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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
657/915

       漆


 顔良side──


──六月二十日。


今日は生憎の雨模様。

まだ夜が明ける前から降り始めた雨は日の出を迎える時間になっても空を分厚く雲で覆っていた。


10時頃、街に出てみれば陰鬱な曇天とは裏腹に道は色取り取りの雨傘(はな)が咲き誇り、味気無い印象の雨でさえも色を映し込んで綺麗に見える。

本の二年前には、この様な街の景色を見る事なんて、想像もしていなかった。


世に雨傘が存在していないという訳ではなくて。

雨の中に有る街の景色が、こんなにも美しく見えたり“こういうのも良いな”と思う余裕や気持ちでさえも当時の私には無かった。

そういう意味で、の話。


全ては、雷華様と出逢えた事に起因する。

あの日の不運は、後の私の幸福の兆しだった。

今なら、そう言える。

…まあ、当時は“私って、不幸だなぁ…”と嘆いては項垂れていたけれど。

それも今は良い思い出。

それを笑い話に出来る位に今は幸せなのだから。



「…でも、休日に雨が降る事は不運なんですよね…」



そう自分で呟いて、苦笑。

小さく溜め息を吐いてから左手に持った傘を傾けて、空の様子を仰ぎ見る。

隙間など見当たらない位にしっかりとしている曇天。

うん、鬱陶しい。

何時の事だったか華琳様が“隠す為だけにする下手な厚化粧を思わせるわね”と比喩していた。

それを思い出してしまう。

…別に私は厚化粧をしてはいませんけど。



「せめて、これで雷華様が一緒だったらなぁ…」



憧れの“相合い傘”をする絶好の機会なのに、と。

本音は胸の内に留める。

流石に、独り言だとしても誰かに聞かれてしまう事は拙いのだから。

…聞かれても、揶揄われるネタにされる程度だけど、避けられるなら避ける。

何しろ世間話(そと)よりも内輪で拡がる事の方が凄く厄介に為るから。

皆、そういうネタに対して敏感ですからね。


そんな雷華様はというと、“雨だから”と個人所有の畑に出掛けられています。

予定通りなんですけどね。


曹魏では、雷華様の経験や技術を元にした気象観測が専門機関によって行われ、国内各地に“天気予報”が無料で告知されています。

各地の農業には勿論だけど商家や民間でも重宝され、有効に活用されています。

そのお陰もあり、風邪等のちょっとした油断が原因で起きていた病気も年々数が減ってきているそうです。


医療部から“まあ、私達が暇なのは良い事なのですが暇過ぎて“只飯食らい”と呼ばれてしまいそうです”だなんて愚痴を聞かされた事も有りました。

確かに良い事なんですけど…気持ちは判りますね。

似た様な事ですと軍事部の縮小問題辺りですかね。

珍しくもない話ですけど。


その辺りを見越した政策と組織・社会の構築を為さる雷華様の方針には脱帽程度では済みませんね。

本当、敵に回さなくていい事に心底安堵します。




街の大通りから外れると、景色は装いを変える。

雨傘によって華やいでいた情景から一転、昔から有る見慣れた雨の景色が其処に存在している。


雷華様曰く、“風情という物は造り出す物ではなく、滲み出る物なんだと思う”だそうです。

こういう景色を見ていると“成る程…”と思います。

…誰ですか?、今“お前にそんな事判るのか?”とか言ってるのは。

喧嘩なら買いま──せんが“話し合い”ますよ。

ええ、話し合い、です。


…それは兎も角として。

雨の日は濡れたりしますし必要が無ければ出歩きたいとは思いません。

ですが、面白いもので。

子供は雨の日だろうと外で遊びたくなるんですよ。

億劫に感じるのは、大体が大人の方だったりします。

だから子供に戻るつもりで外に出て見ると懐かしくも新しい発見が有ります。

子供の頃には見えなくて、大人に成って見失っていた好奇心(わくわく)が胸中でドキドキと高鳴るんです。


キラキラして見えるのは、何も豪華絢爛な装飾品とか宝石や金銀だけでなくて、有り触れている日常の中にひっそりと隠れん坊してて此方が見付けようとしない限りは見付けられない。

