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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
633/915

       拾参


孫文台(母様)を演じる。


それは間違いではないが、正しくはない。

確かに、姉様に母様の姿を意識させる事が今の目的に違いは無いのだけれど。

そういう意味ではなくて。

演じられる様な、生易しい存在ではない、という事。


抑、母様の──“紅虎”の戦い方というのは一般的な反復練習に因って培われる類いの物ではない。

確かに一部の技術的な点は日々の鍛練により可能では有るのだけれど。

その辺りは誰にでも言える基礎的な技術の話。

そういう事ではない。

母様の戦い方とは根本的な部分で違っている。


“覇者”の才器。

それを持ち得て、目覚めて初めて扱える様に為る。

謂わば、天賦の戦い方。

それが母様の戦い方。

それ無くしては、どんなに真似をしようとも、決して追い付けはしない、届きはしない領域(高み)。


そんな訳だから、私よりも母様自身との手合いの多い姉様は感じている筈。

何せ姉様自身も母様や私と同様に、その覇者の才器を持っているのだから。

ただ、私とは違い姉様には其処まで導いてくれる人が居ない為、感覚的に違いを感じている程度でしょう。

だから、今の私の模倣でも何とか誤魔化せる筈。



(…と言うか、姉様?

私と母様だと身長が一目で判る位違うのだけど?

ちゃんと見えているの?)



──と、珍しく“勘”まで鈍く為っている姉様に対し胸中で愚痴る。

だけど、そう為ってしまう姉様の心情も理解出来る。


初めて雷華様が手合いにて母様の戦い方をされた時、私は動揺する事しか出来ず惨敗してしまった。

姉様より母様との手合いの数は少ない私ですら簡単に信じ込まされる程。

勿論、雷華様と私とでは、実力も再現度(精度)も全然違うのだけれど。

初見では、無理も無い。

それ程までに私達にとって母様の存在は大きい。


…まあ、そういう意味では一番影響を受けず、初見で見破れそうな気がするのは末妹の小蓮よね。

ある意味、姉様や私と違い母様に影響されてはいない娘だから。

それが良いのか悪いのかは判らないけれど。



(…でも、正直な話、母様には“覇王”に至って尚、勝てる気がしないのよね)



そう思ってしまう。

しかし、仕方が無い事。

所詮、私は“駆け出し”の身でしかない。

覇者としての才器を鍛え、磨き上げていた母様の域に簡単に届く筈が無い。

だから当然だと言える。


そして、もう一つ。

その“入り口(始端)”へと至って初めて理解出来る。

孫文台が──私達の母様が如何に猛者(化け物)だったのかという事を。


私にとって目標で有るけど通過点でも有る。

母様には悪いけど、目指す場所(高み)は更に上。

華琳様と私にだけ許された可能性を得た以上、其処を目指さない理由は無い。


その為にも、今は姉様には頑張って貰わないと。

…まあ、その為に私の方も頑張らないといけないのは仕方が無い事よね。




──とは言うものの、実は結構難しかったりする。

何しろ、母様の戦い方をし“倒す”訳ではない。

飽く迄、姉様を追い込む。

それが目的なのだから。



(まだ姉様は気付いてないみたいだから余計に加減が難しいのよね…)



手を抜き過ぎると怪しまれ折角雷華様が整えてくれた計画(舞台)自体を台無しにし兼ねない。

それは絶対に駄目。

個人的にも色々と困るし。


──なんて思っていたら、姉様が此方に来る振りをし背を向けると崖に向かって駆け出した。



(──此処で逃亡策っ!?)



姉様の性格的に一番無いと思える行動だけに驚く。

完全に虚を突かれただけに反応が僅かに遅れる。

しかし、私と姉様の脚力の差を考えれば問題無い。

直ぐに追い付ける。


──という、私の油断。

その隙を突いた一手。

“遣られたっ!”と胸中で頭を抱えて叫びながらも、身体は冷静に対応する。

減速など一切せずに、寧ろ加速していく。

そのまま崖を駆け上って、半円状の崖の地形を利用し姉様に向かって、頭上から飛び掛かる様に跳ぶ。

すると、姉様の方も“戦いを避ける事は不可能”だと悟ったのでしょうね。

散漫だった意識が私に対し高まっているのを感じる。


其処からだった。

姉様の動きが急に変わって私の動きに反応し始めた。



(この感じ…もしかして、姉様自身の意思よりも先に身体が反応をしている?)



