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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
651/915

17 天揺不動 壱


 曹操side──


━━晶


王都の中に有る曹家直営の──いえ、実質的に雷華が直営している店舗の一つ、“錦幸亭”へと私は向かい従業員だけが使用している裏口から中へと入る。

…鍵?、曹家直営の店舗に不法侵入しようとか考える馬鹿な輩は曹魏内には先ず居ないでしょうね。

もし居たら見てみたいわ。



「──義封様困りますっ!

御願いですから裏口入って摘まみ食いするのは止めて頂けませんか?!」



──とか、考えていたら、従業員でしょう女性の声が聞こえてきた。

それも悲鳴か怒声か微妙な感じの印象の声が。

…と言うか、聞こえた名に軽い頭痛がしたのは勘違いではないのでしょうね。



「え〜…別に、ちょっと位いいじゃない…

だって“コレ”って商品に出来無い端し(あまり)で廃棄するんでしょ?

勿体無いし、私が食べても問題無いと思わない?」


「思いませんから!

と言うか、確かに商品には為りませんが、それは私達従業員にとっての特権──ん゛んっ!、ではなくて、御褒美──で、でもなくて製造した商品の味を複数で確かめる為にも必要な物で決して廃棄したりする様な事は有りませんから!

と言いますか、そんな事を遣った日には子和様からの“特別授業の御招待券”が届きますから!」



珀花の正論っぽい言い訳に真っ向から反論しながらも動揺と焦りからか従業員は本音を口走っていた。

…まあ、従業員なのだからその程度の“楽しみ”位は雷華も許容済みでしょう。

寧ろ、彼女が言った様に、食べ物を粗末にした場合の雷華の方が怖いわよね。


…と言うか、珀花?

最近は、私邸でも城内でも意外と大人しくしていると思っていたけれど…。

まさか、冥琳の眼を盗んでこういう事をしていたとは思わなかったわ。

本当に…どうでもいい位に無駄な才能の使い方ね。



「あー…うん…確かに…」



彼女の言葉に深々と頷き、同意を示す珀花。

けどね、判っているの?、それを理解していながらも狙って来ている以上、結構貴女も質が悪いわよ。



「まあ、そうでしょうね」


「はい…って、孟徳様っ!?

えっ!?、ま、まさか孟徳様まで摘まみ食いにっ!?

