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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
647/915

       漆



「お兄ちゃん、さっきのは何だったのだ?」


「ん?、ああ、あれは…」



“洞窟内にガスが溜まっていないかを調べる為に”と言おうとして、考える。

果たして、ガスという物が常識ではない今の時代で、何と説明するべきか。

…いや、朱里達に比べたら鈴々に説明するのは格段に易しい事だよな。

変な所で追及してきたり、ツッコミが入ったりしないだけでも大分違うよな。


“天の国”に関する話には桃香達の食い付きは凄い。

特に、軍師だからなのかもしれないが、朱里の知識欲には驚かされる。

と言うか、恐怖を感じた。

俺が上手く説明が出来無いというのも悪いんだけど。

人の欲の深さ、という物を垣間見た気がしのは今では懐かしい思い出だ。


それはさておき。

鈴々への説明をしないと。



「んー…え〜とだな

洞窟で、しかも人が殆んど入ってない様な場所だと、その中に“燃える空気”が溜まってる事が有るんだ」


「空気が燃えるのだ!?」



それはまあ、酸素だし。

なんて思ってしまったが、そんな事を鈴々が知ってる筈が無い訳で。

説明するのも面倒臭いから余計な事は言わない様にし驚いている──と言うか、目をキラキラとさせている鈴々に話を続ける。

…その期待の宿る眼差しに罪悪感を感じるけどな。



「ああ、燃えるんだよ

と言っても、その辺に有る空気とは違って、生き物が吸い込んだりした場合には毒を受けたのと同じ感じで身体に悪影響が出るんだ

勿論、どんな洞窟にも必ずそれが溜まってるっていう訳じゃあないんだけどな

それが中に有るか無いかを確かめる為に遣ったのが、さっきの松明を投げ込んだ方法なんだよ

もしも、中に溜まってたらそれが松明の火に引火して一気に燃えるからな

溜まってる量とか程度にも因るんだけど…

避難したのは、巻き添えを食らわない為って事

これで判ったか?」


「…ちょっと難しいけど、何と無くは判ったのだ!」



…まあ、あれだよな。

本人が納得出来ているなら何も問題は無いか。

別に俺も嘘は言ってない。

俺が知ってる事を説明しただけなんだからな。

ただ、その知識や何かが、正しい物かどうかを明確に立証が出来無いだけで。

鈴々を騙してはいない。


鈴々への説明を済ませると俺は洞窟に入る為の準備を始める事にする。

先ずは手近な、しっかりと根を張っている木を見付け鈴々に用意していた荒縄を解けない結び付けて貰う。

登りや平地なら使う必要は無いんだけど、地下に向け下っている以上は万が一を考えて命綱を用意しておく事は大事だと思う。

…まあ、鈴々だけだったら問題無い気がするんだけど俺は無理だからな。

色々と備えとかないと。

荒縄は一本が大体10m。

それを三本用意している。

中で使う場合が有るのかは判らないが、出来る事なら使わなくて済む事を祈る。


今の装備で本格的な探検が出来るとは思わないから。




命綱でもある荒縄を掴み、足を滑らさない様に慎重に大岩を踏み締めて地下へと向かって降りて行く。


水が流れ込んでいたりや、逆に流れ出たりしていないみたいで足場の状態は然程悪くはない。

もし、雪が有ったりしたら厳しかったかもしれないが時期的にも気候的にも雪は少なそうだからな。

そんなには標高も高くない場所だしさ。

可能性としては低いかな。

絶対に無いとは言わない。

“彼方”でも世界規模での異常気象は珍しくない事で砂漠に雪が降った事だって有った…様な話を聞いた…気がする…多分。

ま、まあ、それは兎も角。


表面に苔が生えていたり、滑っていたりする事は無くしっかりと踏ん張れるのは大きい要素だと思う。

主に俺の安全面でな。



「にゃあ〜♪、何かこう、よく判んないけど不思議と楽しいのだっ!」



今にも鼻唄を歌いそうな程上機嫌になっている鈴々を見ながら苦笑する。

気持ちは判らなくはない。

こういう探検や冒険という話題は楽しい物だ。

誰かからの話を聞いている状態でも、好奇心は擽られドキドキワクワクしてくる物だからな。

老若男女問わず、一度位は“もしも…”で考えた事は有るんじゃないかな。

どういう物かは個人差とか流行・時代・環境なんかで違ってくるんだろうけど。

俺だって、その一人だ。


但し、飽く迄も想像の中で考えているだけ。

現実には遣ろうだなんて、全然考えもしなかった。

正直、洞窟探検なんてのはテレビの中の出来事で。

自分が実際に遣るだなんて思いもしなかった。



(テレビを観ながらだと、“うわ〜、何だよ此奴は、其処まで行ってるのに愚痴ばっか言ってるだけで全然前に進んでねぇじゃんか、本当、情けねぇ奴だな…”

