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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
637/915

       拾漆


私の声に答えるかの様に、初めて“番人”から私へと仕掛けて来た。

それも、私が再三仕掛けた真っ向から。

ただ、その速さは私の時と比べ物に為らないけど。

一瞬でも気を抜けば、瞬き一つしただけで姿を見失い殺られてしまう。

そういう、危険極まりない速さだと言える。


──ただ、それでも。


ギャギンッ!、と、槍刃を“南海覇王”の刃で難無く受け止めてみせる。

グググッ…と押し合う刃がギャリギャリッ…と、鈍い金属音を鳴らしている。

仮面を付けている事も有り直に呼吸を感じる様な事は無いのだけれど。

互いの顔の距離は今までで最も近付いている。

それこそ、無理矢理にでも遣れば“頭突き”が出来る程に近い距離に。


仮面越しでも息遣い程度は聞こえそうなのだけれど、そんな感じはしない。

まあ、番人が息を乱す程に私は戦えていなかったから仕方が無いのだけど。

悔しくは有る。

だからと言って、焦る様な気持ちは今は無い。



「そんなに焦らないで…

まだ私も“寝起き”なのよ

少しは“肩慣らし”させて貰えないかしら?」



そんな軽口を叩ける程には私は成長(変化)していると実感する事が出来る。

ただ、自分でも言った様に上手く扱えてはいない。

例えるなら、只管に滾々と涌き出ている水の様に。

薪を、油を大量に注ぎ込み燃やしている炎の様に。

ただそれだけ、という感じだったりする。

だから、時間が必要な事を私自身が理解している。


そんな私の言葉を聞くと、番人は自ら後方に飛び退き距離を開けた。

…追撃?、しないしない。

まだまだ“本調子”には、程遠いもの。

調子に乗って敗けるより、先ずは慣れる事を優先。

幸いにも、私が御し切れず持て余したとしても。

目の前の番人(相手)ならば問題無いでしょうしね。

だから、短時間で把握し、御す所まで持っていく事が出来ると思う。

と言うより、確信出来る。

それだけの実力を持つのが番人なのだから。


──という事で、遠慮とか全くしないで、最初っから飛ばして行くわよ。



「面倒だとは思うんだけどお互いの楽しみの為にも、暫く付き合って頂戴っ!」



そう言って私は駆け出す。

策なんて物は無い。

必要ですらない。

これは初めて会った子供と本気で遊ぶ様な物。

手加減の具合なんて判らず下手な真似は子供に不快な思いをさせるだけ。

悔しさとは違う。

だから、出来る事は本気で打付かるしかない。

そうする事で互いを理解し合うのだから。


尤も、それに付き合わされ“子守り”をさせられる、番人には申し訳無いが。

其処は納得をして貰うしか私には出来無いけど。


剣刃(爪牙)を剥き出しにし番人へと襲い掛かる。

気楽に気儘に戯れる様に。


久しく忘れていた。

童心に近い、純粋な興奮。

新しい玩具を手に入れて、はしゃぐ様な気持ちを懐き笑みを浮かべて。



──side out。



 孫権side──


逸る気持ちを抑えながら、しかし、その様に見せつつ姉様へと仕掛けた。

それは今までの戦いと同じ程度での一撃。

姉様が躱す事だけで必死に為っていた一撃と同じ。

勿論、先手・後手の違いは有るのだけれど。

そう簡単には防げなかった一撃ではある。


それを、容易く受け止めて余裕の表情で押し合う。

その変化は明らかだった。



(…私達が、こう言うのも何なのだけど…

これって、反則よね…)



