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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
645/915

       伍


──六月十六日。


━━永昌郡・邪龍県


金名の話を信じ、あれから直ぐに居城に戻って準備を済ませると成都を発った。

時間は限られている。

出来れば、桃香が孫策との話し合いの為に出発をする前には戻りたいからだ。

結果的に間に合わなかった時は仕方が無い。

遣るだけ遣って、それでも間に合わないという場合は無い訳ではないのだから。


ただ、それをしないままで悔やみたくはない。

これまでの経験が、自分にそういう意識を持たせる。

後悔が多いだけに。



「にゃ〜…こんな感じで、お兄ちゃんと旅をしてると昔を思い出すのだ」



そんな事を暢気な声で言い頭の後ろで両手を組む形で退屈そうにしながら周囲をキョロキョロと見回しつつ歩いているのは鈴々。

俺の護衛兼、共犯だ。

流石に熊や虎が居るらしい道中を単独で進んで行ける自信なんて、俺には微塵も無いからな。

誰かの助けは欠かせない。


だけど、あまり公には言う事は出来無い。

期待させるだけさせといて“やっぱり、駄目でした”“有りませんでした”とは言えないからな。


そんな訳で、実は鈴々にも詳しい話はしていない。

“知り合いに頼まれた事で永昌郡の方に行きたい”と鈴々にも桃香達にも言って成都を離れている。

ただ、一緒に居るという、その事実からすると鈴々は共犯とも言える訳だ。

既に先払いで買収済みだし文句は言わせない。


因みに、今は徒歩だ。

鈴々が蛇矛を持っている為当たらない様に俺は距離を開けて歩いている。

…護衛の意味が無い?

その護衛に殺されたら何の意味も無いからな。

其処は当然の事だと思う。

鈴々に別の武器を持たせるという案も悪くはないが、不慣れな武器を扱う場合の不安定さを考えると慣れた武器を持たせていた方が、安全性は高いと判断をした結果だったりする。



「そうなのか?」


「そうなのだ

お姉ちゃん達と一緒に旅をしながら、色んな村や邑を助けて回っていたのだ」


「…そう言えば、桃香達と出会った頃って金銭的にもギリギリだったっけな…」



鈴々に言われて当時の事を思い返した時に、真っ先に頭の中に思い浮かんだのは当時の金銭苦だった。

見た目に伴わない大食いな鈴々の為の食費が経済的に最も財布を薄くさせていた事は当人以外が周知だった事実だった訳だが。

桃香は優しい為に言えず、“鈴々ちゃんも、育ち盛りだから仕方が無いよね”と苦笑していた訳だ。

ただ、当の鈴々は俺よりも歳上だったりするのだが。

当時の桃香達は鈴々の事を見た目通りの子供だと思い“凄い力持ちの少女”だと認識していたらしい。


因みに、鈴々が俺より歳上なんだと判ったのは朱里が俺達の仲間に加わった後、気になったからだ。

朱里の抵抗(口の固さ)には驚かされたけどな。

年齢を気にしない鈴々は、あっさりと教えてくれた。




鈴々と一緒に成都を発って三日目である昨日。

金名から聞いていた地──“龍宮洞”の有る山に臨む邑へと辿り着いた。


まあ、大袈裟な言い方だけしているだけで、特に何もトラブルは無かったしな。

以前の南蛮への遠征の時に比べたら楽な物だった。

鈴々の食費さえ一般的なら言う事無しなんだけど。

其処は仕方が無いか。



「…にしても、あれだな

人が入って無い山ってさ、こんなに凄いんだな…」



獣道すら見当たらない。

延び放題の草木が行く手を阻む様に広がっている。

正直、あの南蛮の森の方が増しだって思える。

幽州や冀州に居た頃に山に入った事は有るんだけど、それは何れも人々が生活の糧を得る為に立ち入る事が少なくない場所だった。

勿論、其処等辺に比べたら進み難い山なんだろうとは思っていたけど。

はっきり言って此処までの場所だとは思わなかった。


俺の前を進む鈴々が草木を掻き分けながら道を作ってくれなければ進めているか怪しい所だろうな。

…それは普通、逆だろ?