“いやいや、其処見ろって其方から全然行けるって”

“あっ、有った有ったっ!

ちょっ、今有ったろっ?!”

──なんて感じで、普通に思ってたんだけどな〜…)



それは視聴者(他人事)で、自分自身の身に起きている事ではないから。

だから、思えた事。


実際に、その状況に自分が置かれた場合には、そんな余裕なんて無くなる。

まだ鈴々という頼りになるパートナーが一緒だから、俺も冷静だけどさ。



(これがもし、自分一人で挑んでたらって考えると…

遭難して餓死か、転落等の事故死しか想像出来無いんだよなぁ…)



…悲しいかな。

そういう結末しか見えない自分(現実)に目の前が歪み滲んでしまいそうになる。


──と、駄目だ駄目だ。

そういったネガティブな事ばっかり考えてるから変に卑屈に為るんだよな。

もっと自信を持たないと。


鈴々程じゃなくてもいい。

楽しむ位の気持ちを持って前に進んで行こう。

まだ始まったばかりだ。




松明を左手に持ったまま、鈴々が困った様に俺の方に振り返った。



「…にゃあ…お兄ちゃん

どうするのだ?」



そう力無く声を出す。

その頼りにされている様な眼差しに胸が痛んだ。


はい、いきなり壁キター。


…いや、うん…ごほん。

落ち着こうな、俺。

動揺している事に関しては言い訳はしないけど。


洞窟の入り口から降りて、荒縄が終わり掛ける辺りで漸く底に到着した。

ガスなんかが無かった為、先に投げ込んでいた松明が燃えている明かりが俺達の目印に為っていたお陰で、特に恐怖感は無かった。

…正直、蝙蝠の大群だとか見た事も無い巨大な虫とか出てきそうな雰囲気だからビビってはいたけど。

そういうのが無かったからその辺は良かったと思う。


で、底に着いてから松明を回収して周囲を確認すると横穴が一つ有った。

パッと見で横幅は1m程、縦は1.5m位か。

その先は僅かに降りながら闇の中に伸びている。

松明を投げ入れて確認する事も考えはしたが、もしも先に段差とかが有った場合明かりが届かなくなる事も十分に有り得る。


といった訳で、松明を渡し鈴々に前を歩いて貰う。

…男としてのプライド?

