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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
649/915

       玖


冷えきった水は体温を奪い次第に感覚を麻痺させる。

冷たい・寒いという感覚が薄れ消え、真逆に温かさを感じてしまう。

学校の水泳の授業なんかでプールに長く入っていると感じる事が有る感覚。

そして、そう遣って過ごしプールから上がると身体は強い疲労感と倦怠感を感じ眠気を覚える。

あれは、凍死するのと同じ様な物なのかもしれない。

体温が下がっているが故に身体は機能を失う。

それは思考や意識にしても同じ事が言えるのだろう。


だから、ある意味では俺は安らかに死ねる様だ。

文字通り眠る様に、な。

頭を打付けたのか判らない部分は有るが、呼吸出来ず苦しいと感じていない以上息はしていない。

そう考える事が出来る。


まあ、こんな風に思考する事が出来ているのは、所謂“死の間際”だからこその体験なのかもしれないな。

そうでなければ、説明する事が出来無いし。


ただ、出来る事ならば。

最後に桃香達に別れの言葉だけは伝えたかった。

そして、頑張って欲しい。

その理想を実現する為にも必ずや曹魏に──



「──お兄ちゃんっ!

しっかりするのだっ!!

起きるのだあーーっ!!!!」



──と、声が聞こえたら、頬っぺたが凄まじい勢いで叩かれ始めた。

バチンッ!、ベチンッ!、ビタンッ!、といった様な単発音ではない。

ビババババババババッ!!!!という感じで鈴々が自分の身体能力を無駄に発揮して繰り出す高速往復ビンタ。

効果は抜群だっ!──所の話ではない。

明らかなオーバーキル。

遣り過ぎだと言える。


勿論、鈴々としては此処で俺を死なせない様にする為なんだろうけどさ。

逆に、それで死ねるよ。


その高速往復ビンタによる衝撃で左右に頭が揺すられ三半規管が破壊されそうな勢いで刺激される。

その為、痛みだけではなく起きる吐き気とが混ざって今にも呼吸が止まりそうに為ってしまう。


体温を奪われ弛緩している身体を命の危機を感じ取り生存本能が何とか動かす。

とは言え、まだ声を出す事位しか出来無いが。



「──ひゃびぅっ!?、ひゅぶぼびぇっ、ひびょっ!?」


「寝たら駄目なのだーっ!

寝たら死ぬのだーっ!!

お兄ちゃんっ!、しっかりするのだーっ!!!!」



しかし、鈴々には効いてはいなかった。

──ではなくて。

“待て!”“止めろ!”と言いたいのに引っ叩かれて正面な言葉に為らない。

鈴々は鈴々で、必死過ぎて俺が声を上げている事には気付いていない。

と言うか、鈴々さん。

俺、起きてますから。

ほら、ちゃんと今は意識も戻ってますから。

だから、止めて下さい。

また、深い闇が手招きして呼んでるから。

九死に一生だった筈なのに貴女の手で止めを刺される事になろうとは。

…いや、だからさ、鈴々。

本当に、止めてって。

俺のライフはもう0だよ。

本当に死ぬから──って、あぁ…また意識が──。





「にゃははは〜…」



目の前にユラユラと揺れる炎を宿した松明を片手に、苦笑している鈴々が居る。

右手で頭を掻いているけど誤魔化しは利かない。

俺はまだクラクラしている頭を支える様に右手で首を撫でながら、鈴々を静かに睨み付ける。



「痛つつ…ったく、もう…

あのなー、鈴々?

笑い事じゃないからな?

溺れ死にそうになったのが運良く助かったのに鈴々に殺されそうになるとか…

マジで笑えないからな?」


「ごめんなのだ…」



流石に悪かったとは思って反省しているのだろう。

鈴々が落ち込んでいる。

その様子を見ているだけで右手が項垂れた鈴々の頭に伸びてしまいそうになる。

だが、其処は気合いを入れ自分を押し止める。

“そんなに気にしないでも大丈夫だって、鈴々は俺を一生懸命に助けようとして遣った事なんだからな

寧ろ、お礼を言わないとな

鈴々、俺を助けてくれて、本当に有難うな…”なんて事を言える訳が無い。

いや、言って遣りたいのは山々何だけどさ。

此処でちゃんと反省させて鈴々に“手加減”を覚えて貰わないと、これから先が不安で仕方が無い。

主に俺の生命的に。



(…洞窟よりも鈴々の方が確実に俺を殺せるからな)