た、確かに、そうしたいと思う御気持ちは私達にでも理解出来ますが…

い、いえ、幾ら孟徳様でもこればかりは──」


「落ち着きなさい

私は摘まみ食いをしに来た訳ではないわよ…

それから──義封」


「──にゃあっ!?」



姿を見せた私に、従業員の意識が向いた隙を突いて、こっそりと気配を紛れさせ脱出をしようとした珀花の首根っこを掴む。

全く…こういう事に関して技術を高めるなんて。

本当に困った娘だわ。



「…お、御慈悲は?」


「有る訳無いでしょう」


「そんにゃあ〜…」



私は氣で動けなくしてから彼女に冥琳に報せる様にと指示して珀花を放置。

此処へと遣って来た目的を果たす為に切り替える。




珀花(餅)は、冥琳(餅屋)に任せてしまう。

それが最適だから。


錦幸亭の中は他の料理店と雰囲気が異なる。

料理は勿論だが、接客法や建築様式・内装等も含めて雷華が主導して運営される超高級料理店である。

…まあ、一国の王の伴侶が直々に料理し、持て成す。

普通では考えられない。

と言うか、会食するだけで大変だと言えるでしょう。

偶々、同じ店で居合わせたというだけでも幸運。

それが、必ず会えるし話も出来るという状況。

それだけでも、高い金額を払う価値は有る。

なのに、本当に美味しい。

本人の趣味の店だけれど、私達も含めて、“座敷”の予約を勝ち取る為の競争は公平でいて、超高倍率。

私ですら、予約を勝ち得た日には気持ちが浮わついてしまった位だもの。

…こほん、関係無い事ね。


とは言え、その実、錦幸亭自体は一般客でも楽しめる料理店だったりする。

格安ではないが、価格帯も高級とまではいかない。

普段目にする様式とは違う和装の店内は物珍しいだけではなく、赴くや懐かしさ等も感じさせる事も有り、常連客も少なくない。

雷華が直接料理を振る舞う訳ではないけれど、料理を作る料理人は雷華の認めた──弟子とさえ言える──実力者なので、味も確か。


和装──と言っても実際は本来形容するべき文化様式自体が存在していない為、曹魏内での和装というのは雷華が“元祖”と認識され云われている。

その辺りを強く否定したり出来無い事も有り、雷華も苦笑して受け流している。


超高級なのは特別室である座敷に限られた話。

ただその内容が内容だけに印象が強過ぎる訳よ。

だから錦幸亭の印象自体は超高級料理店ではなくて、手頃な贅沢という感じね。

あと座敷の予約を狙うのは純粋に雷華の料理が好きな面子なのよね。

中には雷華への謁見目的で狙う者も居なくはないのが実情だけれど、成功したと聞いた事は無い。

雷華曰く、“私欲や雑念の混じった氣は運気を落とし易いからな”との事。

何処までが本気なのかは…気にしたら負けよね。


そんな事を考えながらも、店内を進んでゆく。

出迎えた店員達を手で制し“緊急の要件よ”と一言で退けて一番奥になる特別室である座敷の入り口である襖が目に入る。

其処を開けて敷居を潜った事は錦幸亭が開店してから私自身は僅かに二度。

それだけに普段であれば、幾らか緊張もしている。

勿論、楽しみから。


だから、それ以外の目的で開く為には来ない。

来た事も無い。

これが初めての事だ。

しかし、緊張はしない。

今はそれ所ではないから。



「──雷華、入るわよ」



一声掛けてから襖を開け、中へと踏み入る。




入ると正真面に雷華の立つ厨房が見え、それに対して直接に対面する形で座席が凹の字に設けられた室内。

仕込みの最中である雷華が小さく溜め息を吐きながら私の方へと振り向く。

後ろ手に襖を閉めながら、正面の席に歩みより座る。


当然ながら、今日の私には御客としての権利は無い。

と言うより、料理人として此処に立つ雷華を相手には妻も王も関係無い。

彼こそが絶対なのだから。


だから“お茶位は出しても良いでしょう?”だなんて考えてはいけない。

私は敵地の真っ只中に居る状況なのだから。



「…御客様、当座敷は完全予約制と為っております

権力による割り込み等には厳しく対処させて頂く事に為りますが…

御覚悟は宜しいですね?」



笑顔で有りながら、畏怖を禁じ得ない台詞。

それが、今の雷華の立場を如実に表している。

だからこそ、普段は私達もきちんと予約制に従って、御客として来店する。

…まあ、珀花はある意味で裏技を使っていたけど。

それは店の裏方での話。

他の御客に対しては影響が無かったから遣った事。

そうでなければ、珀花でも遣ろうとはしない。

上手く“穴”を突いていた手だとは思うけど。

今回は間が悪かったわね。


普段なら私でさえ気圧され引き下がる場面。

でも、今回は違う。

本当に、緊急の要件。



「万が一を考え“纉葉”も使わずに、こうして貴男に直接会いに来たのよ

巫山戯てないで話しなさい

どうせ貴男の事だもの

私が此処に来た理由は既に判っているのでしょう?」



雷華に負けず劣らずの形で睨み返して問い詰める。

言外に“私を誤魔化せると思わないで頂戴”と示し、“今直ぐ話さないのなら、意地でも居座るわよ?”と抵抗の意思も覗かせる。


暫し、雷華と二人。

黙ったままで睨み合い──雷華が視線を外して俯き、大きく溜め息を吐いた。

この程度で勝ったとは私は全く思わない。

何しろ、超秘密主義の夫を相手にしていれば日常的に詰問する事は多い。

それこそ、喜ばしくないが慣れてしまう程にね。




溜め息を吐きながらも私に茶杯を出してくれる雷華。

それを受け取りながらも、“誤魔化されないわよ”と念の為に一睨み。

決して此処でしか飲めない御茶を飲めて嬉しいから、多少は誤魔化されてあげるなんて気持ちは無い。

ええ、餌に釣られたりする真似は無いわよ。


因みに、この御茶は銘柄を“穂甘柚(すいかんゆ)”と言って、雷華の極秘生産品だったりする。

その為、市場には出回らず私邸にも置いていない。

あるのは雷華の“影”の中だけでしょうね。

その生産地を探ろうとした“無謀な勇者(挑戦者)”が居たけれど…残念ながら、散って逝ったわ。


そう思いながら、一口。

…嗚呼、やっぱり穂甘柚は美味しいわね。



「お前が訊きに来たのは、さっきの“アレ”だろ?

