表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
62/913

1 犬も歩けば… 壱


 other side──


潁川郡に入った事で安心し油断していたのは否めないけれど、予想外でも有る。



「待ちやがれっ!」


「逃げんじゃねーっ!」


「馬っ鹿じゃないのっ?!

待て、逃げるなと言われて従う馬鹿は居ないわよっ!

その汚く不細工な頭は飾りにも成らないみたいね!」


「こ、この糞女がーっ!」


「ぶっ殺すっ!!」



私の言葉を聞いて激怒して追い掛けてくる男達。

その数は八人。

身形から賊徒であろう事は想像に難くない。


私を“獲物”と見ているが御生憎様。

怒声を上げた位で怯む様な柔な精神ではない。



「…あと“もう少し”よ、お願い、頑張って…」



走り難い山林の中を懸命に駆けてくれる私の愛馬──梨旭(りきょく)を信じて、声を掛けて手綱を握る。



「手前ぇら右だっ!」


「右に回り込めっ!」



後方から聞こえる叫び声は“追い込む”為の指示だが丸聞こえでは無意味。


右手に見えるのは懸崖。

左手側は緩やかな斜面。

恐らく、左手の先には行き止まりが有るのだろう。

普通は避ける所では有る。

しかし、今は敢えて相手の思惑に乗って動く。


手綱を一瞬緩める事により梨旭に“脚を遅くして”と意思を伝える。

即座に梨旭は指示を理解し速度を落とす。

そうやって“態と”男達に距離を詰めさせる。



「しめたっ!

馬の脚が鈍ったぞっ!」


「行け行け行けーっ!!」



振り向いて確認して見れば“好機”と見て意気込んで駆け寄ってくる男達。

勝ったと思った様だが──



「──背中ががら空きよ」



私の呟きに合わせた様に、男達の背後で風が鳴る。



「──がっ…」


「──っ、ぅぎぁ…」



断末魔を上げたのは僅かに二人だけ。

残りは声を上げる事も無く地に倒れていた。



「…流石ね」



梨旭の脚を止め、旋回して後方へと向き直る。

すると、丁度崖の上から、滑り降りて来ていた彼女の姿が見えた。



「お疲れ様、“夏侯淵”」


「其方らもな、“荀或”」



互いの“役目”を無事終え安堵の笑みを交わす。



「皆は無事?」


「ああ、其処に──」


『──きゃあぁああっ!!』



夏侯淵の言葉を遮って響く叫び声と共に、茂みを掻き分けて飛び出して来たのは“避難”している手筈の、私の部下の女官達。


しかし、確認した彼女達の人数は十四人。

“三人”足りない。


ガサッ…と再び音を立てて揺れる茂みに最悪の事態を予想し舌打ちした。



──side out



 夏侯淵side──


迂闊だった、と言わざるを得ないだろう。

“囮役”の荀或を追い掛け誘い込んだ相手が全てだと思ってしまった事を。



「…他に仲間が居たか」



──いや、正確には先程の連中は“下っ端”だったと言う事だろう。



「ククッ…

見回りから中々戻らないと思って来てみれば…

“良い物”見付けてんじゃねぇか…なぁ、おい?」


「ヘヘッ…全くでさぁ」



茂みから現れたのは賊頭と思しき男と、三十人は居るだろう部下の男達。

此方を半包囲する様にして広がる男達。

そして、捕まえられ喉元に剣の刃を突き付けられた、三人の女官達。



「逃げて下さいっ!」


「私達には構わずにっ!」


「早くっ!」



“死”を──いや、女にはそれ以上の“恐怖”を抱き絶望しても可笑しくはない状況で有りながら彼女達は気丈に私達を気遣う。



「喧しいっ!

勝手に喋んじゃねえっ!」


「きゃあっ!?」



乱暴に髪を掴まれ痛みから一人が声を上げる。



「止めなさいっ!」



それに誰より早く反応した者は荀或だった。

いつの間にか愛馬の背から降りて私の隣に立つ彼女を視界の端に捕らえた。



「あ?、何だ手前ぇは?」


「彼女達は私の部下よ!

汚ならしい手で触れないでくれない?!

