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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
619/915

         玖


私達の検閲の番になるまで時間が物凄く短く感じた。

でも、いざ始まると真逆で物凄く長く感じる様な気がしてならなかった。

緊張をしているが故に。



「──では、次の方」


「──っ!」



私達の前に並んでいた筈の者達が検閲を終えた。

当然、次は私達の番だ。

そう判っているのに緊張で足が前に出ない。

…こんな経験は初めてだ。

兎に角、何とかしなくては怪しまれてしまう。

そう思い、“動け、動け、動きなさい、動いて頂戴、お願いだから動いてっ!”といった様に、焦る。



「二人だ、宜しく頼む」



そう言って華佗が私の肩をポンッ…と叩いた。

たったそれだけの事。

でも、それだけで違う。

可笑しな物で、私自身ではどうしようもなかったのに“一人ではない”と判ると途端に気楽に為る。

そうすると緊張なんて全くしていなかったかの様な、そんな感じに。


視線で華佗に“有難う”と伝えると、“気にするな”という感じで小さく頷いて返してくれる。

何故、これで彼女の一人も居ないのだろう。

勿論、安定した職業だとは言えないが、其処は実際に身を固めると為れば華佗も考えるとは思うのだけど。

不思議な物よね。



「──ん?、其方等の方の腰の物は剣ですね?

失礼ですが、当国の入国に際しての規則等については御存知でしょうか?」



華佗が札の様な物を渡した官吏っぽい人物ではなく、側に控えている衛兵っぽい立ち位置に居た兵の一人が私の佩く南海覇王に気付き華佗に話し掛けてきた。

流石、と言うべきか。

判り難い様に外套の影へと隠していたのに、あっさり見付けられてしまった。

その高い観察力には素直に感心せざるを得ない。


一応“渡せ”と言われれば素直に渡すつもり。

此処で拒否しても良い事は何一つとして無い。

私一人の問題で済むのならまだ良い方でしょう。

最悪の場合、華佗に対して疑惑が向いてしまう。

その結果として罰せられる様な事は無かったとしても例の薬草を手に入れる事も出来無くなってしまったら祐哉は助からない。

それだけは避けなくては。


…私の事がバレた場合には華佗を騙していた。

だから、華佗は知らない。

という事にする予定。

兎に角、今は華佗に薬草を手に入れて貰い祐哉を救う事が最優先なんだから。

私の事は後回し。

曹操なら私を悪い様に扱う事も無いでしょうからね。

その辺りは計算出来る。



「ああ、知っている」


「では、規定に従い国内に滞在中は此方で──」


「──いや、其方等の方の帯剣は構わない」



衛兵が私に向かって右手を差し出し、剣を渡す様にと要求しようとした矢先だ。

官吏っぽい人物から意外な言葉が出て来た。


それには衛兵は勿論だけど華佗や私も驚いた。

と言うか、驚くしかない。

こんな展開は予想し様にも出来無いだろうから。





「華佗殿には曹家より直に通行許可と“同行者が一名以下の場合に限り、警護の意味も含めて武器の所持を認める”とされています」



そう言い、官吏っぽい人は私の帯剣を許可。

後は、華佗と私の持ち物や服装を確認されただけで、滞り無く曹魏へと入国する事が出来た。

呆気ない程、あっさりと。



「…ねえ、華佗?

