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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
642/915

       弐



「如何にして孫策さんから協力を得るのか…

その成否が私達にとっての全てだと言えます」



朱里ちゃんの言葉に私達は小さく息を飲む。

判ってはいるつもりだけど“もしも、失敗したら…”という可能性が脳裏に思い浮かんでしまうから。


それを振り払うかの様に、私達は意識を切り替える。



「…普通に考えて、使者や書状で済ませるというのは無理な話しであろうな…」


「そうでしょうね〜

曹魏を相手に喧嘩しようとしている訳ですから〜…

桃香様の方から赴いて行き直接会って話すというのが最低でも必要ですね〜」



星ちゃんと七乃ちゃんから出た言葉は、朱里ちゃんに事前に言われて考えていた私も思っていた事。

私と孫策さん。

お互いに、各勢力を束ねる立場ではあるのだけれど、その影響力には差が有る。

単純に勢力・領地の規模を比べてみただけでも、私は孫策さんよりも格下。

“相手に舐められる様では先が不安になるから最初に強気に出る事が肝心”ってよく聞く事なんだけど。

それは正しい訳ではないし絶対という訳でもない。

飽く迄も、一つの遣り方。

一つの選択肢に過ぎない。


今の私達の場合に、そんな事を遣ってしまったら先ず協力なんて得られない。

かと言って下手に出過ぎて足下を見られても駄目。

そういう繊細な駆け引きが自分に出来るのかどうかは別の問題として。

適切な対応が求められる。



「うん、そうだね

私も孫策さんと直接会って話し合いたいって思うから異論は無いかな」



そう言って朱里ちゃんへと視線を向ける。

目が合うと朱里は頷いて、同意を示してくれる。



「となれば、次は手順か」


「先ずは先触れですね〜」



そう星ちゃん達が言うと、他の皆も頷く。

そんな中で、ねねちゃんが指摘をしてくれる。



「先触れを出すのは当然の事なのですが、重要なのは誰を出すのか、なのです

一般兵は所詮一般兵です

今回の様に重要な場合には此方の中で地位や立場等が高く、桃香様に親い人物が担うべきなのです」


「…って事は…」



それを聞き猪々子ちゃんが皆の顔を見回す。


一方で私も考えてみる。

袁家絡みで猪々子ちゃん・七乃ちゃんは無い。

孫策さんと敵対したいなら適任者だと思うけど。

美以ちゃん達は可愛いけど…使者には向かないよね。

可愛いんだけど。

まあ、私に親いと言えるか微妙な立場だから、適任者とは言えないかな。


となると、やっぱり個々は鈴々ちゃん・沙和ちゃん・朱里ちゃん・星ちゃん。

この四人になるかな。



「んー…鈴々と沙和っちは不安が有るから無いな

朱里は自衛が出来無いから問題外だろうな

──って事で、星か」



私と同じ様に一人一人見て考えてから猪々子ちゃんが最終的に星ちゃんを推す。

その意見には異論は無い。

書状を届けるだけだっら、鈴々ちゃんも沙和ちゃんも問題無いんだけどね。





「消去法で、という部分が気には食わぬが…

まあ、お主の言う通りか

万が一を考慮して選ぶなら自衛が出来る者…

加えて、使者として役目を果たせる者となれば私しか適任者は居らぬからな」



そう不満気に言いながらもちょっと得意気にしている星ちゃんは意地悪だよね。

あれ、鈴々ちゃん達の事を揶揄ってるよ、絶対に。



「そんな事無いのだっ!

鈴々にも出来るのだっ!

