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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
616/915

         陸


──五月三十一日。


何も出来ずに──いいえ、そうではないわね。

祐哉が目覚めた時、自分が倒れてしまった事に因って生じてしまうだろう問題に責任を感じない様に。

私達は、祐哉の抜けた穴を埋めている。

可能な限りの範囲で祐哉の事は伏せたままで。


ああ見えても、祐哉は既に“孫呉の父”と呼ばれる程信頼を寄せられている。

本人は知らない呼び名だし自覚も無いでしょうけど。

それで構わないと思う。

変に意識したりして重圧を感じて押し潰されたりとか為って欲しくはないし。

今のままの祐哉でいい。

まあ、将来的には知る事に為るんでしょうけど。

その時はその時ね。

祐哉だから大丈夫。

そう信じられるし。


そんな訳で、如何に普段と変わらずに過ごせるのか。

其処が要点だった訳よ。

前回──私の暗殺の一件で自分の脆弱さを理解した。

だから、今回は成長をした対応が出来たと思う。

…祭には敵わないけどね。


そして、夜が明けるよりも一足早く、蒲公英によって華佗が連れて来られた。

蒲公英も、蒲公英の愛馬も夜通し走り続けてくれて、ヘトヘトになっていた。

“貴女達の頑張りのお陰よ

本当に有難うね”と言って労うと何方も自室に戻って直ぐに眠ってしまった。

それだけ祐哉の為に二人が頑張ってくれた証。

祐哉も起きたら、ちゃんとお礼をしないとね。


──で、肝心の本題。

祐哉の診察を、華佗が現在行っていたりする。

そして何故か私達は室外に追い出されている訳で。

まあ、仕方無いんだけど。

だって──




「それじゃあ直ぐに診察を始めるから孫策達は部屋を出て貰えるか」


「え?、何で外──って、ああ、そういう事ね

だったら私と祭だけ残って皆は出てて頂戴」


「いや、全員だ」


「…あのね〜、華佗?

私達は祝言こそ挙げてないだけで夫婦も同然なの

別に祐哉の裸を見ても今更驚いたりは──」


「盛大に勘違いしているが明確な病状が判らない今、二次感染の可能性を考慮し人を退室させるだけだ

既に小野寺自身や室内へは複数人が関わっているし、その者達も更に多くの者と接しているだろうからな

万が一、疫病だった場合に備えての事だ

手遅れに思えても、実際に発症してみなければ感染の有無は確かめられない以上其方等の立場や仕事の事を考慮すれば控えろとも言い難いからな」




──って言われちゃったら反論出来無いし。

…ちょっと勘違いしたのが恥ずかしくも有ったしね。


華佗の言った様に、接触・接近だけで感染する疫病に祐哉が掛かっていたならば手遅れでしょうけど。

でも、もしそうだとしたら祐哉よりも以前に発症した患者が出る筈。

だから可能性としては低い事だとは思っている。

無い、とは言えないけど。

まあ、先の“黄皮斑病”に感染した訳じゃなさそうな事だけは確かね。




暫くすると、祐哉の部屋の扉が開けられた。

それを見ると部屋の前にて待っていた私を始めとして祭・詠・真桜・雛里・亞莎・季衣・白蓮が一斉に扉に集まった。

中から出て来た筈の華佗が思わず扉を閉めながら中に後退してしまう勢いで。


因みに、その閉まり掛けた扉をガッチリと掴んだのは冷静そうに見えても意外と動揺しているらしい詠。

扉がビクともしなくなった事に華佗が驚いていた。

これも“火事場の馬鹿力”なのかしらね〜。



「ゴホンッ…取り敢えず、中に入ってくれ」



動揺を忘れる様に咳払いし華佗は私達を部屋の中へと招き入れた。

──という事は、現状では感染をする疫病の可能性は無いという事でしょうね。

取り敢えず、それが判っただけでも一安心。

祐哉だって、自分が原因で疫病が流行るなんて事態は望まないでしょうからね。


部屋に入ると私は真っ直ぐ祐哉の傍に向かい、寝台の縁に腰を下ろす。

顔を覗き込めば、昨日より赤みが引いている。

呼吸も…安定しているのかゆっくりとしている。



(華佗の治療か薬が効いたのかしらね…

ったく…心配させて…)



