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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
622/915

       弐


しかし、だからと言って、“はい、そうですよね”と引き下がる訳にはいかない事も確かだったりする。

ただ、華佗との約束も有り今の私には見守る事以外は何も出来無いのだけど。


華佗を信じるしかない。



「…話は判りました

それならば、その曹家──曹操殿から許可を頂ければ立ち入る事に問題は無い訳ですね?」


「…そうなりますね」



華佗の言葉に劉伶は驚きを一瞬だけ垣間見せた。

立場的にも促す様な言動は彼女は出来無い為、それは飽く迄も可能性として見た一番良い解決方法に対する肯定に過ぎない。

それでも、僅かに浮かべた苦笑からは彼女の優しさが感じられる。


…多分、彼女は既婚者ね。

しかも子供も居る筈。

だって、そういう女性達の雰囲気にそっくりだし。



「一応、お訊ねしますが、曹操殿への執り成しを頼む事は出来ますか?」


「それは無理です

仮に私から孟徳様に御話を御通ししたなら、実質的に“私が”御許可を頂く事と同じですので」



華佗の曹操への執り成しを頼みたい意向は真っ向から断られてしまった。

当然と言えば当然の話。

此処で彼女から曹操に対し“許可を頂きたい”という旨の話を通す事は実質的に彼女が許可を出し、形式上曹操──曹家からの許可を取るというのと同じ。

それでは今、彼女が許可を出せないと断った事が何の意味も為さないのだから。



(…という事は、雲蓋峡の立ち入り許可を貰う為には一度、王都である晶の方に行かないといけないわね)



直ぐに、王都への直行便の馬車に乗って一日。

再び戻って来て一日。

港まで向かうのに半日。

運良く直ぐに船に乗れても到着までに半日。

つまり、移動だけで三日。

其処に曹操への謁見の許可待ちをして、交渉をして、雲蓋峡に採取に行って…

単純に考えても二日。

合計、最短で五日を要する計算に為る。



(私達の移動で既に二日、其処に最低でも五日…

一週間が経過する訳ね…)



華佗の予想している祐哉に与えられている制限時間は最長で凡そ二週間。

その半分、と考えれば一応余裕が有ると言える。

でも、それは飽く迄も良く考えれば、の話。

悪い方に考えれば少しでも早く薬草を手に入れて戻るべきなのは確か。


となると、現状での最大の問題点は曹操への謁見。

その許可を得られるまでの時間自体が、一体何れだけ短縮出来るのか、ね。


現実的に考えれば、かなり厳しいと思う。

今回は運良く出勤して来た劉伶に遭遇したお陰で話が早く進んだだけ。

二度は期待出来無い。


“雲蓋峡”が曹家の直轄地である事実を知らない事が予定を狂わせた。

知っていたら真っ直ぐ王都に向かったのだから。

この失態は華佗の責任とは言えない。

私自身の楽観的な考え方も一因なのだから。

港で先ず、雲蓋峡について情報を集めてさえいたなら起きなかった事だもの。

“急いては事を仕損ずる”という訳よね。




けど、嘆き悔やんでいても何も変わらない。

今は考え、行動しなくては何の意味も無い。

その為に一度情報を整理し直す必要が有る。



(採取に時間が掛かるのは仕方が無いでしょう…

でも、時期的に採取自体は難しくないって話よね…

だったら、最大で二日…

その上で考えても、一番の不確定要素は、やっぱりと言うべきなのかしら…

謁見するまでの時間ね…)



