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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
617/915

         漆


華佗は一つ息を吐くと頭を切り替えた様で真剣な顔に変わった。

自然と、私達も緩んでいた気持ちを引き締める。



「改めて言うが、俺自身はこの病に関しては初見だ

そして、俺に病に関しての知識を教えてくれた飛影も一例しか知らないらしい

と言うより、この病自体が“普通ではない”と飛影は言っていた」


「まあ、普通の症状だとは思えないけど…

そういう意味の普通って事じゃあないのよね?」



そう訊ねた私に対し華佗はしっかりと頷いた。

正直、今のは良い意味での肯定ではない。

だから、出来れば否定して欲しかったとも思う。

勿論、それは愚痴の様な物でしかない。

実際には、それに関しての情報を知らなくては祐哉を助けられないのだから。

其処に是非は無い。



「抑、病という物には必ず要因や原因が有る訳だが…

それは基本的に特定条件と言ってもいい訳だ

そして、不特定多数の者が対象で患者となる可能性を持っている

しかし、この病に関しては飛影は先ず、掛かる人物は居ないだろうと言った

何故か詳しい理由を飛影は教えてはくれなかったが、飛影はこの不可思議な病に“天墜(てんつい)熱病”と名を付けたそうだ」


『──っ!?』



そう、華佗が言った病名を聞いただけで、祐哉の事を知っている者は驚きを抑え静かに息を飲んだ。

決して大袈裟な反応だけはしない様に気を付けて。



「もしも、他に掛かる者が居たなら名を聞いただけで理由は判るだろう…

そう飛影は言っていたが…

その通りだった様だな」



──がしかし、これまでに幾多の患者達を相手にした歴戦の医者(強者)でもある華佗を相手には私達程度の演技力では誤魔化しきれはしないらしい。

まあ、誤魔化せたら儲け物程度にしか考えてはいない事だったんだけど。

…宅の中だと、一番上手く隠せるのは穏かしらね。

私達、信頼をしている者に対しては隙が有るけれど、敵に対しては油断しないし姿勢は一貫していて殆んど崩れないものね。


華佗は苦笑しているけど、追及する様子は無い。

普通なら必要な事だけど…その辺はどうなのかしら。

訊きたいけど…藪蛇よね。

その場合、此方から祐哉の事を訊く口実を与える事に為っちゃう訳だし。

本当、面倒な話よね。



「…まあ、その辺りの事は追及せずとも一応は治療は出来るから問題は無い

話す気に為ったら…いや、それは違うか

訊くなら、小野寺自身に、というのが筋だな…」



そう言って華佗は納得し、祐哉の方を一瞥した。

確かに、私達の口から言う事は出来れば避けたい。

華佗が言った様に、それは祐哉の意志に委ねるべき事でしょうからね。



「有難う、華佗

貴男の理解に感謝するわ」



だから私の口からは自然と感謝の言葉が出ていた。

同時に、華佗や飛影という人物が人格者で良かったと素直に思った。




飛影が言った“一例”とは祐哉と同じ存在──つまり“天の御遣い”である者、という事でしょうね。

となると、対象は二人。

劉備の所の北郷か、或いは曹操の所の高順。

普通に考えると北郷っぽい気がするのは多分、私だけじゃあないと思う。

何と無く、だけどね。

だって、“あの高順が?”って感じだし。

まあ、高順だって人間だし病気や怪我はするんだとは思うけどね〜。


でも、そうなってくると、一つだけ気になる事が。



「…ねえ、華佗?

