表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
624/915

       肆



「でだ、この“黒証札”を見せれば問題無い

或いは、武器──今の場合剣の鍔にでも結んで一目で判る様にして置くのも良い方法だろうしな

これは外国の者だけでなく彼等が問題を起こした際に国が責任を取って対処するという証明でもある

だから、民の認可証札への信頼度は高い」


「へぇ〜…成る程ね〜…

よく出来てるわ」



一々確認されては、如何に温厚な人でも苛立ちを覚え煩わしく思うかもしれないという可能性を考えたら、これは良い方法だと思う。

国民からしても国が認めたという保証が有るのだから安心出来るし、何かしらの問題が起きても国が責任を取ってくれるという部分も大きいと言える。


ただ、こういった物にだと必ずと言ってもいい程に、偽物が出回るのが常。

楽をして儲けようとしたり悪用をしようと企てる輩は何処にでも居る。

仮に、曹魏の民は遣らないとしても他国の者は違う。

それは制度・規則・法律が如何に素晴らしい物であれ生じてしまう問題。

悲しい事だけれど人間とはそういう事を考えてしまう性を持つ生き物だから。

故に保証の信頼には決して安心をしない。

疑う事こそが身を守る為に欠かせないのだから。



(…尤も、曹魏に関してはその限りとは言えないのが本音なんだけどね〜…)



先程の華佗の言葉が本当に正しいのだとするならば、恐らく偽造といった類いを見破る術も用意されているのでしょうね。

そういう部分の対応手段を用意せずに政策を施行する様な安易に手を抜く真似をあの二人が、その家臣達が遣るとは思えない。

だから、何かしらの方法は有るのだと考えられる。


ただ、興味は有るけれど、今は重要な事ではない。

兎に角、今は華佗が一緒に居なくても私が拘束される可能性が無い事が判った。

それが一番大事だ。

…まあ、“遣らかしたら”普通に捕まるっていうのは当たり前なんだけどね。

でも、これで一安心。



「華佗、聞いて頂戴

私は明日から五日間だけ、此処で貴男を待つわ

貴男はその間に許可を得て戻って来て欲しいの」



真っ直ぐに見詰めて言うと華佗は最初は驚くけれど、私の意図を汲み取った様で真剣な表情になる。



「…ギリギリまで…いや、それは賭けになるか…」


「貴男が間に合うのなら、それが最善の結果よ

でも、私達に残されている猶予は僅かしかないわ

手遅れになる前に決断して備えておく事も、私達には必要でしょうからね」


「…そうだな」


「取り敢えず、例の薬草の特徴なんかを貴男が聞いて知っている限り詳しく私に教えておいて頂戴

いざと為って間違えるとか有り得ないしね」


「それはまあ…確かにな

二度手間に為ってしまえば何の意味も無いか…

だが、ちゃんと、真面目に聞いてくれよ?

説明する時間が惜しいのも確かなんだからな」


「ええ、判ってるわよ」





昨日泊まった宿に戻って、華佗から薬草の説明を受け荷物を持った華佗を見送り私は部屋に一旦戻る。


自分が使っていた寝台へと身体を横たえ、天井を仰ぎぼんやりとする。

別に特に何かをするという訳ではない。

ただ、少し一人になって、息を吐きたかった。

それだけだから。



「……はぁ〜…駄目ね…」



右腕で視界を遮る様にして塞いで、目蓋も閉じる。

油断すると直ぐにでも顔を覗かせてくる不安(弱音)が実に鬱陶しい。

勿論、それが私自身の中に潜んでいる本心である事は理解しているけれど。

何と言うか…苛付く。



(………祐哉…)