症状の悪化が無い事に対し緊張が和らいだ。

自然と口元も緩む。

右手を伸ばし、眠っている祐哉の頬に、そっと優しく触れる。



「──っ!?」


「…策殿?」



微妙──とは言い切れない私の反応を感じ取ったのか祭が声を掛けて来た。

でも、今は答えるより先に確かめたい衝動が強い。

右手を祐哉の額へ伸ばし、腰を上げて立ち上がったら掛け布団を乱暴だけど剥ぎ取る様にして捲ると、右手だけでなく左手も使い服を開けさせていく。

そして首筋、鎖骨、胸元、脇腹、腰…と触れていく。



「ちょっ、ちょっとっ!

いきなりどうしたのよっ?!

祐哉はまだ病人な──」


「静かにしなさい」


「──っ!?」



唐突な私の行動に対して、当然の様に窘めようとした詠に向け、私は静かに強く短く命令する。

そんな私の雰囲気を受けて驚きながらも“異常さ”を察したのか、黙った。

同時に、他の面々が緊張し息を飲む音が静まり返った室内に、はっきりと響く。

小さい筈の、その音が。

まるで、銅鑼を鳴らす様にはっきりと、だ。


祐哉の全身へと直に触れて確認した後、衣服を戻して布団を掛け直す。

改めて見た、祐哉の寝顔。

自然と奥歯を噛み締めて、両手を握り締める。

ギリリッ…と鈍く耳障りな音が鳴るが、それは歯軋りだけではない。

自制出来無い程に握り込む両手の爪が掌に食い込む程強く、強く、高まり続ける言い表せない感情の為。




それでも、今のままならば埒が明かないと、溜め息を一つ吐いて切り替える。



「華佗、説明して頂戴」


「ああ、判ってる

だが、その前にその両手を治療しよう」



そう言われて両手を見れば拳から血が滴っている。

──が、拳が開かない。

と言うか、感覚が無い。



「強く握り過ぎたな…」



華佗が私の右手を取って、ゆっくりと開かせる。

掌の肉へと食い込んでいた爪が赫く染まっている。

私を祐哉の寝台に座らせて掌の血を拭うと草色をした軟膏を塗り込む。

普段であれば“ちょっ!?、痛い痛いっ!、染みるっ!染みてるからっ?!”と言い嫌がっている所。

でも、今だけはその痛みが自制するのに役立つ。

痛みに割かれる意識の分、思考は冷静になってゆく。


暫くすると私の両手は白い包帯に巻かれていた。

その状態を見る頃には私の荒ぶっていた感情も静かな凪の海の様に穏やかになり落ち着いていた。



「有難う、華佗」


「小野寺が心配なのは俺も理解は出来る

だが、自分を大切にしろ

小野寺が悲しむぞ?」


「…ええ、そうね」



得てして、こういった事は第三者から言われた方が、判り易かったりする。

逆の立場だったとしたなら私は辛く、悲しく、悔しい事だと思う。

…まあ、だからと言って、感情を抑えきれるかは別の問題なんだけどね。


華佗は立ち上がると祐哉の枕元に立って、その寝顔を静かに見詰める。



「先ず、最初に言って置く事が有る

それは、この病に関しては俺も未知数だという事だ」



華佗の言葉に再び、祭達は息を飲んだ。

私は──落ち着いたからか意外と冷静だった。

そのままを受け止める事が出来ていた。



「…それはつまり、貴男も祐哉の病に関しては全くの初見だという事?」


「ああ…だが、初見なのは確かだが全く知識が無い、という訳ではない

とは言え、聞いた事が有るという程度の物だがな」


「それでも、何も判らないよりかは増しよ

僅かな情報だったとしても其処から先に繋がる何かを見付け出せるかもしれない訳だしね

だから、力を貸して頂戴」


「勿論だ、全力を尽くす」



頭を下げた私に──私達に華佗は力強く答える。

その一言を頼もしく思う。





「この病は先ず高熱を出す事から始まり、熱に因って意識を失う

そして、発症から一日程が経過した時点で今度は逆に体温が異常に低下する

それこそ、北方域に住む者になら判るとは思うのだが真冬の悴んだ手の様にだ」



そう華佗が言うと、私達の視線は詠と白蓮に向く。

私達の中で、北方出身者は今は二人だけだから。

視線──“確かめてみて”という無言の圧力を受けて二人は祐哉に歩み寄って、その右手を頬に伸ばす。



