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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
621/915

15 継志交刄 壱


━━東武


──六月一日。


昨夜は、馬車で知り合ったお婆さんに紹介して貰った宿屋に泊まった。

華佗と一緒か?、勿論よ。

経費節約は大事な事だし。

抑、華佗が私に手を出そうなんて考えられないし。

万が一にも出そうとしても華佗じゃあ返り討ちよ。

実力が違い過ぎるもの。

…あ、武力が、だから。

其処は間違わない様にね。


しかし、曹魏という場所は宿屋の質一つ取って見ても格が違うわね。

宿泊代の価格自体は手頃で有難いのだけど、他国なら五倍以上の値が付いてても可笑しくないんだけど。

一体どんな政策を遣ったらこんなに豊かな国を造れるのかしらね。

本当、凄過ぎるわ。


因みに夕餉に付随していたお酒が有ったんだけど…

これがまた美味しくてね。

で、宿屋の人に訊いたら、どうやら曹家直営の酒蔵の商品らしいのよ。

“やはり只者じゃないわ”という感想を改めて持った私は間違っていない筈。

祭や霞だって、きっと私と同じ事を言う筈よ。

それ程に、美味しいの。

それで、何処で売ってるか訊いたんだけどね…これが何と直卸しらしいの。

しかも輸出は一切してないという事なのよ。

つまりね、“もし、これを飲みたければ曹魏の宿屋に宿泊しなさい”という訳。

なんて狡猾な策略っ!

私なんて、可能なら週一で通い詰めるわよ。

そうする自信が有るもの。

…将来的に輸出して貰える様に交渉したいわね。


とまあ、そんな感じで夜が明けた訳なんだけど。



「だから!、急を要する為此処の責任者の方に早急に取り次いで貰いたいのだと言っているんだ!」



珍しく声を荒げているのが華佗だったりする。


私達は朝一で宿屋を出ると真っ直ぐに昨夜訊いていた東武の都を統治する者──漢王朝時代でいう太守等に相当する役職に有る人物に会う為に都城を訪れていて門番や守衛に当たる兵士と問答していたりする。

と言うか、彼方も仕事上、規則上の対応をしているのでしょうから悪く言う事は出来無い。

抑、私達は正規の手続きを踏んだりしてはいない。

何方等かと言えば、華佗の有名に任せた強行策。

決して、誉められた遣り方ではない。

それは百も承知。

でも、それしか打てる手が私達には無いのも事実。



(…最悪、私自身を対価に交渉は出来るけど…)



それは悪手でもある。

祐哉を助ける為には仕方が無いのだけれど、その後が色々と面倒な事に為るのが目に見えているしね。

出来れば避けたい。



「朝から騒々しいですね…

一体、何事ですか?」



そんな状況でだった。

不意に掛けたられた声に、その場に居た私達は自然と顔を向けていた。



「伯倫様っ!」



其処に居たのは、凛とした佇まいの女性。

その女性を見た瞬間に私は直感的に確信した。

彼女こそ、この東武の地を任された人物であると。




彼女は“華佗”の名を訊き私達を中へと通してくれ、応接室の様な部屋に案内し待つ様に言った。

いきなり押し掛けている為立場は弁えている。

話を聞いてくれるだけでも私達にとっては大きい事は言うまでもないしね。



「…にしても、華佗?

…貴男、ちょっと焦り過ぎだったんじゃないの?」



そう小声で話し掛ける。

私は門前での華佗の言動に不安を感じていた。

勿論、それだけ猶予が無い事態である事は理解してはいるのだけれど。

焦り過ぎて、駄目に為ってしまっては意味が無い。

此処は慎重に行くべきだと私としては思う訳よ。



「…ああ遣って騒ぐ事で、注意を引ける

他国(よそ)でなら捕まり牢に入れられてしまうかもしれないのだろうが…

…此処は曹魏だ

…無意味に処罰はしないし道理の通らぬ事はしない

…注意を引く事が出来れば最低でも話を聞いてくれるだろうと思っての事だ

…本当に責任者に話が通る事に為ったのは嬉しい誤算だったがな」



そう言った華佗を見詰めて私は唖然とする。

そして、思わず吹き出して笑いそうに為ってしまう。

必死に堪えるし、態度にも出さない様にするけど。



(ったくもう、意外過ぎて判り辛いわよっ!)



