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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
648/915

       捌


深い、深い闇の中。

その中に呑み込まれる事を拒むかの様に燃える松明の灯火だけが命を照らす。

ゆらり、ゆらりと。

歩く度に揺れている。


深淵の果てへと向かう様に延々と延びている洞。

それはまるで、現の世から死の世へと続くかの様に。

“三途の川”を渡らずとも人は死の世に旅立てる様な気がしてしまう程に。

果てしない闇の道が続く。


行けども行けども行けども道に終わりは見えない。

それ所か、周囲の景色とは冷たく何の変哲も無い岩肌が有るばかり。

“これは何の拷問だ?”と考えてしまっても可笑しな事ではないだろう。

只管に単調な事の繰り返しというのは、中々に辛く、じわじわと蝕む物だ。


一体何れだけ進んだのかも判らない。

一体何処に居るのかすらも判らない。

本当に進んでいるのかさえ判らない。

変わらない景色は地獄だ。

ただただ同じ場所を何度も回っているかの様に。

次第に疑心暗鬼となって、不安ばかりが募る。

ネガティブに為らない方が珍しい事だと言えよう。


変化が無いと人の集中力や注意力は低下する。

慣れてしまう事。

探検や冒険で最も怖いのはアクシデントではない。

自らの意識の隙間。

慢心・過信、油断とは違うモチベーションの低下から生まれる意識の死角。

それが最も危険なのだと、となる冒険家は言った。

自らも若き日に勢い任せに挑戦をした探検の記憶。

その時の1ページを脳裏に思い出しながら。

懐かしむ様に語る。






「──嗚呼、子供等よ

生き急ぐ事はない…

その人生は限りは有れど、まだまだ長いのだから…

そんなに急いで生きては、疲れてしまうだろう?

だから、時には立ち止まり休む事も大切なのだよ

それが、長生きの秘訣さ」


「…にゃー…お兄ちゃん、回りくどいのだー…

休みたいなら休みたいと、疲れたなら疲れたと正直に言うのだ!」


「ぅぐっ…」



物語風に話しながら鈴々に遠回しに疲労している事を伝えようとしたら呆れられ怒られてしまった。

体力的には疲れているかは怪しい鈴々だけど精神的な疲労感──と言うよりかは変化が無い事に対して結構飽きてきている事に因って退屈感と、期待外れに因る苛立ちが募っているという事は考えられるからな。

そんな所に俺が愚痴愚痴と女々しい態度で言ってれば鬱陶しくも思うだろうな。

これに関しては反省する。


それはそれとして、だ。



「疲れた!、休みたい!」



そう言いながら、その場に座り込んで“動かない”と有無を言わさぬアピールをしてみせる。

アピールと言うよりは実力行使なんだろうけど。

細かい事は気にしない。


まあ、“もう帰りたい!”なんて言わないだけでも、俺にしては増しな方だな。

…正直な気持ちとしては、帰りたいんだけどさ。

流石に此処まで来といて、それを言えば幾ら鈴々でも俺を置いて行きそうだから絶対に言わないけどな。




此処まで休憩らしい休憩を一切挟まないで来たからか一度座り込んでしまったら立つのが億劫に為った。

勿論、個々から帰るにせよ先に行くにせよ立ち上がる事は必要不可欠だけど。

…いや、立ちますよ?

立たないと鈴々に無理矢理引き摺られ兼ねないので。

其処は頑張りますとも。



「鈴々、鞄を貸してくれ」


「ほいっ、なのだ」



そう鈴々に言うと背負って歩いていたリュックを外し此方に向かって放る。

それを座ったままの姿勢でキャッチしすると口を開け中身の確認をする。

洞窟に入る前に用意をした松明は最初にガスチェックの為に投げ込んだ物を含め全部で七本だった。

それを此処までで三本使い残りは四本。

油の入った小瓶は更に数本作れる程度は有る。

布地の方も問題は無い。

ただ芯となる枯れ木が無いという点が問題だが。



(…思ってた以上に深いし判断に悩む所だよなぁ…)



