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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
641/915

16 仰天啼雉 壱


 劉備side──


──六月十二日。


長かった益州の全領地──曹魏部分を除いてだが──の統治を完了させて数日。

一息吐き、少しでいいからのんびりしたいと思う今日この頃だったりするけど、現実は無情だったりする。


私は今、成都の居城、その謁見の間の椅子に座って、皆を前にしている。

正確には対面には一人。

他の皆は左右へと分かれて並んでいるのだけど。

…空気は物凄く、重い。


その中で、私の対面に佇む彼女が口を開いた。



「…曹魏に勝つ

それは時間が経てば経つ程不可能に近付きます…」



朱里ちゃんが私を真っ直ぐ見詰めながら言い切る。

不都合な現実(事)から目を意識を背ける事は、とても簡単なんだと思う。

でも、それは出来無い。

それだけは、出来無い。

その事を判っているから、私達はお互いに目を逸らす事はしない。

しっかりと現実を見詰め、向き合っている。

お互いの覚悟を、意志を、確かめ合う様に。


朱里ちゃんに対して、私が小さく頷いて見せる。

“うん、判ってる”という言外に肯定の意味で。


それを見て、朱里ちゃんは一旦私から視線を外して、小さく息を吐く。

溜め息ではない。

朱里ちゃんもまた、自分が今から語る内容に対しての覚悟を再確認する為に。

短く息を飲み、きゅっ…と小さな唇を結ぶ。

そして、再び私を見る。



「曹魏に“追い付く”…

その考えは棄てます」


『──っ!!』



朱里ちゃんの一言に、皆が驚き、息を飲んだ。

そうなる気持ちは…判る。

頭では判っている。

だけど、その事を否定せず認めてしまうと、対抗心が消えてしまいそうな。

そんな気がしていたから。

だから、誰も口にしない。

誰も言わなかった。



「曹魏に“勝つ”為です

その為には私達自身が懐く“理想的な結末”を忘れ、ただ勝つ事だけを考える…

それしか有りません」



朱里ちゃんの言葉を聞いて私は静かに目蓋を閉じる。


私は“どんな結末”を頭に思い描いていたのだろう。

曹操さんに勝つ。

勝って私の、私達の理想を認めて貰う?