確かに、そうだよな。

女の子が傷付かない様にと男の方が先に歩いて後から続く女の子の為に道を作るというのが普通だと思う。

俺だって、そうしたいよ。

けどな、出来無いんだよ。

こんな地図もコンパスすら無い場所を進むなんて事は出来無いんだよ。

男としては情けないけど、今更だから気にしない。

気にしたら負けだからな。



「にゃ?、そんなに大変な事は無いのだ

お兄ちゃんが軟弱なだけでこれ位は普通なのだ」


「ぐはぁっ!?」



全く遠慮の無い上に素直な鈴々の言葉が胸を抉る。

それはさ、確かに俺なんて“この世界”だと同い年の一般的な女の人と比べても体力的に劣るけどさ。

現代っ子なんて、そういう奴の方が多いって。

抑、文明とか科学技術等の発達によって、機械頼みの生活をしてるんだからさ。

その大半を人力で遣ってるこの時代の人達と比べたら基本的な身体能力が違って当然だと思うんだよ。


その中で、鈴々さんや。

貴女達は特に頭抜けている身体能力の持ち主ですよ。

もやしと大木じゃない。

もやしと鉄筋コンクリート位に違うんだから。


…まあ、それを俺が鈴々に言っても伝わらないけど。

それは当然判ってる。

だから言わないし。

けどな、俺にも男としてのプライドって有る訳で。

其処は傷付く訳なんだ。

直前に自分で気にしないと考えてはいたげどさ。

無理な物は無理です。


そんな訳で、鈍く痛む胸を右手で押さえながら俯き、地面を見詰めて歩く。

…地面が水底の様に歪んで見えるのは気のせいかな。

…グスンッ…男だもん。

こんな事で負けないもん。



「──伏せるのだっ!」






「──っ!?」



下らないコント染みた事を一人で遣っていた所への、突然の鈴々からの指示。


“どうしたっ!?”だなんて訊く馬鹿な事はしない。

こういう時、素人も同然の俺に出来る最善策は鈴々の様な経験者の指示に対して素直に従う事。

よく有る、プライドが高く自意識過剰でエリート面やアウトローを気取っている真っ先に犠牲者(死ぬ奴)の様に為りたくはない。

だったら、答えは一つ。

プライドなんて要らない。

命が有るから、プライドも意味を持つんだからな。


“自分の方が優秀だ”とか考えてもいない。

だから、反応は早い。


俺は両手で頭を庇いながら直ぐ様腹這いに為る。

足場が悪く伏せるだけでも身体には切り傷・擦り傷が出来るだろう。

それでも構わない。

そんな事は気にしない。

そんなのは些細な事。

鈴々への信頼が感じ取る。

今は命の危険が有る、と。


ザガザッ!、と草を鳴らし倒れ込んだ瞬間だった。

髪と手の甲を突風が撫でて頭上を通り過ぎて行った。

同時に聞こえた咆哮。

その咆哮が人間の発する物ではない事を直感的に感じ本能的に身を縮めた。



「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあーーーっ!!!!」



響き渡った鈴々の雄叫びと幾多の蛇矛の風切り音。

次いで、僅かにくぐもった呻き声が聞こえたと思えば大地を揺らしながら大きな音が響いた。

身体が軽く浮き上がった為自分が“震源地”に近いと理解する事が出来た。


反射的に閉じていた目蓋を開いて、ゆっくりと身体を起こしてゆく。

──途中で、視界に入った存在に大きく仰け反る。



「──ほうわぁあっ!?」



自分でも可笑しいと思える奇声を上げながら、大きくその場から遠ざかった。

その際に、草に隠れていた段差に気付かず、後ろへとでんぐり返し状態になって変な体勢で止まった。



「にゃ〜…中々の大きさの獲物なのだーっ♪」



そんな暢気な事を言ってる鈴々なんだけど。

その目の前に打ち倒されて横たわっている猪が居る。

それはもう、巨大な。

全長は2mは有るだろう。

立派な二本の牙を生やした重量感の有る猪さんが。

…鈴々、恐ろしい娘。




“猪食べたいのだーっ!、勿体無いのだぁーっ!”と駄々を捏ねる鈴々を宥めてどうにか帰りに持って帰るという事で納得して貰い、先へと進んでいく。


鈴々には悪いんだけどさ。

あんなのが居る様な場所で俺達が再び戻って来るまで猪が無事だなんて事は到底考えられない。