当然、帰り道にも使用する事を考えると、此処までと考えるのが妥当だろう。

しかし、此処まで来たなら最奥まで進んでみるという選択肢も有りだとは思う。

勿論、帰りの分の明かりが無くなってしまうが。

其処は一か八かの賭けだ。


その辺りを鈴々と相談して決めないといけない。

その為には先ず、不機嫌な鈴々の機嫌を直さねば。

此処は、あの“切り札”を使う時だろう。

リュックの中に入っている小さな川袋を一つ取り出し中に入っている物を摘まみ上げて鈴々に差し出す。



「…にゃ?、何なのだ?」


「杏を干した物だよ

沢山は持って来てないけどちょっとした“おやつ”に丁度良いと思ってな

意外と美味しいんだぞ?」



ドライフルーツを作るには色々と手間が掛かるけど、保存が利くし、軽く場所も取らないからな。

こういう時には便利だ。


俺から干し杏を受け取ると先ず匂いを嗅ぐ鈴々。

人間──に限らないけど、初見の食べ物等に対しては大体が先ず嗅ぐよな。

腐ってるかどうかって事をチェックする本能的な行動なんだろうけどさ。

そういうのって、人も獣も変わらないんだよな。

まあ、俺だって遣るんだし他人事じゃないんだけど。


変な匂いをしない──所か仄かに甘い匂いがする。

それを嗅いだ瞬間、鈴々は躊躇無く口に放り込んだ。

その嗅覚の判断力に対して俺は胸中で称賛を贈る。

…ただ、鈴々に毒薬は無理かもしれないけど、睡眠薬辺りならば軽く盛れる様な気がしてしまったが。

それは言わないで置こう。

機嫌を損ねそうだしな。



「これ美味しいのだっ♪

お兄ちゃんお兄ちゃんっ!

鈴々もっと欲しいのだ!」



餌付け──ではなくて。

鈴々の機嫌を直す意味では上手くいったみたいだ。




“頂戴っ!、頂戴っ!”と激しく左右に振られている犬の尻尾を幻視する。

思わず“お預けっ!”とか言いたくなる。

鈴々ってさ、元々犬っぽい印象が強いしな。

尚更に似合っている。



「言ったろ、おやつだって

まだ何処まで続くのかさえ判らない状況だからな

もしかしたら、これだけが食糧になるかもしれない

だから大事にしないとな

鈴々だって、何も食べずに歩き続けたくないだろ?」


「ぅにゃー…

それ、もっと食べたいけどお腹ペコペコは嫌なのだ…

だから我慢するのだ…」



跳ね上がり急上昇していた鈴々のテンションが一気に急降下していく。

ジェットコースターの様に──いや、フリーフォールと言った方がいいかもな。

兎に角、アップ・ダウンの激しい状況だ。


…いや、そんな事は兎に角として今は鈴々が納得し、俺のする話を聞いてくれる状態に為った事が重要だ。

このチャンスを逃す訳にはいかない。



「なあ、鈴々?、ちょっと意見を聞きたいんだけど…

鈴々はまだ先に進むのと、此処で引き返すのと…

何方が良いと思う?」



出来れば、然り気無い形で訊ねたいんだけどな。

流石に生死が掛かった今の状況下では、そんな真似は俺には出来無かった。

だからもう、真面目な顔で真剣に訊ねる事にする。


鈴々は俺を見ると少しだけ驚いた様に目をパチクリし──それでも、俺の訊いた事が凄く真剣な物なんだと理解すると、鈴々も真剣な表情で考え始める。

暫く“んー…”と腕を組み唸りながら考えていたが、“息を止めていたのか?”なんて聞きたくなる感じでいきなり“ぷはあっ!”と言って、息を吐いた。



「やっぱり鈴々には難しい事は判らないのだ

だから、お兄ちゃん?