そんな捻くれた天の邪鬼な素敵(たからもの)が意外と彼方此方に潜んでて。

気が付けば、ちょっとした冒険物語の主人公。


ひっそり、ばったり。

あらあら、見付かって。

にこにこ、追い駆け。

ちらほら、びっくり。

ふわふわ、もこもこ。

おひさま、お昼寝。

もゆもゆ、夢の中。

くすくす、囀ずる微風。

ときどき、意地悪。

やっぱり、甘くて。

ちょっと、悩んで。

それでも、うきうき。

はしゃぎ、刻が鳴く。

またねと、手を振り。

きらきら、胸の中。

すやすや、月が微笑んで。

おはよう、星に挨拶し。

さてさて、一日頑張ろう。

そしたら、ほらほら。

すてきが、こんにちは。



「────はっ!?」



何やら何処かに旅していた自分が現実へと戻る。

キョロキョロッ!と素早く辺りを見回して、自分以外誰も居ない事を確認して、大きく安堵の息を吐く。


流石に声にまでは出してはいなかったと思うけど。

見られたい姿でもない。

だから、目撃者が居なくて本当に良かったと思う。



「うぅ〜…これって絶対に結様や螢ちゃんの純粋さの影響ですよねぇ〜…」



まあ、雨の日の散策自体は雷華様が起因ですけど。

特に影響を受けているのが二人ですからね。

その影響を受けているのが私なんですけど。

良い事では有る筈です。

ただ、大人としては流石に恥ずかしい訳です。


好奇心よりも羞恥心。

あの純粋さは、私には少々眩し過ぎますよ。




不審な行動を終えてから、裏路地に当たる不便だから子供が近道や遊び場にする小路を進み、抜け出る。

其処は開けた場所であり、公園とは違う。

意図的に放置されたままの空き地が其処には有る。



(普通は考えませんよね)



