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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
650/915

       拾


この世の秘境、未踏の地。


そんな言葉を聞いただけで胸を高鳴らせてしまうなら貴方はもう立派な冒険家と言える事だろう。

冒険家に必要な資質。

それは如何なる困難でさえ楽しめてしまう剛胆さ。

ある意味では、狂っているとさえ言えるのだろう。

それでも、そう思える事が常識人(凡人)には成せない不可能を可能にする為には必要不可欠なのだから。


常識とは“絶対の秩序”を指す言葉ではない。

それは“常世にて大多数を占める認識”である。

そう、単なる多数派の意見というだけの事。

ただそれだけの事。


それから外れれば多数派の人々は“異常”だと断じて排除しようとする。

自分達こそが“正しく”、他は“間違い”だと社会に示す為に。

そう、“常識”という名の有りもしない秩序を翳し、彼等は少数派を排除する。

自分達を脅かすだろう。

その“異常(可能性)”を、誰よりも恐れるが故に。


自分の可能性を疑うな。

常識など打ち壊せ。

既存の概念に囚われるな。

己の殻を撃ち破れ。

自分の限界を、可能性を、確率で決め付けるな。

決して諦めない者だけが、資格を持ち、至れる。


さあ、その一歩を踏み出しその手を伸ばせ。

求めよ、望めよ、欲せよ。

その意思無くして、渇望は満たされはしない。

願うだけ、祈るだけでは、決して叶いはしない。

自らの行動によってのみ、奇跡は実現するのだから。



「──著・最後の冒険家、北郷一刀の自伝“地上より天へと永久に…”の中より一部を抜粋…」


「…にゃ?、お兄ちゃん、何か言ったのだ?」


「いや?、別に、何も?

水の音なんじゃないか?

鈴々も疲れてるんだな

よし、干し杏を一つ多目に上げるから、頑張ろう」


「にゃっ!、お兄ちゃん、ありがとなのだーっ♪」



俺が差し出す例の干し杏を受け取り、口に放り込むと笑顔を見せる鈴々。

チョロいな──ではなく、赦せ、鈴々。

例え、非道だと言われても仕方が無いだろう。

だが、それで構わない。

甘んじて受け入れよう。

男には時に非情と為っても守り通さなくてはならない黒歴史(秘密)が有るんだ。


…と言うか、疲れてるのは鈴々より俺の方だよな。

何を妄想してるんだか。

いやまあ、それはほら?、此処で結果を出せたなら、将来は自伝を書いたりして出版すれば印税生活出来て一石三鳥位になるよなって思ったりしたけどさ。

それは飽く迄も“彼方”の社会構造なら、だよな。

…ああでも、この時代なら著作権とか無いから上手く遣ったら、作家として成功出来るだろうな。

幽州時代には、デザイナー擬きで結構稼げてたし。

その辺りは未来の知識様々だって言えるよ。


…まあ、もし出来る事なら今でも“彼方”に戻りたい気持ちは有るけどな。

此処は生きていくだけでもハードだからさ。




さて、折角鈴々を誤魔化す事が出来たんだ。

適当な話題を振って素早く意識から消してしまおう。



「…あのさぁ、鈴々?

洞窟に──って言うより、朝、邑を出てから今までで何れ位時間が経ってるって思ってる?」



そうは言っても適当な話は簡単には浮かんで来ないし変に無関係過ぎたら流石に鈴々でも怪しむだろう。

だから、俺も気になる事で考えないと判らない事。

そういう意味で、経過した時間に関して訊ねる。

因みに、俺はさっぱりだ。

溺れて記憶が飛んでるのも一因なんだけどさ。

疲労感から言えば三日以上経ってる気がするからな。

…邑に帰ったら当分は寝て休まないと動けない自信が俺には有るぞ。

物凄く、情けないけどな。



「んー…鈴々のお腹の空き具合だと、大体一日半って所なのだ」


「…一日半か」



鈴々の言葉に悩む様にして静かに俯く。

だが、口では冷静だけれど胸中では凄まじく動揺して焦っていたりする。



(いやいやいやっ!

鈴々さん!?、貴女のお腹は何なんですか!?

えっ、何で空き具合とかで時間の経過が判ったりする訳なんだよっ?!

ちょっと可笑しいっていうレベルじゃないよな?!

ちょっと人間止めてるってレベルだよな?!