脳裏に浮かんでいるのは、確かに彼の姿。

でも、それは“彼を失う”という事を想像させている物ではなかったりする。

何方等かと言えば…まあ、惚気の様な物で。

要するに、あれよ。

“いつも肝心な時には私の傍に居てくれるし、此処ぞという場面では支えてくれ頼りになる”姿を想像して身悶えしてしまう。


“え?、悲観?、何それ、そんな事して楽しいの?”とでも言いた気な己の頭に我ながら感心する。

こんな時でも意外と余裕で暢気な思考が出来る事に。



「…でもまあ、そうよね

くよくよしているなんて、私らしくないもんね〜」



苦笑を浮かべながら右腕を退けて、目蓋を開く。

窓から射し込んだ陽射しに視界が白く眩む。

でも、その一瞬の白い中に祐哉の笑顔を見た。

“雪蓮の好きに遣れば”と笑ってくれている。

その笑顔の奥に有る信頼は私にとって掛け替えの無い絶対と呼べる物。

だから、揺れはしない。


ただ、懐いた不安は有る。

それは祐哉の事ではなく、曹魏の、曹操の、曹純の、深く巨大な影に対して。



(まあ…無理も無いけど…

我ながら困るわね〜…)



自分でした“悪い想像”に押し潰されそうになるとか笑えないし。

尤も、不安なんて物は大体そういう物なんだけど。

それじゃまるで、最初から“負けてしまっている”と自分で言っているのと同じ様な物だもん。

そんな馬鹿馬鹿しい事って無いじゃないの。


戦う前に敗けを認める。

それなのに戦う。

其処に何の意味が有る?、何の価値が有る?

そう言いたくなる。


でも、そういう事ではなく戦いというのは相手以上に己に負けない事が重要。


臆病な事は悪い事ではなく逃げる事も時には英断。

しかし、己に背を向けては決して為らない。

それが、孫家の当主が代々受け継ぐ姿勢だから。



──side out



 華佗side──


━━王都・晶


──六月二日。


孫策と別れてから直ぐに、王都行きの直行便を探して運良く空きも有ったお陰で昨日の内には到着する事が出来ていた。

流石に日没後の到着という事も有って、王城に向かう真似はしなかったが。


ただ、個人的な事を言うと若干の緊張と興奮が有った事は否めなかったりした。

何しろ実は、曹魏の王都が出来てから俺が訪れるのはこれが初めてになる。

曹魏の領内という意味では何度か行き来しているが、王都の情報は無い。

それだけに、昨日は宿屋の主人や他のお客に積極的に話し掛けて情報を収集して色々と考えていた。

お陰で少々、寝不足な感は否めないが仕方が無い。


一夜が明け、朝一で王城に向かった訳だ。



「──その、済まないが、今、何と?」



今現在、俺の目の前に居る固く閉ざされた王城の門を背に佇む自分より年下だと思わしき門兵に向かって、“もう一度言って欲しい”という意味で訊ねた。

そんな俺の言葉に、嫌な顔一つもせずに門兵を務める青年は気さくながら丁寧な口調と態度で答える。



「ですから、現在、謁見の予約は一ヶ月待ちです

まあ、他国(よそ)の方には“長い!”と感じられる事かもしれませんが…

それでも、以前に比べれば早い方だと言えますよ?

何しろ、泱州の新設の頃や魏の建国時の頃であれば、早くて三ヶ月、最長ですと半年待ちでしたからね」



そう言って、同じ様に門の前に佇む別の門兵の方へと顔を向けたので、釣られて俺も顔を向ける。

すると、急に話を振られた門兵の方も慌てる事は無く此方を向いて、口を開く。



「まだ当時の自分は新米で詳しい事は知りませんが、曹魏内では実は結構有名な話だったりします

“曹操様に後拝謁するには一ヶ月祈りを捧げ、一ヶ月善行を行い、一ヶ月清貧な暮らしをする事”等という妙な噂が出た位です」


「“それ程の事をしても、三ヶ月は必要となる”って意味なんでしょうけど…

逆を返せば“どんな人物も特別扱いをして謁見を許す事はしない”という事実を指してもいる訳ですね」



そう言われて、軽い目眩を覚えてしまう。

…いや、確かに俺も孫策も簡単に──正攻法で許可を得られるとは正直に言って期待はしていかなった。

だからこそ、接触した上で許可を得ようと色々考えて行動に移ったのだから。


ただ、それでも、だ。

まさか、“一ヶ月待ち”と言われる事なんて想像すらしていかなった。



「そういった訳ですので、先ず彼方に有る事務所にて予約をされてから、正式な謁見の日時を確定されます

ですので、飛び込みによる謁見は有り得ません

どうぞ、御理解下さい」



そう言って軽く頭を下げた門兵達に対し、了承以外の言葉を返せなかった。




門兵が言っていた事務所に一応、行ってはみた。

その結果は──



「謁見の御予約ですね?

