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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
643/915

       参



今更になって気付いた事に自分への苛立ちが募る。

もっと早くに、気付く事は出来た筈なのだから。

そう出来ていたなら。

今は違っていた筈だ。

全てではないにしても。

桃香達を此処まで追い込む事態だけは避けられた筈。

そう思うと、自分に対して余計に腹が立つ。


俯いたまま噛み締める歯、握り締める拳が痛む。

しかし、その程度で自分の過ちが償われる訳ではない事は、誰よりも自分自身が一番理解をしている。

だからこそ、悔しい。

何も出来無い自分が。



「──居たのにゃ!

見付けたのにゃーっ!」


「──何げぶぁっ!?」



シリアスな雰囲気を唐突に打ち破った声に何かと顔を上げて振り向こうとしたら横っ腹に衝撃を受けた。

有る筈の無い車にでも衝突されたのかと思う位に。

いや、衝突された経験かと無いんだけどさ。

と言うか、何なんだ一体。

石畳に叩き付けられたから身体が痛い。

不意打ちだったから受け身なんて取れなかったし。

まあ、骨折とかしていないみたいだからいいけど。

本当、何なんだっての。



「ご主人様見付けたにゃ♪

美以、偉いのにゃ?」



そう思っていると横倒しに倒れている俺の左の脇腹に跨がっている格好で此方を見下ろしながら美以が俺に“褒めて褒めて♪”とでも言いた気に期待感の篭った眼差しで見詰めている。

“いきなり何するんだっ!危ないだろっ!”と本気で怒鳴りたくなったんだが、そんな眼差しを向けられて怒鳴れる筈も無く。

その怒りは呑み込んだ。


ただ、訳も判らず褒める事なんて出来無い。

という訳で訊いてみる。



「えーとだな、美以?

誰かに俺を探して来る様に言われたのか?」


「そうにゃ!」


「それ、誰から?」


「知らないのにゃ!」


「………は?」



え?、この娘、今何て?

え?、知らない?

知らないってどういう事?

いや、抑、知らない人から俺の事を探して来る様にと頼まれて引き受けた?

…うわぁー…駄目だ。

この娘、危な過ぎる。

危険という意味じゃなくて無防備という意味で。

何て言うか…“餌付け”で簡単に釣れそうだよな。

…いやまあ、俺達が実際に美以達を釣ったんだけど。

兎に角、ちゃんと注意して置かないとな。



「あのさ、美以?

俺を探して来る様に、って言われて出来た事は素直に褒められる事だよ?

でもな、知らない人からの頼み事を簡単に引き受ける事は危険だから駄目だ

美以自身は勿論、他の皆に危害が及ぶかもしれない

だから、気を付けてな?」


「うにゃ〜…判ったじょ

もうしないじょ…」


「うん、偉い偉い」



素直に自分が間違っていた事を受け入れられる美以の素直さは長所だよな。

…まあ、こういう風に話を聞いてくれるのも、俺達を認めてくれているから。

以前は聞く耳持たないって感じだったんだしな。

それを思えば、良い関係が築けていると思う。




さて、美以に教育をしたが肝心の問題は未解決のまま継続中だったりする。

それを解決しないとな。


右手で反省している美以の頭を撫でながら美以に押し倒された格好になっている身体を起こし、美以の事を退かして立ち上がる。



「それで、美以に俺の事を探す様に頼んだ人ってさ

俺を探し出して見付けたら連れて来る様に言った?」



衣服に付いた砂埃を両手で叩き落としながら、気軽い口調で美以に訊ねる。

下手に問い詰めたり真剣な態度を取ってしまうと多分美以は嘘を吐く。

嘘は下手だけど、こういう詳細な情報が必要な場合に追及をしたりすると美以は逃げ出してしまう事も十分考えられるからな。

其処を考慮して、だ。


基本的に感性は子供だから褒められるのは好きだけど叱られたり怒られたりする事は嫌いだったりする。

…まあ、大人でも同じとは思うんだけどな。

子供だから我慢しない。

仮に我慢すると変な所まで我慢してしまう様に為る。

それは時に社会問題に発展してしまう事も有る。

だから美以が話し易い様に何気無い風を装って本当に訊きたい質問をする訳だ。


まあ、それは兎も角として俺を連れ出す事が目的ならその可能性は高い。

俺自身には誘拐したりする理由は無くても、桃香達を相手にする上では人質等の利用価値は有る。

そういう目的を考えたなら有り得ない事ではない。

ただ、気になる点としては何故、美以なのか、だ。


騙し易い、扱い易いという理由は…否定出来無い。

美以には悪いんだけどな。

いや、良い娘なんだよ?