悲しい事だが…事実だ。

意識が遠退き掛けたけど、結局は痛みが無理矢理にも意識を呼び起こす訳で。

俺は何とか右手を動かして鈴々の腕を掴んで止めた。

止まってくれて良かったと心底思った瞬間だった。


尚、俺が目覚めたと理解し泣きながら抱き付いてきた鈴々に全力でベアハッグを食らって、背骨や肋骨からミシミシッ…メキメキッ…という嫌な音が鳴ったのは補足に過ぎない。

泣いていた鈴々には悪いが俺の方が泣きたかった。

危うく、もう一回気絶する所だったからな。

撲殺から絞殺へ。

流れる様な技の繋ぎ。

…鈴々、恐ろしい娘。


──なんて、冗談を考える余裕が有るだけ増しか。

本当に死に掛けたからな。


小さく溜め息を吐きながら十分に反省し、理解をしてくれただろう鈴々の頭へと右手を伸ばして撫でる。



「…次からはさ、ちゃんと手加減してくれよ?」


「にゃあ…判ったのだ」


「ん、じゃあ、赦す

それと、心配掛けたな

助けてくれて、有難うな」



そう言うと落ち込んでいた鈴々の表情は一転。

ちょっと照れながらだけど笑顔を見せてくれる。

その花が咲いた様な笑顔に騙されそうになる。

いや、鈴々に騙したりする意思は無いんだろうけど。

結果的に騙す──と言うか誤魔化されるからな。


…可愛いって狡いよな。

それだけで赦せるからな。

あと、男も馬鹿だよな。

それだけで赦すんだから。




そんなこんなで、落ち着き取り敢えずは周りを見回し状況を確認する事に。

何しろ自分達が居る場所が何処なのか判らないし。

まだ、意識が戻ってからは周囲を見回している余裕が無かったからな。


一息吐いて顔を動かす。

松明が照らしているのだが長々と続いていた通路とは景色が違っていた。

岩肌──洞窟内である事は間違い無いのだが。

見た目は全く違っていた。

鍾乳洞という印象が強い。

岩壁は近くに見当たらず、視界を遮る物は無い。

地面は長年の水流に因って角が無くなる様に削られ、滑らかな表面になっている様子が見て取れる。

何故、水流と言えるのか?

だって、俺の背後には今も音を立てて流れている川が有るんだからな。

雨とかで水嵩が増した時に今居る辺りは水に浸かってしまうだろうからな。

で、天井からは氷柱の様に垂れ下がっている沢山有る鍾乳石が視界に入る。

奥の方を見ていると悪魔が口を開けているのかの様な錯覚に陥る程だ。


入り口から見てきた景色と大きく異なる状況。

本当に同じ洞窟の中なのか疑ってしまう。



(…いや、もしかしたら、実際に別の場所というのも十分に有り得るよな…)



自分達は地下の水流の中に落ちて流されている。

その流れがどういう方向に向かっていたのか、なんて全く判らない。

自分が気を失っていたのが何れ位かも判らないしな。

ただ、大きなプール程度の規模じゃあないと思う。

距離は100m単位かな。

下手したら1km以上だった考えられるだろうし。

正確な位置を把握するのは無理だって思う。

手元にGPSが有るって訳じゃあないしな。


そんな状況下でも好材料な事は有ったりする。

鈴々が持っている松明。

水没した筈なの何故無事に着火しているのか。

それは、鈴々に渡していたリュックが革製品であり、防水性が高かった事。

加えて、しっかりと閉めてあった事も大きい。

あと、鈴々が持っていた事も一因だろうな。

俺だったら手離してるか、無くしているかもな。

そういった諸々を纏めて、荷物が無事だった事。

それは本当に大きい事だと言っていいだろう。





「…あのさ、鈴々?