成長と言えば成長だ。

だが、それは一般的に言う成長とは一線を画す。

飛躍、或いは孵化と言えば適切なのだろうか。

覚醒とも言えるでしょう。

雷華様は“開花”と称する事が多いので、私達自身もそういう表現・認識をする事が普通なのだけど。

一般的には、どう表現する事が適切かは異なる。

其処は悩ましい所である。


ただ、この劇的な変化には明確な成長が存在する。

それは、ある意味では人が長い時間を掛けて積み重ね到達する領域へと至る物。

その才器(資質)さえ有れば誰にでも有り得る可能性と言う事も出来る。

しかし、敢えて現実的な話をすれば、其処へ至る事は本当に困難な事である。

普通に生きていては、先ず至る事は出来無い。

そういう領域なのだから。


だから、其処に至るだけで“超越”と言っても良い程劇的な変化が起こる。

それは私自身も経験済み。

最初は“王者”として。

二度目は“覇者”として。

そして──三度目。

“覇王”としての超越。

これは、今正に、これから私の身に起こる事。


覇者としての開花を経て、覇王の領域へと踏み入れる事は出来た。

このまま鍛練と経験を積み重ねて行けば、成長する事自体は間違い無い。

けれど、そのままでは届く事の無い領域が在る。

其処に至る為の“鍵”が今私の目の前に姿を現した。


(それ)は人に因って違い場合によっては、存在すらしない事も有る。

私の場合は、運が良い。

雷華様という導き手が居て華琳様という御手本が居て──姉様という鍵が居る。

本当に私は恵まれている。

此処まで条件が揃う事は、滅多に無いらしい。

華琳様の場合は、その鍵が自身だったという事も有り自覚するだけだったらしいのだけれど、其処へと至るまでには時間を要した事を聞いたのは記憶に新しい。



(此処まで好条件が揃って“至れませんでした”とは言えないわよね!)



それは私個人の誇りよりも雷華様の妻としての誇りに大きく影響を及ぼす。

この超越だけは、遣り直し不可能で、幾度も挑戦する事が出来る訳ではない。

ただ一度きり。

その一度で、至らなくては為らない。

準備をする事は出来ても、“予習”は出来無い。

打付け本番の一発勝負。




不安が無い訳ではない。

恐怖が無い訳ではない。


しかし、それ以上に心身は昂り高揚している。

雷華様(愛する人)の傍へと更に近付く事が出来る。

その熱情に酔う様に。

ただただ、歓喜する。



「──哈あぁっ!!」



気合いと共に繰り出される姉様の剣撃は一撃、一撃と数を重ねてゆく程に鋭く、速く、重く、強く為る。


その様を目の当たりにして心身の奥底から熱く火照る様に狂喜が溢れる。

極限の飢餓で腹を空かした獣が、漸く見付けた獲物を前に確実に仕留め様と考え慎重に事を運ぶ様に。

仕込んだ酒が長い時を経て熟成し今漸く味わえる時を迎えているかの様に。

垂涎が滴り落ちそうな程、狂おしく思う。


その一方で、物凄く冷静に傍観する私も居る。



(…姉様の動きが大分良く為ってきているわね…

やっぱり、格上が相手だと僅か一瞬一瞬でも得られる経験値(もの)が違うのね…

自分で言うのも何だけど)



そう思って苦笑。

とは言え、表情には出ない思考の中での事だけれど。


私達の成長の速さや質には雷華様が欠かせない。

雷華様という桁違いの師が有るからこそ出来ている。

もし、雷華様が居なくて、私達だけであったとしたら今の私達の領域に届くには一生を費やしても至れるか判らないと言える。

…まあ、多分無理だろうと私は思うのだけれど。



(抑、雷華様が居るが故に私達は集っているのだし…

“雷華様無しで”という事自体が可笑しいのよね…)



