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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
654/915

       肆


──なんて、青いのか。


恐らくは、経験を重ねれば男女問わず今の桔梗の姿を見たなら、大体がそう思うのではないだろうか。

その“青さ”が初々しくて可愛らしいのだけれど。


少し、“鈍感(おとな)”に為ってしまうと、不思議と忘れてしまうのでしょう。

見えている景色が当然で、曾ての情景に馳せた想いも色褪せてしまい。

胸を締め付ける痛みですら記憶(思い出)の一欠片。

そんな気持ちを懐いた事も思い出さなくては判らず、思い出そうとしても正確な事は思い出せなくて。

曖昧なままにしてしまう。

それに寂しさや、疑問など懐かなくなる。


私も、例外ではない。


だけど、今、桔梗を介して私の中に甦る想い。

それは、とても愛しくて、とても切なくて、だけれど何よりも胸を妬き焦がし、心を揺さ振ってくれる。


どうして、私はこんなにも素晴らしい想いを容易く、“慣れたから”と割り切り風化させてしまったのか。

“枯れて”良い訳が無い。

この想いこそが原初にして根幹なのだから。

決して、時の流れの中でも手離してはならない。

そういう物なのだから。


それを意図せず、偶然にも教えてくれた桔梗に心から感謝をする。

ただ、口には出さない。

だって、“何の事だ?”と訊かれたら、教える訳にはいかないのだから。

これは、自分で気付くから意味が、価値が有る。

決して、誰かに教えて貰う事ではない。

今の私の様に、切っ掛けで至る事は有ってもね。


その代わりに、といった訳ではないのだけれど。

今の桔梗に必要な事を──背中を押してあげよう。

私達の時とは違い、複数の妻が居るという状況下で、懊悩する桔梗の心に。

本の少しの追い風を。



「女にとって歳という物は大敵でしかないわよね…

でもね、幼過ぎても機会を無くしてしまう物よ

それに比べれば直ぐにでも子を成せるという点でなら歳上は有利だと思わない?

同じ歳、上下三〜四歳…

その辺りが理想的な事には私も反論はし辛いけど…」



まあ、飽く迄も一般論。

雷華様に限って言うのなら私達は皆、歳上なのだから気にしたら負けでしょう。

その割りに、閨では滅多に主導権を握れないし。

本当に“…歳下なの?”と疑いたくなってしまう。

人心掌握が巧み過ぎるからなのかもしれないけれど。

…今は関係無い事ね。


私の言葉を聞いて、桔梗は小さく身体を震わせた。

物事は見方次第で、良くも悪くも思えるのだと。

それが意識の端っこにでも生じてしまえば十分。

後は、桔梗自身が導き出す事が出来る筈だから。



「──ねえ、桔梗?

貴女はどう想ったの?

雷華様に声を掛けられて、招かれると判った時…

そう在る事を望まれた時…

貴女は何を懐いたの?」



それは雷華様が常に私達に問い掛け、示してくれる事なのだから。

だから、貴女も自分の心に素直に為りなさい。



──side out。



 厳顔side──


それは唐突な事だった。


曹家に、曹魏に身を置き、仕える様になって早三ヶ月近くになろうとしている。

彼──飛影こと、子和様と再会が出来た事は当然だが仕えられる事自体も嬉しい事だったりする。

同時に更なる“高み”へと導いて下さるのだ。

今の自分達が如何に恵まれ僥幸であるのか。

それは自分達自身が誰より理解している事である。

望んでも叶わない事。

今が、その一つで有る事は一般の民ですら判るのだ。


それ故に、である。

それ以上を望むというのは贅沢を通り越し、罰当たりだとすら言えるだろう。


だが、私は女であり。

そして、子和様は男だ。

そう為る事を望まない訳が無かった。


それだけに、嬉しかった。


私邸で生活をしている者は皆、子和様の妻である。

華琳様は勿論として面識の有る黄忠──紫苑達も共に生活しているのだ。

其処に居る事を許されれば嫌でも期待をしてしまう。

しかし、一方では冷静に、“他の皆と比べれば…”と胸の奥を焦がし身体を侵す懸想(ねつ)に浮かれそうに為ってしまう自分を諫め、現実的に有ろうともする。

勿論、子和様から女として求められるのであれば私に否は無い微塵も無い。

寧ろ、願ったり叶ったりで至れり尽くせりである。

断る理由を見付ける方が、困難だとすら言えよう。


だから──だからこそ。




「──文伯、今夜は予定を開けて置いて貰えるか?」


「ん?、今夜ですかな?

