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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
634/915

       拾肆



「──っ!?」



──そう自信を持っていた一撃が弾かれた。


ガギイィンッ!、と甲高い音を響かせて頭上へと弾き上げられる“南海覇王”が視界を横切った。

“一体何が起きたの!?”と思ったのと粗同時に。

視界に入った存在。

当然の事ながら南海覇王を弾いた槍である。

それを見た瞬間だった。

先程の“番人”の不可解な動きの意図を理解した。



(──くっ、遣られた!)



石突きギリギリに握られた状態の槍が三日月を思わす大きな弧を描く。

その一撃を真下から受けて私の攻撃は破られていた。


母様の槍は私の身長よりも長いのだから、当然の様にギリギリで持てば槍に加え腕の長さも有り、身長より長い間合いを必要とする。

前に突き出す分には直線の動きだけなので構わないが円状の軌道となると普通に回しては地面に打付かり、自分から隙を生み出す事に為ってしまう。

そうしない様にするなら、遣らないのが妥当。

と言うか、選択肢に上げる事すら無いでしょう。


確かに有効な手では有る。

槍の様に先端が重く重心が片側に寄っている武器なら最大限に長く持ち振り回すだけでも高い威力を生む。

勿論、独楽の様に回っては隙だらけになってしまう為飽く迄も一撃必殺が理想な一手ではあるのだけど。

普通は怖くて遣らない。


けど、番人は違った。

その利点を活かし、迎撃に用いたのだから。

あの時、真上に飛んだのは槍を回転させる為の空間を作り出す為だった。

それだけではない。

半身になっていたのは私の視界から槍を隠す為。

体勢を崩した様にも見せる意図が有ったのでしょう。

加えて、私の蹴りの威力を殺さずに利用して上乗せし遣り返してもいる。


あの一瞬で、二手三手先へ繋げている力量には改めて感嘆させられる。



(──にしても、辛過ぎる気がするんですけどっ!)



一つ、良い感じの手応えを得て勢い付こうとした──その矢先にこれだ。

出端を挫く様にあっさりと叩き潰されてしまう。

普通の者なら、此処で既に心を折られてしまう。

そう言い切れる程に容赦も慈悲も無い展開。


勿論、私は折れはしない。

今は逆に気持ちは高揚し、闘志を昂らせる。


両腕は使えない状況。

身体は前に向かっている。

無理な停止や回避をすれば自ら無防備な状態を安易に作り出してしまうだけ。

だから、逆らわない。

前に向かう勢いのままに、右足で踏み切って左足での膝蹴りを放つ様に跳ぶ。



「──痛っ!?」



その膝を狙い打ちする様に突き出された左足の裏。

それにより左膝は力強くで押し戻されてしまう。

反動で左足は伸び、躓いた様な感じで下半身は後ろに押し返され、上半身は前に倒れ込む様に傾く。


だが、前蹴りではない。

左前での半身の姿勢からの横蹴りに近い形。



(────ヤバっ!?)



瞬間、感じる悪寒。

本能的に不味いと悟る。




一転して、次は自分の方が無防備に為ってしまった。

槍も左足も左腕も無い。

恐らくは右足での回し蹴りでしょう。

でも、防ぐ手が無い。

私の両腕も両脚も防御には間に合わない。


視界の中、灰色の影が翻り衝撃が襲った。



「────ぅぐっ!?」



予想した通りの右足。

防御も回避も不可能なまま受けてしまう。

先程とは逆に、私の身体は後方へと蹴り飛ばされる。


しかし、全く何もしないで受けた訳ではない。

鳩尾を狙っていたであろう番人の蹴り。

その位置を無理矢理身体を捻って僅かにズラした。

受けた場所は右の脇腹。

衝撃で息が詰まる。


“全く…一体何れだけ私は息を詰まらされれば戦いは終わるのかしらね…”等と頭の片隅で思う。

別に余裕な訳ではない。

こういう時、意識は身体の状態とは異なり、他人事の様な思考を見せる事なんて意外と珍しくはない。

それに、こういう状態へと為る事は大体、まだ戦意を失ってはいない証拠。

だから気にはしない。


左足の爪先が地面を擦る。

その感覚に合わせて右足と右手に持つ南海覇王を付き土煙と土片を撒き散らして滑りながら、着地。


滑っていた勢いが止まると思い出した様に右の脇腹がズキズキと鈍く痛む。

無意識に添えた左手が少し触れただけでも痛い。

それでも集中は切らさずに右膝を付き、半ば跪く形で離れた番人を見据える。

油断だけはしない様に。



(…あー…この感じだと、三本じゃ済まないわね…)