多分だけど華佗の話が通る可能性は高いと思う。

勿論、劉伶に言った様に、採取に際して細心の注意を配る必要は有るけれど。

或いは、私達の採取の際に同行者が付く可能性ね。

これは気にしない。

寧ろ、歓迎出来る要素。

だって、土地勘の無い者を同行者には付けないもの。

と言うか、確信出来る。

立ち入りを禁止する程なら可能な限り滞在する時間を短くしたい筈。

それなら、余計な事をする時間を与えない為にも早く用事を済ませられる様にと協力的に動く筈。

私なら、そうする。

だから曹操が考え付かない訳が無いでしょう。

…自分で考えて、ちょっと凹むんだけどね。


それはそれとして。

だとすれば、採取に掛かる時間は私達だけで探すより確実に短縮出来る筈。

これは好材料だと言える。


そう考えてみても、やはり焦点は謁見までの時間。

其処がどうなるか、ね。

此処と王都とでは難易度が全然違うでしょう。

華佗の使った方法は飽く迄地方だから通用しただけ。

王都では無理でしょう。

加えて、曹操は国王。

当然ながら、その忙しさは劉伶には悪いのだけれど、彼女の比ではない筈。

領地的に少ない私でさえ、こっそりと抜け出さないと一日の大半が机の前に座るだけになるんだもん。

曹魏の規模なら…うん。

考えたくなくなるわね。

まあ、それ位に大変だって想像出来る訳よ。


謁見の予定も詰まっている状態が必然であり、私達を優先・優遇してくれるとは考え難い。

それは劉伶の先程の言葉や対応から考えても判る事。

謁見さえすれば、話は通るでしょうけど。

其処までは決して楽観視は出来無いと言える。


とは言うものの、その為の手段は思い付かない。

劉伶の言う事は間違い無く正論なのだから。

ある意味、私達の望む事は職権濫用に当たる。

高い地位や責任有る立場に有る者が、安易に破っては法律の意味が無い。

そう考える曹魏に於いて、正攻法以外は望めない。


もしも、時間を短縮出来る可能性が有るとすれば。

それは“運任せ”のみ。

今回の様に、運良く曹操に話が通れば、という可能性以外には難しいと思う。

尤も、その状況に為る事が何より難しい気がするのは私だけではない筈。

…これ、八方塞がりだわ。




“お手上げ”と為った所で私は華佗に視線を向けた。


私が黙考していた一方で、華佗も右手を口元と顎先に当てた姿勢で静かに俯き、考え込んでいた。

その華佗が見計らった様に顔を上げたので、ちょっと内心では驚いた。

…間が悪いわよ。


そんな私に気付きもせず、華佗は劉伶を見詰める。



「一つ、お訊ねしますが、曹操殿は王都に?

何処かに視察に出掛けたりしてはいませんか?」


「──っ!」



華佗の質問──指摘だとも受け取れる言葉に、思わず息を飲んでしまう。

国王だから王都に居る。

そんな思い込みが有ったと気付いてしまったから。


抑、つい先程自分で考えた事にも入っていた。

私の場合は“抜け出す事”だった訳だけど。

必ずしも、王都に、王城に居るとは限らない。

華佗が言った様に視察等で離れている可能性も有る。

それを見落としていた。

最悪の場合、再び移動して探す必要も出ていた。

そうなれば、祐哉を助ける事は、叶わなくなっていたかもしれない。



(…でも、逆に言えば今の華佗の言葉で希望が出た)