…ううん、そうじゃない。

もっと単純に。

──認めさせる。

そして、実現させる。

ただそれだけ。

それこそが私の望む結末。


その過程を気に出来る様な“余計な余裕”は私達には無いのだから。

今は、何よりも結果を出す事こそが重要な状況。

“甘えた事”は言えない。


ゆっくりと目蓋を開けると私は朱里ちゃんを見詰めてしっかりと頷く。



「うん、そうだね

“無い物強請り”をしてる余裕なんて私達には無い

私達は“絶対に”、曹魏に勝たないといけない

だから勝つ事だけを考えて勝つ為に覚悟を決めよう

全ては、勝たないと意味が無いんだから」



私が決意を口にすると皆も覚悟を決めてくれた様で、しっかりと頷いてくれる。


私は一人じゃない。

私達は終わってはいない。

そう確信する。





「では先ず、私達が曹魏に勝つ為に必要不可欠な事が何なのか、ですが…」


「…まあ、端的に言えば、戦力、であろうな…」



説明し始めた朱里ちゃんが言葉を切って視線を向けた先に居た星ちゃんが小さく溜め息を吐いて答える。


曹魏の戦力に関して言えば私達の持つ情報は意外にも少なくはなかったりする。

何しろ、官渡で対峙をした麗羽さん達が居る。

其処から得られた情報には素直に感謝出来る。


とは言え、曹魏の主要所の人物の情報は少ない。

実際、私達が把握している将師は数名しかいない。

軍師は荀或だけ。

一応、董卓さんの立場的に軍師に数えてはいるけど。

軍将は夏侯淵・楽進・高順・呂布さん──関羽さん。

その位しか知らない。

“判らない”のが実状。



「…普通でしたら、戦功や武勇・活躍で市井に将師の名が広まる筈です

ですが、曹魏の将師の名は殆んど聞きません」


「…実はそんなに大した事無かったりするの〜?」



朱里ちゃんの話を聞いて、沙和ちゃんが首を傾げる。

そう思うのは当然。

だって、将師が名を上げて知れ渡る事は、治安維持に一役買うのだから。

強い軍将、賢い軍師。

そういった人物が居るなら“悪さをしよう”だなんて考えなくなるから。

だから、そういう事自体が普通では有り得ない。

主君だけでなく、その下に集う将師が名を広める事は多くの利を生むのだから。

人を、金を、信頼を。

様々な利を齎すが故に。

“そうしない”という事が私には判らない。



「それは無いだろうな

仮に、将師の個ではなく、軍という形が強みであったとしても、それを成す事が出来る人材が居る訳だ

ならば、指揮官となる者の実力は低くはない

抑、あの呂布を下した者が居るというだけで我等には脅威だと言えよう」



そう星ちゃんが言ったら、ねねちゃんが本の少しだけ眉根を顰めた。

呂布さんの事を誉めている言葉には賛同するけれど、呂布さんが敗けた事実には触れたくない。

そんな感じなんだろうって一目見て判る。

だって、ねねちゃんてば、呂布さん大好きだし。



「曹魏に限れば名を広める必要は無いのです

それだけの“自力”を持つ証明だからなのです」


「まあ、そうですよね〜

抑、漢王朝が存在する中で独立し建国した訳ですから“普通”ではないですし…

比べる事が可笑しいんです

其処を深く考える事自体が無駄ですからね〜」



ねねちゃんの言葉に続いて七乃ちゃんが言う。

その通りだって思った。


どうしても自分達と比べて考えてしまう。

でも、そうじゃない。

普通では先ず出来無い事を成したからこそ曹魏という国は在るのだから。

普通に考えてはいけない。





「七乃さんの言う通りです

だから、単純に考えます

曹魏の戦力は“未知数”で底が見えない、と…」


「…つまり、考える事自体馬鹿馬鹿しいから考えるの止めちゃえ〜っ!って事でいいの〜?」


「簡単に言えば、ですね」



沙和ちゃんの質問に対して朱里ちゃんは苦笑しながら肯定の意を返す。

判り易いんだけど…ね。

流石に、私達以外の人には聞かせられないかな。

士気にも関わる事だし。



「私達が曹魏と戦う為には今の戦力では足りません

ですが、だからと言って、南蛮の戦力は当てに出来る物では有りません

涅邪族を動かすには曹魏が実際に侵略行為等をしない限りは無理でしょうから」


「なら、曹魏が襲って来た感じに見せ掛ければ上手く行くんじゃないのか?」



朱里ちゃんの言葉を聞いて猪々子ちゃんが訊ねる。

すると、朱里ちゃんは一つ溜め息を吐いてから小さく左右に頭を振った。



「美以ちゃん達にも訊いて確認したんですけど…

涅邪族の方達は物凄く鼻が利くそうなんです

だから、扮装した程度では此方の正体がバレます

仮に、それを遣るとしたら実行に使った戦力は全てが使えなくなります

少数では南蛮まで攻め込み危機感を与えるのは難しいでしょうから、相当の数を失う事になりますね…」


「厄介な連中だなー…」


「抑、その状況は涅邪族に私達が“弱い”と自分から言う様な物です

そうなれば涅邪族が曹魏と新たに交渉をする可能性も生まれてしまいます

そうなれば、私達は両者に挟まれて終わりです…