綺麗に折れた物で数本。

皹が入った物を合わせれば倍には為るでしょうね。


もし、客観的に観ていれば“それなら正面に受けてた方が良かったんじゃ?”と思う人も居る筈。

勿論、戦い続けるのならば影響は少ない方が良い。

でも、鳩尾に受けていればその時点で終わっていた。

“そうなった可能性は高いのかもしれないけど、別に絶対って訳じゃないのに”なんて言えるのは客観的に観ているから。

当事者(私)にしか判らない確信が有っての事。



(まあ、番人の攻撃自体が正確に急所を狙ってるからズラせもしたんだけど…

抑、“殺す気”が有るのか無いのか曖昧なのよね…)



“倒す気”が有る事だけははっきりと感じ取れる。

闘志だけではなく、殺気もちゃんと存在している。

──にも関わらず、番人の攻撃には“殺意”が殆んど感じられない。

…まあ、今だから感じてる事なんだけどね。

さっきまではそんな余裕は全然なかったから。


もし、私を殺すつもりなら番人の力量ならば容易い。

それこそ最初の不意打ちの一撃で終わらせられていた筈なのだから。

其処に意図を感じない方が可笑しいでしょう。


そう考えると本当に番人が母様に思えてしまう。

未熟な虎児(我が娘)に対し自らの最後の道標(教え)を与えるかの様に。




そうだとすれば、よ。

今の番人にとっての私は、“物足りない存在”って事になるわよね。

腹が立つし、情けないし、ムカつくけど…事実だけにぐうの音も出ない。



(…って事は…やっぱり、遣る事は一つみたいね…)



私を“追い込む”事により番人が自らが戦うに値する私(存在)を求めているなら全力で答えるしかない。

どの道、今私に出来る事はそれしかないんだしね。



(…で、問題はどうすれば高み(其処)に至れるかね)



ズキズキと鈍く痛む脇腹が鬱陶しい。

思考を邪魔してくる。

けど、“邪魔よっ!”とか言って叩く訳にもいかないから困ってしまう。

…いえね?、それはまあ、遣れば出来るんだけど。

ただ私が痛いだけだし。

何の意味も無いし。

そういう類いの特殊な性癖は私には無いから。

それに番人だって、きっと“…は?、此奴ってば一体何が遣りたい訳?”なんて思って冷めた眼差しを私に向けてくるでしょうしね。

馬鹿みたいじゃない。


──とまあ、そんな余計な事は置いておくとして。

切っ掛けと言うべき存在に思い当たる事は有る。

と言うか、それ以外ならば此処で至れる自信は無い。



(…鍵って言うか…

昔、母様から“己の意思で飼い慣らしなさい”って、言われた“アレ”よね…)



一応、判ってはいる。

でも、気乗りはしないのが本音だったりする。

正直、億劫に為る。



(“アレ”の時の私の姿を客観的に観ると、ただただ殺戮(戦う事)を楽しんでるみたいらしいんだけど…

そうでも無いのよねぇ…)



実際には心身の“疼き”を抑えるのに必死。

子供の頃に比べれば多少は折り合いが付けられる様に為ったとは思うけど。

それは表面上に過ぎない。


餓えた獣の如き“渇き”は今も尚、満たされない事に不満を感じている。

祐哉という存在を得た事で私は満たされたけど。

それに対し反比例する様に“渇き”は深く、強まる。

そう私は感じていた。




番人を前にしながら、私は静かに目蓋を閉じる。

諦めた訳ではない。

死を覚悟した訳でもない。

ただ、己が裡深くへと眠る餓獣(虎)を呼び起こす。

その為に、意識を沈める。


周囲の音が遠退いてゆき、軈て途絶える。

四肢の、肌の感覚は薄れて軈て消え去る。

気絶する様に、眠る様に、五感は閉ざされてゆく。

しかし、意識は違う。

深い水底へと潜るかの様に深く、深く、沈んでゆき、水面に浮かぶ様な感覚にて底の先へと抜ける。


暗転した景色が一転。

光を伴って私を誘う。

目蓋を開ける様に、意識を向ければ見える景色。

其処に有るのは現実からは隔絶された世界。

私の、“心淵”の領域。



(随分と久し振りよね…)



