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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
632/915

       拾弐


暫しの間を措き──整う。

真っ直ぐに“番人”の姿を見据える。


“南海覇王”を、右手から左手に持ち替えた上で更に逆手に握る。

一つ息を吐き──番人へと向かって駆け出す。

但し、直線にではない。

左右に飛び跳ねる様にして間合いを外しながら。


何故、先程までは遣らずに突っ込んでいたのか。

無駄な消耗を避けるという事も理由の一つ。

けど、一番は初見同士での半端な小細工は自分が隙を生じさせてしまうから。

手堅く行くには、お互いに先を予測出来る範疇の方が隙を生み難い。

其処に一手を仕込むから、予想外の展開を造れる。

…まあ、散々に遣られてた私が言うってのも可笑しな話なんだけどね。


そんな事は兎も角。

私の動きの変化に、番人は初めて私を懐に引き込む。

態と、私の間合いに入れて出方を窺うのが狙い。

勿論、それが出来る程度の実力差が有るからなのは、今更言う事ではない。

…腹が立つけどね。


跳ねながら、番人から見て左から突っ込む。

当然、番人は反応する。

私と向き合う様に身を捻りながら右手の槍を私に向け突き出してくる。

其処で、爪先を内に向けて左足を踏み込み、急停止。

尚且つ、右回りに回転して身体の正面を通す様な形で槍を躱し、その勢いのまま左手を水平に振り抜く。


それを槍を地面に突き刺し自ら前に踏み切って空中で逆立ちをする様に身を翻し番人は回避する。


勿論、この程度の小細工が通用するなんて思わないし当たるとも思っていない。

──でも、狙い通り。


躱す為に一瞬でも槍を突き刺した事で、番人ではなく槍が無防備になる。

回転しながら左手を緩め、南海覇王を手放すと空いた左手で槍の柄を掴む。

同時に、宙に放り出された南海覇王の柄を右手で掴み取って確保する。


互いに槍を握った状態では手を掴み合っている状態と変わらない為、手放す以外距離を開けるのは不可能。

手を離せば武器を失う。

手を離さなければ宙に有り落下している身体に向けて右手の南海覇王が迫る。

普通に考えれば、詰み。

けど、このまま終わるとは微塵も思っていない。

油断無く、躊躇せず。

順手にて掴んだ南海覇王を引き絞り、突き出す。


しっかりと視界内に映した番人の姿は変わらない。

焦りは全く感じさせない。

右手を離す気配も。



(此処から、どうする?)



考えが判らない。

だからこそ、興味が湧く。


──グイッ!、と槍を掴む左腕が引かれた。

ジャリッ…と地面が鳴り、左半身が浮き上がる感覚を感じ取る。



「──っ!?」



反射的に左手は槍を離し、崩れ掛けた体勢を無理矢理引き戻しつつ、捻る。

それに合わせて南海覇王を突き出す──が、刃の腹を振り抜かれた右足の爪先に蹴り飛ばされる。

放さない様にすると右腕が持って行かれ掛けるけど、手放しはしない。

その反動のまま、お互いに弾かれ合う様に後方に飛び退る形になった。




一旦離れ、息を吐く。

僅か数瞬の事ではあるけど費やす集中力と精神力は、通常の戦いの十倍以上だと思える位に高い。

勿論、それだけの相手故に仕方が無いのだけれど。

出来れば、気楽に戦いたいというのが正直な所ね。

…まあ、楽しむ余裕が有る時は別なんだけど。


脳裏に浮かぶ先程の光景。

空中に有る状態では自由は無いに等しい。

それを握った槍を引く事で身体に勢いを付けると共に私が握っている事を利用し行動の自由を得た。

その結果、森の中で木々を使い自在に飛び交っている猿の様な身軽さ。


それを思い出し、その身の熟しには素直に驚嘆する。

人間技とは思えない。

普通なら筋を痛めていても可笑しくないでしょうに。

…まあ、外見的に見た時に特徴的に人間っぽいだけで実際には人間かどうかすら判らないんだけどね。



(…でも、はっきりしたわ

番人は母様ではないわね)



