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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
64/914

         参


 夏侯淵side──


曹子和殿、か。

背は私と大差無い。

見た目は細身では有るが、その武は“格”が違う。

あれ程の使い手が未だ名も知られていない事には驚くしかない。



(…世界は広いな…)



亡き母の遺言に従い一人で旅に出て二ヶ月。

荀或達と出逢い護衛として同行していたが、この様な出逢いが有るとは。



(それにしても曹の姓か…

曹と言えば、現豫州刺史の名が確か曹操だった筈…

何かしら関係が有ると見て間違いないだろうな…)



それに“本隊”という事は行軍中か、或いは小隊での哨戒でもしていた可能性が高いと見て良いか。



(さて、どうなるか…

悪くは扱われないだろうが多少は制限等を受ける事も覚悟して置かなければな)



恩人に対しては失礼だが、今の私達の立場を考えれば仕方無い事だと思う。


ただ、元々荀或達の護衛は潁陰までの話。

その後の事は未定。

何処かへ気の向くまま足を運んでみるつもりだった。


そう──“だった”だ。

今の私には一つの選択肢が胸の中に有る。



(…縁とは不思議な物だ)



脳裏に焼き付いて離れない先程の彼女の戦い。

たった一度見ただけで私は心を奪われた。


それに臣下と思しき二人。

私達を案内してくれている儁乂殿もそうだが、先程の入れ違いに子和殿の所へと向かった彼女も、相当腕が立つと見た。

また、荀或達は気付いては居ないだろうが彼女が此方から離れた後に駆けて行く動きには驚くしかない。

馬にも乗らず、馬より速く駆けて行った。


殆ど一瞬の事。

しかし、その時、脳裏には先程の戦う彼女の姿。


“ああ、そうか…”と私は納得してしまった。

彼女の下で二人はより磨き上げられている。

彼女達の間に有る信頼が、その武の纏った雰囲気が、そう物語っていた。


──羨ましい。

それが、私の抱いた素直な思いだった。


主従の“在り方”にも色々有る事だろう。

私にも思い描く理想の形は少なからず有る。

彼女達の関係は非常に近い物だと言っていい。


優れた主の下で己が才能を発揮する事は勿論だが…

より高く、より大きく…

その才能を強く伸ばしても行きたい。



(彼女は私の理想の主君に最も近い…)



彼女以外にも居る可能性は否定出来無い。

しかし、“次”が有るとも限らない。


ただ考えるだけならば幾らでも出来る。

だが、今の私に必要なのは決断する事。


その決断は私の“岐路”になるだろう。



──side out



“後始末”を終え、興覇と儁乂達に追い付いた。

特に変化も見られない。

まあ、多少は緊張している様子なのは仕方無い。

彼女達は誰かに仕えていた経験が有るのだろう。

故に理解している。

置かれた“立場”を。



(尤も、以前に仕えていた“誰か”は袁紹の可能性が高いだろうけどな…)



流石に友人関係まで訊いていないから未確認では有る訳だが、“歴史”的に見て“無関係”では無い筈。


“袁紹”もまた群雄割拠の舞台に立つ英傑の一人。

此処で“退場”するとは、思えないし。



(…まあ、実際に会って、見てみない事には“評価”しようが無いが…)



まだまだ“先”の事を考え杞憂している自分に小さく苦笑を浮かべた。






半刻──一時間程の移動で華琳達の姿が見えた。


荀或達に気付かれない程度での強化を施したから。

本来なら約三時間は掛かる距離が有った。


まあ、荀或達は華琳達との距離を把握していないから“近くに居た”程度にしか思わないだろう。



「お帰りさない、子和

随分と“短い”散歩だったみたいね?」



そう言って出迎えた華琳の笑顔が“怒ってます”と、物語っている。

というか、荀或達の存在が癇に触れたか。

弁解は後にして取り敢えず荀或達を紹介しよう。



「知っている者も居るとは思うが、豫州刺史の──」


「曹孟徳よ」



華琳が名乗ると、荀或達はその場に跪く。



「私は荀文若と申します

此方は私共の護衛の仕事を請け負っています──」


「夏侯妙才と申します」



二人が名乗り返す。

俺の時より恭しくなるのは仕方無い事か。

刺史が相手だし。



「此度は危ない所を助けて頂き、誠に感謝致します」



荀或がそう言い一行の者が深々と頭を下げる。

それを見て数名が俺の方を拗ねた様に睨み、残る者は溜め息を吐く。

“他人”が居なけりゃ反論してやるのに。



「無事で何よりよ

見た所、貴女達は何処かで仕官している様ね?

此処に居るのは使者としてかしら?