それとも、それが出来無い俺が可笑しいのか?

俺が人間として出来損ないって事なのか?

…なあ?、誰か俺に正解を教えてくれよ…)



──という感じで、葛藤し苦悩していたりする。

勿論、鈴々に気付かれたりしない様に気を付けて。

…でも、普通に考えると、出来無いよな。

ただ、“鈴々だから”って考えただけで“そっか”と納得出来てしまった自分は間違っているのだろうか。

その答えは多分、明確には出せない気がする。


それは置いておいて。

鈴々の感覚が確かなのなら今は二日目の昼間、という事になる。

実際に話を聞いて考えると頑張っている自分を本気で褒めて遣りたい。

其処まで不眠不休の状態で頑張っていた事なんて──夏休みや冬休み・春休みの徹夜でゲーム三昧位だ。

そんな自分が探検家擬きの大冒険中なんだ。

人生、何が起きるか本当に判らないよな。

…いや、“異世界”に来た時点で、それを越える様な出来事は滅多に起きないと思うんだけどな。


だから、そうじゃなくて。

今は大事な事が有る。


あれから、地下空洞を川に沿って下って歩いていたが何処まで行くのか。

今の所、目立った変化とか発見は全く無かった。

残念ではあるが。

現実は変わらないらしい。

そう、現状が物語る。

だから、決めなくては。



「…鈴々はさ、このままでもう少し、諦めずに続けた方がいいのか…

それとも、脱出を考えた方がいいのか…

何方が良いと思う?」


「お兄ちゃんは何方の方の気持ちが強いのだ?」


「──っ…」





本当、鋭いよな、鈴々は。

結局、弱音を吐きかけたら俺は誰かを頼る。

誰かの所為にする。

無意識に、なんだろうけど俺の踏み込む“逃げ道”を然り気無く塞ぐ。


でも、感謝している。

一緒に来たのが鈴々以外の誰かだったら、きっと俺は疾うに諦めていた筈だ。

何かしらの言い訳をして、楽な方に逃げている。

そんな自分の姿を想像する事は容易いからな。



「…もう半日だけだ

もう半日頑張ってみる

それで何も無かったら直ぐ脱出する事を考えよう

あんまり長く行方不明だと桃香達にも連絡が行ったりしそうだからな」


「そうなったら朱里達から怒られるのだ」



他人事の様に笑いながら、現実的な事を言う鈴々。

しかも、結構笑えない事をさらっと言ってくれる。

脳裏に浮かんだのは説教と“心配を掛けた事の罰”を受ける自分の姿だった。



「だったら尚更だな

手ぶらで帰ったりしたら、それこそ言い訳も出来無い状況になるからなぁ…

それだけは避けたい」


「にゃはははっ…怒ってる朱里は恐いのだー…」



口調は軽いのに、表情には恐怖から来る冷や汗が自然と浮かんでいる鈴々。

その気持ちは判るけどな。


桃香が優しい分、鈴々達を叱るのは大体が朱里だ。

俺も叱りはするが、同様に朱里からも叱られる。

…桃香?、専ら叱られる側でしかないかな。

そう考えると、宅の面子は朱里が居なかったら本当に危なっかしいんだな。

そう思った俺自身も他人事じゃないんだけどさ。


まあ、そんな訳で、大体が朱里の説教関連に対しては恐怖心や苦手意識を懐いて避けたがっていたりする。

一部には、星みたいに態と朱里を煽り思い切り怒らせ──逃げる。

そして、更に憤慨する姿や呆然とする姿を楽しむ様な変態(つわもの)も居る。

…そう言う俺も最初の頃は遣っていたんだけどな。

星とは違って俺は朱里から逃げ切れないからな。

途中で止めたよ。


以降は可能な限り朱里から説教されない様に注意して生活している。

触らぬ神に祟り無し、だ。

怒らせなきゃ朱里は普通に優しいからな。




探索を再開した俺達だが、敢えて川から離れた。

それは俺の直感に因る物で一応鈴々に相談をした上で決めた事だ。

根拠は何も無い。

ただ、そのまま川に沿って進んでも何も得られない。

そんな気がしたからだ。


それから1時間程か。

川の音が聞こえなくなって少し経った位の事だった。

視界の先に、今まででとは明らかに違う景色が映る。

地面が波打った様な地形。

それが円形状に広がる様は水面に出来た波紋を思わせ“この先に何かが有る”と期待させるには十分過ぎる要因だと言えた。

