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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
628/915

       捌



「──雄おぉおぉぉっ!!」



悲観的な思考が僅かにでも脳裏に思い浮かばない様に叫びを上げて、己の意識を戦う事だけに傾ける。

そうしなくては、今直ぐに心が折れてしまっても何も可笑しくはないから。

それ程に、厳しい状況だと自分でも感じているから。


しかし、気合いを入れても踏み出した一歩目は重い。

受けた一撃の影響は確かに身体に残っている。

それでも前に進む事でしか勝機を得られないのだから躊躇する事だけは無い。


次の一歩には目一杯に力を込めて大地を踏み締める。

此処で如何に踏み込めるかどうかで先が変わる。

決して、緩められない。


一歩、また一歩と前へ。

感覚的には歩く様に前へと進んでいる。

勿論、実際には今の自分が出せる全力で駆けている。

ただ、妙に緩やかな感覚で状況を認識している。

こういった感覚は初めて、という訳ではない。

集中力が極限まで高まると稀に起こる事が有る。

その時にはどんな相手にも敗ける気はしない。

だが、それと酷似した様な感覚がもう一つ存在する。

死に直面した時に感じる、あの感覚である。


今、この状況で前者だとは御世辞にも考えられない。

其処まで馬鹿じゃないし。

必然的に後者が濃厚。



(……っ…悔しいわね…)



此処で自分の人生は終わり志も半ばに倒れてしまう。

それが、死(結末)だと。


そう理解してしまったら。不思議と気持ちは落ち着き冷静に為ってしまう。



(…あの時、母様もこんな気分だったのかしら…)



今はもう、遠い過去(昔)の様に感じてしまう。

それ位に色々な事が有って本当に大変だった。


“何で死んだのよっ!”と色んな意味で母様に向けて叫びたくなった事は一度や二度ではない。

それこそ最初の一年だけで数百回に上るでしょう。

愚痴よりも恨み言と言った方が正しい位にね。


けれど、同時に私は母様の偉大さを改めて知った。

普段は決して、張り詰めた追い込まれた様な姿なんて見せはしなかった。

でも、胸中では判らない。

多分、理由や原因は違えど少なくなかった筈。

そう、今なら思える。


同じ立場になってみたから理解出来る様になった。

そう言ってしまう事は簡単なのだけれど、そう言うと結局は言い訳に為るのかもしれない。

そう思ってしまう。

だって、理解しようとする意志が有ったなら、母様の存命の内に知る事は出来た筈なのだから。

そう出来無かった自分が、何も理解出来ていない事が今は深く悔やまれる。


とは言え、私達に対しては最後の言葉を遺せただけ、母様は凄かったわよね。

私は…出来そうにない。

だって、こんな場所だし、他領での不法侵入だし。

下手をすれば、孫呉滅亡の火種に為り兼ねない。


──と、その瞬間。

脳裏に浮かんだ光景に対し言い表せない程に強烈な、反抗心が沸き上がった。




緩慢とさえ言えた景色が、一転して加速する。

今にも倒れ込みそうな程に低く身を屈め、地面を這う蛇の如く、駆ける。


そして、右手で南海覇王を掴み上げると怯む事無く、“番人”に向けて突進。

勢いのままに体重を乗せて前に跳んで、突く。


ガギンッ!!、と鳴り響いた剣戟に闘志が戻る。

槍によって受け止められ、右薙を放って防がれた様な形で鍔迫り合いの状態に。

ギギギッ…と鈍い金属音を鳴らしながら、二つの刃が押し合っている。



(…はぁ〜…私ってば一体何を遣ってるのかしら…)



己が未熟さ、不甲斐無さに心底腹が立つ。

確かに、良い一撃だった。

もしも、あの一撃の右膝が左手に持った短剣とかなら私は確実に死んでいた。

それは間違いでしょう。


でも、それは可能性の話。

“たられば”に臆していて弱気に為ってしまっては、僅かな勝機も自ら捨て去る様な物だもの。

そんな馬鹿な事をしていて勝てる訳が無い。


久しく、一対一での戦いで敗北(死)を感じた事なんて無かったからでしょう。

たった一撃貰っただけで、弱気に為ってしまった。



(…全くっ…一体いつから孫伯符(あなた)は、自分が強者(勝者)であると勘違いしたのよっ!