多分、無くなっている様な気がする。

運良く残っているとしても“食べ残し”な気がする。

…まあ、言わないけどな。

言ったら、絶対に一回邑に猪を持って帰るって鈴々は言い出すだろうからな。

時間の無駄遣いは避ける。



「…と言うか、あんなのが普通に居るんだな…」


「この辺りは狩りとかしに山に入ってないのだ

だから、あんな大きいのが育っているのだ

普通の山だと人が狩るからあんな大きさになるまでは先ず育たないのだ」


「…それも生態系か…」



人間が食肉や毛皮を求めて狩るから育たない。

逆に人間が狩らない場所は育ちに育つ、という訳か。

当然と言えば当然だけど、皮肉な物だよな。

しかも、後者の場合は逆に人間を狩りに来るんだから笑えないしな。

…邑の人達が立ち入らない理由って“人食い”が居るとかじゃないよな?

いや、無いですよね?

本当、勘弁して下さい。

獣に喰われて死ぬだなんて最悪なんで。

出来れば、ちゃんと布団の中で死なせて下さい。

出来れば、沢山の子や孫に見守られながらで。



「そう言えば、お兄ちゃん

鈴々達が目指しているのはどんな場所なのだ?」


「…ん?、ああ、え〜と、確か、山の中腹辺りに有る大きく口を開けた洞窟って話だったかな」


「にゃ?、中腹なのだ?

だったら、逆なのだ!」


「……へ?」


「今鈴々達が歩いてるのは下り道なのだ

中腹には行かないのだ

こういった道は水を探して沢に向かうのなら合ってるけど中腹に向かうなら全然駄目駄目なのだ!」


「……マジかよ…」



此処まで頑張って歩いてて実は真逆に進んでるとか…最悪だろ、こんなの。

…いや、ちょっと待て。

道が横にズレているって訳じゃないんだよな。

上に行く所を、下に進む。

という事は、だ。

本来の登り道だけではなく下った分だけ戻らなくてはならないのでは。



「お兄ちゃん何してるのだ

早く戻って猪を食べる為にさっさと登るのだ!」


「やっぱりかあーーっ!!」



本能と食欲(欲求)に対して素直な鈴々から容赦の無い現実(一言)を投げ付けられ俺は頭を抱えて叫ぶ。

己の不幸を、鈴々に最初に何故説明をしなかったのかという己の初歩的なミスを心底嘆きながら。




叫んでも、嘆いても。

現実は変わりはしない。


急にエスカレーターだとかエレベーター等が目の前に現れて、それに乗ったなら楽々と目的に直行。

なんて事は起きない。

山だからロープウェイとかゴンドラも有りだけど。

そんな物も当然の様に無い訳だからな。

歩くしかないんだよ。

歩いていた道を来た方向に戻っていくしかない。

だって、垂直な崖を登れる技術なんか無いんだし。


…幾ら道が無いからって、下ってる事に気付けよ。

本当、馬鹿だな俺は。


因みに、先程鈴々が倒した巨大な猪は無事でした。

それを軽々と肩──いや、頭に乗せて担ぎ上げて道を登りながら運ぶ鈴々を見て“そんな猪はいいから俺を背負って登ってくれよ”と思った俺は可笑しくないと声を大にして言いたい。

実際には言わないけど。


そんなこんなが有って──二時間程掛かって途中まで引き返す事が出来た。

まあ、腕時計とかが有る訳じゃあないから、飽く迄も俺の感覚で、だけどさ。

心身共に疲れてるんだから余計に長く感じてるのかもしれないから、正しいとは自分でも思わないけど。



「さあ、行くのだーっ!」



猪が無事だった事も有って鈴々の機嫌は絶好調だ。

…頼めば俺の事を背負って登ってくれそうだな。

いや、流石にしないけど。

多分、あの猪は200kgは有るだろうから、俺の方が全然軽いと思うよ。

最低でも三分の一。



「…けどまあ、これで何も無かったら本当に何をしに来たのか判らないよな…」



ネガティブな事を考えるが仕方が無いと思う。

そういう可能性も覚悟して此処に来たんだから。


だから、せめて。

何も無くても、山を使ってトレーニングが出来た。

そう思える様に頑張ろう。

…本当にキツいんだけど。

弱音を吐いてばっかりじゃ情けないしな。

少しは桃香達に格好良い所見せたいから。




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