ですから、現状で涅邪族は動かないだけでも十分だと言えると思います」


「そうですね〜

私達も曹魏と孫策さんとに挟まれて終わりましたし、見逃されたから生きている訳ですからね〜」


「あー…確かになー…

凄ぇ説得力有るな、それ」



七乃ちゃんの実体験に由る言葉を聞いて納得している猪々子ちゃん。

軽い感じの会話なんだけど笑うに笑えないよ〜。


“明日は我が身”だって、判ってるからね。

しかも、その時の私達には七乃ちゃん達の時には居た私達の存在は居ない。

絶対、とは言えないけど…期待はしてちゃ駄目。





「そういった訳ですから、私達が今よりも戦力を得る為には“外”を頼る以外に方法は有りません」


「外、となると…」



朱里ちゃんの一言を聞いて呟きながら星ちゃんが顔を向けた先に居る人物へと、私達の視線が集まる。



「あ〜…まあ、そういう事になりますよね〜…」



私達に見詰められて苦笑を浮かべたのは七乃ちゃん。

その意味は言うまでもなく一つしかない。



「孫策さん、ですね〜…」


「はい、彼女の協力以外に当てに出来る戦力は他には無いと思います」



七乃ちゃんが口にした名に朱里ちゃんは頷く。


確かに、今の私達が曹魏に対抗する為には孫策さんと協力するしか無いと思う。

有している領地の大きさ・広さが必ずしも戦力に直結している訳ではないけど、領民の多さが戦力に繋がる事は間違い無い。

相手よりも多くの兵を以て敵に対峙する。

それが戦の常道なんだし。


だから、私達と孫策さん。

旧・漢王朝の領土の南部を有する両者が手を組む事で北部にて巨領を誇る曹魏と渡り合おうという事。



「んー…でも、孫策さんが協力してくれるかどうかは微妙かもしれませんよ?

こういう言い方をするのは邪推かもしれませんけど、孫策さん達は曹魏のお陰で独立する事が出来た、とも言えますからね〜…」



七乃ちゃんが言いたいのが“官渡の戦い”の事なのは私達にも理解出来る。

何が有ったのかという事も彼女から聞いているし。


当時、まだ客将という形が両者の間に残っていたから美羽ちゃんの要請を受けて孫策さんは参戦する姿勢を見せてはいた。

勿論、それは独立に向けた策だったんだけど。

孫策さんは曹魏が勝つ事を疑ってはいなかった。

だから参戦する姿勢だけは見せても、実際に参戦する事はしなかった。

曹魏は南に侵攻はしない。

それが判っていたかの様な動きだったと言える。


今だから言えるんだけど、その事を孫策さんは実際に判っていたんだって。

ただ、両者が協力していた可能性は考え難い。

孫策さんも、曹魏の明確な意図とかは理解していない状態なんだと思う。

それでも、南侵は無い。

それだけで十分だと言える状況だから出来た決断だと考える事が出来る。


実際の協力関係は無い。

けど、孫策さんの方は多少“恩義”を懐くのかも。

七乃ちゃんが言いたいのは其処なんだと思う。





「そうですね…

現状での一番の問題点は、どうしたら孫策さんからの協力を得られるか、です」



七乃ちゃんの意見に頷いた朱里ちゃんは細かい部分は省いて、一番重要な部分を口にする。

今は過去の事を彼是考える必要は無い、という事。

考えるべきは、今の事を。

そう言外に、朱里ちゃんが語っていると感じる。


可愛らしく小さな姿だけど私はとても頼もしく思う。

幾多の苦難と後悔を経て、大きく成長した私の軍師。

諸葛孔明が、其処に居る。


出来る事なら、大きな声でどんなに素晴らしいのかを自慢したいと思う。

きっと朱里ちゃんは照れて慌てるんだろうけどね。

それもまた彼女の魅力だと私達は知っている。

私達の“はわわ軍師”の、その絶え間無い努力を。

だから、信じられる。

信じて、託す事が出来る。


私達の視線が集まる中で、朱里ちゃんが口を開く。



「曹魏が南に侵攻するかは定かでは有りません

可能性は無いとは言えないでしょうけど、孫策さんは憶測だけで曹魏と敵対する姿勢は取らない筈です

私達よりも孫策さんの方が曹魏の実力を知ってはいるでしょうから…

敵対するよりは何とかして曹魏と友好関係を築く事を考えると思います」


「…確かにな

私達の場合には、その先に理想の実現が有る…

だが、孫策の方も同じとは限らないからな

既に自身の理想に近いなら無意味に敵対する様な事は避けて然るべき、か…」



星ちゃんの言葉に対して、朱里ちゃんは深く頷く。


抑、私達と同じなら疾うに孫策さんと協力関係を築く事が出来ている筈だし。

或いは、曹魏が天下統一を掲げて動いているのなら、疾うに私達は抗う意思すら失っていると思う。

それが出来るだけの力を、曹魏は有している筈。


だから、不気味に思う。

今の曹魏の──曹操さんの意図が判らないから。

何がしたいのか。

何を目指すのか。

全く見えない。

忍び寄る足音すら聞こえぬ深闇の中の様に。




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