お兄ちゃん自身は結局の所この先の事をどうしたいと思っているのだ?」


「──っ!」



鈴々は、“どうしたい”を強調して言っていた。

確かに、それも重要だ。

ただ、俺には“先の事”の部分が強く響いた。

それは進むか引き返すかの選択ではない。

何の為に此処に来たのか。

それを、思い出したから。




鈴々って、時々核心を突く一言を言うんだよな。

本人は“難しい事は〜”と言ってる割には。

まあ、だから余計に俺達の心に響くんだと思う。

其処には打算や謀略なんて介在してはいないから。

子供の素直な疑問の様に。

余計な事を考えないから、その言葉は真っ直ぐだ。



「…そうだよな、うん

此処で引き返してたんじゃ何の為に頑張って来たのか判らないもんな…

よし!、鈴々、進もう!」


「応なのだ!」



決意と共に立ち上がると、鈴々にリュックを手渡す。

“病は気から”と言うけど疲労感や不安感も結局の所自分の気持ち次第で何とか為ってしまう物だよな。

勿論、此処で現実的な事を言ってしまえば、終わればドッ!と疲れが出るんだと思うんだけどな。

それは考えない様にする。



「なら、お兄ちゃんが先に歩いていくのだ?」


「──鈴々さん

どうぞ、お願いします!」



極道な姐さん達を案内する平の側近の男達みたいに、頭を下げて右手を真っ直ぐ伸ばして促す。

礼儀とかじゃないけど。


うん、我ながら情けない。

でも、無理な物は無理。

怖い物は怖いんです。

と言うか、俺じゃあ鈴々の様に咄嗟の事に対応出来る訳が無いんだ。

何より、何か起きた場合に鈴々に守って貰えないのは鈴々を連れてきている事の意味が無くなってしまう。

仕事を奪う事は駄目だ。

だから、俺は心を鬼にして鈴々に任せる訳だ。

…すいません、嘘です。

心底、期待をしてます。

だから、頑張って下さい。

俺の事、守って下さい。

頼りにしてます、姐さん。



「仕方が無いのだ♪

鈴々に任せるのだ!」


「鈴々さん、万歳っ!

鈴々さん、最高っ!」



鼻高々となっている鈴々を更に乗せる様に俺も煽てて自信満々になって歩き出す鈴々の後ろを見えなくても構わずに揉み手をしながら付いて行く。



「ふふんっ♪、さあ、何処からでも掛かって来いなのにゃあぁーーーーっ!!??」


「──り、鈴々ーーっ!?」



意気揚々と進んでいた筈の鈴々が奇声を上げながら、その姿を消してしまった。


さて、此処で問題です。

今、松明は誰が持っているでしょうか?

A.鈴々です。


では、予備の松明等が有るリュックは誰が持っているでしょうか?

A.それも鈴々です。


ではでは、現在の状況は?

A.真っ暗です。

  多分、鈴々は下の方に  落下か滑落したのだと  考えられます。


Q.北郷一刀はどうする?



「…A.これはもう、俺も鈴々に続くしかないでしょうぇおわぁあぁーーっ!?」





摺り足で、探る様にして、慎重に前に踏み出した筈が何故か、スカッ…とした、空振り感を味わった。


その瞬間に、自分が今まで立っていた場所がテレビのドッキリ企画の物みたいに消え去った。

パカッ!、と足下が開いて落下していく様な感覚。

バンジージャンプを飛んだ時の浮遊感に近いかも。

…飛んだ事は無いけど。

多分、そんな感じかな。


そして、頭に浮かんだのは縦穴──所謂落とし穴へと落ちて行き、きっと俺達の事を待ち受けているだろう竹とか木とか岩だとかの、もしかしたら鉄製の可能性だって有り得る無数の鋭い杭によって、串刺し状態に為ってしまう自分の姿。

…あれ?、何でかな。

鈴々だけは間一髪って所で回避して助かっているのが思い浮かぶんだけどな。

しかも、後から落ちて来た俺が刺さったのを見てから“…やっぱ、お兄ちゃんはお兄ちゃんだったのだ…”なんて呆れている様な姿が思い浮かぶんですが。

これはあれですか?

鈴々の深層意識か何かが、俺に伝わってるとか?

…そんな筈無いか。

これ、ネガティブ過ぎての被害妄想だよな。

鈴々は良い娘だもんな。


まあ、それは兎も角。



(嗚呼…此処で終わりか)



落下していく中で思う。

確か、こういう展開だと…死を覚悟すると、脳裏には走馬灯が過ってゆく。

そんな感じになる筈だ。

なら、それを楽しむか。

最後の瞬間まで。



「──痛っ!?、ってぇっ、ちょっ!?、うぶぉご──」



ゴンッ!、とお尻を何かに打付けたと思った瞬間に、ザャボンッ!!、と音を立て身体を氷の様に冷たい物が覆い尽くした。

──と言うか、これって、水だよね。

地下水だよね。

しかも地底湖とかと違って明らかに流れてよね。

思いっ切り、身体の自由が奪われてますよね。

これ、泳げっていうのが、無茶で無理だわ。

うん、死んだ。




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