ずっと見てきた祐哉の姿を思い出しなさいっ!)



勝つ為に努力をし。

勝つ為に抗い。

勝つ事を諦めない。

その姿こそ、私の受け継ぐ孫家の“戦姿”だ。


深く、静かに呼吸する。

祐哉と、皆と共に在る為に決して負けられない。

退く事は出来無い。

その事を改めて決意する。



「──っ、哈ぁあぁっ!」



咆哮し、押し込む。

其処から力を右後方へ向け受け流す様に身体を左へと傾けながら捻り、本の少し右膝を曲げて腰を落とす。

すると南海覇王の刃を伝い流れる様に槍刃は滑る。


普通ならば、此処で体勢を崩した相手の無防備と為る右脇腹を目掛けて逆に刃を槍に滑らせて擦れ違い様に剣を振り抜く。

それで、決め手に成る。


しかし、そんなに甘い相手だなんて思ってはいない。

案の定、拮抗した状態から僅かに槍は流れているが、体勢を崩してはいない。


──っと、確認すると共に左膝を折って腰を落とし、仰け反る様にしながら左に上半身を傾ける。

次の瞬間。

視界で灰と黒の波が躍る。

僅かに遅れて私の赤桃色の髪が風に掬い上げられて、宙に舞った。



「──くっ…」



左手を地面に付き、曲げて衝撃を逃がしつつ掌を使い地面を押して後方に向かい転がって距離を取る。

一時的にとは言え相手から視線を切る事は好ましくはないのだけれど、状況的に仕方が無い。


正直、単に槍を持っているというだけで、内側に入る作戦を遣ろうとした自分を今は叱って遣りたい。

それは勇敢でも、強気でもなくて、蛮勇なんだと。




一回転して起き上がる──瞬間に更に一回転。

地面を伝った衝撃は身体を瞬間的に宙に浮かす。

回転が途中で中断されて、腹這いの状態から頭だけを其方らへと向ける。



(──嘘でしょっ!?)



視界に映ったのは、まるで岩を砕いたかの様に大きく割れながら岩場を見る様に隆起した地面。

其処に事態を引き起こした原因であろう右足の踵。

回避していなければ自分がどうなっていたのか。

一々考えるまでも無い。

それ程の威力だ。

悪寒や恐怖という範疇には収まらないと言える。


あれ程に見事な膝蹴りなら力量の高さは明白。

多分、宅には体術で勝てる者は居ないでしょう。

…母様の愛槍を持っているけれど無手でも十分に強いでしょうしね。

本当に其の名が示す通りに“立ち塞がる壁(番人)”な訳だって事よね。

本当、嫌に為るわ。


しかも、動きが判らない。

先程躱したのは多分だけど左足での後ろ回し蹴り。

直に見てはいなくても一応“これ”だろうという事の察しは付く。

右足の蹴りであれば視界に灰色が入ってくる可能性は体勢から考えて低いしね。

流れ的に、私が受け流した槍を軸に使って回し蹴りを繰り出したのだと思う。

でも、その後が判らない。

いえ、正確には違う。

左足の後ろ回し蹴りの後、右足での蹴り上げが有って踵を落とす。

その流れなんだと思う。

でも、それは横から縦への連続した流れが有るから、繋がると言える事。

少なくとも、先程の動きに蹴り上げていた様な時間は無かったと思う。


けれど、もしも。

それが出来る早さを本当は持っているのだとすれば。

私は“遊ばれている”様な物なのかもしれない。



(本当、腹が立つわね!)



宙に浮いた状態を利用して右足で地面を蹴って跳び、反動で上体を起こす。

追撃にも対応が出来る様に体勢を整えながら、距離を開ける事を優先。

幸い、踵落としの一撃にて相手は開脚した状態。

直ぐに追撃は厳しい筈。

離れ過ぎない程度の所まで先ずは後退する。




間合いから外れ距離を取りしっかりと体勢を整えて、番人と向き合う。



(…さて、此所から先一体どうした物かしらね…)



間合いの広さは槍を持った彼方が上で、接近戦の腕も彼方が上という事実。

その上で、私は何とかして勝たなくてならない状況。

はっきり言って無理難題もいい所でしょう。

本当に巫山戯ているとしか思えない様な質の悪さね。


それでも勝たなくては。

此処に来た意味が無い。



(…地形を活かして戦う?