その天墜熱病が特定人物を対象にしている病気だって事は判ったんだけど…

何が原因で起きる訳?」


「…“黄皮斑病”だ」


『…………え?』



華佗の一言に、私達は頭が理解出来ずに真っ白に。

──否、そうではない。

一瞬では有ったが、私達は“理解をしたくなかった”のでしょうね。

その、あまりにも理不尽な話の流れの為に。



「正直な話をすれば…

もしも事前に俺が小野寺が“特別”だと知っていたら“山焼き”の為の作業には参加させなかった

そうなる可能性を考慮する事は出来ただろうからな

だがしかし、現実としては小野寺の事は簡単には話す事が出来無いだろう

となれば、当然ではあるが“余所者”である俺に対し話す事は有り得ない…

それは小野寺の身を危険に晒さない為にも必要な事

決して間違いではない」



そう、間違いではない。

ただ、結果として見たなら“もし…”と考えてしまうというだけの事。

ただそれだけの事。



「俺は患者の情報を迂闊に漏らしはしないが、それを立証する事は困難だ

はっきりと言えば、俺には出来る事は何も無い

出来る事は一つ、小野寺が俺を信頼して話してくれる事を待つだけだからな

悔しいが…これが現実だ」


「そうね…悔しいけれど、それが現実なのよね…」


「…儘為らぬ物じゃな…」



華佗は責任逃れをしている訳ではない。

事実を口にしているだけ。

それは口を開いた私や祭も同じだと言える。

華佗は“知っていれば”と言ったけれど、私達の場合“万が一、祐哉に感染した場合には、どうなるのか”を考えられた。

必ずしも、“私達と同じ”症状だとは限らない事も、可能性として有り得ると。

私達は考えられたのだ。

でも、そうしなかった。

それが出来無かった。


追及すれば切りが無い。

“何故、飛影は世間に病の存在を公表しなかったの”なんて事も言えてしまう。

しかし、実際には華佗が、私達が遣っていた通り。

その情報を迂闊に漏らせば“誰か”の身を危険に晒す可能性が有る。

もし、祐哉が一人目なら、私は公表したか?