先程の仕掛けは、倒す為の攻撃ではない。

私が“違い”を確認する為だけの物。

それを第一に置いた一手。


先程の仕掛けは以前に──まだ存命だった頃の母様に私が遣った奇襲。

当時は私も今より未熟だし身体も小さかった。

だから、当然の様に威力や速度は比較に為らない。

けど、それは関係無い。


私達の知る母様であれば、知っている事。

だから、容易く打ち破られ遣り返される筈。

でも、実際には番人は私の攻撃を受けるまで反応せず後手に回っていた。

という事は、目の前に居る番人は私と母様の手合いの事を知らない事になる。


それによくよく観察すれば私よりも番人は身長が低い事が見て判る。

私も女性としては長身な方なんだけど、母様は私より拳一つ分は高かった。

それに対し、番人は私より逆に拳一つ分程低い。


…まあ、“若い頃の”なら有り得るかもしれない。

それなら、私との手合いの記憶が無くても可笑しくはないでしょうからね。

そんな事、何をどう遣れば出来るのか解らないけど。


少なくとも、私達の記憶に残っている死んだ時の頃の母様ではない。

それだけは間違い無い。



(とは言え、全くの無関係という訳ではないわよね…

そうでなきゃ説明出来無い部分が多過ぎるもの…)



“狼”・“烏”・“鹿”。

本当に偶然で揃えられない事も有り得ない訳ではないのでしょうけど。

正直、考え難い。

戦い方にしても同じ。

最早、“真似”という域を超えているわ。

少なくとも番人は、母様と同じ戦い方が出来るだけの才器の持ち主みたいだし、実力は底が見えない。

それに何より、あの槍よ。

あれを持っているだけでも無関係ではない筈。


本当…改めて厄介な相手が目の前に居るわ。

それだけは確かだと言える自信が有る。



──side out



 孫権──


━━数日前。



「──あの…今、何て?」



私は雷華様の言葉を聞いて思わず訊き返していた。

普段、そういう事は無い。

きちんと話は聞いているし集中もしている。

余程理解が出来無い場合は当然、質問をするけれど。

それは具体的な点の疑問を問う形で、でね。


だから、こんな風に私から訊き返す事は私自身ですら数える程しか記憶にない。



「ん?、だから、孫策との対決時には“これ”を着て臨んで貰う」



そう言って雷華様は普通に同じ事を繰り返された。

…いえ、判ってはいるわ。

他に言い様が無い、という事は判るのよ。


ただ…ええ、ただね。

一つだけ問題が有るの。



「…………“これ”を?」


「そう、“これ”を」



私達が揃って、“これ”と称している姉様と戦う際の衣装?が目の前に有る。


烏の様な黒羽の外套。

四本の鹿の角が生えている狼の耳が有る灰色の毛皮を思わせる鬘(被り物)。

足元の靴?…いえ、足袋と思しき物は狼の足っぽくて指先に鋭い爪が付いている無駄に細工の出来が良い品だと言える。

でも、何か足が滑りそうな印象を受けてしまう。

肉球が有ったとしても──“出落ち”的に。

顔の部分には、“虫瘤”を思わせる不気味な仮面。

大きさの異なった穴が三つ空いてはいるのだけれど…正直、視界が悪そうにしか思えない。

身体には鎧?みたいな革の防具と、蔦を編んだ感じの服を着るらしいわ。

…見ただけで痒くなるのは私だけじゃないと思う。



「これに加えて、露出する肌の部分には色を塗って、“怪異”っぽくする

でも、それだけだと単純に血色が悪いとか“異民族”みたいにしか見えないんで朱色で紋様を刻む

意味深っぽいけど実際には全く無意味な感じのをな」


「…私の正体を隠す理由は判るのだけれど…

遣り過ぎじゃないの?