アンタ達みたいな下衆には不釣り合いな“花”よ!」



この状況で“いつも”通り男達を侮蔑出来る神経には色々と驚かされる。



「なっ!?、このあ──」


「止めとけ」


「で、ですが兄貴ぃ…」



激怒して飛び掛かりそうな勢いだった男を冷静に窘め他の連中の怒気も抑えた。



(…この男、腕も立つが、場数も踏んでいるな…)



達人、とは言えない。

一対一なら勝てるだろう。

“人質”が居なければ。



「その不釣り合い相手を、たっぷり愉しませてやってくれるんだろ?」



下卑た笑みを浮かべ此方の身体を舐める様に見る男に殺意を抱く。



「…他の皆をお願い」



私にしか聞こえない呟きは荀或の物。

“要求”を理解し、呑むと暗に言っている。


男には辛辣で容赦無いが、女性達には厳しく優しい。

本人は照れて否定するが。

それだけに、女官達からの信頼は厚い。


私は小さく笑って左手から弓を投げ捨てる。



「貴女…」


「一蓮托生だ」



私の言葉に背後の女官達も頷いている。



「…馬鹿なんだから…」



その一言に込められている素直ではない彼女の想いに笑みを浮かべた。



──side out



 荀或side──


逃げれば良い物を…

態々、進んで下衆な男達の慰み者になるなんて…



(…本当に、馬鹿よ…)



“嬉しい”など間違っても思ってはいけない。


この事態は自分の見通しの甘さが招いた事。

悔いて、省みて、憤って、私だけが受けるべき罰。

その筈なのだから。



「話が解る仲間で良かったじゃねえか、えぇっ?」


「アンタの“お仲間”には居ないでしょうね?

盛りの付いた猿山の猿にはお似合いだけど!」



賊頭の男の顔が引き攣る。

この程度の事で折れる程、“私達”は弱くはないわ。

残念だったわね。


私は侮蔑する様に、不敵な笑みを浮かべてみせる。



「この──」


「──はははっ、全く以て言い得て妙ですね」



激昂し掛けた男の声を遮り拍手と共に響くのは現状に似つかわしくない明るく、澄んだ、無邪気な声。


その場に居た者全てが声のした方向──私達の背後へ顔を向けた。


山林の暗がりから歩み出て来たのは“同性”ですらも思わず見惚れてしまう様な微笑を浮かべた美人。


陽光を彷彿とさせる後頭部で纏めた白金の髪。

血の様に深く──けれど、炎の様に輝く真紅の瞳。



「な、何だ手前ぇは?」



男が絞り出した声によって我に返ったのは皮肉か。



「ただの旅人、ですよ」



そう、何でも無い事の様に答える“彼女”だが、今の状況が判らないのか。



「貴女っ!、関係無いならさっさと逃げなさいっ!」


「お〜っと、待ちな!

逃げんじゃねえよ?

逃げたら──この女達が、どうなってもしらねえぞ?

それと、背中の物騒な物も捨てて貰おうか?」


「…くっ…」



何を考えているのか。

自分から飛び込むなんて、馬鹿としか思えない。



「大丈夫ですよ?