「──っ!?」


「──なっ!?」



詠と白蓮の驚き方からして間違い無い様だ。

と言うか、もしかしたら、普通に悴んだよりも酷いのかもしれない。

私も触って確認したけど、全身が冷たいのよね。

まるで屍みたいに。

でも、ちゃんと生きてる。

だから、異常なのよ。



「この低温状態は半日程で通常の体温に近い位にまで戻るそうだ

だから…多分、早ければ、中天を回る辺りで小野寺の体温は上がってくる筈だ

今は布団を掛けておけば、大丈夫だろう

季節や天気的にもそうだが南部は暑いからな」


「そう…なら良かったわ」



このまま死んでしまう事に為らないのなら、一先ずは安心してもいい。

高熱から低温状態へという身体の負担は大きいけれど今後安定するのであれば、心配する要因は減るし。



「以降、症状としては特に目立った変化が有るという訳ではないらしい

だが、発症から日が経つ程確実に衰弱が進む

当然、軈ては死に至る」


「…でしょうね」



その点は驚きはしない。

只の高熱だけだったならば死を考える事は少ない。

しかし、今の低温状態も、となると、私達の脳裏にははっきりと死が浮かぶ。

勿論、“はい、そうですか

仕方が有りません”なんて受け入れはしない。

徹底的に抗うけど。



「この病は疫病ではない

だから、感染の心配は先ず無いと思っていいそうだ」



そう言った華佗の言葉に、皆は安堵している。

予想は出来ていたが華佗の口から言われる事で改めて確信出来るから。


ただ、私は華佗の言葉への小さな違和感を感じた。

だから、思い付いた疑問を素直に口にしてみる。



「ねえ、華佗?

貴男に、その知識を教えた人物って誰なの?

疫病でもなく、華佗である貴男が知らなかった病気を知っているなんて…

正直、只者とは思えないわ

場合によっては協力をして貰う必要だって有るのかもしれない訳だし…

教えて貰えないかしら?」





場の空気が緊張する。

それも当然だと思う。

受け取り方次第によっては“貴男を疑っているわ”と言っている様な物。

器量の小さな輩であれば、直ぐにでも激怒して部屋を出て行き兼ねない。

そんな事を言ったのだから緊張しても可笑しくない。



「…名は“飛影”という

本名ではないが…漢王朝の健在の頃から彼方此方にて知られている者だ

俺の朋友であり、尊敬する人物でもある」



少しだけ考えてから華佗は私達に話してくれた。

その表情や声音・口調から嘘や誤魔化しは感じない。

本当の事でしょう。



「…その名前だったら私も聞いた事が有るな

確か、“黄巾の乱”の少し前辺りからだな

一時期、噂話になっていた“天の御遣い”だと呼ぶに相応しい人物だそうだ

“天の遣わした英雄”とも云われているな」


「私も聞いた事が有るわ

横行する賊徒共を討伐し、人々の病気や怪我を直し、けれど決して金品の類いを受け取る事は無く…

常に己を“悪”と称して、立ち去って行く、ってね」



白蓮と詠の言葉を聞いて、思わず“何その出鱈目さ”とか言い掛ける。

声には出さないけど。


でも、祐哉の話からすると“天の御遣い”は三人。

もしかして四人目なの?

そう考えてしまう。

チラッ…と祭を見てみれば私と同じらしい。

僅かに眉根を顰めている。



「それやったらウチも前に聞いた事有るで

ウチの親友の楽進の恩人で暫くの間や言ぅてたけど、一緒に旅しとったって」



更に追加で真桜からも。

…うん、本当に何者よ。

って言うか、曹魏の重臣に恩人って呼ばれているとか色々凄過ぎでしょう。



「本人が聞けば“そんなに大した人間ではない”、と苦笑するだろうがな…」



そう言った華佗も苦笑。


“悪”を自称する英雄。

そう考えた瞬間、脳裏には一人の姿が浮かんだ。

だが、有り得ない事。

そう思い、胸中で苦笑してその考えを破棄する。

兎に角、信用が出来るなら問題は無い。

今はそれで十分。




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