それとも…暇を取って?」


「御慧眼、恐れ入ります

私共は暇を取り私の実家に戻る途中の身です」


「成る程ね…

貴女の実家、潁陰の荀家と言えば荀氏の末裔…

潁川でも歴史の有る名士と記憶しているわ」


「…恐縮で御座います」



二人の遣り取りを聞きつつ“相違点”が少ない事に、俺は一人安堵していた。




 荀或side──


“曹”の名を聞いた時は、彼女が豫州内外でも名高い“曹家の麒麟児”だろうと思った。

けれど、冷静に記憶の糸を手繰れば気付く。

確か字は“孟徳”と言った筈だったと。

勿論、彼女が“何かしら”理由が有って偽名を使った可能性も有る。

しかし、その理由を考えてみても解らないまま。

彼女達の“本隊”に合流を果たした。


彼女よりも深い金色の髪、蒼の双眸、美しい容姿。

彼女の時と同じ様に思わず見惚れてしまう。


彼女の紹介する声を聞いて我に返れた事は幸運。

でなければ、折角の機会に失態を犯し悪印象を与えてしまっただろう。


一緒に居るのは七人。

“兵士”には見えない。

彼女を迎えに来た二人と、内四人は武官だろう。

だが、残る三人は明らかに文官と思しき面々。

“軍師”かもしれない。


そんな風に観察しながら、彼女──孟徳様との会話は私を一層惹き付けた。

ただでさえ、彼女に見惚れ惹かれているのに。



「この先の街道の分かれで行き先が違うわね…

念の為に誰か付ける?」



そう言って孟徳様は彼女に意見を訊かれる。

“不味い!”と思った。

このままでは機会を失い、後手後手になる。



「御待ち下さい!」



必死だった為、思わず声が大きくなってしまい驚いた顔をされてしまう。

だが、今は致し方無い。



「突然の事と無礼を承知で御願い致しますっ!

どうか私共を麾下に御加え頂きたい次第ですっ!」



その場で頭を下げ懇願。

この際、不恰好でも何でも構わない。

今、この時しかない。

この機会を逃せば臣従する事は難しくなる。

潁川では実力を示そうにも曹家の善政の下では滅多に機会はない。

何より、軍師が居るのなら広く人材を求められる事も少ないと言って良い。

だから、此処が私にとって後の生涯を決める岐路。

運命の選択の時だ。



「その御話、出来れば私も御加え頂きたく…」



そう言って私の隣で跪いた夏侯淵に驚きはしない。

彼女もまた類い稀な才能を持つ名将と成れる器。

惹かれて当然だろう。



「…そう、貴女達の願いは判ったわ」


「っ!、それでは──」



孟徳様の一言に、反射的に顔を上げた。

穏やかな声色から想像して“聞き入れられた”と思う方が自然だろう。


だから、予期していない、意外な一言だった。



「──子和、任せるわ

“貴女”が決めなさい」



私達の運命は私達を導いた彼女に託された。



──side out



話の流れから、今回は俺の出番は無いだろうと思って“聞き役”に徹していたら華琳の無茶振り。

“無茶”って程の内容ではないんだが…いや、数名の人生の選択だから“楽”な事ではない。

だから、面倒だけど。



「…その心は?」



取り敢えず、華琳に確認を取ってみる。



「貴男が助けて、彼女達を此処に連れて来たのだから当然の事でしょ?」


「…御尤もで」



暗に“己の責任を取れ”と言われた気がする。

…尻に敷かれてるなぁ。


胸中で溜め息を吐きながら荀或達に向き直る。



「…さて、貴女達の意志は聞きましたが…」



視線は二人の後ろに控える女性達──恐らく女官だと思われる一同を見る。



「貴女達は如何ですか?