沙和も星に出来ると言って遣るのだっ!」


「あ〜…ごめんなの〜

鈴々ちゃん、今回ばかりは出来る気がしないの〜」


「にゃにゃっ!?」



今まで発言する事は無く、暇そうに会話を聞いていた鈴々ちゃんが予想した通り星ちゃんに噛み付いた。

でも、沙和ちゃんの冷静な裏切り(反応)に本気で驚き落胆してしまう。


そんな鈴々ちゃんの様子を見詰めながら、ニヤニヤと口元を緩める星ちゃん。

更に追い打ちを掛けようと考えているんだろうね。

それを溜め息を吐きながらねねちゃんが止めている。

勿論、小声でね。


まあ、此処で話が逸れると時間の無駄だしね。

ねねちゃんが星ちゃんへと自重を求める気持ちは私も判らない訳ではない。



「ご主人様はどうかな?」



話題と意識を逸らす意味も有って、鈴々ちゃん同様に静かに私達の話を聞いて、一言も喋ってはいなかったご主人様に話し掛ける。

…あ、でも鈴々ちゃんとは違って暇そうにしてるって訳じゃあないから。

ご主人様は飽く迄も、話を聞いていたってだけ。



「そうだな…星が使者──先触れとして向かう事には異論は無いかな

貂蝉と卑弥呼を除いたなら星が一番適任だと思うよ」


「むっ…主は私が二人より劣ると御思いか?」


「…へ?、いっ、いやっ、俺は別にそういった意味で言ったんじゃないって!」


「では、どういう訳なのか御教え願えますかな?」



鈴々ちゃんを揶揄えなくて若干消化不良だったのか。

ご主人様に対し星ちゃんは標的を変えていた。


チラッ…と、朱里ちゃんとねねちゃんを見る。

視線で“どうしよっか?”という風に訊ねてみると、“後々が面倒なので、星の好きにさせておくのです”“あははは…ご主人様には申し訳有りませんが此処は星さんを御任せします”と視線と表情で返される。


まぁ…うん、そうだね。

ご主人様には申し訳無いんだけど、星ちゃんの機嫌を良くする為に頑張って貰うしかないかな。

別に実害が有るって訳でもないんだし。

少しだけ、息を吐く程度の感じで気を休めよう。

まだ考えなくちゃいけない事は有るんだしね。



──side out



 諸葛亮side──


自分の執務室へと戻り机の上に積まれた竹簡の小山を見て嘆息する。

…そんな事をしていても、小山は減らないけれど。


ねねちゃんに七乃さん。

二人が加わった事で多少は私の仕事も軽減はした。

でも、重要な案件や肝心な部分は私の仕事。

ねねちゃんは大丈夫だとは思いますけど、七乃さんは任せるのが怖いです。

“何をされるか判らない”というのも有りますけど、美羽ちゃんの我が儘を聞き入れちゃう事の方が私には問題ですからね。

折角、更正をし始めている美羽ちゃんに悪影響を与え兼ねませんから。


そんな事を考えながら机を通り過ぎて窓辺に立つ。

窓硝子に映る自分の表情を見て自然と俯いた。


ご主人様という尊い犠牲を出しながらも、話し合いは無事に終わる事が出来た。

星さんが先触れとして先に領境に向かい、その後から桃香様と私と沙和ちゃんが合流する、という予定。

一番無難な形です。



(此方が主導権を握る事が出来無い状況な事が、今はもどかしいですね…)