現在、最短での謁見可能な日時は七月十一日の午後、第三席目に為ります

御予約の場合、謁見に際し如何様な理由であるのかを事前に提示して頂くという事が決まりでして──」



──という感じで、丁寧な説明を受ける事に為った。

説明を聞き終わったのが、日が中天を越えた頃。

事務所を出て、解放された安堵から吐いた溜め息と、思い出したかの様に鳴った腹の虫に気が抜けてしまい妙な疲労感を覚えた。


…適当に断って出ろ?

いや、無理だからな。

此方から訊ねておいてから“話が長くなりそうなので失礼させて下さい”なんて言える訳が無い。

それなら最初から“簡単に教えて貰えますか?”とか此方から言うべき事だ。


下手したら出禁にされても可笑しくない無礼だした。

それはまあ、曹魏の官吏の様子を見る限り、その様な事には為らないだろうとは思うのだが。

それはそれ、これはこれ。

単純に失礼だからな。



「にしても、一ヶ月以上も掛かるとはなぁ…」



正直、曹操の忙しさという物を舐めていたな。

勿論、そうまでしてでも、謁見を望む者達にとっては価値が有るのだが。

そう考えると曹操が平等な扱いをしているという事も大きな要因であるのだろうという様に思える。

個人の好き嫌いや利害では謁見の権利に優劣を付ける真似はしない。

それは厳格でなければ先ず貫けない事だろう。



(…少なくとも、孫策なら“知り合いだから”という理由なんかで時間を空けて会ったりするだろうしな)



そういう真似をしないから正しく“平等”なのだと、改めて考えさせられる。


まあ、それは兎も角。

やはり正攻法は無理だったという結果だった訳で。

切り替えなくてならない。

運任せの“偶然の接触”を実現させる為に。


…でもまあ、取り敢えずは煩く催促してくる腹の虫を黙らせつつ、有益な情報を得られないか、街を歩いて回ってみるかな。




適当に歩きながら、鼻腔を擽った匂いに誘われる様に初めての店に入った。


店内の雰囲気は勿論だが、内装等も自分が知っている普通の飲食店と似ているが違っていると思った。

何が、と訊かれると上手く表現する事は出来無いが。

敢えて言うとするなら──笑顔、だろうか。


別に他国の飲食店に笑顔が無いという訳ではない。

ただ、今──というよりも曹魏に居る時には必ずだと言える程に見掛ける笑顔は“生命力”を感じる。

他国でも全く無い事という訳ではないのだが。

曹魏では、それが“普通”である点だろうな。


それはそれとして。

さて、何を頼もうか。

採譜を見ながら悩む。

馴染みの有る料理が並び、初めて見る名の料理も結構並んでいる。

安定か、挑戦か。

初見の店に入った時は必ず思う事ではないだろうか。

…いや、大袈裟か。



「おっ、久し振りだな!

元気してたか?」


「おおっ、久し振り!

何だよ、何時此方に帰って来てたんだよ?」


「偶々今日は仕事でな」



ふと聞こえた声が気になり其方に視線を向けてみると自分よりは少し歳上だろう男性二人が笑顔を浮かべて話をしていた。

先に声を掛けたのだろう、立っていた男性が席に座る男性の向かい側の席に座り談笑を始めた。


何処にでも有りそうな。

何気無い、光景の一つ。

しかし、彼等の少年の様な童心を思わせる笑顔を見て胸の奥が温かくなる。

同じ男だからなのか。

或いは、共感が出来そうな雰囲気や光景だからか。

それは定かではないが。

悪い気はしない。



「──そういやな、此方に来る時に妙才様に会ったぞ

彼方に移ってから長いが、覚えて貰えているだけでも光栄だが気にして貰えると本当に嬉しいよな〜…」


「それが、“普通だ”って言える所もな

まあ、そういう曹家の方々だからこそ俺達も信頼して命を預けられるしな…

他国(よそ)じゃ、こんな事考えられないよな」


「ああ、全くだ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