



そう言った公達様の視線で“自己紹介”をする場面と察する。



「満伯寧と申します

此方に奉公していますが、庶人の出ですので至らぬ点も御座いますが、御容赦を頂きたく存じます」



そう言って深々と頭を下げ“非礼”が有った可能性を考え謝罪の意を示す。



「“奉公”という事は何か特別な理由が?」


「…四年前、私の母が病で亡くなり身寄りを無くした私を、母と既知の公達様が引き取って下さいました」


「そうでしたか」



声色や表情は穏やかで私を責める様子は窺えない。

私は安心…しても、良いのだろうか。



「公達様、彼女を“家”に招き入れたいのですが…

如何でしょうか?」


「……ぇ?…」


「勿論、彼女自身に判断は委ねますが、奉公人にして置くには惜しい才の持ち主と思いまして」



驚く私を他所に彼女は話を続け、公達様を見る。



「…“子和様”の御眼鏡に叶うのでしたら私に異存は有りません

伯寧、どうしますか?」


「…私は…」



公達様が“様”付けされ、信頼を感じさせる物言いをしている辺り、悪い話ではないのだろうけど。



「急な話で悩む事でしょう

ですが、荀家への恩義等で決めるのではなく、自身の決意で選択して下さい」



言われて理解する。

“恩に報いる為”と言って残る事は違う。

それは“言い訳”であり、責任の放棄。

なら、答えは一つ。



「姓名は満寵、字は伯寧、真名は鈴萌(すずめ)です

宜しく御願い致します」



新たな道を征き、示す。

私を“誇れる”様に。



──side out



意外な収穫だった。

荀攸は荀家の当主として、最初から“口説く”予定で此処に来ていたが、満寵が“奉公”してるとは夢にも思わなかった。



(まあ、荀攸が荀或の母親だった事の方が“普通”は可笑しいんだろうが…)



曹、司馬、徐、劉…

その血縁を聞いただけで、予想出来る事だ。

というか、慣れただけ。

“歴史”は参考程度に留め現実を受け止めれば何て事無い様になる。



(将来有望な人材を臣下に迎えられたんだ…

細かい事は気にする必要はないだろう)



ざっと聞いた限りの中では特別“因縁”や問題が有る様には思えない。

人格・性格も問題無し。

まあ、軍将候補なんだが、武術等の経験は無い事と、鍛練はしていなかった事は仕方無いだろう。



(それでも周りに居るのが格上ばかりの環境だ

“物”になるまでに大して時間は掛からないだろう)



彼女が武官を望まなければ文官でも構わない。

公達の側仕えとして世話をしていただけでなく、補佐──秘書的な役割を熟していたらしいから文官として仕事も出来る筈だ。


その当事者は今は自室にて荷造りの最中。

公達は今暫くは此方に残り遣って貰う“仕事”が有る為に仕方無い。


幾ら許昌と南北に隣接する場所とは言え、そう頻繁に往き来は許されない。

仕事にも、鍛練にも支障を来すからだ。

それに周囲の者にも示しが付かない。

身分や経歴で優劣を付け、優遇したりはしない。

その方針を徹底する為で、高位の腐敗を防ぐ為だ。



(それにしても…中々良い反応をしてくれるなぁ…)



公達や文若が臣従した事を教えた時の驚き方は久しく見ない新鮮な物だった。



(皆も昔は“ああ”だったのになぁ…)



子揚の事とかで感覚が麻痺したみたいで、大抵の事は冷静に受け止める。

良い事では有る。

ただ、俺としては寂しい。

というか、つまらない。



(…今度“ドッキリ”でも仕掛けてみようかな…)



そう考えてみるが“雷”が落ちそうなので止めた。

“仕返し”が怖いし。



(…現実逃避は無駄か…)



諦めて溜め息を吐く。

帰ったら小言を言われそうだから憂鬱だ。


華琳は助けてくれない──寧ろ攻撃側に加勢する姿が脳裏に浮かぶ。


女所帯の辛い所だ。





姓名字:満 寵 伯寧

真名:鈴萌(すずめ)

年齢:19歳(登場時)

身長:162cm

愛馬:埜雀(のじゃく)

   青芦毛/牝/三歳

髪:亜麻色、胸に届く位

  ストレート

眼:黒

性格:

明るく元気で気立ても良い頑張り屋さん。

但し、頑固な一面も有る。


備考:

兵士の父は十歳で戦死し、母も四年前に病死。

身寄りが亡くなった所を、母と既知だった荀攸に引き取られる形で、荀家に住み込みで奉公している。

立場的には当主の側近。


多少の体術の心得は有るが本格的な修練は未経験。

荀攸の手伝いをしている事だけあって、文官としても高い能力を持つ。


家事能力は平均以上。

節約家──よりは貧乏性と言える質だが、家庭事情を考えると仕方無い。


◆参考容姿

エスエル・フリージア

【夜明け前より瑠璃色な】


※青芦毛は独自設定です。

 実在はしません。




姓名字:荀 攸 公達

真名:明花(みんふぁ)

年齢:45歳(登場時)

身長:173cm

髪:黄土色、胸に届く位

  天然ウェーブ

眼:緑

備考:

桂花の母、荀家の現当主。

荀子の第十二世の孫。

前々任の潁川郡・太守。


明るく陽気だが切れ者。

元々の人脈等を利用して、商家として成功。

自身が放任主義で育った為娘にも自主性を重んじて、自由にさせていた。

しかし、その結果として、男嫌いになった事に責任を感じている。

また面倒を見ている満寵を実の娘同然に大切に思う等面倒見は良い。


家事能力は平均的。

ただ面倒な事も有り滅多に自分ではしない。


◆参考容姿

松本乱菊【BLEACH】




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