王都・王城に居る曹操には謁見するのは厳しい事でも外出している曹操にならば出逢える可能性は有る。

“曹操の噂をすると曹操が現れる”なんて云われたりしている位だもの。

曹操も自分自身で外に出て民の暮らしや街の様子等を見て回っているというのは十分に考えられる。

可能性としては高い。


後は、劉伶の返答。

その言葉が、私達の今後の行動を左右する。



「…如何に華佗殿と言えど我が主の予定等を軽々しく御教えする様な事は私には出来ません」



…まあ、そうよね。

如何に堅牢で厳重な警戒や防衛力を備えてはいても、小さな油断が命取りに為る事は珍しくない。

曹魏の家臣である彼女から情報を引き出せる可能性は無いに等しいでしょう。

曹魏の主従関係・組織力は他の比ではない。

付け入る隙を見付ける事は嘗ての皇帝を暗殺するより遥かに困難でしょうから。




取り敢えず、曹家から直に許可が下りれば雲蓋峡への立ち入りを認める、という確約を得て、私達は劉伶に謁見して貰えたお礼を言い都城を後にした。


あれ以上は踏み込めないし下手をすれば如何に華佗の名を出しても、拘束される可能性だって有る。

華佗が“中立”だからこそ往来が認められているなら不審に思われる様な言動は極力控え、避けなければ。

そういう意味では引き際と言えたのでしょうね。

ある程度は情報を得られた訳だから、良しとしないといけないわ。

欲張ると碌な事に為らないでしょうし。


そんな訳で、今後の方針に付いて話をするべく華佗と人気が少なく見通しが利く場所に移動し、目に付いた椅子に並んで座る。

警戒をする為、向きは互い違いにだけど。


何でも“公園”という名の公共施設だとか。

子供達が遊び場にしたり、お爺ちゃん・お婆ちゃんがのんびり話をしたり、若い家族や恋人、友人同士等で利用するんだって。

これも曹家の政策らしく、人々の交流と親交を深める事が目的だという話。

色々と考えてるわね。


さて、そんな事よりも。



「それで、どうする?

いっその事、無許可で中に入っちゃう?」


「流石に、それはな…

勿論、時間が無くなれば、遣る事も考えるがな」


「まあ、そうよね〜…

いきなり、危ない橋を渡る必要は無いものね…」



とは言え、現状からするとそうなる可能性が高いのも否定は出来無い事。

それは華佗も承知の筈。

だからこそ私よりも的確な質問が出来たんだし。


この状況を打開しない限り祐哉は助けられない。

それも間違い無い。



「…貴男の見立てだと残り時間は何れ位なの?」



私は華佗を真っ直ぐに見て改めて訊ねる。

それは“皆に説明していた不安にさせない為の時間”ではなく、華佗が見立てた医者として見解。

それを指して、である。


暫し、華佗は私を見詰めて大きく溜め息を吐いた。



「…恐らくは、十日だ」


「…っ…」



聞いていたよりも、四日も短いという見解。

勿論、飽く迄も見立て。

それが絶対ではない。

けれど、“動揺するな”と言う方が無理でしょう。


それでも何とか立ち上がり叫びたくなる衝動を抑え、深く長い息を吐く事により冷静さを保つ。

そして、確認を一つ。



「…それは明日から?

それとも、昨日の話をした時点から数えて?」


「…今日を入れて、だな」


「…そう」



間を取って──という事は無いのでしょうけど。

まだ、増しな方よね。

少なくとも、今日は今から行動出来る時間は十分。

それで十日ならば、悲観をするには早い。

諦めない限りは、可能性は無くならないのだから。





「やっぱり、一番の問題はどう遣って曹操に接触して許可を貰うか、よね〜…」



後ろ手に椅子に両手を付き仰け反る様にして腹が立つ位に晴れた空を見上げる。

普段なら気持ち良いだろう晴れ空も今だけは苛立ちを感じてしまう。

誰が──何が悪いという訳ではないのだけど。



「いや、それは少し違う」


「──え?」



愚痴る様に溢した一言に、華佗から訂正が入った。

しかし、何を言っているか私には判らなかった。

なので、顔だけを華佗へと向けると丁度、華佗も私の方に振り向いた。



「劉伶は“曹家の許可”と言っただけだ

確かに曹操の許可であれば文句は無いだろうな

だが、曹家という条件なら本の少しだが緩くなる」


「──あっ!」



そう言われて理解した。

そして同時に思い出す。

もう一人、少なくとも一人だけは曹操と同等の存在が曹魏には居る事に。

表立っては目立たない為に失念してしまっていたけど個人的に曹操以上に怖いと思わされた存在が。



「そうよ、曹純が居るわ!

“曹家の許可”なら曹操の夫の曹純からのでも問題は無い筈よね!」



身体を捻り、華佗の方へと向き直って言う。

一人よりも二人。

条件の緩和により可能性が上がった事で、自然と声が弾んでしまう。

先程までの落ち込んでいた気分が嘘の様に変わる。

単純だけど構わない。

それだけ朗報なんだから。



「もう一人、曹操の母親の曹嵩も健在の筈だ

三人の内、誰かに接触する事が出来れば…」


「…可能性は有るわね」



そう言うと、華佗と静かに頷き合う。

目標となる対象が増えた分選択肢も増えた。

雲蓋峡への立ち入り許可が得られる可能性が上がった事に胸中で喜び。

しかし、楽観視が出来無い状況は変わらない。

気を緩める事無く、確実に事を進めないとね。




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