そう胸中で怒鳴る。

華佗の“らしくない”姿に不安を感じていた自分が、馬鹿馬鹿しくなる。

品行方正な典型的な優等生というのが華佗の印象。

正確には、其処に暑苦しい程の正義感と熱血漢振りが加わるんだけど。

だからこそ、予想出来無い華佗の強かさに驚く。

…まあ、曹魏だから通じる方法って部分には少しだけ胸が痛むけど。


そんな事よりも。

先程の女性の事を思い出し考える事にする。


背丈は私と同じ位。

女性としては長身ね。

歳も多分同じ位か、私より少し上辺り…だから、多分二十代後半。

同性の私から見ても普通に綺麗だと言える容姿。

垂れ目っぽい感じだけれど眼光は鋭い。

ゆったりとした服装だから体型は判り難いんだけど、私の経験と“勘”からして結構な大きさだと思うわ。

流石に、祭には及ばないと思うけど、穏には勝ってるかもしれないわね。

でも、そういう部分は別に気にしなくてもいい。

重要なのは、彼女が見た目とは裏腹に実力者であろうという事よね。



(服装からすると文官って思っちゃうんだろうけど…

足の運び方が、ねぇ…)



明命の得意な気配や足音を悟らせない為の足運びに、似ている気がした。

華佗が居る以上、罠という可能性は限り無く低い。

警戒しての影武者、という線も薄いと思う。

だとすれば、単純に裏から表に出て来た人物と考えた方が自然かもしれない。


ただ、油断は出来無い相手だという事は確か。

それだけの“深み”を持つ人物なのだから。




部屋に通されてから暫く。

途中、侍女が遣って来るとお茶を淹れてくれた。

ほんのりとした甘味が有り爽やかな香りのするお茶は私にとっては馴染みの深い懐かしい物だった。

萌來傘(ほうらいさん)”という名前の樹花を摘んで乾燥させたお茶で江東では昔から庶民にも親しまれる銘柄だったりする。

ただ、十年程前に生産地が賊徒と大雨の被害で壊滅し失われてしまって久しい。

今では高級品扱いだけど…曹魏ではどうなのか。

正直、気になってしまう。


それとは別に懸念も有る。

私の肌から出身地を予測し合わせてくれたのだろう。

そう思わなくはない。

だが、可能性は残る。

…流石に、既に私の素性がバレているとは思えないが怪しまれている可能性は。

華佗も居るんだから詮索は殆んど無かったし、一応は大丈夫だと思うけど。


──と、考えていた時だ。

コンコンッ…と、扉を叩き此方の返事を待ってから、ガチャッ…と扉が開く。

先程とは別の侍女と一緒に彼女が入って来た。


因みに、お茶を淹れに来た侍女が普通に“ノック”をしていた事から、曹魏でも定着しているんだと判る。

それは同時に祐哉の言った通りに、あの高順が曹魏の“天の御遣い”である事を証明してもいる。

私の場合には華佗が返事をしていたから、その辺りでバレてはいない筈。

何気無い事だから、普通に返事をしちゃいそうなのは危ない所だけどね。

其処は気を配っている。


綺麗な所作で対面の椅子に腰を下ろすと、当然の様に侍女はお茶を配して後ろに下がって控えた。

その仕事振りには見えない努力と高い意識・責任感を感じずには居られない。

本当に凄い国だわ。



「御待たせ致しました

私は劉伶と申します

この東武の都を預かります太守をしております」



丁寧な挨拶に強行策を取る自分達の言動には罪悪感を覚えてしまう。

多分、世間的に見たのなら私達の方が悪印象だろう。



「俺は華佗と言います

此方は“黄勇”です」



そんな中、華佗に紹介され無言のままに会釈する。

決して、口を挟まない。

それが華佗との同席をする際の条件だから。





「さて、御話しでは早急に私に取り次ぎを、という事でしたが…

どの様な御用件でしょう」



落ち着いた丁寧な対応。

しかし、余計な会話を挟む真似をしない辺り、言外に“暇では有りません”との意思を感じられる。

普通なら華佗の名を聞いて多少は質問をしたりして、探ってきたりする場面。

それをしないのだから。