…いえ、絶対に彼方の方が詳しいでしょうし、あんな格好をしてるのに私以上に素早く身軽に動ける時点で誘い込みなんて無理よね)



相手が槍を振り回せない、木々が密集している場所に誘い込んで主な攻撃手段を封じる、というのは珍しさなんて全く無い常套手段。

到底、目の前の相手に対し通用するとは思えない。


と言うか、綺麗な戦い方が通用しないでしょうね。

遣るなら偶然を味方にする位に“運任せ”で。



(…分の悪い賭けだわ…)



無か、有か。

結果は二つに一つ。

正直、遣りたくはない。

けど、他に何も方法が思い付かないというのも事実。


視線は相手を捉えたままで小さく、ゆっくりと呼吸し覚悟を決める。



「──行くわよっ!」



最初と同様に真っ正面から突っ込んでいく。

間合いを詰めなきゃ私には全く勝ち目は無い。

だから、行くしかない。

真っ直ぐ、その見た目より遥かに深い懐を目掛けて、怯まずに駆ける。


但し一つだけ先程とは違い南海覇王を持つ右腕は前に出さずに、後ろに。

左腕も同じ様にし、まるで空を滑る鳥の翼を模す様に無駄な力を抜いておく。

打ち合うよりも、躱す事に意識を傾ける。

今度は、相手の姿の全体を視界に入れて。

同じ過ちは遣らない。


対する番人は右手に持った槍を無造作に振り上げ──振り下ろすと共に此方へと投げ付けてきた。



「──ちょっ!?」



視界の中、迫る槍の鋒。

それに一瞬、驚く。

流石に予想外の展開。

まさか自分から得物の槍を手離してくるなんて。

全然考えていなかった。


しかし、これは好機。

投げ放たれた槍を掴み取る事が出来たなら、相手から主要な武器を奪える上に、此方の目的の一つを果たす事が出来る。

最悪、躱して背後に行かせ後で回収すれば良い。

もう一度、持たせない様に立ち回る事が出来れば私に勝機は見えてくる。




──と、そう思った。


なのに、私の身体は右足で地面を踏み締めると滑らせ右前の半身の姿勢を取り、迫る槍刃を見送る様にして躱すと、身体を捻った勢いそのままに無意識で逆手に持ち変えていた南海覇王を躊躇無く振り抜く。


次の瞬間、私の頭上を飛び越しながら一回転している番人の姿を仰ぎ見た。

同時に気付く。

手離した筈の槍。

その石突きギリギリの所を右手が握っている事を。



(──遣ってくれるわ!)



投げた様に見せたのは罠。

実際には、槍の柄の長さを最大限に利用した誘い。

巧妙且つ大胆な手だ。


私の様に剣を主体にする者にとっては、想像のし難い柄の使い方だと言える。

何しろ、一歩間違えば槍を掴み損ねてしまう。

相手が避けたりせずに槍を弾いてしまった場合には、何とか手離さずに済んでも懐は無防備に為る。

一か八かで使うなら兎も角優勢な状況で使おうと思う手段ではない事は確か。

まあ、現実的な事を言えば生じる隙を埋められる程に体術の腕が有るのだから、それもまた誘いに出来る。

つまり、二段・三段構えの仕掛けだった訳だ。

熟、食えないと思う。


振り抜く右腕の勢いのまま一回転し、丁度入れ替わる形で振り向く。

そして、改めて仕切り直す──なんて事は無い。


空中で一回転しながら槍を身体の一部の様に振るう。

下から上へ。

回転の勢いと体重の乗った重い一撃を南海覇王で受け流しながら、生じるだろう隙を狙って追撃をする為に前へと踏み込む。



「──っ!!」



そのまま、身体を左側へと向けて、南海覇王を垂直に構えて両足で踏ん張る。

其処へ襲い掛かる衝撃。

ギギィンッ!、と金属音を響かせて刃閃が奔る。



「──くっ!」



受け流した筈の槍が今度は横薙に振り抜かれていた。

最初の間合いとは違う。

最大の間合いからの一撃。

もしも今、もう一歩前へと踏み込んでいたら、完全に防ぐ事は厳しかった。

良くても、左の肋を持っていかれていたでしょう。

我ながら、“勘”の冴えに心底感謝してしまう。




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