益州の方から感じた気配」


「ええ、それに付いてよ」



そう声を掛けられ、意識を問題へと戻す。


本当に、つい先程の事。

あれからまだ30分と時は経ってはいない。

偶々、街に出ていたが故に此処に早く来れたのも要因では有るけれど。

雷華に直接訊ねる事には、ちゃんに意味が有る。



「今現在、曹魏の民は全て──隠密衆も含め、国内に帰還しているわ

“災厄”の件が終わるまで国外へ出る事は禁止…

貴男自身が指示したのだし忘れてはいないでしょ?

その上で、あの結界…」


「曹魏外からの氣の気配に対しての感知の遮断だな」



“…やっぱり、余計な事を教えるんじゃなかったな”とでも言いた気な眼差しに“無駄よ、私は気付くわ”と睨み返してあげる。


勿論、雷華の意図は判る。

抑、隠密衆や商隊も含めて全ての民を呼び戻したのは“災厄”の魔の手が伸び、犠牲を生まない為の対処。

結界にしても同様。

国外から感知が出来る氣を感じれば大抵の物が動揺し小さくない緊張が生じる。

それは余計な臆測を生み、混乱の火種にも繋がる。

だから、蓮華達妻でさえも今だけは国外の氣を感じる事は出来無い。


但し、私だけは例外。

雷華と共に“適格者”へと至った私にだけは。

その気配が感じ取れる。



「“災厄”が動いた訳?」



遠方であり、結界も有る。

その中でも、強大だと判る氣の気配の出現。

それは時間にすれば数秒。

実際には一瞬の事だったのでしょうね。

残滓が有るから数秒の様に感じるだけ…で……って、ちょっと待ちなさい。

それは可笑しいわよね。



「お前の思った通りだな」



此方の思考を見透かす様に雷華は仕込みの続きに戻り作業を遣りながら、大して興味も無い世間話でもするかの様に言う。




本当に…困った夫だわ。

珀花とはまた違う意味で、実に質が悪い。


氣を扱い始めたばかりなら私も気付かなかった。

でも、今は違う。

“高み”に居るからこそ、矛盾している事に気付く。


益州の方から感じた気配は確かに強大な物だった。

しかし、残滓が残るという事は技術的には稚拙である証拠でもある。

雷華は勿論、私達でさえも強大な力を扱うのであれば収束し、一瞬に費やす。

が、残滓が有るという事はそれだけ無駄が多いという証明でも有る。

発現は一瞬でも、数秒にも及ぶ残滓となれば技術的な粗さを物語っている。


勿論、残滓が残っていても例外的な場合は有る。

それは強大過ぎるが故に、世界の在り方にまで影響を及ぼしてしまう。

そういった類いの“力”を行使した場合。

例えば……そう。

あの“望映鏡書”の様な。


でも、其処には届かない。

知っているからこそ判る。

如何に強大な氣の気配でも其処までではなかった。



「…だとすれば、何?

涅邪族に“龍族”の関係の秘術とか秘宝・武具とかが有ったと言うの?」



私の考えを肯定した以上、何かしら思う所は有る筈。

と言うか、雷華の場合には“理解している”可能性が高いとさえ言える。

それ程に、雷華というのは非常識なのだから。



「…何か、急に失礼な事を言われてる様な気が…」


「仕方が無いと思うわよ?

貴男の場合、大なり小なり心当たりが有るでしょ?」


「…否定は出来無いか」



…ふぅ…危ないわね。

最近、二人だけの時は結構こういう事に関しての勘が冴えているのよね。

これは私達も対策を真剣に考えないと駄目ね。

近い内に皆を集めて対策を協議しなくては。

勿論、雷華には気付かれず極秘裏に、だけれど。

秘密にして事を運ぶ辺りは御互い様よね。

まあ、こういう駆け引きも私達なりの夫婦関係だし、楽しみの一つでしょうね。




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