否、してはいない。

当然、飛影──華佗にでも秘匿を頼んだ筈。


だから、間違いではない。

“誰かが悪い”という様な簡単な話ではない。

“結果として”そう為ったというだけ。

それだけの事だから。




悔やんでも仕方が無い。

くよくよしている暇なんて今は無い。

思考から弱音や弱気は全て追い出して切り替える。


私は一度祐哉を見てから、華佗へと視線を戻す。

本題は此処からだから。



「それで、この病は治療が可能って話だけど具体的に必要な物とかは何なの?」


「必要となる物は一つだ

と言うより、それを使う事でしか治せないらしい

何しろ、症例自体が一度で他に何が効くのかといった試験も出来無いからな

唯一はっきりとした効果が見込める方法が有る以上、他を試すという選択肢自体考えられない

で、その必要な物だが…」



そう言った所で華佗が顔を僅かに強張らせる。

考えられる事は必要な物が稀少・貴重な物である事。

入手が困難である事。

この二つでしょう。

そして、その為には大金が必要となる可能性も高い。

或いは、相応の苦労を伴うといった所かしら。



「華佗、どんなに困難でも必要な以上、どんな手段を使ってでも手に入れるわ

だから、教えて頂戴」


「…治療の為に必要な物は“月下鈴蘭草”と呼ばれる非常に珍しい薬草だ

それは、“雲蓋峡”という険しい山の中にのみ生える物で他の場所では育つ事は先ず有り得ない物らしい

稀少・貴重なのは勿論だが小野寺一人分なら確保する事は特に問題無いだろう

生育する時期的にも今頃の物らしいからな

その辺も大丈夫だと思う

一番の問題は雲蓋峡の有る場所になるだろうな」



最後の一言を聞いた瞬間に私の“勘”が激しく脳裏で警鐘を打ち鳴らす。

嫌な予感がする。

しかし、訊かなくては何も解決はしない。


私は小さく息を飲んでから華佗に訊ねる。



「…それは何処なの?」


「旧・漢王朝時代で言えば揚州・徐州・豫州の州境が重なる場所──つまりは、曹魏の領内だ」



当たって欲しくはなかった予想に私は思わず天を仰ぎ目蓋を閉じる。

“何故、天は祐哉を…”と怨嗟の言葉を吐き出したく為ってしまうのは、きっと私だけではないでしょう。

それ程に、困難な問題だと言わざるを得ない。



──side out



 賈駆side──


祐哉の治療に必要不可欠な薬草が有る場所は曹魏。

選りにも選って、曹魏だ。

問題と容易く言えない位に大きな要因でしょう。

正直、頭が痛い。


ただまあ、別に宅と曹魏の現在の関係は険悪だという訳ではない。

それは確かだと言える。

勿論、敵対はしてはいないというだけで、友好な関係という訳でもない。

月の──と言うか、私達を含めた董卓軍の時には裏で協力関係に有ったという話だったけど、その後は特に何も無い。

良くも悪くもね。


とは言うものの、今直ぐに交渉の場を設けられる事が出来る程に曹魏から信頼を得られてもいない、という事も事実だったりする。

そして、華佗の話によれば今の祐哉に与えられている猶予は長くて二週間だろうという話だった。

つまり、曹魏に対し正式に使者を出し、返事を待ち、それを受けて日時を調整し会談・交渉へ、という様な悠長な時間は無い訳で。

必然的に頭に浮かんだのが“強行手段(戦争)”という一手だった事は、私だけの話ではないでしょう。

それだけの覚悟を持って、私達は決断を迫られた事は間違い無いのだから。



(本当に華佗には幾ら感謝してもしたりないわね…)



けれど、実際には曹魏でも好待遇を受けているという華佗が単身で赴き、交渉・入手をしてくれる事で話は纏まった。

それは武力を以て今に在る私達には出来無い事。

華佗が長い時間を掛けて、少しずつ積み上げていった確かな物だからこそ出来る事だと言える。

簡単には得られない物。

だからこそ、私達も華佗を信頼出来るのだから。



(…それでも、僅か一つの違いで不可能になっていたかもしれないのよね…)



その最大の分岐点は袁術。

もし、あの時の袁術からの要請に従って曹魏との戦に私達が参戦をしていたら、運良く生き残り、今と同じ状態になっていたとしても此方側──南部と曹魏とを行き来する商人達を国内に入れる事はしなかった筈。

華佗個人は行き来する事が出来たとしても、その稀少だという薬草を譲渡してはくれなかっただろう。

そういう意味では、祐哉は自身の選択によって生きる道を作り出したと言う事も出来無くはない。

勿論、結果論なのだけど。

そう思ってしまう。





「それじゃあ、宜しくね」


「ああ、任された」



曹魏へと向かう商船に乗る華佗を見送る。

見送りは私一人。

皆、仕事が有るのよ。

華佗が一時的とは言っても抜ける分、黄皮斑病の事後処理と対応へと人手を回す事は当然だしね。


ゆっくりと離岸し、水面に白波の羽を広げて行く船を静かに見詰める。

…“もし、彼方に行ったら月に会えるかな?”なんて考えてしまったけど。

それは仕方が無いと思う。

だって、心配だし。

それはまあ、曹操の事だし悪い様にされてはいないと思うし、恋も居るし。

大丈夫だとは思うけど。

心配な物は心配なのよ。



「──あ、あかん…はぁ、はぁ…行ってもうたぁ…」



息を乱しながら茫然と呟く声に顔を向ければ、地面に座り込み船を見詰めている真桜の姿が有った。

手には手紙の様な物が──って、まさかっ!



「…真桜、貴女もしかして華佗の事を…」


「…せやねん、実はウチ、最近華佗の事を──って、ちゃうわーっ!

ぁ、今のんで余力が…

兎に角、これ見てみぃ…」



赤面して恥じらう素振りを見せてからのノリツッコミをした後、力無く項垂れた真桜に手紙らしき物を差し出され、それを受け取って読んでみる。



 私も華佗と一緒に魏に

 行ってくるから祐哉と

 留守をお願いね。

 留守中の事は賈文和に

 一任します。

 後、お土産は無理だと

 思うから赦してね。

        孫伯符



──グジャッ!、と両手が手紙を握り締めた。

自然と身体は小刻みに震え心身の奥底から沸き上がる感情の波が溢れ出す。



「──あんの………………大馬鹿があぁああぁあぁああぁああぁあぁぁっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



手に持った“置き手紙”を目一杯に引き千切りながら天を仰いで叫ぶ。

怒る事を“雷が落ちる”と比喩するけれど、もしも今それを現実に出来るのなら思いっ切り!、特大の雷をあの馬鹿に向けて落として遣りたい。

心底、本気で、そう思う。

帰ってきたら、どうなるか覚悟してなさいよ。



──side out。



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