前に此処に来た時からは、結構経っている。

…確か、母様が亡くなって色々有って自分の未熟さを痛感した時だった筈。

だとすれば、約四年振りになるでしょう。

我ながら薄情な物よね。


視線を周囲に巡らせる。

鬱蒼と繁る密林。

道なんて物は存在しない。

踏み入る事その物を拒絶し赦さない領域。

それが、此処で在る。


その在り方は、私の心情を餓獣の意思を、そのままに表している。



(はぁ〜…やれやれね…

引き篭りも此処まで来るといっそ清々しいと言うべきなのかしらね〜…)



他人事ではないのだけど。

ある意味では間違いだとは言えなかったりする。

その理由こそ、私が此処に来ていなかった要因。

同時に此処が存在し続ける理由でもあったりする。



(──っ!、来たわね…)



ガザッ…ガササッ…と繁る枝葉を鳴らしながら此方に近付いてくる。

足音の代わりに隠しもせず鳴り響かせる草木の歌声。

いや、悲鳴かもしれないし雄叫びかもしれない。

バキッ!、バギギッ!!、と己の進むべき先を覆い塞ぐ草木を排除しながら近付き道無き道を踏み進む。


そして、私の目の前へと、その姿を露にする。


激しく燃え盛っている炎を思わせる鮮やかな赤橙色に輝いている毛並み。

その毛並みに刻み込まれた戦化粧に見える深い紫黒のくっきりとした縞模様。

金色でありながら、まるであらゆる全てに対し憎悪を懐いているかの様に、輝く事は無い鈍く暗い双眸。

敵意と共に剥き出しとなる牙と爪が意思を映す。


毛並みと双眸の印象の差が互いを更に深く強く存在感を引き立て合う。

見紛う事無き、餓獣(虎)が其処に存在している。




時として、力という存在は様々な物に例えられる。


それは、力を他者に対して説明しようとした時、何に例えると伝わり易いのかを各々が考える為。

故に、共通する絶対的な形という物は無いと思う。

“何と無く…”で、一応は伝わりはしても、正確には認識・意識を共有する事は難しかったりする。

でも、それは仕方が無い。

人によって、力に対しての認識や価値観、印象という物は異なるのだから。


では、私の場合はどうか。

ある意味、解り易い。

私にとっての“力の象徴”なんて一つしかない。

それは母様──孫文台で、“紅虎”である。



(貴方を見る度に思うわ

熟自分自身が如何に母様に対し強い想いを懐いているのかを嫌という程にね…)



“…そんな事知るか…”と言うみたいに、低く唸って此方を睨み付ける紅虎。

その姿に“それもそうよね

そんな事を言われたって、貴方は困るわよね〜…”と胸中で苦笑。

私が紅虎の立場であれば、そう思うでしょうしね。



(…まあ、再会を喜び合いお互いを懐かしみ合って、思い出話に花を咲かせたい訳じゃあないしね…

そんな関係でも無いしね)



そう言いながら私は右手を“腰に佩く南海覇王”へと伸ばして、柄に添える。


此処は現実ではない。

想像が具現化する世界。

だから、南海覇王が此処に有っても可笑しくはない。

…まあ、何でも具現化する事が出来る訳ではない。

私自身が深く理解している存在に限られる。

因みに生き物は無理らしく何度試みても具現化出来ず徒労に終わっているのは、懐かしい思い出だ。



(…これまで私はずっと、“放置して(逃げて)いた”けれど…今、此処で決着を着けましょう

貴方が勝てば貴方は自由、私が勝てば更なる高みへ…

ただそれだけよっ!)



そう言うと私は右手で柄を握り締めて、駆け出す。

それに呼応するかの様に、紅虎もまた地を蹴った。


久し振りの邂逅。

長き因縁の闘争。

互いの存在を賭し、傾けて剣刃と爪牙を交える。

最後の戦いが始まる。




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