そんな物は生きているから意味が有るんです。

それにさ、今現在此処には鈴々だけしか居ない訳で。

“格好付けたい”と思った相手が居る訳じゃない。

鈴々は可愛いとは思うけど鈴々が格好良いと思うのは多分、物凄く強いか賢いかなんだと思う。

となると、普通の女の子が考える“格好良い事”では評価を得られない。

そんな気がするんだよ。

絶対とは言わないけどさ。

鈴々の普段の様子を見てる俺からしたら女の子っぽい印象が薄いからな。

可愛いのは可愛いけど。


──と、話を戻してだな。

横穴を進んで行った訳だ。

特に可笑しな事も無いし、蝙蝠や虫も居ない。

こういう時には定番の人や動物の骨とかがさ、足下に転がってる事も無いしな。

基本的には順調だった。


そう、現在俺達の目の前に立ち塞がる様に存在をする分かれ道が、その姿を現すまでは。




順調だった道は突如として二つに分かれてしまう。

まるで俺達の生と死を象徴するかの様に。

…いや、大袈裟だけどな。

困っているのは確かだ。


何しろ、この洞窟に関して俺達は事前知識が無い。

全く無い、皆無の状態。

誰かが残した“宝の地図”なんかを辿って進んでいるという訳ではない。

途中に目印になる様な物が有った訳でもない。

何処ぞのテーマパーク内の脱出アトラクションだとかお化け屋敷みたいな順路が存在している訳でもない。

本当に、手探りでの挑戦。

何方らが正しいのかなんて現時点では根拠は無い。

と言うか、何方に行っても外れる気がしてしまう。

ネガティブだから、という理由ではない。


俺は基本的に籤運が悪い。

何れ位悪いかと言うとだ。

先ず、当たり付きの駄菓子・アイスなんかでは一度も当たりを引いた事が無い。

ハズレ無しの筈だったのに何故か中に紛れ込んでいた関係の無い紙切れを掴んだという事も有った。

小学三年の時、同じ学年でクラスが三つ有ったんだが運良く好きだった女の子と一緒のクラスに為った。

だけど、その一年間ずっと席替えには恵まれず、俺はその娘からは遠い場所しか引く事が出来無かった。

因みに、その席替えは六度行われたのだが。

また、中学時代の三年間。

学年での男女の数が合わず体育祭の最後にダンス等を遣る場合、多い男子側には男同士(犠牲者)が出るが、毎年、俺は其処に居た。

ある意味、伝説級だ。

因みに、俺にはBL疑惑が浮上していたらしい。

卒業後に知った話だけど。

大ファンだったアイドルのコンサートチケットを買い当日に会場に行ってみたら俺の手に入れたチケットが偽物だったと判明した。

…籤運が関係無い?

実は、そのチケットな。

とあるサイトの抽選企画で“当選して”購入権を俺はゲットして買ったんだよ。

つまり、そのサイト自体が詐欺を遣ってた訳で。

当時は“珍しい事だけど、きっと今までの運の悪さは今日の幸運の為の前振りに過ぎなかったんだな”とか思ってたんだよ。

兎に角、嬉しくてさ。

怪しむ事すら無かったよ。

結局、会場には入れずに、支払った金は戻らない。

他にも数えれば切りが無い位にエピソードは有る。


とまあ、そんな訳でだ。

俺の籤運は本当に悪い。

それはまあ?、この状況に籤は絡んでないんだから、大丈夫の様な気がしない事もないんだけど。

一応、大事な選択肢だから慎重にもなるさ。




出来れば、そんな俺よりも鈴々に選んで貰いたい。

何と言うかさ、ほら。

鈴々だと、“野性の勘”が上手く働きそうだし。

その方が下手に俺が直感で選ぶよりかは増しな結果が出そうな気がするんだよ。

…ちょっと悲しいけど。


決して結果が悪かった時の責任逃れとかではない事を言って置きたい。

飽く迄も、慎重に考えた上での結論なだけで。

特に他意は無いんだ。

そう、適材適所なんだよ。


という訳で、だ。

問題は鈴々に、どうやって決めさせるか、だな。

…いや、ちょっと待てよ。

要するに俺が一人で考えて決めなければ良い話だ。

先ず、鈴々の意見を聞いて考えれば良いんだよ。

いきなり、答えを出そうとするから悩むんだな。

相談や話し合いは大事だ。



「…んー…なあ、鈴々はさ何方が良いと思う?」


「にゃ?、んー…」



考えている振りをしながら然り気無く鈴々に振る。

俺を見ていた鈴々が視線を分かれ道へと向けて悩む。



「此方なのだ!」



──時間も殆んど無くて、直ぐに右手側を指差す。

思わず“どうしてだ?”と訊き返したくなるのだけど其処は自重する。


抑、この状況で根拠なんて得られないからな。

松明の明かりが届く範囲で見える限りは何方らも同じ様にしか感じられない。

風が吹いてきているという様な事も無い。

水が流れる様な音が微かに聞こえるという事も無い。

光が見える事も無い。

何か匂いがするという様な事も無い。

本当に、選ぶ要素が無い。

だからこその直感だ。



「うん、俺も同じ意見だ

よし、右に進もう」


「応なのだーっ!」



元気に声を上げて、右側の道へと進んで行く鈴々。

その背中を見詰めながら、心の中で鈴々に嘘を吐いた事を密かに謝る。

鈴々に任せてしまったけど結果が悪くても責めないしはっきり“同じ意見だ”と言った以上は連帯責任。

決して愚痴を溢さない事を同じく密かに決意する。




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