曹家に仕える事に何かしら思う所或いは意見が有れば遠慮無くどうぞ」



そう言うと女性達は互いに顔を見合わせる。

まあ“普通”は主格である荀或が意志を示せば配下の意志を訊きはしない。

戸惑うのも当然だろう。



「私達は御じ──文若様の決定に従います」


「そうですか」



その言葉に人望を感じ我が事の様に嬉しく思った。

──ら、あらら?、何でか彼女達に顔を逸らされた。


“はて?”と小首を傾げて華琳を見ると溜め息を吐き呆れ顔をされた。

…うん、後で考えよう。



「良い者達ですね」


「き、恐縮です…」



臣下の信頼に照れたらしく頬を赤くして俯く。

先に夏侯淵から行こうか。



「貴女は旅の身の様ですが此処で主君を定めずとも、“他”にも相応しいと思う者が居るかもしれません

それでも構わないと?」


「…その可能性に関しては否定致しません

ですが、“次”が有るとも限りません

私は、この出逢いは天佑と思っております」



“天佑”か、この時代なら好まれる言い回しだな。

俺は嫌いだけど。



「貴女は天と己…何方らの意志を尊びますか?」


「それ、は…」



悪気や計算からの言葉ではなかったのだろうが。



「天の意志などではなく、“貴女”の意志を聞かせてくれますか?」


「──っ!」



真っ直ぐに目を見て言うと彼女は驚き──一度、目を閉じた後、ゆっくり開く。

確たる意志を宿して。



「私は貴方に御仕えしたい

貴方の下で己を磨き上げ、貴方の御役に立ちたい」



己が決意を口にした彼女を見て笑みを浮かべた。




 荀或side──


──凄い方だ。

そう思わざるを得ない。


夏侯淵の言葉の“表面”に惑わされず、彼女の心奥の“素顔”を引き出した。

並みの事ではない。

単純に話術・観察力が高いだけでは不可能。

全ては彼女の圧倒的とさえ言える“存在感”故か。

“微笑”一つで人心を掴むなど凡人には無理だし。


夏侯淵の意志を確認すると彼女は私を見詰める。

“軍師”を志すのならば、前例を踏まえた応答をする必要が有るだろう。



「荀文若、貴女の意志は、どうですか?」


「私は凡庸な一文官のまま終わる気は有りません

腐り地に堕ちた“巨龍”に期待する未来も無し…

ですが、自身が“王器”で無い事も確かです

私には仕える“王”が──蒼天に飛び立ち新たな時を築く“龍”が必要です」



しかし、私は彼女にだけは有りの侭の考えを、意志を伝えると決めた。

何より、彼女にはそれ以外では響かず、届かない。



「…それが孟徳だと?」


「いいえ、貴女方御二人が私の仕える“王”です」


「…二君を頂くと、貴女は言うのですね?」


「いいえ、私が主とするは曹家の当主です

御二人が曹家の方で有り、共に有り続けられる以上、敵対も有り得ません」



因って、二君を頂く事にも成りはしない。



「成る程…」



彼女は私の意志を聞くと、スッ…と右手を私の頬へと伸ばして優しく撫でる。



「先の一件を見て感じたのですが、貴女は“男嫌い”なのでしょう?」


「──っ!?………はい…」



上辺だけの事ではない。

完全に見透かされている。

私の心奥もまた。

言い様の無い緊張が身体を支配して行く。



「では──“俺”が男でも仕える気になれるか?」


「は──え?…」



予想外の言葉に信じられず思わず孟徳様を見た。



「子和は私の“夫”よ」



その事を誇る様に曇り無い真っ直ぐな眼差しと微笑で孟徳様は答えられた。



「どうする、荀文若?」



ニヤッと笑う彼女──彼は決断を迫る。



「──っ…変わり、ません

…姓名は荀或、字は文若、真名は…桂花です」


「私も変わりません

姓名は夏侯淵、字は妙才、真名は秋蘭です」



私達は“臣下の礼”を取り御二人に忠誠を誓った。


ただ、私の心境は複雑で、思考も混乱を否めない状態だった。



──side out。




姓名字:夏侯 淵 妙才

真名:秋蘭

年齢:21歳(登場時)

身長:171cm

愛馬:勾露(こうろ)

   青粕毛/牝/五歳

備考:

生まれは豫州・沛国だが、育ちは兌州・済北郡。

(“エン”は字が無い為、 “兌”を当てています)


双子の妹で、姉に夏侯惇。

母・夏侯恩の遺言に従い、姉と離れて旅に出た。

旅の途中、荀或達の一行と出会い、護衛を依頼されて同行する事になった。


経験という点でこそ劣るが弓の腕は“三弓”と比べて遜色ない程。

体術も平均以上。

戦術・兵法にも明るい。

家事能力は高い。




姓名字:荀 或 文若

(“イク”は字が無い為、 “或”を当てています)

真名:桂花

年齢:20歳(登場時)

身長:148cm

愛馬:梨旭(りきょく)

   鹿佐目毛/牝/四歳

備考:

実家は潁川郡の名士。

荀子の子孫で十三世の孫。


勃海郡太守・袁紹の下で、文官・軍師として仕えたが袁紹の器を見限り出奔。

自分の主に相応しい人物を探す為に、一端実家に戻る事にした。

実家に居た頃からの部下、袁紹麾下で出来た部下共に暑い信頼を寄せられる。

但し、女性のみ。

大の男嫌いの為。


身体能力は然程高くなく、鍛えてもいない。

家事能力は名家の一人娘で常に侍女が側に居た為に、全てが初心者である。




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