“全てを公園として整備し安全な場所とする事自体は簡単な事だろうな

しかし、それ故に子供達は身近な危険を知らないまま育ってしまう弊害も生む

怪我や病気は生き物として強く成長する過程で本来は必要不可欠な要素だ

それを大人の都合で排除し取り上げてしまう考えは、子供の可能性を奪う事にも繋がっていると言える

勿論、親や家族からすれば子供が怪我や病気をしない事の方が良いのだろうが、その考えが正しい物だとは一概には言えない

間違いではないと言えても正しい事だとはな…

だから、敢えて未整備地を残して置こうと思う

それは一方では子供達への“挑戦状”でもあるしな”──との事。


過保護に為れば、子供達の為にはならない。

傷付く事で、苦しむ事で、其処から学ぶ事は多い。

だから本当に子供達の為を将来を考えるのであれば、大人の側こそ覚悟と責任を持たなくてはならない。

子供達の事を誰かに任せ、問題が有れば誰かの責任にするのではなく。

親として、家族として。

子供達と向き合い、支え、導いてゆく事。

それこそが大切なのだと。


何でもかんでも親や家族が口を挟み、手を貸す事が、本当に子供達の為に成る訳ではない。

そんな風に過保護にされ、親や家族に守られた子供は大人になっても自分自身の言動に対する責任を負える意識を持ち難くなる。

見守る事、突き放す事。

厳しさの無い優しさなんて堕落させるだけの毒。

その事を理解出来無いと、子供達は歪んでしまう。

他ならぬ親や家族に因り。


本当に難しい事だと思う。

そういう意味では私自身も考えさせられる。

軈て、母親に成る事を望み育ててゆくのだから。


因みに、雷華様の言う所の“挑戦状”とは、子供達に探検や冒険の気分を味わい楽しんで貰う為の物。

与えられる事に満足せず、自らの言動によって新しい可能性を発見して欲しい。

そういう想いから来ており子供達が気付くかどうかは関係無いそうです。




さて、そんな子供達の為の謂わば“隠れ家”的な所は大人も気付かない振りをし教えもしないんです。

ただ、全く放置していると本当に危険な事にも為る為こっそりと監視の目が有り手も入っていますが。

それは、言わぬが花。

遣る以上は責任を持って、管理をしている訳です。


尤も、流石に雨の降る日は子供達は来ませんけど。

しかも、今日は遮蔽物とか無い場所に立っていると、あっと言う間にずぶ濡れに為る位ですからね。

先ず居ませんよ。

だから、こういう日の時は一人に為りたい時なんかのちょっとした秘密基地──ではなく、秘密の黄昏場所だったりします。

因みに、私は散策で遣って来ただけですからね。



「──って……あれ?」



煙る様な雨の薄絹の中。

ぼんやりとした佇む人影を見付けてしまう。

思わず小首を傾げるが──直ぐ、“あっ、もしかして遣っちゃった?、私ってば物凄く間が悪かった?”と脳裏に浮かんでしまう。

同時に、“で、でもほら、こんな日に幾つも有る内の一つで偶然ばったり誰かと鉢合わせするだなんて普通思わないよね?、ね?”と言い訳も浮かんでくる。

…仕方無いですよね〜。


取り敢えず、どうしよう。

思わず出ていた声は雨音に掻き消されている筈。

そぉ〜…と、気配を消して退散をすれば気付かれない──訳が無いですよね。

私だったら気付きます。

と言うか、此処に来ている時点で身内の方ですよね。

しかも、何かしら悩みとか抱えている感じの。


…流石に気付かない振りで素通りは出来ませんよね。

と言うか、誰ですか。



「……ん?、あれ?

其処に居るの、もしかして…焔耶ちゃん?」


「──っ!?…」



視界の悪い中、氣を使って確認したりはせずに純粋に目を凝らして見ていたら、見覚えの有る特徴的な──個性的な服装。

思わず、その持ち主の名を私が口にしたら、雨の中の人影が悪条件の視界内でも判る位に大きく震えた。

それが自ら“正解だ!”と言っている様に思えたけど──気軽に苦笑も出来無い雰囲気を感じ取る。


近寄ってみれば、何時から此処に居たのだろうか。

傘も差さず、雨に打たれ、ずぶ濡れになった姿のまま佇んでいる彼女を見詰め、気付かれない様に胸の中で溜め息を吐く。

正直、人生相談に乗れる程経験豊富ではないです。

愚痴を聞く程度なら私でも出来ますけど。

ちょっとばかり、荷が重い気がするんですが。

…本当、どうしましょう。




取り敢えず、濡れたままで風邪を引いても困りますし手近なお風呂の有る宿屋に彼女を連れて入る。

こういう時、街の散策での情報収集が活きますね。


…え?、帰らないのか?

帰れる訳ないですよ。

だって、こんな風に一人で悩んでいるんですよ。

放っては置けませんけど、彼女自身が“自分で答えを出さないといけない”って判ってる証拠です。

だから、その原因であろう何かがが最も有る可能性が高いのが私邸か王城です。

なので、今は避けます。


と言うか、こんな姿のまま連れて帰ったら、無意味に皆に気付かれますからね。

気を遣われても困りますし相談し難い事だからこそ、焔耶ちゃんも彼処で一人で考えていたんでしょうから其処は汲まなくては。


そんなこんなで。

焔耶ちゃんを連れて宿屋の共同浴場──勿論、女湯に入って、お湯に浸かる。

服は後で氣で乾かします。



「…はぁ〜〜…」



思わず出てしまう声。

しかし、それも仕方が無い事だと思います。

お風呂の秘め持つ魔性さは雷華様に“心の洗濯だ”と言わしめた位です。

だから、仕方無いんです。



「…焔耶ちゃん、ちゃんと肩まで浸かって温まらないと駄目ですよ?」



そう言うと、素直に肩まで浸かっている焔耶ちゃん。

普段は負けん気が強くて、男勝りな言動が多いという印象だけれど、実は物凄く素直な娘なんですよね。

…まあ、“認めた相手”に対しては、ですが。

宅の場合は、それで十分な訳なんですよね。


視線を向ける事は簡単。

でも、敢えて視線は向けず右肩を彼女の左肩へ触れる様にして寄り添う。

問い出す事はしない。

彼女が私に“話したい”と思える様になれば良し。

そうでなくても今の自分は一人ではないと判るのならそれだけでも十分。


触れ合う温もりを通じて、本の少しだけで構わない。

彼女に自分自身と向き合う勇気(つよさ)を伝える事が出来るのであれば。




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