鈴々が俺を連れて此処まで泳いで来てくれたのか?」



ふと、気になった。

だから、何気無く訊ねた。

其処に深い意味は無い。

本当に、只の気紛れ。



「にゃ?、違うのだ

鈴々は、歩き始めて直ぐにひゅー…ってなってから、どぼんっ!、して、その後ごぼぼぼぼぼーっ!、って為りながら、何とか泳いで浮かび上がったら、此処に出てたのだ

お兄ちゃんとはぐれた事は直ぐに判ったけど、何処に居るか判らなかったのだ

だから、川を遡って辿って移動してたら、この場所にお兄ちゃんが倒れてたのだ

それで鈴々はお兄ちゃんを起こそうとしたのだ」


「って事は…俺は自力で?

我ながら、よくあの状況で生き延びたな…」



鈴々の話を聞いて自分でも驚きを越えて、呆れる。

それもこれも助かったからなんだけどさ。

所謂“火事場の馬鹿力”に為るんだろうな。

その辺りの事は自分じゃあ何も覚えてないんだけど、生きようとする生存本能が水流の中から這い上がって脱出させたんだろう。

そういう事が有るって話は聞いた事が有るしな。


まあ、それにだ。

冷静になって考えてみれば俺より先に落下していって水流に飲まれた筈の鈴々が後から落下した俺を助ける事は先ず不可能だ。

それこそ、あの水流の中を余裕で“逆流”していける身体能力が必要になる。

確かに、鈴々の身体能力は高いんだけど、其処までの異常さではない。

だから、鈴々が出来る事は可能性としては浮かんでる俺を見付けて水に飛び込み引き上げた、という位。

勿論、そうだったとしても鈴々への感謝は変わらない事なんだけどな。



「…さてと、それじゃあ、大事な事を決めないとな

これから先、俺達は何方に進むのかをな」



道らしい道は無い。

ただただ地面と天井の間に闇が広がっているだけ。

唯一、目印となる可能性は地下水の川だけだ。


脱出するのなら川に沿って下る方がいいんだろうけど絶対に脱出出来るとは言い切れない。

仮に可能でも最後に大きく潜る必要が有れば、溺れて死ぬ可能性も有るからな。

とは言え、逆に川を遡って辿ったとしても地下水だ。

行き止まりになってしまう可能性は高いだろう。

そうなれば、結局は戻るか別の方向へと進まなくては為らなくなる。

つまり無駄に体力・気力を消耗する事にもなる。

それは避けたい所だ。



「…より、取り敢えず今は川に沿って下ってみよう」


「判ったのだ!」





水が流れる川が有る。

たったそれだけの事だけど気持ち的には、有る無しで大きく違ってくる。


先ず、飲み水の心配が無いという事が有る。

“彼方”でなら地下水でも汚染されてる可能性が有る以上は安心は出来無い。

でも、此方ではそういった可能性は限り無く低い。

自然に有害・有毒な成分が混じっているのだとしたら仕方が無いだろう。

運が悪かった。

そう思うしかない。

それ位に、確率は低い。

地上の──特に南蛮とかの場所の生水よりは安全性は高いと思ってる。

それが一つ目の理由。


二つ目は音と景色の変化。

“景色の変化”と言っても劇的にではない。

ただ、視界の中に映る水が流れているだけで不思議と安心感を感じる。

多分、地面だけの動かない景色とは違って、動いてる水の流れ自体が生きているという様な感覚を懐かせるのかもしれない。

それから、音も重要だ。

普段、様々な音が混じった環境で俺達人間は暮らし、生きている訳で。

だから地下の洞窟みたいに極端に音が少なくなると、不安感や恐怖心が募る。

おばけ屋敷や、ホラー系のアトラクションでは暗さと音の少なさを意図的に扱い演出し、それらを煽る事で客を楽しませるのだから。

これも心理的な物だけど、効果は高いのも確か。

学校の文化祭等で偶に有る本当に怖いおばけ屋敷等は其処を上手く遣っている。

低予算・素人・ローテクの条件下でも創意工夫次第で成立させる事は可能だ。


…話が逸れてたな。

そういった理由から、川が有るというのは気持ち的に余裕を生む要因になる。

これがもし、落下した先が川が無い地下の大空洞だと溺死する可能性はなくても絶望的な気持ちになる事は高いだろうと思う。

と言うか、多分諦めてるか自暴自棄に為ってた可能性が高いと思うよ。


だから死に掛けはしたけど川が有って良かったって、心から言える。

水さえ有れば食事を三日は食わなくても生きていけるらしいしな。

まだ頑張れる。




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