そういった経験は、私にも何度か覚えが有る事。

大きく二つに分けられると雷華様が言っていた。

一つ目は、経験則から来る反射行動に因る物。

これは判り易く言えば日常生活の中にも存在する事で呼吸だったり、箸の使い方だったり、歩き方だったりといった物も含まれる。

つまり無意識下でも身体が覚えている、という事。

誰にでも起きている事だと言えるでしょう。

それに対して、もう一つは経験則に加え才器に因って齎される“未来予測”的な感覚による反射行動。

その場凌ぎだけではなく、先へ先へと繋がる物。


今の姉様の状態は前者。

だが、残念には思わない。

寧ろ、期待していた結果が出ていると言える。



(だとすれば、今の姉様は私と自分の動きを客観的に観ているでしょうね…)



これなら、然程掛からずに母様に行き着く筈。


そう思った通りに、姉様は私の事を母様と思い込み、錯乱状態に陥った。

そして、逃げ出すかの様に私に斬り掛かってきた。

その動きは、先程までとは比べ物に為らない程に酷く隙だらけと言える物。

“どうぞ、お好きな様に”“さあ、殺して下さい”と言っているのも同然。

見ているだけでも苛立ちを覚えてしまうのは、やはり姉妹だからかもしれない。

…いえ、少し違うわね。

小蓮には思わない。

これは多分、同族嫌悪。

私も姉様も実は似た者同士だからなのでしょう。

皮肉な物よね、姉様。



──side out。



 孫策side──


取り敢えず、祐哉の事とか色んな事は頭の中から一旦追い出してしまう。

ただ、目の前に立つ存在を倒す事だけを考え、集中し倒す為だけに全てを傾ける様に意識する。

そうしないと勝てはしない相手なのだから。


“番人”の姿を真っ直ぐに見据えながら、本の僅かに足を擦り動かして間合いを変える様に左右へ前後へと移動しながら次に取るべき選択肢(行動)を考える。



(さて、どうしよっか…)



考えてはみるものの簡単に導き出せはしない。

当然と言えば当然。

そんなに生易しい相手ではないのだから。


それでも、考えなくては。

運と“勘”任せの戦い方が通用しない事は此処までの戦いで理解しているしね。



(…本当、無理難題だわ)



そう胸中で愚痴りながらも現状までで判っている事を改めて整理してみる。

先ず、番人の戦い方は槍を持っていても近接格闘戦も得意という剣を扱う私とは相性の悪い物。

その上、母様にそっくりの戦い方をしてくる。

真似という域を超えている戦い方は本当に厄介。

正直、それだけで精神的にかなり揺さ振られるしね。

嫌な事を遣ってくれるわ。


けど、母様ではない。

確かに完全に否定するには可能性が残っているけど、少なくとも私の知っている母様ではない。

それだけは言い切れる。



(…となると、其処に有る情報量の差、かしらね…)



番人が母様の真似を出来る程に母様の戦い方を熟知し身に付けている。

そう仮定した場合、それは私にとっては情報の面では少しだけ有利になる。

伊達に母様から扱かれてはいないのだから。

ある程度は、読める筈。


対して、彼方は私の情報は然程は多くない様子。

少なくとも“対母様戦”の情報は無いと思える。

私に関しては世間一般的な認識なのかもしれない。

あの陽動策にも結果的には潰されたけど、一瞬だけは虚を突けていた様だし。


活路を見出だすとするなら其処かもしれないわね。




今、母様を超えるつもりで──なんて事は言わない。

と言うか、言えない。

まだ、其処まで届くなんて思ってはいないし。

冗談でも軽々しく言える程軽い言葉でもない。

私にとっては、生涯を以て叶えたい事だから。


でも、今此処で敗れるならそれも叶わなくなる。

叶えられる可能性(道)自体閉ざされてしまう。

だから、敗けられない。


その為にも必要になる。

此処で限界(私)を超えない限り、番人に対し勝ち目は生まれないでしょう。

だから、超えて見せる。

その覚悟は出来ている。



(…さあ、行くわよっ!)