貴男って本当は何者?」


「いや、何者と訊かれても俺は旅の医者だとしか言う事は出来無いんだが…」


「…まあ、そうよね

しかも、私の事がバレてて罠に嵌められてるって事も無さそうだし…

訳が判んないけど、兎に角良しとして置きましょう」



思わず訊いてしまった私は悪くはないと思う。

だって、幾ら名の知られた旅の医者・華佗だからって殆んど無条件に近い感じで入国が許された訳よ。

普通に考えて、可笑しいと思うのは当然の事。

其処から罠である可能性に思考が及ぶ事もね。

尤も、監視されている様な視線や気配はしないから、違うんでしょうけど。

だからまあ、華佗の方へと疑惑が向くのよね。

あ、勿論、華佗が身分とか出自が特別なんじゃないかという意味で、だけどね。


取り敢えず、無事に入国が出来て一安心。

それは間違い無い。

なら、考えても仕方が無い事は忘れてしまおう。

そんな事よりも、今は先ず遣るべき事を遣らなくては為らないのだから。



「それで、此処からは?」


「確か…一番近い街なのが東武だった筈だ

だから、先ず其処に向かう“国営馬車”を探して乗る事だな」


「国営馬車?、何それ?」



聞き慣れない言葉に思わず好奇心が擽られる。

“国営”と名が付く以上は曹操──曹家の肝入りだと思っても良い筈。

気にならない訳が無い。



「曹魏は街道整備の精度が非常に高くてな

実際に目にすれば判るが、大陸一安全な街道だろう

国内全ての街道が、だ」



普通であれば、話半分。

誇張していると思う所ね。

でも、曹魏に関してだけは眉唾物の様な噂だとしても“有り得るかも…”と直ぐ思えてしまう。

だから、今の華佗の言葉を受け止めて息を飲む。

宅では先ず想像の出来無い事ではあるわね。

街道の全て、というのは。



「その街道を移動する上で国が運営している定期的に発着している乗り合い式の馬車が有る

これは国民ならば無料だ

俺達の様に他国の者にでも気軽に乗れる価格だ」


「…それ、利益出るの?」


「さあな、流石に其処まで詳しくは知らない」


「…それもそうよね」



国政としては凄いわよね。

勿論、曹魏の治安の良さが根幹に有ってこそ出来る事なんだろうけど。

帰ったら詠達に訊いてみる事にしましょう。

そのままの形では無理でも何かしら宅でも使えるかもしれないしね。




私達は華佗の言っていた、国営馬車の発着場を探して街を歩いた。


正直、驚くしかない。

曾ては住んでいた事も有りある程度は知っている気で街並みを見たのだけど…

これがもう、凄いのよ。

確かに、この街は以前から残っている部分も多い。

けど、それ以上に整理され住み易く使い易い街並みは初めて訪れた者であっても迷う事は少ないと思う。

稀に居る、“何故迷う?”という疑問しかない特殊な質の人は除外して。

要所要所に設置されている街の簡易全体図が描かれた“案内図”なる物を見れば自分の行きたい場所や道を探す事が出来る。

加えて、巡回している兵や一定間隔に配置されている兵の詰所らしき場所に行き訊ねれば丁寧に教えて貰え年配の人達等には手を貸し同行していたりもする。


それは自分が街に出た際に遣っている事でも有る。

私が当たり前だと思う事が此処では本当に当たり前に行われている。

兵が、民が、老若男女が、互いに助け合い、支え合い暮らしている。



(…何なのよ、これは…)