ただちょっと、本の少し、おバカさんなだけで。

其処が萌え所だし魅力だと俺も星も、桃香ですら納得出来る訳なんだけどさ。


そういう点では理解出来る訳なんだけど、確実性には欠けてしまう訳で。

本当に美以の事を理解して利用しているとするなら。

ちょっと、理解出来無い。

俺なら美以を選ぶよりかは鈴々を選ぶと思う。

美以より警戒心は強いが、確実性が上だからだ。


もしこれが、書状や何かを渡して欲しいという事なら美以でも構わないんだが。

…いやでも、それは無い…とは言えないか。

美以が俺を探している内に忘れてしまっている。

そういう可能性も無いとは言い切れない。

美以を知っているだけに。

…流石に無いとは思うが。


一度懐いた不安は簡単には拭い去る事が出来無い。



「んー…多分、そんな事は言ってなかったじょ」



両腕を組んで考え込む姿に“あーもうっ!、この娘は一々可愛いなあっ!”とか思っている俺の気持ちには気付かず、美以は思い返し終えると、そう言った。





「やっぱり、それで何処に──って、は?

言われなかったのか?」


「言われなかったのにゃ」



予想していた言葉と違った事で、軽く呆然となる。

自分の思考が余計な事へと逸れていたのも一因だとは思うのだけど。

そうではなかったとしても反応は同じ様な物だったと言えるだろう。

それ位に、意外だった。



(…あ、あれ?

誘拐とかじゃあ…ない?)



じ〜っ…と、俺を見詰める美以の純粋な眼差しが凄く痛いんだけど。

それ所ではない。


抑、俺を誘拐しようとする事を前提に考えていた。

それはつまり。

俺はそれだけの価値が有る存在なんだ、という意識を持っているという証拠。

自意識過剰、自惚れ。

そんな言葉が頭に浮かんで体温を急上昇させる。


頭を抱えて転がりたい。

全力で叫びたい。

兎に角、何処かに向かって走り去ってしまいたい。

そういう衝動に駆られる。

勿論、実行はしない。

これ以上、“イタイ人”に為りたくはないから。


然り気無く美以の視線から顔を逸らしつつ、咳払いを一つして、深呼吸。

美以に改めて訊ねる。



「…だったら、美以は何で俺を探してたんだ?