この状況で見捨てる真似はしませんから」



そう言って、私と夏侯淵の間を通り抜けて男達の前に歩み出る。


擦れ違い際、彼女の両手が私達の頭を撫でた時…

何故だか、安心した自分が居る事に驚く。


視界の中で、右手を背中に回して“赤い槍”を掴む。



「大切な物ですから十分に“気を付けて”下さい」



そう言って右手を振り上げふわっ…と槍が宙に舞う。


一瞬、全ての者の視線が、槍へと集まった。

その刹那──陽光が閃く。




私が“それ”を見逃す事が無かったのは必然。

確かに槍に視線は行った。

しかし、槍と彼女を同時に視界に入れていた為。

彼女から目を離せなかったからに他ならない。


槍を放ったと同時に身体を低くして踏み込む。

息を吐く間も無い程の速さによって、一番手前に居た女官を捕まえる賊徒の腕を右手で弾き、左手で女官を此方へと腕を引き解放。



「っ!?、手前ぇ──」



賊頭が気付き声を上げるが彼女は止まる事無く動き、更に前へ踏み込み、左右に捕まっていた女官を男達を蹴り飛ばし解放。


まるで踊っているかの様に優雅に三人を奪取した。


そして、一回転しながら、此方へ飛び退くと賊徒達を正面に見据え、右手に槍を掴み取る。



「──朱に、咲き散れ」



そう言い、再度踏み込む。

しかし、先程と大きく違う“攻勢”の動き。


槍を持ち、振るう分だけ、動きが鈍くなったり制限を受ける事が普通。

なのに彼女は無手の時より速く、鋭く、華麗に舞う。



「このあ──」


「ヒィッ!?、ぎゃ──」


「ぅぐぁ──」



武に関して然程詳しくない私でも理解出来る。

彼女は“格”が違うと。

華麗で、魅了されながらも畏怖を感じさせる彼女から目が離せない。


夏侯淵の腕前も素晴らしい物だったが、彼女の前には霞んでしまう。

それ程迄に圧倒的な武。



「ま、待て!、助──」



命乞いする賊頭の言葉には耳を貸さず、一閃。

男は大きく仰け反って後ろへと倒れた。


それに合わせる様に空中に舞っていた“血花”が地へ落ちて、赫く染めた。


刃に付いた血を振り落とす様に槍を一振り。

元の様に背負い直す。

…あれはどういう仕組みで背負っているのだろうか。

そんな風に考えてしまう。



「怪我人等は?」



此方へと振り向いた彼女の言葉に我に返る。

先程は居なかった筈だが、もう一度確認する。

捕まっていた三人も怪我をしている様子は無い。



「御陰様で、皆無事です

ありがとうございます」



そう言って私は彼女に対し深々と頭を下げる。

夏侯淵や女官達も。

本当に彼女には感謝してもし足りない。


──と、その時だ。


カサッ…と、私達の背後の茂みが鳴った。

反射的に振り向き警戒して身構えた。



「──此方でしたか」



そう言って姿を現したのは藍色の髪を彼女と同じ様に纏めている女性だった。



──side out



暇潰しの散歩に出て見れば遭遇する賊の犯行現場。

女性三人を人質に女性達を脅していた。


傑出した存在感を持つ者が女性の中に二人。

一人は少し毛先に癖の有る肩程の長さの木蘭色の髪をした小柄な女性。

二十歳位だから“少女”は失礼だろう。


もう一人は、同じく肩程の長さの癖の無い秘色色──水色の髪をした女性。

俺と変わらない位の背丈。

歳は隣の彼女と同じ位。

得物は弓の様だ。


それにしても、小柄な方の彼女は中々に毒舌だ。

また、只の強がりではなく相手に対し油断を誘う為の“布石”だろう。

話術に長ける者は総じて、頭の回転が早い。

“軍師”向きだと言える。



頃合いを見計らって登場。

人質三人を楽々と奪還して後は“ゴミ”掃除。

──とは言っても、全員は殺しはしない。

連中には“訊きたい事”が有るからな。


さらっと片付けて彼女達に怪我の有無を“一応”だが口答で確認を取る。

氣の状態を診れば一目瞭然ではあるが…形式だ。


皆の無事を確認した所へ、見計らった様に現れたのは儁乂だった。

やれやれ、心配性な事だ。


そう思っていると彼女達を見回して、小さく溜め息を吐く儁乂。

それは失礼な仕草だぞ。



「“また”ですか…」



そして、確信した様な体で状況を判断するな。

まだ“半分”だ。



「私は張儁乂と言います」


「申し遅れました

私は荀文若、此方は私達の護衛を受けて頂いた──」


「夏侯妙才です」



儁乂の名乗りに対し二人が丁寧に名乗り返し、一礼。

流れ的に俺の番か。



(さて、どうするか…)



出来ればまだ、表立っては名前を売りたくない。

しかし、荀或と夏侯淵。

この二人は“見逃す”には惜しい人材だ。

名前に因っての事ではなく彼女達の才器を見て、だ。



(…俺の方が人材マニアになってる様な気も…)



ふと、思った考えに胸中で溜め息を吐く。

まあ、別の理由──懸念も有る事も動機だ。



「其方らは我が主で──」


「曹子和です」



隠さずに名乗る事を選び、営業スマイルで対応。


気にする点は二つ。

荀或──荀家の影響力が、他勢力に流れる事。


そして、黄忠と夏侯淵。

“定軍山”での一戦を忌避するのなら尚更。

“此処”が一つの分岐点になるのは間違い無い。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