…特に用事も有りませぬ故問題は有りませぬぞ」



まだ他の皆とは差が有る故個別でる指導を受けている焔耶と共に朝の鍛練を終え朝食の前に汗を流そうかと思っていた所に子和様からその様に声を掛けられた。

直ぐに今夜──今日の己の仕事や用事の予定を脳裏に思い浮かべて、特に最優先すべき事は無いと判る。

と言うか、今日は非番だ。

特に誰かと約束をしている訳でもない為、これ以降に予定が入ったとしても余程急な仕事が入らない限りは子和様からの御誘いを断る理由には為らない。

抑、この曹魏に居て私達に“急な仕事”が入る事態は滅多に起きないだろう。

そうなる前に摘み取られて潰されているか。

問題が起きても各担当にて解決されるだろうから。

無いに等しいと言えよう。

勿論、“有り得ない”とは思ってはいないし、思いもしないのは当然の事だが。



「そうか、それなら今夜は寝室の方に来てくれ

待っているからな」




──そう言われた時に私は頭が真っ白になった。

その後、隙間から湧き水が染み出して来るかの様に、色々な感情と思考が溢れ、漸く我に帰った時には既に子和様の姿は無かった。

と言うか、私は気付いたら風呂に入り浸かっていた。




焔耶が軍師陣によって連行──いや、誘われて勉強会へと向かった後。

私は私室に戻り、子和様の御言葉を頭で反芻しながら考え込んでいた。

いや、意味は理解しているのだけれど。


では、何を、かと言うと。



「…何れを着て行けば…」



平たく言えば、己の衣装と下着に関して、である。

武人として名を馳せている自分では有るが、人並みに女としての嗜みは有る為、“そういう時”の為に必要不可欠だとされる必需品、所謂、勝負服や勝負下着は何着かは持っている。