考えられない事だけど。

考えたくは無い事だけど。

考えてしまう事は有る。


“たられば”の可能性。

其処(もしもの世界)に在る私は一体何を思うのか。

何を志すのか、と。


もし、私と“別の私”とが対面し、話をしたら。

何方等の──否、どの私が理想的な私なのか。

訊いてみたいとも思う。


尤も、私自身は他の私には心を揺さ振られる事なんて無いでしょうけど。

…ああでも、華琳様でなく“雷華様の一番の私”には嫉妬と羨望を懐くかも。

或いは、華琳様の立場での雷華様と歩む私には、ね。

まあ、結局は“現在の私”有っての事だけど。




そんな事を考えていたのも余裕が有ったから。

その余裕が次第に無くなり私も真剣に集中を高める。


姉様が至ってから既に幾度翼槍と南海覇王が打付かり剣戟を響かせたか。

数えるのも面倒になる。

時間にすれば、約1時間。

当然ながら、休息など有る筈も無い。

ぶっ通しで、打付かり合う私達の周囲は、気が付けば風景と地形が変わっている状態だったりする。

勿論、大きくではない。

雑草が繁茂していた場所が地肌を晒した空き地の様に為っていた、という感じ。

……御免なさい、嘘です。

地面には凹凸が多数出来、彼方此方に斬り跡が残った酷い状態だったりします。


正直、雷華様に指定され、許可された場所でなければ御説教では済まなかったと自信を持って言えます。

勿論、私が一人で遣った事ではないのだけれど。



「──考え事かしらっ?!」


「──っ!?」



ギキィンッ!!、と刃が音を響かせ、風を裂く。

その瞬間、風へと拐われる様に外套の一部で有る筈の黒羽が数枚、宙を舞う。

その様子を視界の左端にて捉えながら──笑む。


姉様と此処で戦いを始めて初めて受けた手傷。

それは姉様が己の力に慣れ私に迫っている証。

勿論、氣を抜きで、なのは仕方が無い事だけど。

それでも、漸くである。


私は姉様の攻撃を躱すと、一旦大きく飛び退いてから距離を開ける。

姉様は追撃はしない。

疲労も有るには有るのだと思うけれど、今は疲労感を感じてはいない筈。

寧ろ、それさえも心地好く思える程に気持ちは昂り、高揚しているでしょう。

官渡での私の様にね。


追撃しないのは姉様自身も実感しているから。

得た力が、馴染んだ事を。

そして──此処からだと。



「…漸く、慣れた感じね

さて、そろそろ貴方の方も本気に為ってくれる?」



本気では戦っていた。

ただ、集中の度合いという意味では本気とは言い難い状態だったのも事実。

仕方が無い事だけれど。

その事を姉様も刃を交えて感じ取っていたみたい。

己の未熟さと共にね。


だから、今は挑戦者として姉様は私を見据えている。

越えるべき壁として。


それに応える様に、初めて私は構えを取る。

左足を前に半身に。

両手で翼槍を握り石突きを左足の先に添える様にし、右肩に担ぐ様にして、鋒は後方へと向ける。


そして──羽撃く様にして翼槍は閉じていた翼(刃)を大きく広げた。




それを見て、姉様は驚きを露にした。



「…へぇー…驚いたわ

その槍って、そんな感じに為る物だったのね…

微妙に、違和感が有る様な気がしてたんだけど…

成る程ね、そういう絡繰りだった訳ね…」



今の姉様の気持ちは私にも理解する事が出来る。

母様が使っていた時の姿は間違い無く今の姿。

だから、私達の記憶の中の翼槍は今の姿になる。


で、この翼槍の翼に当たる戈と言ってもいい刃は柄の方へと収納させる仕組み。

雷華様の改良ではない。

元々、そういう仕様。

だから、翼を畳んだ状態を見ると違和感を覚える。

ただ、刃や装飾が欠けたり壊れて外れたりする事など珍しい事ではない。

その為、姉様が翼槍を見て母様の愛槍であると確信を持ったとしても、脳裏には引っ掛かりを感じながらも納得してしまう。

それ故に、こうなるのだと知った時には驚かされる。


だけど、姉様が感じていた違和感はそういう意味での事ではないのでしょう。

多分、“不自然さ”に対し懐いた物だと思う。

つまり、“勘”で“翼槍が本気ではない”という事を感じ取った。

そんな所なのでしょう。



(本当、非常識だわ…)



母様のそれは経験則からの物だと言える。

実際には“女の勘”に近い物なのでしょうけど。

でも、姉様のそれは説明に困ってしまう。

あの雷華様が、そう言った位なのだから。

決して、侮っては駄目。

アレはそういう類いの物。



「──けど、漸く私の事を認めてくれたみたいね」



そう言って姉様は笑うと、ゆっくりと構えた。


左足を引いてはいるけれど半身ではない。

両手で確と握る南海覇王を正眼に構え、僅かに前傾に屈む様に曲げている右足に重心を置いている。

あまり見慣れない構え。

前に向かって突進する姿勢と見るのが妥当か。

他への動きには移行し難い印象を受ける。


決め付けるのは危険。

慎重過ぎても同じ。

その駆け引きを含め、今の緊張感が心地好く楽しい。




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