動き難そうだし…」


「だからだ

幾ら氣の使用を自粛しても力量差が有り過ぎる

ある程度、蓮華の方の力を落とさないと釣り合わず、勝負に為らないからな

自覚は無いんだろうけど、お前も異常(此方)側だって本番に為れば判るよ」





そう言われていたけど──間違ってはいなかった。


いえ、別に雷華様の言葉を疑っていた訳ではない。

ただ単純に“私の中”では未だに姉様との実力の差は然程は開いていないという認識だったから。

だから、実感が無かった。

それが正直な所ね。

勿論、“全力”で戦うなら姉様に負ける気はしない。

その自信は有る。


森を抜けて来た姉様に対し不意打ちでの一撃。

本の挨拶代わりのつもり、だったのだけれど。

思いの外、驚かれた。

一番は姉様の視線からして翼槍なんでしょうけど。

其処は私もほら、雷華様と出逢った時の事が有るから気持ちは理解出来るわ。

姉様が戦う気に為ったから構わないのだけど。


…まあ、こんな格好をした状態では自分の妹だなんて気付けないでしょうね。

私だって氣を読めなければ気付かないと思う。

もしも姉様、或いは小蓮がこんな風な格好をしていたとしても判らない筈。

だって、姉妹に結び付ける要素が手に持つ翼槍以外に無いんだもの。

その翼槍も、姉妹よりかは母様に行くでしょうし。

先ず、無理だと思うわ。



(…尤も、その事実を後で知ったら色々と落ち込むと思うのだけど…

…姉様は爆笑しそうよね)



“れ、蓮華ったら、あの時あんな格好をして真面目に遣ってた訳?、やだもう、私を笑死させたいの〜?”なんて言いそう。

…想像したら腹が立った。

物凄く、苛っとする。



(私だってね、好き好んでこんな格好してないわよ!

それはまぁ?、雷華様から言われたから仕方が無いし着てはいるけど…

着たくはなかったわよ!

と言うか、姉様にも責任が有るんですからね?!)



──と、胸中で愚痴る。

発言は禁止されているから絶対に言わないけど。

いつか、言える時が来たら絶対に言おうと思う。


それはそれとして。

完全に八つ当たりだけど…今はほら、敵な訳だし。

別に構わないわよね。


という事で殺気を向けたら何だか、姉様が物凄く私を警戒していた。

…強過ぎたかしら?

でも、こんな程度は私達は日常茶飯事なのだけど。

これもやっぱり、雷華様が言っていた様に“慣れ”の差なのかしらね。

目指す“高み”が違う分、仕方無いのでしょうけど。

こういう時には厄介よね。

愚痴っていも、憂いていも仕方が無いし遣るべき事に集中しましょうか。




──と言いたいのだけど。


どうにも姉様が可笑しい。

いえ、元々、常識を母様の御腹の中に忘れて産まれ、姉様の分までも私が持って産まれたみたいだったけど──って、そうじゃない。


何と言うべきなのか。

一見集中している様で居て全く集中出来ていない。

戦いの最中──それも格上相手に対して戦う姿勢とは到底思えなかった。



(…一体、何が姉様を──って、態々考える事なんて無かったわよね…)



抑、姉様が此処に居るのはどうしてなのか。

それが全てを物語っている以上は説明は不要。



(…恋愛(想い)というのは御し難い物だものね…)



一足先に理解した私だけど未だに戸惑う事は多い。

でも、それも含めて楽しむ事が出来ている。

それは、雷華様だけでなく華琳様や皆も一緒だから。

そう断言する事が出来る。


姉様にとって、彼の存在がそうなのでしょうね。

だから、視野も思考も狭窄状態に陥っている。

自分でも気付いていない程大きくズレてしまっている状態という訳ね。



(…本当、雷華様の読みの恐ろしさを、こんな時でも再認識させられるわね…)



何故、こんな姿なのか。

この姿──衣装に隠された“仕掛け”には二つの違う意味が存在している。

それ自体は共通だけれど。


一つは姉様に対して母様の“幻影”を意識させる事で揺す振りを掛ける為。

平たく言えば、動揺を誘い追い込む事が目的みたい。


もう一つは、その真逆。

母様という、私達姉妹には決して忘れる事の出来無い強烈な存在(刺激)を使って己の在り方を見失った際に目を覚まさせる為。


“一体、何方等が遣りたい事なのかしら?”だなんて考えはしない。

何方等にも意味が有る。

それは姉様自身の為であり延いては私の為だから。


だから、姉様には悪いけど目を覚ますまで、少しだけ“母様の幻影(悪夢)”でも見て貰いましょうか。

楽しんで頂戴ね、姉様。

私も伊達に雷華様から散々遣られていないから。




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