自分の理想が其処に有る。

自分が築き上げたいと思う街が、国が、此処に有る。


──それでは、今、私達の遣っている事は何なのか。


思わず、考えてしまった。

勿論、即座に頭から消して切り替えたけれど。

正直、戦う事すら無いまま心を折られる所だった。



「…本当に凄まじいわね

この曹魏という国は…」



何もかも私達の──いえ、既存の概念や常識を軽々と打ち壊し、平然と世の中の理想を実現している。

そう思わずには居られない光景が目の前に広がる。

それが、曹魏という国。



「目に見えている部分で、これだからな…

曹魏の国政という物の奥を覗いたなら、恐らく戦など起きないだろうな…」


「…そうでしょうね」



悔しいけど、華佗の言った通りでしょう。

もしも本当に民の幸せと、世の中の平和を願うのなら曹魏による天下統一こそが最上だと、私でも思う。

それ程に、曹魏は凄い。


ただ、曹魏に──曹操にはその意志が無い。

何故かは判らない。

それは多分考えている事、見ている物が違い過ぎて、私には理解出来無いから。


だからこそ、思う。

曹操達と話してみたいと。




馬車の発着場に到着すると幾つもの馬車が有った。


その殆んどが私の知る馬車とは形が違っていた。

いえ、馬が牽いているから馬車なのは確かだけど。

馬車の方は一般的な荷車の形ではなく、縦長の部屋を思わせる形をしていた。


驚く私を他所に華佗の方は慣れた様子で目的地に行く馬車を探し、乗る為に必要となる“切符”という名の小さな木札を二つ貰って、私の方に戻ってきた。

…どういう仕組みなのかを知りたかったのに。

連れて行きなさいよね。


で、馬車に“乗車”する。

馬に乗ると乗馬。

馬“車”に乗るから乗車。

ただの言葉なのだけれど、新鮮な響きに胸が躍るのは仕方が無いと思う。

私でなくても、曹魏に来て色々と目の当たりにすれば同じ様に為る筈。

だって、面白いんだもの。

見た事も、聞いた事も無い珍しい事が沢山有って。


其処で、ふと思う。



(もしかして、これってば“天の物”なのかしら?)



高順が“天の御遣い”なら可笑しな事ではない。

私達は祐哉の意思を尊重しそういう扱いをしなくなり自然と“天の世界の事”を訊く事も無くなったけど。

その知識や情報というのは貴重な物には違いない。


とは言え、それを現実的に活用出来るのか、と言えば違うのでしょう。

もし、それが可能であれば私達や曹魏とは違い、公に“天の御遣い”である事を喧伝していた劉備と北郷は名実共に台頭していた筈。

それが出来無いからこそ、劉備達は“落ち延びる”に至ったのだから。


逆に言えば、それが出来る曹魏は、やはり凄い訳ね。

比較出来無い位に。


其処で、不意に思い浮かぶ疑問が一つ。

私達、この世界に生まれた人間には個人差が有る。

私達と同じ様に祐哉達にも個人差は存在する。

単純な武力だけを比べても別格の高順、平均より上に居るでしょう祐哉、そして実力は不明だけど繋迦から聞いた話では一般人以下と評価された北郷。

だとするなら、知謀の面も個人差は有る筈。

全然、判らない事だけど。


“もしも…”を考えるのは人間の性かもしれない。

もし、私の前に現れたのが北郷だったとしたら。

もし、私の前に現れたのが高順だったとしたら。

私達は一体どう為っていたのだろうか。


それは多分、誰もが考え、明確な答えを出せない。

そういう事でしょうけど。




乗車した馬車の中は本当に茶屋か何かみたいな感じで両側と中央に背中合わせで長椅子が四つ並ぶ。

頭上と椅子の下には荷物を置ける様になっている様で他のお客達は慣れた様子で荷物を置いている。

…何気に、椅子に敷かれた布団の様な柔らかい布地に驚かされる。

これ、似た様なの何処かで売ってないかしら?

…くっ…手持ちが無いわ。

そんなには必要が無いって思ってた自分が恨めしい。

帰ったら曹魏と交易してる商人に訊いてみましょう。

これ、欲しいんだもん。


それはさておき。

馬車には行き先の他にも、幾つか種類が有った。

近郊を往復する馬車。

長距離だけど、一つ一つの街を経由する馬車。

同じく長距離だけど特定の場所だけを経由する馬車。

長距離も長距離で、一ヶ所だけを目指す馬車。

といった感じに。

最後の馬車は、主に曹魏の王都・晶に向かう物ね。

“直行便”と言うそうよ。

朝出て、夕方には着くって凄いわよね。


話だけを聞けば便利だし、宅でも採用したい。

でも、実際には無理。

治安の改善や維持、街道の整備や維持、更には馬車の製造に維持、馬の飼育等。

各所の人件費等も考えれば途中で破産してしまうのは火を見るよりも明らか。


国政とは“金食い虫”だ。

特に今迄に無い新しい事を遣ろうとすれば尚更に。



(…あ〜…何処かに莫大な隠し財宝とか無いかしら?

宝探しとか面白いと思うし祐哉が元気になったら皆で気分転換に遣ってみるのも有りかも──っ!?)



──とか考えていたら急に背に冷たい水を垂らされたみたいな悪寒が走った。


思わず“ひゃあっ!?”とか声が出そうになった。

…其処は“きゃあっ!?”と言うべき所?、うん、まあ無くはないんだけど。

何と無く、祐哉以外の前で女の子っぽい仕草なんかは出したくないのよね。


と言うか、アレね。

今のは多分、詠辺りが勘で察したんでしょうね。

本当、最近は皆も私の事を言えないわよ。




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