交渉の場に於いて主導権を持たない事は拙い。

どんなに不利な要求であれ私達は飲むしかない。

それが現実なのだから。


大きく溜め息を吐いてから窓越しに空を仰ぎ見る。

青く晴れた空。

其処を流れて行く白い雲。

その雲の様に、流れに身を任せられたなら、どんなに楽な事だろうか。

つい、そう思ってしまう。



「……っ……」



無意識に冷たい窓硝子へと触れていた右手を握る。

キキュッ…と耳障りな音が立った。

それが気にならない位に、胸の奥は鈍く痛む。


私達自身の力では桃香様の理想は実現出来無い。

兎に角、曹魏に勝つ。

勝たなくては。

私達に未来(道)は無い。


“何処で間違ったのか?”という疑問が、気を抜けば直ぐに顔を覗かせる。

それを見ない振りをして、心の深奥へと押し込める。

考えてはならない。

だって、私の歩いた歩みを辿って行けば“何処”へと思い至るのか。

理解はしているのだから。


私は、選択をした。

私が、選択をした。

全ては私自身の選択。

誰かの責任ではない。


だから考えてはいけない。

自分の責任から目を逸らす甘い誘惑に負けない為に。



──side out



 Extra side──

  /北郷


会議を終え、俺は城を守る城壁の上に登っていた。

空を見上げれば“平和だ”と自然に口にしそうな天気だったりする。

足下が石畳だったとしても寝転がって目蓋を閉じれば気持ち良く昼寝が出来ると思える位に。

…まあ、実際には益州って結構温暖な地域なんだから暑くて直には出来無いとは思うんだけどな。


幽州や冀州──正確には、元・青州だが──と比べて気候が全然違う。

北海道と沖縄位に。

地図で見れば“それだけの距離が有るんだから当然の事だろう”って思う。

けど、不思議な物で実際に体感しないと、そういった認識が生まれ難い。


南へ行く。

そう決まった時は結構軽い感覚だったんだけど実際に来てから漸く自分の認識が如何に甘かったのか。

その事を実感した。


それと同じ様に。

自分の曾ての呼び名である“天の御遣い”として何も出来無い事を。

その無力感を。

今になって強く感じる。



「……役立たずだよな…」



そう言いながら、無意識に握り込んだ両手に熱くなり鈍い痛みへと変わる。

頬を伝い、流れ落ちて行く物が有った。

気付けば視界が滲んでいて見難くて仕方が無い。


自分が“特別だ”なんて、思ってはいない。

“特殊だ”とは思った事は有るのだけど。

それは境遇に関して。

だって、タイムスリップで“三国志”の時代に自分が居る事だけでも驚き。

信じられない事だろう。

其処に加えて、英雄や偉人となる人物の一部が女性に為っているのだから。

パラレルワールドだったと更に驚きは増えた。

…いや、彼女達は生まれた時から女性なんだから俺の考えは飽く迄も“彼方”を基準に考えた時の物。

だから“違う”と言うのは可笑しいんだろうな。


それでも…それでもだ。

俺は桃香に必要とされた。

その事が嬉しかった。

朝起きて、学校に行って、友達と遊んで、寝て。

代わり映えの無い生活から刺激的過ぎる生活へ。

一度位は夢に見た事が有る“もしも…”の実現。


それが自分が望む形では、都合の良い展開ではなく、ただただ厳しい現実の中に放り出された。

ただそれだけだった。

その事に気付くまでに長い時間が掛かってしまった。


必要とされた事。

それがまるで“主人公”に成った様に感じたから。

だから、気付かなかった。

自分は凡人なんだと。

何かしら、積み重ねてきた物が有る訳でもない。

何処にでも居る。

只の一般人なんだと。

今になるまで。




それでも桃香の理想の為に少しでも力に為りたい。

何かをしてあげたい。

その気持ちは本物だ。


だから、曾ては遣っていた剣道の事を思い出しながら鍛練を遣ってはみた。

何もしていなかった以前と比べて増しにはなった。

けど、だからと言って俺が戦場に立って戦う事なんて出来る訳が無かった。

…今更だけど人を殺す事が出来る気がしない。

殺られる前に殺れ。

それは理解出来るのだが、そんな覚悟は持てない。

精々、最低限の自衛手段。

その程度でしかない。



「…何遣ってんだろな…」



脳裏に浮かぶのは、今から本の二年前までは退屈だと思っていた日常。

それを懐かしくも思うし、“あの頃は楽だったな”と思いもする。

だけど、それ以上に。

俺はどうして何もしないで平気だったのか。

そういう思いが強い。


何か一つでもいい。

何かを本気で遣っていれば自分に自信を持って出来る何かが有ったなら。

こんな惨めな思いをせずに済んだんじゃないか。

そんな風に思うから。



「…勉強だっていい加減な気持ちじゃなく、きちんと身に付ける気でしていれば“歴史”的な知識を上手く使って、桃香達を助ける事だっ…て……」



そう呟きながら、気付く。

此処が、パラレルワールドだったとしても“三国志”時代には変わらない。

細かい流れは覚えていない──と言うか、知らないんだけど、結果的には劉備・曹操と……孫策?の三人が国を成す訳だ。

で、司馬懿?…の子供?が天下統一をする。

そういう流れだった筈。

その途中に、黄巾の乱とか反董卓連合が起きた筈。

で、漢王朝が滅びてからが群雄割拠になる。

つまり、漢王朝が有る内に曹操が国を成した。

それは明らかに可笑しい。


“なら、その原因は?”と考えれば、答えは簡単。

自分と同じ境遇に有る者が曹操に協力している。

そう考えると、意外な程に納得出来た。




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