逸る気持ちを抑えながら、鈴々と共に慎重に進む。

何度も有る様な事だなんて思いたくはないけど一度は文字通りに足元を掬われてしまった訳だしな。

嫌でも警戒してしまう。


波打った地面の“内側”に進んで行けば、一つ、一つまた一つと波が固まったと思える様な地面が目の前に姿を現してくる。

その間隔は一定ではない。

しかし、先に進む程に──内側に近付く程に。

その間隔は狭まる。


早鐘の様に高鳴る心臓。

その音が妙に大きく聞こえ嫌でも緊張が高まる。

そして、今にも襲い掛かる様に感じる程に堆く重なる岩の波の壁が現れた。

それは、ちょっとした丘を連想させる程だ。

だが、波紋と同じ様に円を描いている事が一目見れば理解出来た。

となると、これは中心地が直ぐ其処だという証。

“何か”が地面に激突し、その衝撃で出来たのだろうクレーターの外周部分。

それが、この岩の壁。


鈴々と顔を見合せて頷くと二人で慎重に岩を登る。

今まででの地面とは違って水流に因る浸食を受けてはいなかったらしく、岩肌はゴツゴツとしている。

危険では有るが、登るには滑る可能性が低い事も有り条件的には悪くない。

手や肌を切ったりはしない様に気を付けながら登り、頂上に到達する。


岩の上に立った俺達の目に映る光景には目を奪われ、思わず息を飲んでしまう。

普通、クレーターが出来る様な何かが有ったとしたら頭上にも大きな穴が有って然るべきだろう。

しかし、天井は今まで同様目立った変化は無い。

それなのに、地面は大きく抉れていた。

パッと見でも衝撃の威力が判る程に当のクレーターの広さが物語っている。


だが、目を奪われた理由は其処ではない。

そのクレーターの中心に、松明の明かりを浴びて輝く存在が鎮座している。

深い闇の中に有っても尚、見間違う事は無いであろう姿こそ、探し求めた物。

言い伝えの剣だった。




登ったよりも長く、けれど緩やかな斜面である地面を鈴々と慎重に滑り降りて、その剣の傍へと立つ。


松明の明かりに照らされた剣は異彩を放つ。

まるで“今刺したのか”と思う程に美しく輝いていて錆びや苔は無く、刃毀れも劣化も見られない。

金ピカではないが、気品と風格を備えた洋剣。

中世・西洋風のアニメとかゲームとかに出て来そうな格好良い剣だ。

一目見て“間違い無い”と確信出来る程の存在感。

知らず知らず、口元が緩み笑みが浮かんでくる。



「…お兄ちゃん、この剣を抜けばいいのだ?」


「ん?、ああ、そうだな」


「判ったのだ!」



剣に見惚れていた俺に対し鈴々が話し掛けてきたので反射的に返事をした。

それを聞くと、俺に松明を手渡し腕捲りをして鈴々は蛇矛を地面に突き刺すと、両手で剣の柄を握った。


それを見て、俺は何と無く感じている事が有った。



「ふんっ──ふぬぬぬぬぬぬぬぬっんぬぬぬぬぬぬっむぬぬぬぬぬぬっぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬうぅううぅぅーーーーっっ!!!!!!──ぬ、抜けないのだ…」



顔を真っ赤にし、今出せる全力を振り絞り、途中から意地に為っていた鈴々だが抜く事は出来無かった。

柄から両手を話すと思わず尻餅を付いて座り込む程に息も乱していた。

あの力自慢の鈴々が、だ。



「俺が遣るよ」


「が、頑張ってなのだ…」



そんな鈴々に、俺は松明を手渡すと右手を剣の柄へと伸ばして掴む。

その瞬間、まるで俺と剣が繋がった様に感じた。

軽く──力など全く入れる必要も無く、剣は地面からその身を解放した。

脳裏に浮かぶイメージ。

そのまま両手で柄を握り、上段に構えて──斜め上の天井を目掛けて振り抜く。


迸る閃光──後、轟音。

まるで爆撃を受けたのかと思う様な土煙が舞う中に、幾つもの光の筋が射す。

そして、僅かに間を置いて光を束ねる様に天井は崩れ大きな口を開けていた。



──side out。



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