手紙とか預かったのか?」



呼び出しではないとなると次は何かしらの書状という類いの可能性が高くなる。

けど、俺に、という部分で可笑しいとも思う。

普通は桃香や朱里宛だ。

皆から俺は“ご主人様”と呼ばれてはいるが実質的な権力は無い。

桃香達限定での影響力なら無いとは言わないけど。

そういう意味で考えたなら判らなくはないか。


…まさか、美以を追い払う為の無意味なお願いという事は無いとは思うけど。

美以の場合、全く無いとは言い切れないのが…なぁ。

悪い娘じゃないんだよ。

ただ、今までの生活環境や文化的な習慣なんかがさ、俺達の常識(普通)と比べて違い過ぎるんだよな。


涅邪族には貨幣価値なんて殆んど無いらしいし。

地位や権力も無意味。

だってさ、社会形態自体が違うんだもん。

有効な訳が無い。



「違うのにゃ、ご主人様に“きんめー”って名の奴が“話が有るから、後で店に来て欲しい”って伝えてと言われたのにゃ」


「……え?」



実は単なる伝言だった。

それはそれで拍子抜けだが美以の口から出た名前には素直に驚かされた。




美以と別れて、伝言通りに言われた店へと向かう。


美以の性格的に考えれば、美以に伝言を頼めば絶対に俺を態々探し出してでも、直ぐに伝えてくれる。

そう踏んでの事だろう。


これが鈴々だった場合には“お兄ちゃんに会った時に伝えればいいのだ”という感じで終わってしまう。

勿論、“緊急の用件”とか“大至急”だなんて言えば流石に鈴々でも直ぐに俺を探してくれる…と思う。

…ちょっと自信が無いが。

ま、まあ、そうしたとして当然だが、俺を探す過程で鈴々は色々と迂闊に喋って大事にしてくれるだろう。

美以と同じ位に素直だが、美以とは違い誰に対しても遠慮はしないから。

だから、広がってしまうと一騒動に為り易い。


そういう意味でも伝令役に美以を選んだという考えは大した物だと言える。

まだ美以が“外”の生活に慣れてはいないという事も考慮しているんだろう。

流石は、というべきか。



「おや、これはこれは…

随分と御早いですね

これは少々、彼女の実力を甘く見ていましたか…」



俺の姿を見るなり真っ先に美以への評価を口にして、悪びれもしないし、驚きもしていない一人の男。

その様子に、俺の反応等はお見通しなんだろうなって思わされる。

まあ、実際にお見通しなんだろうけどな。


見た目は無害そうな笑顔を浮かべた真面目で優男。

自分と同じ位の背格好だが歳は三十歳手前。

落ち着いた佇まいには品が感じられ、衣装も派手さは全く感じられない。

だが、地味でもない。

其処にセンスを感じる。

物腰も柔らかいから初見で本性は見抜けない。

だが、中々に強かな奴。

犯罪は犯していないけど、犯罪スレスレの事なら結構平気で遣っているらしい。

“バレなければ犯罪として認識される事はない”とは当人の言葉だ。

ただ、そういう考え自体は国や文化、時代すらも超え関係無いんだな。

そう思ったものだ。


で、この男の事なんだが、美以が“知らない”と言う事も可笑しくはない。

だって、面識は無いんだ。

知らなくても当然の事。

と言うか、桃香達でさえも面識は無い。

飽く迄も俺の個人的な交友関係の一人なんだからな。


まあ、向こうが美以の事を知っていたのは仕事柄での情報の早さ故に、だろう。



「で、何の用だよ、金名」



小さく呆れる様に溜め息を吐きながら目の前の男──商人の金名に声を掛けた。




店先で済ませられる話かと思っていたら、店の中──を通り抜けて、裏庭の方に案内された。

それだけに少し警戒する。

何と無く“面倒事”を押し付けられそうな気がして。



「ああ、別に面倒事を押し付けよう等という事は全く有りませんから」



…何故だろう。

俺って、そんなに顔に出るタイプなんだろうか。

ポーカーフェイスが出来るなんて事は思わないけど。

桃香達に比べたら判り難い程度には自信が有るぞ。



「貴男が判り易い、という訳では有りませんよ

ただ単に、私の方が経験が豊富だから判るだけです」



──と、平然と言う金名に“…まあ、そうだよな”と納得してしまう。


この時代の商人というのは俺が想像をしていたよりも遥かに大変らしい。

当然と言えば当然。

簡単に言えば安全な流通網なんて物は全然整備されていないのだから。

賊徒が普通に居る世界。

弱肉強食を地で行く時代。

商人が成功するだけでなく長く商いを続ける為には、ある程度は“裏”と繋がる事は必要不可欠。

綺麗事は本当に建前だ。

尤も、金名は犯罪スレスレというだけだが。

犯罪は犯さない。

それが金名の商人としての譲れない信念らしい。



「…それはいいとして…

人には聞かせられない様な類いの話って普通は面倒事じゃないのか?」


「人には聞かせられないと言うよりは“聞かれた場合面倒になる”ですね」



そんな言い回しをしてくる金名をジト目で見る。


限り無く黒に近い灰色。

そんな印象を懐いてしまう俺は決して間違っていない事だと思う。


そんな風に思う俺の思考を判っていながら、真面目な雰囲気になる金名。

…金名には悪いんだけど、嫌な予感しかしない。

いや、本当に、マジで。



「北郷、貴男に訊きます

今一度“天の御遣い”へと戻る事が出来るのならば…

それを望みますか?」





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