持ってはいるのだが…



「…ぅ…むぅ…如何せん、古い意匠の物ばかりだな」



当然と言えば当然か。

何しろ、私が二十歳の頃に買った物ばかりである。

虫食い等は無いので状態は悪くはない。

全く着ないと駄目になる為時々は身に付けていた。

…焔耶には見られない様に細心の注意を払ってな。


それは兎も角として。

若い頃は“着飾る”事こそ異性を惹き付ける上で特に重要だと思っていた。

だから、それなりに衣服に気を配っていたし、幾らか金を掛けてもいた。

それは多分、女に生まれた者であれば大体が通る道、行う事だろうと思う。

中には気にしない無頓着な焔耶の様な者も居るが。


だが、年齢を重ねて行けば女としての魅力とは違う物なのだと、気付く訳で。

流行り廃りは気にすれど、過剰には反応はしない。

次第に“自分らしさ”とは何かを考える様になる為と私は思っている。


それで、である。

私は若くは無いが、身体に自信が無い訳ではない。

寧ろ、男から見た場合には貪りたくなる程度の魅力は有るだろうと思う。

抑、最終的に脱ぐのだから結局は己の身体次第だ。

子和様に望まれたならば、失礼が無い様に身形を整え後は自分の身体(ぶき)にて応えれば良いだろう。

そう考えていた位だ。


だから、此方に来てからは華琳様や一部から指摘され必要最低限の新しい衣服は買い足したりしたのだが、勝負服や勝負下着の類いは全く手を出してはいない。

無頓着ではなかったしな。


因みに、焔耶は皆によって“着せ替え人形”と化してぐったりとしていたが。

まあ、自業自得だろう。




だが、いざとなってみれば大して気にしていなかった筈の身形という物を何故か強く意識してしまう。

“少しでも魅力的な女だと見て思って貰いたいから”なのかもしれない。

“浅ましい”と言われても仕方が無い事だろう。

けれど、やはり其処は私も初だからなのだろうな。

…宛ら“生娘の様だな”と言われても可笑しくはない事だと思うのだし──事実生娘なのだから。


しかし、どうしようも無い事なのは確かである。

手持ちは十分に有る。

まだまだ本番(よる)までに時間は有るのだ。

街に出て買い揃える程度は問題無く出来るだろう。


ただ、此処で一つ、大きな問題が定義される。

それは、“子和様の好みが私には判らない”という事だったりする。

…そう、大前提の最重要な部分の情報が無いのだ。

まあ、誰かに訊いてみれば教えてくれるかもしれないのだけれど。

あの子和様に、“好み”が有るのかが微妙な所だ。

それはまあ、子和様も男で人なのだから好き嫌い位は普通に有るとは思う。

が、“異性の好み”という事になると悩んでしまう。

そういった基準で己の妻を選ばれる様な御方ではないのだから。



「…考えるだけ無駄か…」



如何せん、正面な色恋には今の今まで縁が無かった。

それ故に、不慣れであり、碌に経験も無い訳で。

まあ、初めてを捧げるのが子和様になる事は個人的に喜ばしくは有るのだが。

どうして良いのか判らない事には変わりない。



「…よしっ、考えていても始まらないのだしな

先ずは行動してからだ」



そう決めると、中々盛大に散らかした部屋の片付けは後回しにする。

決して面倒臭いからという訳ではない。

また同じ様に為る可能性が否めないからだ。

それならば事が済んでから片付けた方が効率的だ。

だから、後回しにする。



「取り敢えず、昼まで街を散策しながら回るか…」



いきなり服屋に行くよりも街を見て回る事で、今時の流行りも垣間見える。

ある程度は情報を得てから向かう方が良いだろう。

どの道、私は即断即決して衣服を選び出し買える様な気はしないのだ。

じっくり、腰を据える気で事に当たるべきだろう。

…ああ、そう言えば確か、劉備の所の于禁がその手の書物を読んでいたな。

ならば、本屋も回ってみた方が良いかも知れぬな。


そんな様な事を考えながら財布を懐に仕舞い、部屋を後にした。




午前中を費やした結果。

雑念を振り払う為に中庭で鍛練を行う事にした。

“余計な事”を考えずに、無心で臨もうと決めて。


だが、偶々帰ってきたのか紫苑と会い、話していると“街に出たら?”と言われ忘れ様としていた事が頭に浮かんで来てしまう。

そして──落ち込んだ。


本屋で手にした色恋沙汰に関連した幾つかの書物。

その何れにも共通するのが“若者向け”である事。

単純な衣服等の流行り物を紹介している書物は有るが私が衣服等を新調しようと考えている理由は御洒落がしたいからではない。

飽く迄も、子和様に対して魅力的に見られたいから。

ただそれだけなのだ。


だから、衣服等の書物より色恋沙汰の関連書物の方に重点を置いた事は可笑しな事ではないだろう。

だが、内容は酷だった。

現在、曹魏内に居る女性の一般的な結婚をする年齢の平均は凡そ十九歳らしい。


漢王朝時代の平均年齢等は定かではないが、私の様な官吏などでない女性ならば大体十五〜七歳で結婚する事が多かった筈だ。

勿論、その時の情勢等色々条件に因って異なる事は、仕方が無いのだが。

漢王朝時代に比べて年齢が上がっている理由は急いで結婚したり、家の事情等で結婚する事が減った為、と書物には記されていた。

確かに、曹魏では以前とは人々の生活や意識も違い、社会的な地位や立場の面で低かった女性への待遇等は素晴らしく改善されていて感嘆させられた事は記憶に新しかったりする。

結婚よりも仕事をしたい。

社会に貢献したい。

そう思う女性が増えている傾向だとも記してあった。

勿論、それを両立したり、中には仕事等を経験をしたからこそ結婚しようと思う様に為る女性の数も意外と増えたのだとか。


つまり、女性にも選択肢を与えられる様に為った事が既存の結婚という形を壊し結婚し夫婦が共同で家庭を築いてゆく、という概念へ変化しているのだとか。

それは良い変化だと私自身心から思う。




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