まあ、一口に“都”だとは言っていても、この曹魏と他国とでは扱いも違うし、意味合いも違っている。

その事は商人等から伝わる話や情報で知っている。

…真似は出来無いけどね。

郡ん預かる太守と同じ名を冠する要職は、そのままの責任を意味してもいる。

曹魏では都一つが郡一つに相当するのだから。

忙しいのは確かでしょう。



「実は、とある病の治療に必要な薬草を探していて、その薬草が唯一有る場所が此処の近くの“雲蓋峡”と聞いているから、立ち入る許可を頂きたい」



そう率直に告げる華佗。

普通で有れば、許可なんて必要無いのだけれど曹魏の領土は全てが国有地。

田畑や農地は勿論、森林や山岳、各都の民家と全ての土地は私有権が存在しない特殊な統治方法。

当然、功績等で与えられる様な事も無い訳で。

一般的に考えれば、色々と不平不満の声が上がっても可笑しくない。

けど、そうは為らない。

今の自分達の平穏な日常が誰によって築き上げられて齎されているのかを民達は知っているから。

だから、受け入れられる。

その施政に従っている限り自分達の日常が脅かされる事は限り無く低いから。


考え方としては理解出来る事だし、穏達からも感嘆の声が上がっていた。

しかし、実際に施行すれば宅では──いえ、曹魏以外何処であっても反発されて国を割り、反乱・内乱へと進んでしまうでしょうね。

これもまた、曹魏だから、出来ている事。

それは、曹操・曹家という揺るぎ無い根幹が有って、初めて可能となる事。

少なくとも今の私では真似する事なんて不可能。

それだけは断言出来る。


で、件の雲蓋峡なのだけど此処も当然ながら国有地。

基本的に曹魏の山や森林は許可の出ていない場所への立ち入りは禁止されていて無断侵入は重罪。

だから許可が必要な訳。


これは環境保護の為らしく華佗から聞かされた時には私も驚きながらも、曹魏の思想には感心した。

視ている物が違う。

そう思わされる程にね。




華佗の言葉を聞いた瞬間、劉伶の眉根が歪んだ。


それを見て良い予感がする者は先ず居ないと思う。

もしかしたら、お婆さんが言っていた噂の件に関係が有るのだろうか。



「…華佗殿からの御要望と有れば私としても出来得る限りの御協力を致したい所では有りますが…

残念ながら、私から許可を出す事は出来ません」



申し訳無さそうに答えると彼女は視線を伏せた。

その言葉からして華佗への好待遇だけではなく非常に協力的な姿勢を政治的にも取ってくれているのだと。

そう感じる事が出来る。


その上で、無理らしい。



「其処を何とか!

治療に必要な薬草以外には決して手を出しませんし、無益な殺生、環境の破壊もしないと約束します!

ですから──」


「華佗殿、そういう類いの問題では無いのです」


「──っ…」



予想外の反応だったらしく華佗が焦りながら、彼女に食らい付いていた。

それこそ今にも掴み掛かり兼ねない様な勢いで。


だけど、そんな華佗に対し彼女は落ち着いた様子で、はっきりと切り捨てる。

それを受けて、華佗も頭が冷えたのかもしれない。

小さく息をのみ、彼女から説明を聞く姿勢を取る。

それを見て、彼女は僅かに間を置いて話し始める。



「あの雲蓋峡は曹魏内でも数少ない曹家直轄地でして私個人の裁量では許可する事は出来ません

稀少な動植物の保護だけが理由ではなく、その雲蓋峡自体が危険な場所であり、過去に多くの者が遭難して亡くなってもいます

それを防ぐ為でも有ります

それに、法律は遵守されて初めて意味を成します

華佗殿を信頼しないという訳ではなく、特例を許せば示しが付きません

法律を定め、遵守する事を求める以上、私達官吏側が率先し実践していなくては民も納得出来ません

御納得しては頂けないかもしれませんが、何卒御理解して頂きたく思います」



そう言って深く頭を下げる彼女に対し、私は何も言う事は出来無い。

施政者だからこそ遣っては為らないと判るから。




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