深く息を吐き、小さく短く息を吸い込むと、気合いを入れて踏み込む。

出し惜しみせず全力で前に駆け出して行く。

小細工はしない。

しかし、逃げもしない。

私の意思に関係無く身体が勝手に動いていたとは言え曲がり形にも、この番人と打ち合えていたのだ。

手加減されている可能性も有るでしょうけど…それも今は気にしない。

その可能性に対して感じる屈辱感や憤怒・悔しさ等は全て闘志(火中)に投げ込み燃やしてしまう。

より激しく、より猛らせ。

愚直な程に只管に。


ただただ、戦う事でのみ、私という可能性(つぼみ)は花開くのだから。



「哈あぁーっ!」



番人の槍の間合いに入れば横薙の一閃が襲い掛かる。

ガギンッ!、と音を響かせ両手で持つ“南海覇王”で槍刃を受け止める。

前に向かって走っている為其処に対し横撃を受ければどうしても身体は逆方向に押されてしまう。

そんな事は気にせずに前に一歩、右足を踏み込む。


内側気味に斜めに、大地を踏み締めた右足で踏ん張り身体を前に倒す。

強引に槍刃の、南海覇王の内側へと身体を押し込む。

其処から、右足を軸にして左回りに回り、南海覇王で受け流す様に槍刃の後方へ送り出す。


番人に対して背を向けて、丁度同じ方向を見る格好に為った所で、左足を曲げて回し蹴りの体勢に入る。

流れる様な連撃。

──しかし、そう簡単には上手くはいかない。

左足の裏が感じ取るのは、硬い感触と──衝撃。

一番考え易いのは左膝。

だけど、ググゥ…と力強く押し込まれる感覚。

それは膝の感触ではない。

となると、左足の裏。

つまりは、前蹴りによる物だろうと判断する。


又しても読まれていた。

そして、上を行く対応。

だが、心は折れはしない。

寧ろ、更に昂る。



「──羅あぁあぁっ!!!!」



右足を踏み切って、体重を全て乗せ渾身の力で左足を伸ばしきった。




強引に身体を捻り僅かでも威力を上げようとした。

結果、僅かに身体は後ろに流れてしまう。

しかし、此処に来て初めて番人に押し勝つ。


視界の中、後ろに向かって離れてゆく番人の姿。

その様子を、ゆっくりした感覚の中で見詰める。

たった一度の攻防の結果。

しかも、相手は必殺という状態ではない為、踏ん張る事も無ければ、体勢を崩す様な事も無い。

ただ後ろに飛ばされた。

それだけでしょう。

勝敗が決まった訳でもなく多分、容易く着地をされるだろうな、とも思う。


それでも、嬉しく思う。

自分の意思による一撃にて有効打を入れられた事を。

初めて、母様に対し一撃を入れる事が出来た。

あの幼き日の瞬間の様に。

他意は無く、ただ純粋に。



(…でもまあ、私の時より全然軽いんだけどね〜…)



自分が番人の一撃によって同様に蹴り飛ばされた時と比べてしまうと虚しいので深くは考えない。

折角の良い気分なんだから態々自分から損なう必要は無いのだから。

此処は前向きに。

私らしく、お気楽で極楽に調子を上げて行こう。


となれば、遣る事は一つ。



「──疾っ!」



番人より早く着地をしたら即座に追撃の為に駆ける。

此処で間を置く様な真似は勢いを殺ぐだけ。

蛮勇は頂けない。

しかし、慎重に為り過ぎて機を逸しても為らない。

大胆不敵に、獰猛に。

それが、“紅虎(母様)”の教えなのだから。


予想した通り、左足一本で難無く着地した番人は軽く“真上に”飛んだ。

その行動の意図が判らないけれど、止まらない。

警戒はするが気にし過ぎる事はしない。

迷わず突進する。


両手持ちの南海覇王による右斬上げの一閃。

体重と勢いも乗った一撃。

番人の体勢は半身だけど、今は宙に有る。

防がれるかもしれない。

だが、簡単には弾けない。

そう自信を持って放つ。




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